第146話 どんな気持ちで
しばらく経った頃、リーヴはポツリとセラに問う。
「……どうする、の?夜見と……戦う?」
リーヴは徐々に、夜見に対する同情が生まれていた。冷静に考えれば、真に夜見に対して同情を抱いているのならそれこそ夜見を殺すべきだ。彼は生きていても仕方のない、今以外の生き方を、外の世界での生き方を知らない兵器なのだから。しかしそんな事はリーヴも分かっている。その上で、彼女は夜見を殺さない選択肢を見出している。今更ながら、リーヴとはそういう人物なのだ。
だが……
「……うん。戦うよ」
セラの返答は、リーヴの想像とは違った。
「やっぱり……それしかない、のかな。一応理由、聞いていい?」
「あの子もあたしと同じだからだよ。戦う為に作られた……兵器だから」
「あ……そういえばセラも、そんな感じだったよね」
「うん。それに、夜見は自由を求めてた。死が救済なんて思想は無いけど……少なくとも夜見の場合はそうだと思う」
「たしかに……ね。でも……やっぱり意外。セラは、なんとなく見逃すのかと、思ってた」
「……所詮、兵器だもん。人間に害があったり、期待に応えられなかったりしたら……廃棄されても仕方ないよ」
セラにしては慈悲の無い、冷酷な意見だとリーヴは思った。しかしリーヴにはしっかりと分かっている。先程本人も言っていた通り、セラも戦う為に作られた兵器だ。それ故か、似たような境遇の存在に関しては確固たる価値観のようなものがあるのだろう。
ところで、彼女は自分の生い立ちや、力を与えられた経緯を受け入れるのにある程度の葛藤を要していた。それについては当たり前だろう。彼女はそれまで、自身を紛れもない人間だと思っていたのだから。しかし、だとするならば、セラは一体どんな気持ちであの台詞を吐いたのだろうか。
「……わかった、やろう。一緒に」
リーヴは短くそう答えた。
「ありがとう。じゃあ、戦う場所を決めないとね」
「場所?」
「うん。狭いところだと夜見が有利だし……それに、広くてもある程度照明が無いと、あたしが戦えないし」
「うーん……あ、そこの壁に地図、あるよ。見てみよう」
2人が目を凝らして地図を眺めていると、リーヴが良さげな場所を見つけたようだ。
「………この『戦闘実験場』っていうの、どうかな。広いし、戦う場所なら多分、明かりもあると思う」
「いいんじゃないかな。行ってみよう、ここからそう遠くもないよね?」
次の目的地を決め、2人は資料室から出る。
「えっと、まずはここを右に……」
セラが記憶を頼りに呟いた瞬間、2人の真後ろで大きな音が鳴り響いた。振り返ると、そこには夜見と交戦する前に遭遇した剛腕の淵族が壁を抉りながら歩いて来ていた。
「そうだ忘れてた……淵族も居るんだった…!」
「キャハハハハハハハハ!!」
相変わらず狂った笑い声を上げながら、大きな腕を振り回して追いかけて来る。
「せ、セラ、逃げ……ぅわあ!」
暗所だと普段より消耗が激しくなるというのに、セラは光を纏い、リーヴを抱えて一目散に逃げ出す。
「口閉じてて、舌噛んじゃうよ!」
(やっぱり……暗い場所だと移動が精一杯だ。こんな所で戦うなんて絶対無理……)
セラの速度はいつもより遅い。少しでも足を止めればすぐあの淵族に追いつかれてしまうだろう。
「キャハハハハ!キャハハハハハハハ!!」
「リーヴ!地図の内容は覚えてる?」
「う、うん」
「よかった。ちょっと遠回りになるから、道案内はよろしくね!」
そしてセラはルートを変更して、曲がり角を多く経由するようにした。精密な動作は小柄な方が行いやすい為、所謂『コーナーで差をつける』というやつだろう。
「でも、セラ。逃げてるだけだと疲れて終わり、だよ」
「だよね……やっぱりどこかのタイミングで、実験場まで行くしかないか」
セラは少し深呼吸をした後、意を決して目的地である戦闘実験場まで向かう。意外にも近くまで来ていたのですぐに到着はしたが、実験場は扉が閉まっている。速度的にも状況的にも急停止は出来ないだろう。
「扉しまってるよ、どうしよう…!」
「大丈夫……掴まってて!」
セラはリーヴをしっかり抱き抱えて力強く地面を蹴り、鋼鉄製の重そうな扉を速度に任せて蹴り破った。
ようやく辿り着いた実験場の内部は2人が想像していたよりも広く、薄くはあるがちゃんと照明も生きている。ここならまだまともに戦えそうだ。
「目が……回るぅ……」
「お疲れのところ悪いけど、まだ相手は残ってるよ」
セラが自分で破壊した入り口を睨みつけていると、程なくして入り口周辺の壁を崩しながら、あの剛腕の淵族が現れた。
「キャハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
獲物を袋小路に追い詰めたとでも思っているのか、興奮したような笑い声を上げている。
「いくよリーヴ!夜見の前にこっちの相手だよ!」
「うん。やろう」
一方その頃、クオン達は……
「………はっ」
「おはようございます、アルシェンさん。結局2人共寝てしまいましたね」
「…まぁ疲れは取れた事ですし、良しとしましょう……あれ?クオンちゃん、ちょっといいですか?」
アルシェンはクオンの足元が気になるようだ。よく見てみるとカーペットがほんの僅かに膨らんでいる。2人がそれをめくってみると……
「……これは」
「地下への梯子……ですかね?これでリーちゃん達とも合流出来るんじゃないですか?」
「まあ……ふふ。この部屋で休んで良かったですね」
クオンは微笑みの裏で、ある違和感を覚えていた。
(何故……エレベーターがあるのにわざわざ梯子を?それにエレベーターはかなり損壊が激しかったですが、この梯子はやたら新しいです。もしや……今もこの研究所を使っている人間が居るのでしょうか?)
「クオンちゃん?早く行きましょう?」
「あ……はい、そうですね」
2人は闇へと続く梯子を降りていった。




