表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宙の彷徨者  作者: Isel


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/199

第110話 彼岸の道程を辿る前に

夢界にて。本来の力を振るえるようになった現と、身の安全の為に流離達を現実へ帰した幻が交戦していた。先端に刃の付いた両腕を鞭のように振り回し、現は幻を徐々に追い詰めていく。


「くっ…!」

「どうした?俺の片割れともあろう者が…酷い姿だ」


否、交戦という表現は些か不適切だろう。幻は攻勢に出る事が出来ず、現の攻撃を捌くのが精一杯だった。何とか致命傷は避けられているものの、その柔肌は段々と赤く染まっていく。このままではジリ貧だと言う事は、幻が1番分かっていた。


(少しでも現の体力を削ってから吸収しようと思ったけれど…やっぱりダメね。むしろ私が消耗させられていくわ…一か八か、無理にでも同化を…!)


幻は気力を振り絞って現の懐に潜り込み、その心臓部に手を伸ばす。だが…


「負けを悟って自棄を起こすか…今まで協力してきたあの剣客も浮かばれないな」


現は触れられる寸前で幻の手を掴み、空中に放り投げる。


「きゃっ…」


そして背中から生やした刃付きの触手を伸ばして、宙を舞う幻を斬り刻んだ。幻は力無く地面に落下していき、受け身を取る事すらままならなかった。


「ぅ…」


一応まだ息はあるようだが、もう虫の息という表現すら誇張と呼ばれる程の状態だった。


「勝負あったな。まぁこれまでよく頑張った方だ、最初はお前を取り込もうとも思ったが…よく考えてみれば、お前と違って俺はお前を取り込む事でのメリットがあまり無い。単独戦闘の役に立たないお前の権能など要らん、ここをお前の墓としてやろう」


現は右手を巨大な刃に変形させ、幻に1歩1歩近寄ってくる。幻は死を覚悟するが、目を固く瞑る程の体力も残されていない。彼女に出来るのは、せいぜい心の内で後悔を語る事くらいだった。


(流離……皆…ごめんなさい。結局あなた達に面倒をかけてしまう…あなた達を危険な目に遭わせてしまう…兄様なら、自分1人でもどうにか出来る筈なのに…私は…)


幻は地面に伏したまま死を待っていた。最後の力を振り絞っても尚、彼女は目をゆっくり閉じる事しか出来ない。

幻が己の無力を嘆いていたその時…


「幻!」


突如として現れた銀色の扉の中から、金色の髪と光輪を携えたセラが飛び出してきた。セラは光の如き速度で現に斬りかかり、彼を幻から引き離す。そのすぐ後から、リーヴ、クオン、アルシェンが幻に駆け寄ってくる。そして最後に、扉の中から流離が歩いて出て来た。


「幻…!大丈夫?」

「現の相手をセラさんに任せてよかったです…これほど濃い死の気配、あと数秒でも遅れていたら間に合わなかったかもしれません」

「今回復しますからね…!」

「あ…なた達……ど…うして…ここは……危ないって…」


幻の絞り出すような声は、主に流離に向けられているらしかった。流離が何か答えようとしたその時、後ろからセラが吹っ飛んできた。


「わっ」

「…うん。まだやれる…!」


両手を握ったり開いたりしながら、セラは1人呟く。そのすぐ後に、現がセラに向かって飛び込んで来る。セラが再び相手をしようとしたが…


「どけ」

「え…わっ!」


流離が半ば強引にセラをどかし、刀も抜かないまま現の正面に立った。


「ハハハハハハ!武器すら構えないとは!現実の俺と同じだと思ったら大間違…」


現の台詞を完全に無視して、流離は向かって来る現の顔面を全力で殴り抜いた。余程苛立っていたのかその威力は凄まじく、現が後ろにのけ反る程だった。


「ぐぉっ…!」


流離はその隙を逃さず、高く上げた足と地面を用いて現の喉を蹴り潰し、仰向けになった現の胴体に刀を3回程刺してから現を遠くまで蹴り飛ばした。


「…やりすぎだよぉ」

「敵なのに同情してしまいます…」

「るー君相当怒ってますね…」

「…っていうか、怒った流離すごい怖いんだけど…」

「…聞こえてるぞ」

「「ひぃ……」」


流離は少し揶揄うつもりで言ったのだろうが、リーヴとアルシェンはかなり本気で怖がっている。


「…その、流離……ごめんなさ」


何とか喋れる程度まで回復した幻が言葉を絞り出すと、流離がその台詞を遮って幻の頭に拳骨を入れた。


「いっ…!な、何をするの!」

「…俺が嫌いな事を3つ教えてやろう」

「あ、あなたの…?」

「半熟のゆで卵を食う事。釣り銭の無いように支払いが出来ない事。それと……約束を破られる事だ」

「…」


前の2つがしょうもないのは置いておいて、最後の1つを聞いた幻はまた黙り込む。


「約束しただろう。『死ぬな』と」

「ええ…覚えているわ」

「…まぁいい。色々言いたい事もあるが、生きているなら充分だ。それよりも優先すべき事があるからな」


幻は感心していた。その時の流離の目が、普段とは違うある種の決意に満ちた表情だったからである。


「…あなた、変わったわね」

「どうした急に」

「出会ったばかりの頃のあなたは…何故かは分からないけれど、生に意義を見出せていないようだった。いつも死を望んでいる、澱んだ目の青年だったわ」

「酷い言われようだな」

「でも今は違う…あなたの目には、何かの意思が宿っている。それが何かは分からない…でも、それがあなたの生きる理由になるなら…私は嬉しく思うわ」

「…なら、俺の生きる理由はお前という事になるな」


流離はそう小さく呟いた。


「え?今なんて…」


幻は聞き返そうとするが、すぐさま流離が遮る。


「勘違いはするな。俺の死を望む心も、生きる理由を見出せないという心も、何一つ変わってはいない。ただ…彼岸の道程を辿る前に、やるべき事があると思っただけだ」


リーヴ達にとって『流離が死を望んでいる』という情報は地味に初耳だった。その新情報に驚く間もなく、少し離れた場所から漆黒の魔力の波動が飛んで来る。


「ようやく回復したぞ…追撃を仕掛けなかった事を後悔させてやる」


戦線に復帰した現は背中から刃の付いた触手を生やし、右手は巨大な黒い鎌状の刃、左手には鋭利な爪を生やしている。現もいよいよ本気を出すという事だろう。


「さて…お前は俺の死になれるか?」


流離も刀を抜き、とうとう本気の現との戦闘が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ