第138話 悲涙は豪雨となりて
アルシェンの姉を探して歩き回っていると、かつてアルシェンが住んでいたという家の屋根で、傘を差しながら踊っている女性を見つけた。生気を感じられない程にやつれており、アルシェンよりも少しだけ暗い桃色の長髪を携えている。そして、よく見ると顔に血の流れたかのような痕がある。痕というより模様だろうか、迷魂である事と何か関係があるのかもしれない。
「あ……!居ました、あれがわたしのお姉ちゃんです!」
指を指して叫ぶアルシェンの声に気づいたのか、アルシェンの姉も舞うのをやめて地面に目を向ける。
「アルシェン……?」
『信じられない』といった表情で、彼女はアルシェンを見下ろしている。
「なんか、前も思ったけど……迷魂って見た目は人間と大差ない、よね」
「元が人間だからなのかな?」
そこまで緊張していないのか、リーヴとセラは迷魂の外見について話している。その真横で、クオンがアルシェンの姉に向かって言葉を投げかけた。
「あの、すみません。この星の雨はあなたが降らせているのですか?」
「ええ……そうよ。そうしなければ……」
彼女の声はどこかうわ言のようで、目の前に居るリーヴ達はおろか、実の妹すら大して気にかけてもいないようだった。
「えっと、お姉ちゃん。久しぶりに会ったところで申し訳ないんですが、お願いがあって……」
先程話を聞いた老人は、少なくともこの雨に対して良い印象は抱いていなかった。それ故か自然とこの雨を止ませる事が4人の目的になっており、実際それに関して異を唱える者は居なかった。
「お願い……?」
「その……この雨を止ませてほしいんです。お姉ちゃんが降らせてるんですよね?」
おずおずと頼み込んだアルシェンだったが、その声を聞いた瞬間、星に降り頻る雨が更にその強さを増した。最早聞くまでもない、彼女の拒絶の意思の表れである。
「ダメよ……そんな事……だってこの雨は…」
彼女は声に加えて目つきすら虚ろで、実妹であるアルシェンは当然、今初めて出会ったリーヴ達すら彼女の異様な心情を察した。
雨はどんどん強まっていき、今までの経験からセラとリーヴは自然と戦闘態勢を取る。しかし、アルシェンがそれを無言で制止する。
「お姉ちゃん、話し合いましょう?教えてください……昔、わたしがまだ小さかった頃、あなたの身に何があったんですか?」
「そうです。私達としても、戦いたい訳ではありません。まずは、あなたのお名前を教えてくれませんか?」
クオンはいつも通りの、相手を安心させるような声で語りかける。そのおかげか、アルシェンの姉はほんの少しだけ落ち着きを取り戻し、屋根から地面に降りて来て短く自身の名前を呟く。
「……リスティアス」
「リスティアスさんですね、ありがとうございます。早速ですが、あなたはどうしてこの星に雨を降らせているのですか?」
「…」
リスティアスは何も言わない。クオンは少しだけ寂しそうな顔をするが、すぐにアルシェンが言葉を挟む。
「…気にしないでください、クオンちゃん。迷魂の方はみんなこういった感じです。生前の未練に囚われて意識が混濁しているのだと、サンサーラ先生が教えてくれました」
「そうなんですね……」
2人の元に歩いて来たリーヴとセラも合わせて、4人で打開策を考える。その時だった。
「…彼」
短く。そしてか細いリスティアスの声が聞こえた。
「彼の……為なの…彼は……」
「はい。ゆっくりで良いですから、話してください。先程も言いましたが、刃を交えるのは私達の本望ではありませんから」
やはり人を落ち着かせるのはクオンが最適任だ。リスティアスはようやく話が出来る程度に落ち着いて、そのままポツリポツリと己の過去を語り始めた。
豪雨の如き涙に塗れた、悲惨と称するべき物語を。




