第16話 寒波、とめるよ
「じゃあ…入ろうか」
「うん」
リーヴとセラは凍りかけの鉄の扉を開けて、冷却塔の中に入る。
「想像通りの無機質さだね」
冷却塔の内部は石で作られた無機的な空間だった。塔の上方からは絶えず寒風が吹き荒れており、2人の体温を奪っていく。
「中にも…あっちこっちに凍った魔物がいるね」
「ここの大爆発は…相当大きかったんだろうね」
部屋の中を見回すと、端の方に階段がある。崩れかけてはいるが、なんとか登れそうだ。
「はやくいこう。わたし達も凍っちゃいそう」
2人は最初の階を後にして、2階に登る。
「この塔って何階まであるんだろう?」
「わからない…途中で折れてるのに、かなり高そうだったけど……そうだ、セラの能力で飛んでいけたりしないの?」
「あたしの能力での移動って狭い場所だと使えないんだ…速度の調整が出来なくて、壁にぶつかっちゃうから。ただの室内なら良いんだけど、ここみたいな高い場所だと…最悪崩れちゃう」
「そっか。なら、2人で登ろう」
リーヴはそう言いながら、またセラの手を握る。
「ふふ、やっぱりあったかい」
その時、奥の方にある人型の氷像が微かに動いた。
「あ…セラ、今なんか動いた、よ」
「まぁ、全部が全部凍ってる訳ないよね…」
氷像は振動しながら身体に張り付いた薄氷を破る。どうやら、表面だけが凍りついた魔物も居るようだ。
「「!!!!!!!」」
2体の人型の魔物は人語のような雄叫びを上げながら、腕に装着された氷の刃でセラに斬りかかる。
「邪魔しないで!」
セラは魔物の刃を左手の剣で受け止め、空いている右手の剣で魔物の胴体を逆袈裟状に斬り裂く。間髪入れずにもう片方の魔物がセラに襲いかかるが…
「甘い!」
セラは振り向き様に光の刃を飛ばし、背後に回っていた魔物を両断した。
「ふぅ…」
「セラ…戦ってる時、別のひとみたい」
「そう?……怖かったり、する…?」
セラが若干控えめに聞くが、リーヴは首を振りながら答える。
「ううん。だって、セラだもん。こわくないよ、かっこいい」
「かっこいいんだ……えへへ…ありがと」
「ふふ、どういたしまして」
その後も、2人は時折魔物の相手をしながら最上階を目指していき、30分ほどした頃にようやく辿り着いた。
「「さむぅ」」
最上階に上がった瞬間、今までの階とは比べ物にならないほどの寒波が襲って来た。当然だろう。ここはこの星全体を雪で覆えるような魔力の源な上、天井が壊れているので外の冷気も入って来るのだ。
「あの中央のやつ…きれい、だね」
最上階の中央には、巨大な澄んだ青色の球体が佇んでいる。恐らく、あれがこの星の異常な寒さを作り出した元凶なのだろう。
「リーヴ、アレ出して」
「うん」
リーヴはポケットから、村長に貰った鮮やかな赤色の球体を取り出す。
「これ…どうしたらいいんだろう」
「割れたら熱い……みたいな事言ってたから、あの中央のやつに投げたら良いんじゃない?」
「わかった。やってみよう」
(…リーヴの腕力で大丈夫かな)
ご存知の通り、リーヴの身体能力は一般人に毛が生えた程度の物だ。いや、もしかしたら一般人以下かもしれない。村長の話から考えるにこの玉は1つしか存在しない為、もしリーヴがしくじればかなり面倒な事になるだろう。そんな懸念を抱いたセラは、優しくリーヴの肩に手を置いて語りかける。
「リーヴ…その役目、あたしがやってもいいかな?」
「やりたいの?」
「う、うん」
「いいよ」
リーヴは赤い玉をセラに渡す。
「よし…いくよ、離れてて」
セラはその玉を思いっきり動力源に向かって投げつける。すると…
「わっ」
とてつもない轟音と共に、動力源が爆発を起こして停止した。外から入って来る冷気はそのままだが、それでも幾らか寒さはマシになった…気がする。
「びっくりした…リーヴ、大丈夫?」
「うん。うまくいった、ね」
リーヴとセラは小さくハイタッチする。
「じゃあ帰ろ……あれ?この音は…」
階段に差し掛かったあたりで、セラは何かが揺れるような音に気がつく。
「ふふ…いやな予感、するね」
「何で楽しそうなの」
セラが少し呆れていると、最上階の壁が一気に崩れた。先程の爆発で、塔の耐久力が限界を迎えたのだ。
「これ…まずい、よね」
「まずいよ!走ろう!」
2人は初めて身の危険を感じ、急いで階段を駆け降りる。リーヴ達が後にした階は悉く崩れ去っていく。大体半分くらいまで来た頃、トラブルが発生した。
「…!!!!!」
登りの時にも見た人型の魔物が、2人の前に立ちはだかったのだ。数は1体だが、それでも時間は十分無駄に出来る。
「もう…!今戦ってる暇なんて無いのに…!」
セラが双剣を構えた瞬間、今居る階の天井が崩れて魔物を押し潰した。
「あ…らっきー、だね……ぅわあ」
だが、魔物だけ潰れるなどという都合の良い展開が起こる筈もなく、崩れていく天井は次々とリーヴ達に襲いかかる。
「セラ…階段が…!」
崩壊が広がっていったせいで、遂に階段すらも瓦礫に埋まってしまった。この階が完全に崩れるまでの時間も、多くてあと数秒だろう。
「……リーヴ!あたしに掴まって!」
セラはリーヴに手を差し伸べて叫ぶ。
「うん。なにか、考えがあるの?」
「あるよ……目と口閉じてて!」
セラは自分の手を掴んだリーヴを引き寄せて力強く抱きしめ、窓を突き破って飛び降りた。
「わ、あぁぁぁぁぁぁ」
うっかり目を開けてしまったリーヴが、気の抜けた声を上げながら落下していく。数秒ほどの自由落下の後、2人は深く積もった雪の上に着地し、勢いあまって転がって、大の字になって空を見上げていた。そしてその直後、冷却塔は完全に崩壊した。
「よかった…この雪が沢山積もってたから、万が一の場合はこうしようって思ってたけど…本当にやる事になるなんて…」
「でも、たすかった。ありがとう、セラ。かっこよかったよ」
「ありがと」
冷却塔を止めた影響か、既に吹雪は止んでいた。
「じゃあ、帰ろうか。そろそろお腹も空いたしね」
「うん。村長、さんにも、報告にいかないと」
2人は晴れた雪原の上を、手を繋いで歩いて行った。




