第155話 旧友に捧ぐ赤き美酒
「実に残念だよフォルティ……まさか、親友をこの手にかける事になるなんて」
「前口上が遺言になる奴は珍しく無えぜ?そして経験上、そういう奴は大抵雑魚だ」
フォルティはディスガーの言葉を遮って大鎌を下から斬り上げる。
(地面ごと抉って小石を……小細工だな)
対するディスガーは土埃を物ともせずに左手の銃を放ち、迷いなくフォルティの頭を狙う。しかしフォルティは難なくそれを躱して、振り向きざまにディスガーへ鎌を振り下ろす。
「おっと……」
激しい金属音を立てて短剣で受け止めたディスガーだったが、フォルティの尋常ではない腕力によって無理矢理ガードを破られてしまう。
「乱暴だね、相も変わらず……」
フォルティは無言で煙草を吐き捨て、ディスガーに向かって言う。
「忘れたか?アンタに近接戦闘を教えたのは俺だ。敵う訳無えだろ」
「……前口上に限らず、戦場ではあらゆる台詞が遺言になり得るよ」
フォルティは瞬時にディスガーの心を読み、そのままほぼ反射的に自身の後方を薙ぎ払う。軽い金属音と共に地面に転がったのは、恐らくディスガーが投げたであろう2つの暗器だった。
「ああ……アンタこういう手好きだったもんな」
「背中を見せたな?」
再びフォルティが振り向くと、右手の短剣を逆手持ちにしてディスガーが刺突を狙っていた。
「甘ぇよ」
「どちらが?」
フォルティが刺突を避けたかと思えば、洗練された流麗な動きで2撃目、3撃目が飛んでくる。2撃目に関しては峰の方で振っていたというのに、何故かフォルティの服が裂けている。
「その見た目で両刃かよ……狡い手も好きだったよな」
「勝てば正義さ、そうだろう?」
「ああ……そうだな!」
フォルティはディスガーに対する同意を示すように、台詞の途中で鎌を変形させて唐突に弾丸を放った。しかしディスガーの方も読んでいたのか、恐れる事なく短剣で弾丸を真っ二つに斬り裂く。
「君の方こそ忘れたかい?君に射撃を教えたのは僕だ……射撃に関しては、君の僅かな動きからでも弾道が分かる」
「チッ」
そこからしばらく2人の打ち合いが続いた。両者曰く2人は『親友』だったらしいが、一体彼らの過去に何があったのだろうか。
均衡を破ったのはディスガーだった。僅かな火花が舞い散る中、彼は唐突に足元へ手榴弾を放り投げた。
「うおっ危ねえ」
まるで緊張感を感じさせない呟きと共に、フォルティは空中へ飛び上がる。そしてその瞬間、彼は己の過ちに気付いた。
「……いや、これが狙いか」
冷静に分析するフォルティの視界の先には、短機関銃を構えるディスガーの姿があった。
「ああそうさ。時には相手を動かす為の攻撃も必要なんだよ」
「ハッ、そうかよ!」
フォルティは身体を無理矢理半回転させ、仰向けになったまま上空へ発砲した。するとフォルティの身体は勢いよく背面から地面に落ち、ディスガーの乱射は間一髪で外された。
「銃の反動で急降下とは……いくら君の身体が軽いからと言って……馬鹿げているな」
「小賢しい策なんざ捻り潰してやるよ。続けるぞ!」
鎌を一振りし、フォルティはディスガーとの距離を一気に詰めていく。
(速い!銃の出る幕じゃないか……!)
ディスガーは構えたままだった短剣をそのままフォルティの背中目掛けて振り下ろす。が、しかし、フォルティの方もその程度予想はついている。フォルティはディスガーの前で急に速度を落としたかと思えば、膝を目掛けて回し蹴りをして強引な足払いを決める。確実にどこかが折れたであろう音が響き、流石のディスガーも顔を歪める。
「くっ……!」
思わず膝をつくディスガーに向かって、フォルティは鎌を向けながら投げかける。
「あばよディスガー。地獄で会おうぜ」
「ああ、土産は酒が良い。君の血で作られた赤い酒がね」
「あ?」
その瞬間、フォルティの脇腹に鋭利な刃物が突き刺さった。
「ぐあっ……!テメェこんなんいつ投げたんだよ……!返し付いてて抜けねえし……てか足は……!」
フォルティがディスガーの足に目を向けると、何やらクルミの殻のような物がパラパラと落ちてきた。先程骨を砕いたと思った音は、これが砕けた音なのだろう。膝をつくフォルティと立場が逆転したディスガーは、銃口を向けながら言う。
「企業秘密だよ。さらばだフォルティ、あの世で会おう」
「クソが……ならツマミは俺が決めさせてもらうぜ。そうだな……テメェの肉がいいんじゃねえか!」
その途端、なんとフォルティは刺さった刃物を力ずくで引き抜き、それに纏わり付いた血液をディスガーの目に向かって振り飛ばした。完全に油断していたディスガーは、血に目を潰されて狼狽える。
「なっ……!往生際の悪い!この程度の目眩し……!」
「そんくらいで充分なんだよ!終わりにしようぜ!ディスガー!!」
「ああそうだね。遊戯は終わりだ……!裏切り者には死を!!」
ディスガーの黒い短剣とフォルティの青い大鎌。2つの武器が交差しようとする一方で、2人に向かって霧の中から走ってくる人影があった。




