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大宙の彷徨者  作者: Isel


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第?話 愛を求めて哀を知る

忘れないで

ノーノゥの事を語るには、まずアルヴィースの事を語らなければならない。『アルヴィース』という神は今から4000年程前に、聖穢大戦で力を使い果たしたアイオーンの代わりに世界の安穏を守る為に創り出された存在だ。真月のような脅威を想定して創られた為、アルヴィースは他の神や概念種とは一線を画す実力を持っている。彼は自分の暮らす星に悪意を持って訪れる異星人や、何かを企む悪神などを相手にしていた。

そして、アルヴィースが生み出されてから約1000年程経った頃。彼はある1つの事を思いついた。


「…手助けが要るね。いくら僕でも…この生き方は1人じゃ厳しい」


当初のアルヴィースが想像していたよりも仕事の頻度は高く、俗的に言えば彼は疲労していた。だから自分も創ろうと思ったのだ。自分と共に戦ってくれる『眷属』を。


「さてさて、どんな奴にしようか…」


アルヴィースは眷属の詳細を考え始めた。


「僕が『全てを知る者』だから…『知識』関連の子にしたいよな。でもそのまま『知識』は芸が無いし……」


少しの間唸った後、アルヴィースの中に1つの言葉が思い浮かんだ。


「『記憶』?…うん。記憶にしようか」


最初に、彼は自分の眷属に『記憶』の権能を与える事にした。本来なら眷属は主人と同じ能力を宿すのだが、アルヴィースもまた特別な存在が故、自由に設定を施す事が出来た。そう。ノーノゥは生まれたばかりの頃は『記憶』の概念種として生まれたのだ。しかし、それがどうして『未知』の概念種へと変貌したのだろうか。


「次は名前か……どうしよっか。せっかく生むんだから、『全てを知る』僕ですら知り得ないような、未知の可能性を秘めた子になってほしいよな。名前には願いを込めるって言うし……『アンノウン』?いや安直過ぎるか……未知、ね…」


「…ノーノゥ。うん。これにしようか」


順調に名前も決めたアルヴィースは、早速自身の眷属にして『記憶』の概念種、『ノーノゥ』を創り出した。髪型は青色のメッシュが入った白いウルフカットで、両腕と背面に2本の薄い青色の線が入ったパーカーを着ていた。ちなみに、この時点でアルヴィースは心のどこかに引っかかる物を覚えていた。だがいくら全てを知る者であろうと、本人にすら自覚の無い感情は知る事が出来ない。


「おはよう、そして初めまして。僕はアルヴィース。大雑把に言えば君の親だよ」

「…お父、さん?」

「…ごめん。なんかその呼ばれ方は抵抗ある。実際は違うけど、せめて『兄』と呼んでほしいな」

「じゃあ、兄さん」

「うん。それでいい」


アルヴィースは微笑み、ノーノゥと共に自身の住処へと帰った。彼がノーノゥを生み出した1番の理由は『自分の手助けの為』だ。それは間違い無いのだが、実は理由はそれだけではない。

かつて語られた、クオンの過去を覚えているだろうか。神には往々にして寿命が無い為、彼らは基本的に外的要因でしか死ぬ事が出来ない。アルヴィースもまたクオン同様、多くの友人や同胞を亡くした事によって精神を病みかけていた。まして、アルヴィースはその実力故に戦いで死ぬ事も容易では無い。なので、自分と近しい実力を持った存在を眷属として生み出せば、その悩みも解消出来るのではないかと考えたらしい。


「生まれたばかりに申し訳ないけど、君には僕と共に戦って欲しいんだ。この星を脅かす神とかとね。その為の力は持たせたよ。ゆっくりでいい、僕の力になってくれ」

「うん。分かった」


アルヴィースが予め一般常識やある程度の教養をノーノゥに与えていた為か、生まれたばかりだと言うのに会話は普通に出来た。

そして数日経った頃…


「…来たね。行くよノーノゥ」


アルヴィースはノーノゥを連れて、権能で感知した悪神の下に向かった。


「今回は2体か…戦い方は分かるかい?」

「……うん。学んでないのに…頭の中に入ってた」

「よしよし。分かるなら、早速戦ってみてくれるかい?」

「僕が…?」

「ああ。大丈夫さ、君は僕の力になれるくらいには強い。思うがままに戦って来な」


それから2人は悪神を1体ずつ相手取り、それらを難なく撃破した。


「よく出来たもんだ。我が眷属ながら誇らしいよ」

「…」


その時、アルヴィースは異変に気づいた。ノーノゥの顔が、権能を使わずとも分かる程に曇っているのだ。


(この子…何を考えてるんだ?)


アルヴィースは権能の対象をノーノゥに集中させ、ノーノゥの心の内を読み取る。するとアルヴィースの中にはノーノゥの言葉が流れ込んできた。


『嫌だ    戦いたくない

     憂鬱       嫌だ』


「これは…」


実のところ、ノーノゥは戦うのが好きではなかった。自分の生まれた理由も、アルヴィースのやりたい事も理解していた。しかし、自分の心理には抗えない。


「…どうしようか」


アルヴィースは黙り込むノーノゥを見ながら考えている。


(この子を生んだのが僕である以上、僕はこの子の幸せを優先しなければならない…でも僕の側に居る限り、ノーノゥは絶対に幸せになれない……)

「…アルヴィース?どうかした?」

「いや、何でもないよ」


その夜になっても、アルヴィースはノーノゥが幸せになる手立てを考えていた。様々な方法を思いつきはしたが、そもそも常に戦いの運命の中に居るアルヴィースと、戦いを嫌うノーノゥとでは絶望的に相性が悪い。

2週間ほどずっと考え抜いた果てに、彼が至った結論は…


ノーノゥを別の星に送る事だった。


「…これしか、無いよな」


アルヴィースとて流石にそれは抵抗があった。それは自分の都合で生み出した子供を、自分の都合で捨てる事に他ならないからだ。だから最終手段として、思考からその選択肢を排除していた。だが、もうそれしか方法は無いのだ。

アルヴィースは断腸の思いで寝ているノーノゥを他の星に運び、事情を説明する手紙と掛け布団、しばらくは生活に困らないような金額の金銭を側に置いていった。特に手紙は何枚にも渡る長文で、何度も何度も謝罪の文言が書かれていた。しかし、その手紙は不運にも風で飛ばされてしまった。そしてその突風によってノーノゥは目を覚まし、辺りを見回して愕然とした。


「ここは…?」


アルヴィースはおろか、自分達が過ごしていた簡素な住処すら見当たらない。見つかるのらせいぜい見覚えのある掛け布団くらいだった。すぐに彼は何となく知っていた権能の使い方を思い出し、残されていた布団に触れてそこに残るアルヴィースの記憶を読み取る。ノーノゥの頭に流れ込んで来たのは…


『…けど、この子は別の星に移そう』


…という、断片的なアルヴィースの記憶だった。そもそもアルヴィースがノーノゥの布団をそこまでベタベタと触る訳も無いので、そこから読み取れたのは本当に断片的な、ノイズのかかった記憶だけだった。


「え……なん、で?どうして、僕を…」


読み取れた記憶がほんの僅かな一部分だけだった事や、アルヴィースの謝罪文がどこかに消えてしまった事により、アルヴィースの結論やそれに至るまでの苦悩はノーノゥに伝わらなかった。概念種、もとい眷属は人間とは違い、生まれてから1週間も経てば普通の人間と同じような知性、感受性などが芽生える。生まれてから2週間程経過しているノーノゥには既に自分で考える力が芽生えていた。そんな彼が思い至った結論は…


(…どうして……僕を捨てた?)


『アルヴィースが自分を捨てた』という結論だった。もちろん、最初の内はいつかアルヴィースが迎えに来ると信じて待ち続けていた。しかし何週間、何ヶ月、何年経とうと、アルヴィース(生みの親)が姿を見せる事は無かった。この時、既にノーノゥにはある変化が起こっていたのだが、彼はそれに気づけなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

やがて、彼は残されていた金銭を頼りに旅に出た。自分と共に生きてくれる人を探す為だ。

初めに、彼はある少年と出会った。服装はボロボロで、親は居ないらしかった。境遇が似ている為か、ノーノゥはその少年とすぐに打ち解けた。


「なるほど…君はこの荒屋で1人暮らしをしてるんだね」

「うん。お父さんもお母さんも…どっちも昔死んじゃったから」

「…へぇ。近所の大人達が、君に金銭の援助をしてくれているのか」

「そうだけど……なんでわかったの?」


少年の問いに、ノーノゥは答えを迷っていた。この幼い少年に『概念種』などと言ってもどうせ伝わらないだろうからだ。


「…さあね。僕と君は気が合うって事じゃないかな」


自分で言っていても意味が分からなかったが、小さな子供相手なら問題は無かったらしい。それを聞いた少年は目を輝かせ、ノーノゥに提案する。


「気が合う……なら、僕たち友達になろうよ!」

「え…?」

「僕、1人で暮らすのは飽きちゃったんだ。それに同い年の友達も居ないし…君なら僕の友達…ううん、親友になれると思うんだ!」


ノーノゥは生まれて初めて『嬉しい』という感情を自覚した。アルヴィースが自分を捨てたという認識も霞む程に、彼は幸せを感じていた。


「本当に…僕でいいのか?」

「うん!一緒に寝ようよ!ご飯も食べよ!」


ノーノゥの外見は普通の少年だが、精神年齢は少年とは言い難い。それがかえって、少年の無邪気さを眩しく感じさせていた。その夜、2人は吹けば飛ぶような荒屋の中で寝食を共にした。ノーノゥは幸せを享受しながら眠りにつき、人生で初めて明日を待ち遠しく思ってさえいた。しかし翌朝、悲劇が待っていた。

翌朝、ノーノゥは少年の戸惑うような声で目を覚ました。


「…どうしたんだい?朝から大声を出して…」


目を擦りながら問いかけるノーノゥの耳に、少年の怯えるような声が入ってくる。


「だ……だれ…?君は…」

「…え」


ノーノゥの心拍は上昇した。何が起こっているのか理解出来なかった。ノーノゥは何とか心を落ち着かせ、冷静に少年に問いかける。


「寝ぼけているのかい?僕だよ、ほら。君の友達…」

「いないよそんな子…僕には家族もいないし…起きたら隣で君が寝てたんだよ」


少年は恐怖や動揺のあまりか、今にでも荒屋から飛び出して行ってしまいそうだった。


「…それは悪かったね。どうやら眠くて家を間違えてしまったようだ。じゃあね、怖がらせて悪かった」


ノーノゥは少年を振り返らず、足早に荒屋から出て行った。途中で自分を呼び止めるような声が聞こえたが、無視して当てもなく遠くまで歩き続けた。そしてその夜、ノーノゥは静かに涙した。

彼はこの時ようやく気づいた。自分の権能の性質が変化しているのだ。かつて『アルヴィース()に捨てられた』と認識した時に抱いた怒りや動揺、悲しみなどがノーノゥの『記憶』の権能を歪め、記憶の権能の一部である『未知』の権能へと変貌させたのだ。

そしてもう1つ。権能はある程度まで強まると制御が難しくなるものだ。元々最強に近しいアルヴィースの眷属であれば、生まれた時点で並の概念種をも凌ぐ力を有していた。それ故に、ノーノゥの未知の権能は制御が効かず、周囲の人間にもある程度の影響を及ぼす事になったのだ。『ノーノゥを視界から外すと、ノーノゥの事を忘れてしまう』という現象に本人が気づいたのはこの時だった。

それでも尚、ノーノゥは根拠の無い希望を抱いて様々な人間と関わり続けた。ある時は道端で出会った少女、またある時は魔物に襲われていた青年、またある時は孫や子に先立たれた老婆……しかし、その誰もが1日以内にノーノゥの事を忘れてしまう。ノーノゥが自分の不運の原因を考える時に浮かぶのは、常にアルヴィースの顔だった。


「お前のせいだアルヴィース…!お前が僕を捨てなければ…お前が僕を生まなければ…!!」


ノーノゥの人格は徐々に歪んでいき、いつしか親として慕っていたアルヴィースを憎むようになった。アルヴィースへの恨み言とは別に、ノーノゥの中にはこんな気持ちもあった。


(価値が無いから捨てられたんだ。価値が無いから忘れられたんだ。役目を果たせなかった僕に価値は無かったんだ…)


その想いが表に出る事は無く、あくまでも心の深層に、言葉にならない感情()()()()()として漂うのみだった。そして段々と苛立って来たノーノゥは、怒りに任せて独り叫んだ。


「何故だ…何故だアルヴィース!自分勝手に生み落として、期待に応えられなければゴミとして処分か!そんな勝手が…許されてなるものか!!」


その時、ノーノゥには不思議な変化が起きた。髪や服の色が、禍々しい赤と黒に染まっていったのだ。ノーノゥは身体が魔力で出来ているが故に、感情による魔力の性質変化の影響を受けやすい。その色は荒々しくもどこか寂しげなノーノゥの怒りを表していた。


「この世に生まれてさえ来なければ……こんな思いを味わわずに済んだ。僕を生んだ者が…僕を捨てなければ…!アルヴィース…!僕は未来永劫、お前を許す事は無い…!!」


『この世に生まれてさえ来なければ』

ノーノゥが積怒と悲哀の果てに溢した本心は、奇しくもアルヴィースと同じ言葉だった。

テンポの関係で言えなかった事

ノーノゥは「未知」の権能により、殆どの生物にとって「未知」の情報である「真実」を知りました。この「真実」というのは明言しませんが、流離やアルヴィースも同じ「真実」を知っています。

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