第140話 今際を
前回出て来た技
アルシェン
・救印 払暁
→アルシェンの大技。ダメージは一切発生せず、当たった相手の雑念や負の感情などを全て消去する。完全に送魂用の技である。
目を覚ますと、アルシェンはよく見知った部屋の中に居た。夢界にある星間旅団の拠点。その中の自室で、彼女は目を覚ました。
(なんだか……すごく長い間寝ていた気がします。記憶が曖昧ですね……リーちゃん達はどこへ…?)
アルシェンが辺りを見回していると、太ももの辺りに誰かが居る事に気がついた。
「リーちゃん…?」
『くぅくぅ』という寝息を立てながら、リーヴがそこで眠っていた。
「わたしは……どのくらい眠っていたんでしょうか」
アルシェンがぼやけた意識の中で目を擦っていると、視界の端辺りでリーヴが目を覚ました。
「ん……」
「あ、リーちゃん。おはようございます」
「おはよう……って、起きた!!みんな!アルシェン起きたよ!」
リーヴは慌ただしく部屋の外に駆け出して行き、セラ達を呼びに行く。何か足元から『ぐあっ』という声が聞こえたが、一体誰のものだろうか。
1分もしないうちにリーヴは帰ってきた。ドアが開くや否や、リーヴとセラが同時にアルシェンに抱きつきに行く。
「よかった……生きてて。本当によかったよ……」
今度はリーヴだけでなく、セラも涙を流している。一方でまた足元から悲鳴が聞こえたが、誰かが地面で眠ってでもいたのだろうか。
「おはようございます、アルシェンさん。気分はいかがですか?」
「異常はありませんが……わたし、どれくらい寝てたんですか?」
「3日です」
「3日!?」
「それほどあなたが今まで送魂に向き合って来たという事です。実際、対処が少しでも遅れれば……どうなっていたかは分かりません」
「そうなんですか……あれ?クオンちゃんって魂に関する事は専門外でしたよね?じゃあ誰がわたしを助けてくれたんですか?」
「今し方リーヴさんに背骨を踏まれたそこの方です」
アルシェンが少し身体を起こして床を覗くと、そこには美しい銀色の長髪を携えた青年、奈落の帝王である生死の神、タナトスが転がっていた。一応あの世の王の筈なのだが、この姿では威厳もクソも無い。
「た……タナトスさん?」
「ああ。アルシェン殿、目が覚めたようで何よりだ。これでようやく私も帰れる」
「どうしてタナトスさんがここに……?」
「……1から説明した方が良さそうですね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アルシェンが倒れた頃……
「ど、どうしよう……アルシェン、大丈夫…なの?」
「多分大丈夫じゃないけど……あたし達に何か出来るのかな……?」
可哀想なくらい慌てるリーヴとセラだったが、それに対してクオンは至極冷静である。
「……大丈夫です。お2人はアルシェンさんを家に連れて行ってください。私はアルシェンさんを治せる方を呼んできます」
「わかった……セラ、いこう」
「うん……!」
リーヴ達と一旦別れ、クオンがやってきたのは奈落だった。一際目立つ屋敷の中へ慣れたように入り込み、友人の部屋のドアを叩く。
「タナトス、緊急事態です。協力してください」
「断る!たった今急に迷魂が送られて来てただでさえ忙しいというのに君に協力なんかしていられるか!」
「していられます!今危篤なのはその迷魂の妹さんなんですよ!」
「何……?」
タナトスはドア越しでも分かる程に声色を変え、中に居る誰かと何かを話し始める。そして1分程経った時、部屋のドアが勢いよく開けられた。そこには威厳を感じる仕事用の服装に身を包んだタナトスが立っており、部屋の中には先程アルシェンが送魂を完遂したリスティアスが見える。
「話はついた。曰く『妹を助けてあげてください』だそうだ。妹が誰なのかは見当がつくが……姉も姉で人格者だな」
「話は後です、あなたの能力でサンサーラを連れて来てください。それから私の家に行きます」
「君家あったのか。旅に出たと聞いていたが」
「話は後と言った筈です」
それから、タナトスは自身の異能でサンサーラを浮月から引っ張り出して夢界ハウスに行き、ベッドで眠るアルシェンに2人がかりで何とか処置を施して今に至るらしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「先生……ここに来てたんですか?」
「うん。きてた、よ。やる事があったらしくて、昨日の夜に帰っちゃったけど。サンサーラ、ずっとアルシェンの側にいたんだよ」
「そうなんですか……」
アルシェンはどこか嬉しそうに微笑む。
「あ、あとね。サンサーラから伝言だよ」
いつの間にか涙を引っ込めたセラが、思い出したかのように言う。
「『よく頑張りましたね』って。それだけだけど」
「先生……」
現役の送魂士だった頃は割としょっちゅう言われていた。その筈なのに、何故かその言葉はアルシェンの心に深く響いたようだ。
「改めて……タナトス、本当にありがとうございました。帰ってゆっくり休んでください」
「そうかそうか。つまり君は書類仕事を休暇と呼ぶ星の下に生まれたのか。特異な文化だ、是非とも一度訪れたいものだな」
「いえ、私が悪かったです」
「タナトスさんもありがとうございました。お忙しい中、わざわざわたしの為に……お仕事の合間にでも、少しだけでも休んでくださいね?」
「気にする必要はない。もう引退したとはいえ、君の働きには随分と助けられたからな。当然の礼だ。それと、忠告には感謝しよう」
タナトスの反応を見たクオンは、少し不満そうに頬を膨らませている。
「……私と扱いが違いすぎませんか」
「知り合いの娘と女友達で扱いが異なるのは当たり前だろう」
(私は女友達という認識だったんですか……)
(わたし知り合いの娘だと思われてるんですか……)
2人が奇しくも同じような顔でタナトスを見つめていると、不意にタナトスが言った。
「そうだ、最後に1つ。君の姉からも伝言だ」
タナトスはポケットから手紙のような物を取り出して読み上げる。
「『迷惑をかけて申し訳ない。物語の中のように、ずっと見守っているなんて出来ないけれど……あなたの事をずっと想っているわ。新しいお友達と仲良くね』……だそうだ」
「お姉ちゃん……」
「彼女の未練はすぐに晴らす。恋人の魂の位置は特定済みだ、長くはかからないだろう」
「本当に……ありがとうございます」
「礼は要らないと言っているだろう。それでは、また会おう」
そして、タナトスは足早に立ち去った。
「ふぅ……一件落着、かな」
「何回も言ってるけど……本当よかったよ、アルシェンが生きてて」
「皆さんもありがとうございます。……本当は、少しだけ怖かったんですよね。『役目だから』とか『わたしにしか出来ないから』とか言っていても、流石に死ぬのは嫌ですから。死ぬ覚悟は出来ていても……だからと言って死を望む訳じゃありませんし」
「その通りですね。もう……友人の名前を墓石に刻むのは、私としても懲り懲りですから」
4人を覆っていた若干重い空気は徐々に消えて行き、また旅団にいつもの日常が戻ってくるのであった。




