第114話 廻り廻るる希死の流離
翌日。破片の大量発生によって荒れ果てた街の復興作業が始まり、リーヴ達もそれを手伝った。ようやく実体を取り戻した幻は特に張り切っており、彼女を見守る流離が少し心配そうな表情をしていた。
その夜、幻はリーヴ達の泊まっている部屋に来て雑談していた。ちなみに、流離とアルシェンは『疲れた』と言って既に寝ている。
「ふぅ…なんとか頼まれた分はおわった、ね」
「この疲れる感覚も久しぶりね…でも、楽しかったわ」
「そういえばリーヴ、あたし達はいつ出発する?」
「もう任された仕事はおわったし、明日にでもいこっか」
「分かった。クオンもそれでいい?」
「はい」
「あ、そうそう…」
その時、幻は何かを思い出したように懐を探る。そして、幻は流離が持っているのと同じような銀色の鍵を取り出した。
「忘れるところだったわ。はいこれ、あなた達にあげる」
「これは…夢界の鍵?」
「ええ。それも、ただ夢界に入れる鍵じゃないわよ」
「どういう、こと?」
「あなた達にはお世話になったから、そのお礼よ。夢界の一部を切り離して、家を形成したの。それを使えば入れるわ、いつでもね」
「おお…つまり、雨の日でも宿代を気にしなくていいってこと、だね」
「ありがとう…!天気悪い日は野宿が出来なくて困ってたんだ」
セラとリーヴは大喜びである。
「ただ、注意してほしい事もあるの。安全には最大限気を配ったつもりだけれど、夢界で何が起こるかは私でも完全に予測は出来ない。だから、毎日使うのはお勧めしないわ。雨の日に限定したりね」
「うん。気分によって使い分ける、ね」
幻から家をもらったリーヴ達は、そろそろ夜も遅いという事で布団に潜って眠りに落ちた。よく覚えていないが、その日はリーヴもセラも他の全員も、良い夢が見れたらしい。
翌朝…
「…そろそろ別れか。まぁ、以前も別れた後にここで会えたんだ。どうせまたどこかで会うだろう」
「だね。ばいばい、流離」
「ああ」
そして、流離と旅団は反対方向に歩き出した…が、流離は少しして足を止めた。
「…何故お前が着いてくる」
「あら、何かおかしいかしら?」
幻が流離の後ろを『とことこ』と着いて来ていた。
「もう俺達の協力関係は解消された。お前は俺に構わず、好きな場所へ行くがいい」
「私はあなたと行きたいのだけれど…ダメ?」
「駄目だ」
「…?流離と幻、なにか話してる、よ」
何か言い合っているのを聞いて、リーヴ達も来た道を引き返してくる。
「どうして?」
「逆に何故お前は俺と居たがる?俺にそのような価値も資格もないというのに…」
「流離、どうしたの?そんな事言わないで、あなたは私にとって大切な人なのよ?」
戸惑う幻の台詞を聞いた流離は、10秒程悩んだ末に幻に向かって告げる。
「……俺は、この後自決するつもりだ」
それは、あまりにも突然の告白だった。少し離れた場所でその会話を聞いているリーヴは、声を顰めてセラに聞く。
「セラ…わたししってるよ。自決って…自殺ってことでしょ?」
「…うん」
「でも、流離って死なないよ、ね。どうやって死ぬの?」
「…流離の不死身の仕組みって覚えてる?」
「えっと…確か『死に反逆する』だっけ」
「そう……それはつまり『死にたくない』って思うから発動する能力なんだよ。前にも一瞬言ってたけど…戦闘中ならともかく、そうじゃない時の流離に『死にたくない』って気持ちは無い。だから…」
「…あ」
リーヴは流離の心情を悟ってしまった。幻も同様だ。多少悩みはしたものの特に勿体ぶらずに話した事から、きっと流離は初めからこの件が片付いたら死ぬつもりだったのだろう。
「…本来なら、俺はお前達と共に居る事すら憚られる人間なんだ」
「どうしてそこまで……あなたは一体何者なの?かつてのあなたに…何があったと言うの?」
「俺は…」
「俺は『赤月の使徒』だ」
どこかで聞いた事のある言葉にリーヴ達は記憶を辿る。そして思い出されたのは、かつて浮月で交戦した相手、真月の発言だった。
「そういえば、ちょっと前に真月が使徒とかいってた、よね」
「嘘…流離って真月の仲間だったの……?」
動揺するセラに向かって、クオンが優しく語りかける。
「セラさん。とりあえず、流離さんの話を最後まで聞きましょう。肩書きがどうあれ、あの方の性格はよく知っているでしょう?」
「…うん。大事なのは中身だもんね」
セラは今一度、流離の話を聞く覚悟を決めた。
「赤月の使徒は知っているだろう?ある日…俺は真月から力を与えられた。俺は…お前から力と自由を奪った者の配下なんだ」
「…」
流石の幻も驚いた顔を隠せないようだ。流離もこれで諦めるだろうと思っていたが、幻の反応は…
「…それがどうしたと言うの?」
流離にとってその反応は全くの予想外だった。
「真月の部下でも何でも、あなたはあなたじゃない。私はよく知っているわ…あなたが何だかんだで、とても優しい心根を持つ人だって」
「お前は……」
「それに、あなたはさっき言っていた。『死にたい』と。でも私はそんなの嫌よ。残された者の気持ちはあなたにも分かるでしょう?だから…私があなたの生きる理由になるわ。例えそれが…あなたに生きる事を強いる『呪い』だとしても、私はあなたに生きていてほしいの。だから私は、あなたの側に居たい……ダメかしら?」
幻は微笑みながら流離に語る。彼女のその笑顔に嘘は無かった。分かるのである。ここで多くを語る事はしないが、流離は昔から誰1人として信用ならない環境で生きてきた。否…信用しないようにしてきた。その時の感覚が未だ抜けないのか、今も偽名を名乗っている。そんな流離だからこそ、今目の前に居る少女の吐露した想いに偽りが無い事が分かるのだ。
「……そこまで言うなら勝手にしろ」
遂に流離は根負けしたのか、幻の同行を認めた。それを眺めていたクオンも、安心したように胸を撫で下ろしながらリーヴ達に告げる。
「流離さんから死の気配が消えました…本当に、自害は考え直したようですね」
『クオンが言うなら間違いない』と他の3人も安心し、にこやかに流離と幻を見つめている。
「…それと」
「あら、何かしら?」
「その……何だ、俺にとってお前の存在は『呪い』なんかじゃない。せめて…生きる理由になる『呪い』とでも表現してくれ」
「うふふ。分かったわ」
そして、2人は未だ復興作業が進む街の中に消えていった。その様子が兄妹のようで微笑ましく、リーヴ達は2人が見えなくなるまで彼らを見つめていた。




