第149話 死の雨が降り注ぐ
夜見が予想外の変異を遂げ、戦いは新たな局面を迎える。
「薪が足りん……貴様らも俺の薪となれ」
夜見は先程までより些か落ち着いた声で話しているが、その声の節々からは変わりない怒りが感じ取れる。
「燃えよ」
夜見が短くそう呟くと、戦場となっていた実験場は瞬く間に黒い焔に包まれた。室温がどんどん上がっていき、リーヴは既に若干眩暈がしている。
「リーヴ、大丈夫?ふらふらしてるよ」
「あんまり、大丈夫じゃないかも……なんで急に、こんな暑く……」
「確かに個人が扱うような魔力の量じゃない……感情って凄いんだね」
セラは再び双剣を構える。が、セラが夜見を視界に捉えるより先に、夜見はほとんど瞬間移動のような速度でセラの懐まで潜り込んでいた。
「速……!」
リアクションの言葉すら言えぬまま、セラは夜見の斬り上げを受けて後方に飛ばされ、勢いよく壁に激突した。
「…ごめん……!」
リーヴは攻撃の合間を縫って、夜見の敵意を『無』くそうとする。彼女の手のひらから放たれた銀色の波動が何なのか、夜見は分かっていなかった。しかし長年戦い続けて培われた本能が身体を動かし、身体の横で黒焔を爆発させて半ば無理矢理それを避ける。
「お前も邪魔だな」
夜見は身を宙に舞わせたまま黒焔の刀に焔を集め、リーヴに向かって衝撃波を放つ。
「うわっ……」
直撃する寸前で火は消せたものの、衝撃までは無効化出来ずにリーヴは弱々しく地面に転がる。
「けほっ、げほっ……」
(痛い……立てない…!)
死にかけの小動物を彷彿とさせる様子でうずくまるリーヴを、夜見は蔑むように見下ろす。
「……もう戦えないか。ならお前は後回しだ」
そして、夜見は後ろから斬りかかって来ていたセラを前を向いたまま受け止める。
「えっ……」
「ああ気分が良いなぁ……今なら何だって出来そうだ」
顔は兜に隠れていてよく分からないが、夜見は心底嬉しそうな声を出していた。
「くっ……もう一度!」
セラは1度距離を取り、速度を上げて変則的な動きで再び夜見へ向かっていく。セラの目からは淡い金色の残光が伸びており、それはまるで夜空を駆ける流れ星のようだった。
「ほう……先程より速くなったな。面白い……もっと見せてみろ!」
夜見とセラの鍔迫り合いの後、お互いがお互いの武器を弾いた。
「やはり接近戦は貴様に分があるか。ならば近づかせなければ良い!」
夜見は地面に刀を突き立て、そのまま抉るようにして切り上げる。
「……っ!?」
それから放たれたのは漆黒の焔の斬撃。リーヴに使ったあの衝撃波よりも射程が長く、コンクリートか何かで出来ている筈の床を容易く溶かしながらセラに襲いかかる。しかし、セラもまた機動力では誰にも負けない自負がある。暗所が故に紙一重ではあるものの、黒焔の斬撃を何とか躱していく。
「……チッ」
夜見は短く舌打ちすると、突然上空へ飛び上がった。
「長丁場は御免だ。さっさと終わりにするぞ!」
そして今までのどれよりも大きな不協和音を響かせて、夜見は天井から大量の黒焔の矢を降らせる。
「リーヴっ!!」
慣れない痛みで動けないリーヴを抱え、セラは部屋中を駆け回る。途中何度も、肩の真横や足の側面を高音の焔が掠めた。それでも彼女は足を止めない。リーヴを、仲間を『守る』と誓ったのだから。
「健気だなぁ……俗世ではそれを『絆』と呼ぶんだろう?全く……反吐が出るなぁっ!!」
一瞬元の口調に戻った夜見が、逃げるので精一杯のセラを目掛けて、刺突の構えを取って突撃する。着地と同時に黒焔が爆発し、衝撃でセラは躓いて転ぶ。更に大量の黒焔の斬撃が襲いかかるが、それでもリーヴを離す事はせず、自身が覆い被さって少しでも傷を減らそうとしている。
「……!セラ!」
「ふふっ……大丈夫だよ、この程度。ルミエイラに居た頃の方が、もっと大きな怪我をしてた」
「そういう問題じゃ……!」
セラは微笑んでいるが、その笑みは明らかにいつもより弱々しい。額や腕、肩などから出血しており、彼女がリーヴを庇って攻撃を引き受けた事は想像に難くなかった。
「わたしがあんな場所でじっとしてたから……ごめんね」
「いいって。それより、早く逃げなきゃ……やっぱり暗い所じゃまともに……うあっ!」
震えた身体で立ち上がろうとしたセラを、夜見が黒焔の斬撃で追撃する。
「勝負あったな」
ゆっくりとセラに迫っていく夜見は、リーヴの警戒も怠っていない。リーヴはこっそり今まで消去した分の魔力を集めて夜見を討とうとしていたが、すぐ夜見に気づかれて刃を向けられる。
「うっ……」
所詮、まだリーヴは生まれたばかりなのである。痛かった記憶はそのまま嫌悪と恐怖に繋がる。今回の場合は、夜見の刀や夜見本人が怖いのだろう。リーヴは正しく蛇に睨まれた蛙のように身体を萎縮させて、固まっている。
(わたしの足……うごいて……動いてよ…!セラが、友達が死んじゃう……!)
いくら強い力を持っていようと、精神が未熟ならばこんな状況でも心の中で叫びを上げる事しか出来ない。
リーヴが今にも涙を溢しそうになったその時だった。
「さて止めを……何だ?」
少し前に開けられた入り口の穴から、妖しく輝く紫色の斬撃が数発飛んできた。綺麗に夜見へ狙いが付けられており、夜見は思わず後ろへ跳ぶ。
「誰だ。まだ学会員が居たのか?」
「いえ、残念ながら学会の者ではありません……一応因縁はありますが」
「クオン……アルシェン……!」
リーヴは久しぶりに見た仲間の顔に、涙と笑みが同時に溢れる。
「セラちゃん、酷い怪我……今治してあげますからね」
「うん、よろしく」
リーヴはどうにかセラの身体を運んでいき、アルシェンと共に容体を見守る。
「これは……今日は良い日だなぁ。俺を燃やす薪がぁ、4人も現れたなんてなぁ!」
高揚しながら叫ぶ夜見を見て、クオンは考え込む。
(あの方、かなり強いですね……丁度来る前に『あの子』の話もしましたし。久しぶりに任せてみましょうか)
「皆さん。申し訳ありませんが、少し離れていてください。久しぶりに……本気を出してみようと思います。と言っても……出すのは『あの子』ですが」
「……?うん、わかった」
クオンはそう言って、ゆっくりと夜見に向かっていった。
ボスキャラ解説
【怨嗟燃え滾る熾刃】月夜見
種族 淵族
所属 聖賢学会
異能 禍焔を操る力
今回使用した技
「極慨禍焔波動・抉」
→禍焔波動・穿の強化版
「極慨禍焔斬・裂」
→地面を抉るようにして禍焔斬を放つ。他のverより避けやすいが、火力は段違い
「大禍怨・灼雨罪禍晒し」
→夜見の大技。上空から黒焔の雨を降らせた後、刺突の構えを取って突撃からの爆発、そして追い打ちに黒焔の斬撃を周囲に発生させる
概要
高まりすぎた負の感情が体内の淵気と混ざり合い、暴走した夜見の成れの果ての姿。これまでは「淵気を宿す人間」だったが、今は「人間の要素を残した淵族」になってしまっている。名前の読み方は「つきよみ」である。あと今更だが技名に漢字が多い。




