第162話 one shot kill
アルテミシアの魔物問題の元凶である六芒星幹部、エルメーダとの戦闘は、フォルティが今まで経験してきた物とは少し違っていた。
(何だあの野郎……ずっと逃げ回るばっかでぶつかって来ねえ。こりゃディスガーの話が正解か?)
だがエルメーダも一応は魔力を扱う異能力者だ。何かしらの強化効果を自身にかけているのか、フォルティが中々追いつけない程の速度で荒れた大地を逃げ回っている。更に逃げながら魔物を召喚し続けている為、フォルティは少し追いつきかけてはまた引き離されての繰り返しをしていた。
一方、エルメーダの生み出す魔物達を1人で相手にしているディスガーは……
(数こそ多いが、個々の実力は大した事ない……1体ずつ着実に対処していけば問題は無い筈だ。だが長引くのはまずい。ほぼ無限に湧いて来る魔物と違って、僕もフォルティも体力は有限だ。早めに片を付けてもらいたい物だね)
迫り来る魔物達の首を切り裂き、心臓を撃ち抜き、時には魔物の影から奇襲したりしながらディスガーは思考を巡らせていた。
「チッ……!どこまでも追って来るつもりか!」
エルメーダはバテる気配すら見せないフォルティに嫌気が差したのか、一際巨大な猿の姿をした魔物を召喚した。その魔物は丸太よりも太い腕を使って、フォルティを叩き潰さんとしている。
「お、力比べか……いいぜ」
フォルティはニヤリと不敵な笑みを浮かべたかと思えば、魔物の腕に鎌の刃部を突き刺した。
「グォォ!」
魔物は痛みから唸り声を上げるが、あの処刑人が畜生の喚きを気にかける訳も無い。
「オラどうした?そんなんじゃご主人様は守れねえぜ!」
そしてフォルティは力任せに大鎌を振り回して、後方に向かって猿の魔物を放り投げた。魔物は勢いよく飛んでいき、ディスガーの周囲にいる魔物を押し潰した。
「おいこっちに飛ばすな煙草バカ!」
「じゃどこ飛ばせってんだよ酒メガネ!」
あんたら本当仲良いのな。
「ウロチョロすんじゃねえよ引き撃ちクソ野郎が!てか何で笛吹きながら走れんだよ肺活量どうなってんだテメェ!」
フォルティは多少なり苛立っていそうだったが、エルメーダも大概余裕が無くなってきていた。
(何なんだこいつは……!いくら魔物を召喚しても一瞬で蹴散らして距離を詰めて来る……!)
事実、エルメーダがどんな魔物を足止めとして召喚しようが、フォルティは武器すら使わずに拳一振りで魔物の肉体を粉砕して追って来る。エルメーダからすれば、今日初めて会った男がいきなり殺意全開で地の果てまで追走して来るのだ。怖いなんて次元の話ではないだろう。
しかしエルメーダとて馬鹿ではない。彼はこの窮地の中、ある策を考えついたのだ。
「……確かに貴様は脅威だが、あの裏切り者の方はどうだ?見たところ、正面戦闘は不得手なようだが」
フォルティが振り返ると、ディスガーの周囲に魔物が集中し始めていた。
「あの馬鹿酒の飲み過ぎだ!」
フォルティは一瞬でディスガーの元に駆け戻り、彼の周囲の魔物を悉く撃砕する。
「何しに帰って来た!標的が逃げるぞ!」
「まずは『ありがとう』だろうが!礼儀はママに教わらなかったのか!?」
どうやら信頼出来る(?)者と居る時のフォルティは、普段と比べて幼くなるようだ。
「それに逃げたって関係ねえよ。『アレ』やるぞ、アレ」
「どれだ」
「アレってったらアレだよアレ」
「だからどれだ。そういう連携は何個か編み出したじゃないか」
「見りゃ分かる。俺から目ぇ離すなよ」
「あ、おい!」
フォルティは大鎌を振り回しながら、魔物の群れを貫いてエルメーダへ一直線に向かっていった。
「ハァ……ハァ…流石にここまで来れば、あいつも……」
「それはフラグってんだよ馬ぁ鹿!」
息を切らしながら呟くエルメーダに向かって、頭上からフォルティが鎌を振り下ろす。
「くっ……!しつこいぞ!」
「1人は寂しいだろ?もっと賑やかな場所に行こうぜ」
フォルティはエルメーダの胸ぐらを強引に掴み、そのまま180度後方に全力でぶん投げた。まるで球技のボールのように飛んでいったエルメーダは荒れた地面に転がる。顔を上げた先には既にフォルティが立っており、その執念にエルメーダはある種の狂気すら感じたという。
「ほら、来いよ。バフかけれんだろ?こういう時くらい自分で戦えよ」
「……フ。良いだろう!」
エルメーダは護身用に身につけていたナイフを取り出し、先程まで逃げ回っていたとは思えないような洗練された動きでフォルティに襲いかかる。一応は犯罪組織の幹部なのだから、当然と言えば当然だが。
(引き付けは完了……後はあいつに合図出すだけだな)
先程エルメーダを放り投げたおかげで、今のフォルティは後ろを向けば少し遠くにディスガーが見えるような位置にいる。フォルティしっかりとディスガーの位置を確認してから正面のエルメーダを蹴り飛ばし、その隙にディスガーへ向けて叫ぶ。
「やるぞ!1発じゃ不安か?相棒!」
フォルティは後方を見ないまま、ライフル用の弾丸を1発だけディスガーの真上に向かって放り投げた。
(『アレ』は『コレ』の事か……全く語彙力の乏しい……)
ディスガーは宙を舞う弾丸を見つめながら、やたらスローに感じられる思考の中で考え事をしていた。
フォルティは現役時代でさえ、ディスガーやアリーナの事を『相棒』と呼んだ事がない。それは彼の生来の異能故の、無意識的な人間不信が理由なのだろう。そんな彼が今、ディスガーを『相棒』と呼んだのだ。フォルティがディスガーを信頼しているというのは最早言うまでもないだろう。ディスガーもそう理解していた。
「……なら、応えてやるさ」
ディスガーは正面に居た人型の魔物の首元を切り裂き、その身体を踏み台にして高く飛び上がる。フォルティが投げた弾丸を見事にキャッチしたディスガーは、それを影の中から取り出した狙撃銃に冷静に装填する。
その間、ディスガーは過去のとあるやり取りを思い出していた。
『腕に自信があんなら1発で決めろよ』
それは先程自分を『相棒』と呼んだ男の、かつての台詞。本人は覚えていないだろうが、何故かディスガーの頭の中にはこの台詞が残っているのだ。戦場で初めて人を殺した、あの時の感覚のように。その台詞を反芻したディスガーは薄く笑みを浮かべ、空中でスコープを覗き込んで呟いた。
「……ああ。1発で充分さ」
そして彼は、相棒が失踪した日から抱き続けて来た雑多な感情を全て込めて引き金を引いた。
99%ではなく、自分の腕を100%信頼した狙撃。保険も退路も存在しない、まさに賭けに等しい1発。昔のディスガーならばこんな事はしなかったろう。しかしその信頼の狙撃は上空から的確にエルメーダを捉え、フォルティの顔の真横を掠めてエルメーダの額のど真ん中を貫いた。
「ま……さか……裏切……も…が……」
ほぼ即死だった。恐らく脳のどこかを損傷したのだろう。遺言も満足に残さないまま、エルメーダは死亡した。それに伴って、彼の召喚した数多の魔物達も消滅していった。
「……やっと終わったな」
「ああ……僕達の勝ちだ。さ、帰るとしよう。戦場に長居はしないものだろう?」
2人は特にこれと言った事は言わず、近所を散歩するような調子で軍都へ戻っていった。その後ろ姿は正しく、困難な任務を完遂した直後の軍人2人組のようだった。




