第134話 フレンドリーと人見知り
今回百合要素があります
苦手な方はご注意を
クオンは人見知りをする方である。もちろんタナトスやサンサーラなどの付き合いの長い友人や、リーヴやセラなどの寝食を共にする旅仲間ならば問題無く会話は出来る。しかし、それでも身体同士が触れ合うのは未だ慣れないらしい。特に、クオンは最近になってようやく他者に触れられるようになったのだから余計に。1000年単位で出来なかった事が突然出来るようになったのだ、当然だろう。
そんなクオンには、とある悩みがあった。
(最近……旅団の皆さんが私の身体に触れて来るようになりましたね。手袋越しでなければならないとはいえ、もう私は他者に触れられるようになりましたし……嫌ではないですし、むしろ嬉しいのですが…まだ慣れませんね)
特に何かを意識している訳ではないが、クオンは身体を触られると反射で身体を跳ねさせて驚いたような声を漏らし、恥ずかしさからか微かに顔を赤くする。そしてその度に相手から謝罪され、クオンが説明する…というのが最早恒例になっている流れだ。
(…いい加減慣れたいですね。特にリーヴさんは人との距離も近いですし、何度も謝らせる訳にはいきません)
という訳で、クオンはどうにか解決策を練る事にした。
「最初はセラさんに聞いてみましょうか」
クオンはベッドから腰を上げ、セラの部屋に向かう。セラの部屋のドアを開けると、何やら戦隊物のヒーローのようなポーズを取っているセラが居た。右手の指輪を斜め上に掲げ、左手は胴体の前で固く握っている。
「セラさん…?」
クオンが少しだけ開いたドアの隙間から眺めていると、不意にセラが叫んだ。
「…変身!」
そして彼女は、いつも戦闘の時に見るような黄金の姿になった。背後には相変わらず煌々と輝くヘイローが浮かんでいる。そういえば、昔の彼女はヒーローが出て来るような物語が好きだったと何日か前に話していた。
「……なんてね…えっ」
あの姿は魔力と体力を消耗し続けるらしく、セラはすぐに変身を解いた。その拍子に後ろを向いた時、セラはクオンと目が合った。
「………見た?」
「はい」
「全部?」
「はい」
「わぁ……わぁぁぁ」
セラはあまりの恥ずかしさに言語能力を失ってしまった。
「あの……すみませんでした。用事があったのですが、また今度にしておきますね」
クオンはそう言い残し、半ば放心状態になっているセラを見つめながら部屋を出た。
「セラさん……絶対、内緒にしますから」
クオンはどこか決意を感じさせる口調で呟く。
「さて次は……リーヴさんの行方はセラさんが知っていますが、セラさんはあの様子ですし…アルシェンさんの下に行きましょう」
そしてクオンは、セラの部屋から少し歩いた場所にあるアルシェンの部屋を目指す。
「こんばんは、アルシェンさん。今よろしいですか?」
「はーい!」
部屋のドアを軽くノックすると、その向こうからいつも通りの元気な声が聞こえて来た。軽い足音が近づいて来て、部屋のドアが開かれる。
「どうしましたか?クオンちゃん」
「実は…」
クオンはようやく相談が出来そうな事に安堵しながら、自身の悩みを詳細に説明した。
「なるほど……つまりクオンちゃんは、他の人との接触に慣れたいんですね?」
「はい……私は誰かに触れられると驚きはしますが、その方からの親愛の情を感じる事が出来て嬉しいので…」
「……分かりました。なら、やる事は1つですね」
「やる事……とは?」
「特訓です!」
アルシェンは満面のドヤ顔を向けながら言い放つ。
「と、特訓……ですか」
「はい!徐々にで、ちょっとずつで良いんです。ゆっくり慣れていきましょう!」
「ですが…特訓とは具体的にどうやるのですか?」
クオンが首を傾げた時、アルシェンは『ぴょん』と軽い足取りでクオンに一歩近づいて来て、微笑みながらクオンの耳元で囁く。
「わたしが協力してあげますっ」
恐らく、アルシェンは特に何も考えてはいなかったのだろう。しかし、何度も言っているように他者との接触に慣れないクオンには、このアルシェンの行動は中々に刺激が強かった。
「あ……っ」
クオンはどう反応したら良いのか分からず、緊張から軽く頬を紅潮させて黙り込む。
「あ、すみません。少し近すぎましたか?」
「い、いえ……お気になさらず。ご協力、ありがとうございます」
「なら良かったです!じゃあ、最初はどこから始めましょうか……比較的触れられても平気なのはどの辺りですか?」
「そ、そうですね……手のひら…いえ、指先なら…」
まだ先程の頬の紅潮が治らないクオンは、少し言葉を詰まらせながら答える。
「分かりました!こっちに来てください!」
クオンはアルシェンに招かれて部屋の中に入り、2人で並んでベッドの上に座った。
「早速始めましょうか。では、心の準備が出来たら手を出してください」
「は、はい」
クオンは恐る恐る右手を差し出す。慣れない事に対する恐怖と緊張、そして一抹の好奇心からかその指は震えている。
「目を閉じていても大丈夫ですよ…」
その言葉に甘え、クオンは固く目を閉じる。すると程なくして、人差し指の先に仄かな温かさが伝わってきた。
「……今、指先触れてますよ。大丈夫そうですか?」
「は……い。今のところは…」
クオンはゆっくりと目を開けて、ふとアルシェンの顔を見る。何故かは分からないが、彼女もほんの少しだけ顔を赤くしている。まぁきっと雰囲気のせいだろうが。
「じゃあ、このまま手…握ってみて良いですか?」
「……はい」
クオンは少し悩んだ後に返事をする。アルシェンがゆっくりと指を絡ませ始めたその時…
「……っすみません!」
クオンが右手を勢いよく引いた。まだ何かの理由で、権能の影響が残っているかもしれない。もしかしたら大切な仲間を死なせてしまうかもしれない。まだ彼女の中には他者との接触に対する恐怖が残っているのだ。
「大丈夫ですよ〜。ゆっくりで良いですからね。今日は、もう終わりにしますか?」
「……いえ、まだやれます」
しかし、いつまでも過去の事を言い訳にする訳にはいかない。クオンも同じ考えなのだろう。
「そうですか……でも無理はだめですよ?」
「はい。大丈夫です」
クオンの調子を確認してから、再びアルシェンはクオンに手を伸ばす。そして先程と同じように、1本ずつ指を絡ませていく。意識しているのかしていないのか分からないが、アルシェンのその動作はやけに艶かしく、そのせいでクオンの心音が大きくなっていく。
「…手、繋げましたよ。これは平気ですか?」
「はい、恐らく……」
小動物のように震えているクオンを見て、アルシェンは何か小悪魔的な事を思いつく。
(……ちょっとだけ、遊んじゃいましょうか)
アルシェンは少しだけ座る位置をクオンに近づけ、クオンの右手を握る左手に力を入れ始める。そしてクオンの右手全体の形を確かめるように、『きゅっ…きゅっ…』と優しく握っていく。
「あっ……アルシェンさん…?」
「…クオンちゃん、手すべすべですよね」
「えっ、あ……ありがとう、ございます…?」
(何故でしょうか……アルシェンさんと手を繋いでいると、何か胸が高鳴ります……恋、ではないのでしょうが…)
そんな事を考えてはいつつも、クオンの声は確実に上擦っている。
「……♪」
アルシェンはクオンの反応を楽しむように、クオンの手を握る左手の動きを変えていく。右から左、左から右に波打つように動かしたり、手全体を包み込むように優しく握りしめたり。その時のアルシェンの顔には、至極純粋な微笑みが浮かんでいた。もっとも、その由来が『愉悦』か『慈愛』かは不明だが。そんな流れが数分程続いた時、とうとうクオンが音を上げた。
「…すみませんアルシェンさん!もう無理です…!」
クオンはパッと手を離し、極限まで高まった心拍を何とか収めようとしている。
「頑張りましたね〜!偉いですよ!」
アルシェンは自分より少し背の高いクオンの頭を、腕を伸ばして撫で始める。
「あ……ありがとうございます」
「慣れられそうですか?人との接触には」
「えっと、その……今の段階だと、まだ分かりません」
「まぁ、そうですよね」
アルシェンは柔らかく笑っている。
「…ですが」
「はい?」
「その……アルシェンさんとの特訓なら、続けられそうです。なので……これからも、お願いして良いでしょうか?」
「はい!全然大丈夫ですよ!」
「よかった……よろしくお願いしますね、アルシェンさん。今日は、ありがとうございました」
そして、クオンは丁寧にお辞儀をしてから自室に帰っていった。それを確認したアルシェンは、少なくとも部屋の外には絶対漏れないような声量で呟く。
「……クオンちゃん、可愛かったです♪」
恐らく、いやきっと、この先『特訓』が行われる度に、クオンは少しだけ弄ばれるのだろう。




