第117話 彼が抱く想いは何物か
唐突に本性の片鱗を表して襲いかかってきたオブリビオン。その表情からは先程までの親しみやすさは消え失せ、正しく『敵』といった感じの邪悪さが感じ取れる。
「さようなら、名も知らない旅人達よ」
オブリビオンは自身の周囲に赤黒い魔法陣を周遊させ、リーヴ達を光芒の弾幕で攻め立てる。
「リーちゃん、こっちへ!」
リーヴはアルシェンに守られながら戦線から離れる。その途中、リーヴはオブリビオンに向かって精一杯の大声で叫んだ。
「オブリビオン…!お願いだからきかせて!あなたは…どうして色んな星に概念種を創り出していたの!?そのせいで…死んじゃった人もいるんだよ…?」
「リーちゃん振り返らないで!」
リーヴの声は何とかオブリビオンに届いた。全てではないものの、今までリーヴが遭遇した一部の事件の黒幕である彼の思惑とは一体何だろうか。
「…僕は忘れられた者だ」
オブリビオンは攻撃の手を止めて呟く。恐らく、リーヴにしっかりと声を届ける為だろう。
「この世界には僕の同類が…忘れられた物が沢山ある。それを世界に思い出させてやるのさ…僕を、僕達を、君達の記憶に焼き付ける為さ!」
確かに、『静寂』も『削除』もその場所に居る者達が忘れていた物だ。それはリーヴも察しが付いていたが、いまいち納得はいかない。リーヴが釈然としない気持ちでいると、クオンが口を開いた。
「…勝手です」
それは当然ながら、オブリビオンに向けられたものだった。彼女の口調はいつも通り落ち着いてはいるが、その節々には怒りのような感情が感じ取れる。
「あなたの行動で…死者まで出ているんですよ?きっと…リーヴさんの挙げた2つの件だけではないのでしょう?残された遺族の気持ちも知らないで…!」
クオンは珍しくも激情を露わにしていた。表情はあまり変わっていないが、死を司る者として、大切な者との離別を経験した者として、確実にクオンは怒っていた。しかしクオンの言葉を聞くや否や、余裕そうな表情を見せていたオブリビオンは態度を変える。彼の抱く感情は嘘偽りの無い、本気の苛立ちだった。
「君達こそ…僕の何を分かっている気だ?君達に分かるか?誰にも名前を呼んでもらえず…誰にも存在を認識してもらえず…そんな虚しい時を何千年…!僕の気持ちこそ…君達に分かるのか…?いや……分かるものか…!分かって堪るものか!」
オブリビオンは怒りに身を任せた怒号と共に、周囲を赤黒い斬撃の嵐が包む。アルシェンは全力でリーヴを連れて逃げる。セラとクオンは何とか避けられているが、それでも身体中に傷が増えていく。少しだけ気分が落ち着いたのか、オブリビオンは元の調子に戻って話し出す。
「確かに、僕は人を殺める事に抵抗は無い。でも…僕だって快楽殺人者じゃない。誰かの命を奪うのが第1の目的じゃないんだよ。…まぁ、だからといって僕の気持ちは変わらないけどね」
若干目を伏せて語るオブリビオンに、リーヴ達は何も言えなくなってしまう。彼が自分達の敵である事は分かっているし、彼のして来た事は決して許される事ではない。それでも尚、何故かオブリビオンが根っからの悪人には思えなかったのだ。
リーヴ達が何か言葉を探していると…
「…少し喋り過ぎたね。さぁ、終わりにしようか」
オブリビオンは手の平に魔力を集め始め、周囲に赤黒い渦を巻き起こす。
「リーヴ逃げて!」
セラは危険を察知して、クオンと共にリーヴの方に走ってくる。程なくして途轍もない大爆発が……起こるかと思われたが。
「…?なにも…おこらないよ?」
オブリビオンは何故か寸前で手を止めた。そして、その顔は先程よりも強い苛立ちを覚えているように思える。彼に何が起こったのだろうか。
「チッ……煩わしい。僕は一旦お暇するよ。また来よう…今度は最初から、君達の敵として」
そう言い残して、少年は赤黒いグリッジに身を包んで姿を消した。リーヴ達はとりあえず胸を撫で下ろす。
「ふぅ…なんとかなった、ね」
「うん…けど、あんなに強いあの子が逃げ出すなんて、一体誰が……あれ…あの子って…?」
(…改めてみると、ちょっとかわいそう、だな…)
リーヴが少し心を痛めていると、先程まで少年が居た空間に黒いグリッジで出来た穴が開いた。
「えっ…」
「また何か来るの…!?」
「皆さん気をつけてください…!」
クオンは警戒して鎌を握りしめるが、穴の中から出て来たのは…
「…あれ。もう居なくなってたか。なーんだ、来て損した…」
雨でも無いのに黒いレインコートを着ている、白髪の青年だった。




