第?話 待ち人は来ず、永雨の最中
今回なんですが、途中で視点が一人称に変わります
試みです
両親が死んだ時、リスティアスは16歳。アルシェンはまだ2歳程であった。アルシェンを育てなければならないが為にリスティアスは学校を辞め、アルバイトとして職に就き始めた。幸いにも職場の人間は皆良い人ばかりで、リスティアスの持ち前の愛想の良さなども相まって、ここから人生の再スタートが切られるのだと、彼女自身も思っていた。
それから1年が過ぎ、リスティアスにとってある種の転機が訪れた。彼女に恋人が出来たのである。職場の同い年の同僚で、仕事関係の話をしていく内に仲良くなってそのまま付き合い始めたらしい。その恋人の名は『アレイ』といい、周囲の人間も全員『お似合いだ』と口々に言っていた。彼は仕事を真面目にこなす、嘘を吐かない誠実な人間だった。
ある日、リスティアスはアレイにこんな事を提案した。
「ねぇ、私達も付き合ってそこそこ経つし……どっちかの家にでも行ってみない?」
別に何もおかしい事はない。年頃の男女のカップルなのだ、当然の会話である。しかし、その提案に対してアレイは少し苦そうな顔をした。
「うーん……嫌って訳じゃないんだけど…」
「どうしたの?何か問題でもあるかしら」
「実は僕……皮膚の病気なんだ。すごく日差しに弱くってさ、雨の日か夜にしか外を出歩けなくて」
確かに、思い返せば今まで会ったのは全て雨の日か夜だった。
「なるほどねぇ……でも、別にその程度構わないわよ。夜は妹が寝てるからあまり多くの事は出来ないけど…それなら雨の日を待てばいいじゃない」
その言葉にまた、アレイは苦い顔をする。だがその顔は先程よりも柔らかく、リスティアスはそれを了承と受け取った。
「決まりね。今度、雨が降ったら会いましょう。私の家でいい?」
「ああ、構わないよ。楽しみにしてるね」
そう言って、その日は別れた。
数日後、待望の雨が降った日に、約束通りアレイは現れた。リスティアスにとって、限りなく予想外に近い姿で。
「やぁ……リスティアス。雨が降って…よかったね」
「そうだけど……それどころじゃないでしょ…?どうしたの?その怪我……泥だらけじゃない」
前述の通り外には雨が降っているので、単に転んだのだとも充分考えられた。しかし、転んだにしては全身にアザが出来すぎている。何ならところどころ血が出ている。中々派手な転び方をしない限りは、こんな重傷を負う事はないだろう。
「……君になら、話してもいいか」
「ええ。教えて?」
アレイは身体の泥や水滴を拭きながら、ゆっくりと話し始める。
「…僕は、俗に言ういじめを受けているんだ。前に話したろう?僕の父親は人を殺して檻の中……だから、少しでも家計の助けになる為にあそこで働いているんだけど……」
「…ええ」
「どうやら学生達の目には、人殺しの息子が普通の生活を送っているのが酷く異質な事に映るらしい。僕は学校の内外で、いつもいじめっ子達のサンドバッグになっているよ……はは」
アレイは何かを諦めたかのような笑いを溢す。
「そんな……酷い」
「まぁ当たり前さ。何せ人殺しの息子って言うのは事実だからね。彼らだってまだまだ子供……善悪の区別が付くようになった頃、この行いを少しでも悔いてくれればそれでいいさ」
「あなたがいいならいいけど……でもやっぱり納得はいかないわよ。あなたみたいな人が、どうして…」
「理不尽っていうのは、生きてさえいればどのような形であれ必ず遭遇する。僕の場合は、それがこれだっただけだよ」
こういう所だ。リスティアスはアレイの、こういった達観しているような性格に惹かれたのだ。
憤りとやるせなさの中にアレイの魅力を再確認したリスティアスは、アレイの手当てをしてからアレイを家まで送った。
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それから、アレイはちょくちょくリスティアスの家を訪れるようになった。しかし、その度に彼の怪我は増えていき、表情や声も次第に弱々しくなっていく。手当てだけで1日が終わる事も少なくなかった。度重なる負傷が原因か、アレイの皮膚はますます弱まっていった。半年程経つ頃には、曇りの日すら外に出られない程にまで悪化していた。
「ねぇ……もう見ていられないわ。私が話を付けてくるから、ここで待っててちょうだい?」
「駄目だ。君を危険な目に遭わせる訳にはいかない」
「私だってあなたが怪我するのは見たくないわよ!あなただって分かるはずでしょう!?」
リスティアスは感情の昂りからつい大声を出してしまった。その拍子に、昼寝をしていたアルシェンが目を覚ましてしまう。
「あ……ごめんなさい、2人とも」
「…いいんだ。君の言いたい事は分かる」
2人の間に重い沈黙が漂う。
「……分かった。僕だって怪我をするのが好きな訳じゃない。今から彼らの下に行って、話をしてくるよ」
突然、アレイがそう言った。
「それは構わないけど……今日?今日の雨……一段と酷いわよ?大丈夫なの?」
「今日行かなければ、僕はまた何かに怯えて行動を起こさなくなる。僕は……理に適わない事を覆すなら、こっちも理に適わない事をするべきだと思うんだ」
いつもの目だ。リスティアスは知っている。自論を語っている時の、アレイの目。この目になった時のアレイは、何があろうと意見を曲げない。彼女が1番よく知っている。
「……分かったわ」
「ありがとう、理解してくれて。僕なら大丈夫だから。予報だと、明日もまた雨らしいね。明日……お互いに生きて、笑って、また会おう。約束だ」
「…ええ」
2人で買った傘を差し、アレイは決然とした様子で雨の中に消えていった。そんな彼の後ろ姿を、リスティアスは不安そうに見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇
明日になっても、彼は来なかった。
3日待っても、彼は来なかった。
1週間待った。彼は来なかった。
1ヶ月待った。彼は来なかった。アルシェンが私を心配し始めた。まだ4歳にもなってないのに、思いやりのある子に育ったものね。
3ヶ月待った。彼は来なかった。
半年経つ頃、私は屋根の上で彼を待つ事にした。その方が見つけやすいと思ったから。
しかし1年経っても、やっぱり彼は来なかった。目眩がする。息が苦しい。そういえば、アルシェンのご飯は作っていたけど自分のは作っていなかった気がする。少しでも、1秒でも、彼を待っていたかったから。
私は気付けば地面に倒れていた。近くか、遠くか。そのどちらかでアルシェンが私を呼んでいる。頭が痛い、血が出ているの?よかった、これで彼と同じね。
いつの間にか、アルシェンは姿を消していた。金髪の男に連れられてどこかに向かっていった。不思議と悪意は感じなかったから放っておいた。
何年経っても、私は変わらずあの家の屋根の上で、彼を待っていた。気付けば私には異能という物が発現していて、雨を降らせる事が出来るようになっていた。都合が良いわ。これで、ずっとずっと、彼を待つ事が出来る。
ふと、近くを通った素行の悪そうな青年達が噂をしていた。『アレイ』という名の行方不明の青年が遺体で見つかったと。数年前の嵐の日から消息を絶っていて捜索が続けられていたが、それが今日見つかったのだと。また、『リスティアス』という名前の少女も行方不明なのだと話していた。こちらは遺体も見つかっておらず、彼女が勤めていた職場の人々によって捜索が続けられているらしい。彼と同じ名前の青年と、私と同じ名前の少女だなんて、世界って狭いものね。
私は待ち続けた。何年も。何年も。何年も。
私は待ち続ける。何年も。何年も。何年も。
だって、あなたは私に約束してくれた。『また会おう』って。
あなたは嘘を吐く人じゃない。
知っているわ。
だから、信じてる。
あなたを阻む太陽を隠し続ければ、ずっと。
この雨を止ませなければ、きっと。
また。
2人で笑えるって。




