第113話 夢への介錯
目を覚ますと、現は見知らぬ空間に居た。空や地面は赤黒く染まり、傾いたり損傷したりしている鳥居が散在し、遠くには赤黒いブラックホールのような物が見える空間だった。
「ここは…?奴も領域を扱えるのか?」
「その通りだ。かつて名付けた名を使うなら…『血闘領域』とでも呼ぶとしようか」
現の正面には片翼を生やした流離が立っており、赤黒い魔力の迸る赫刀を逆手持ちにしている。
「領域…という事は、何か制約でもあるのか?」
「ああ。気分も良くなってきた事だし解説してやろう。この領域内の全生物は一切の魔力を封印される。つまり頼れるのは己の腕だけという事だ…以前まではそうだった」
「以前までだと…?今はそうじゃないのか?」
「そもそもこの技を編み出した目的は『とある宿敵』に対する復讐の為だった。だが2年ほど前にその復讐は終わった…であれば、わざわざ自分の力を制限するような制約は必要あるまい」
言われてみれば確かにそうだ。その証拠に、どう見ても魔力で形成されている流離の片翼は領域内でも健在だ。
「なるほどな…要はこの領域は、ただ環境に左右されずに純粋な決闘をする為の領域という訳か。良いだろう、何度だってお前に悪夢を見せてくれる!」
現は宙に飛び上がって触手を出そうとするが、触手が思ったように出なかったどころか飛び上がる事すら出来なかった。
「何…!?」
「話は最後まで聞け。そもそも…この領域に対するお前の認識から間違っている。この領域内で魔力が制限されないのは俺だけだ」
「は…?」
「つまり、お前は魔力を封印された一般人同然の身体で魔力を扱う者と戦わなければならないという事だ。決闘など2年前に済ませた、ここで行われるのは純粋な虐殺だ…!」
そこでようやく現は自覚した。目の前の人間…否、人間と呼んで良いのかも分からない男は、自分とは格の違う存在なのだと。もちろん種族だけで言えば現の方が上の筈だ。だがその事実に甘え、流離の実力を目の当たりにしても尚『所詮は人間』と高を括った事が、現の最大の間違いなのだ。
「…まぁ、欠点もある。制約を自分に有利な者に変えすぎると、領域は長く保たせる事が出来ない…今の俺の領域なら、せいぜい5,6太刀浴びせれば勝手に崩壊するだろうな。だが…魔力を持たない一般人相手なら、5,6どころか1太刀で充分だ」
「…化け物が…!」
現は憎そうに呟くが、それだけで何もして来ない。いや、何も出来る事が無い。それほどまでに、現の流離の実力差は開いていた。
「…手早く終わらせよう」
流離は刀を握る手に力を込め、最早諦めて無抵抗になっている現の身体を斬り裂いていく。その間にも、流離は変わらず句を詠んでいる。
「終夜 醒めゆく夢に 花手向け 吉凶問わず 泡沫が如し」
現の身体は周囲の空間ごと流離に斬り裂かれていき、その胴体には5つの斬撃の軌跡が残っていた。そして最後の一太刀を流離が放つと、現の周囲の地面どころか領域の天井すらも真っ二つに斬り開かれた。
「…終いか」
流離がゆっくりと刀を納めたのと同時に、領域内にヒビが入った。そして流離の領域は硝子のように割れて消え去り、元の夢界に帰ってきた。後ろからはリーヴ達が流離に駆け寄って来ており、流離の奥には満身創痍の現が跪いている。
「流離…!勝ったんだ」
「当然だ。概念種と言えど実力は玉石混淆…あの程度で俺は倒せん」
「…概念種に『あの程度』って言えるのは流離くらいじゃないかな」
セラはちょっと引きながら流離に苦笑いをむけている。方や、幻は現に近づいていき、無言で現に手をかざす。
「あなたの負けよ。私だけの力じゃなかったけれど…大人しく私の中に戻ってちょうだい」
「…フン。結局こうなるか。『奴』の忠告を聞いていればな…」
「奴…?」
幻は不思議そうに尋ねる。
「言っておくが、説明は出来ないぞ」
「出来ないって…どういう事?」
「…正直俺にも分からん。奴に関する記憶が全て抜け落ちているんだ。ただ…奴と出会って会話したという記憶だけが残っている」
「…そう」
その台詞が耳に入ったリーヴは、何か心当たりがあったようだ。
「それ…!幻、まって…」
リーヴは幻の肩に手を伸ばすが1歩遅く、既に幻は弱った現を吸収した後だった。
「あら…ごめんなさい、何か言ったかしら?」
「…ううん」
『仕方ないか』と思い、リーヴは首を横に振った。
「じゃあ、帰りましょう。皆……本当にありがとう」
幻は心からのお礼を言い、流離やリーヴ達も口々に言葉を返す。そして、幻に開けてもらった扉を通って6人は現実に帰ってきた。
「どうだ、幻?数千年ぶりの現実は」
「…感無量ね。気温、そよ風、日差し…全てが懐かしい感触だわ…」
「ふふ。よかった、ね。幻」
「空気がおいしいね…」
「はい。それに、気分がすっきりしたような気がします」
「ちょっと眠たいですけどね…」
和気藹々としている6人を、近くの建物の屋上から見知らぬ少年が見下ろしていた。両袖と背面に2本の赤い縦線の入った黒いパーカーと、左肩に赤黒い肩掛けを身につけており、赤いメッシュの入った黒髪を携えた少年だった。
「結局、彼は負けたのか。全く……初めて得た自我だからと言ってはしゃぎ過ぎだ」
少年は嘲るような、それでいてどこか悲しげな口調で呟いている。
「…僕と彼は同類の気配がした。望まぬ生を受け、他者の勝手な都合で忌まれ、嫌われ…僕達はきっと気が合うと思ってたんだけどね。だから忠告もしてやったんだ、『今の計画は中止した方が良い』ってさ。ま…今となってはどうでもいい。それより…」
少年は服の裾や髪を靡かせながら、リーヴ達の方に目を向ける。
「…あの子達、また会ったね。悪夢を相手取っても尚生き延びるとは…相当な実力者の集まりらしい。計画の邪魔になるかもしれないね…彼女達とは何かと縁もあるし、次会った時は…そこを旅の終着点にしてやるのも悪くない…」
そう呟いて、少年は全身に赤黒いグリッジを走らせながら含み笑いと共に姿を消した。
今回登場した技
流離
・賭命血闘
→領域を展開してその中に入った相手の魔力を完全封印する。魔力を封じられると防御も碌に行えない他、耐性面等も低下する為、流離の全ての攻撃が致命傷になる。ちなみに前作と微妙に文字が違うのは意図しているもの
・醒夢一刀、天星斬墜
→領域内限定の流離の大技。魔力の封じられた相手に浴びせる全力の斬撃。その威力は相手のみならず空間すら斬り裂くほど。とはいえ、今回は現を殺さないようにちょっとだけ手加減していた。




