第109話 夢を見る事も叶わぬなら
目が覚めると、5人は元居た市街地の中に横たわっていた。何やら全てが夢だったようにも感じるが、荒れ果てた街の様子がそれを否定する。
「う…みんな…大丈……夫?」
リーヴがゆっくりと身体を起こしながらか細く声を発する。
「うん…あたしは平気」
「私も特に問題はありません…が」
「…幻ちゃん…」
そう。幻は『これ以上流離達を危険な目に遭わせない為』に、自分1人で現と対峙する事を決めた。だから流離達は夢界から弾き出されて、今ここに居るのだ。
「幻……無事に帰ってこれる、よね…?」
リーヴが不安そうに呟く。しかし、確かな事は分からない為に、誰も何も言えなかった。そんな重苦しい空気の中、セラはまた別の事が気になっていた。
「…流離」
先程夢界で見せた激情から分かるように、流離は幻を至極大切に思っていた。仲間や友人どころか、最早家族のように。セラも大切な人と離別する気持ちはよく知っている。故に今の流離の気持ちが痛いほど分かって、セラは泣きそうになってしまう。
「…」
流離は刀の柄に手を添えたまま動かない。段々と雨が降って来た。それでも尚、流離は動かない。リーヴ達も動く気が起きず、流離と一緒に雨に打たれていた。
数分ほど経った時…
「…行くぞ」
唐突に流離が呟いた。
「…え?」
「行くって…どこに?」
「夢界だ」
流離はさも当たり前かのように言う。しかし、リーヴ達はいまいち流離の意図が理解出来ない。
「夢界にって…幻が居なきゃ入れないんじゃ」
「ああ…本来はな」
そう言うと、流離は懐から銀色の鍵を取り出した。
「これは…俺が普段夢界に入る時に使っている物だ。これを使えばどこからでも夢界に入れる…幻め、余程焦っていたのか。この鍵の存在も頭から抜け落ちているとはな」
流離はそのままどこかへ行こうとする。そして2歩ほど歩いたところで立ち止まり、リーヴ達の方を振り返る。
「…正直、実際のところ現は危険だ。夢界で本来の力を振るえるのなら尚更…死の危険だって充分にある。この先、俺と共に来る事を強制はしない。お前達がどんな選択をしようと、俺がお前達を責める事はない」
流離が発したのは警告だった。しかし、旅団にここまで来て今更引き返すような性格の者は居ない。
「…わたしは着いていくよ。多分…わたしはなにもできないけど」
「あたしも。幻が心配だし…現が危険だって言うなら、流離を1人で戦わせる訳にはいかないよ」
「私もお手伝い致します」
「今引き返しても、夢見が悪いですしね!」
4人の思い思いの返答に、少しではあるが流離は珍しく顔を綻ばせる。
「…そうか、ついて来い。適当に人気の無い場所へ行こう」
そして、5人は少し和らいだ空気感のまま歩き始めた。その道中、流離は誰かに語りかけているようにも、独り言のようにも感じ取れる声量で、誰にという訳でもなく話し始めた。
「…物事が上手くいかないからと言って、己の無力を嘆くのはまだ早い。己の持てる全てを尽くして、それでも結果が振るわなかった時に初めて、『俺は無力だ』と弱音を吐く事が許される」
流離の言葉は、他者に向けたものというよりは自己を鼓舞する為のものだった。
「それは…幻から聞いたの?」
何とか流離をリラックスさせようと、セラは流離に話しかける。
「いや…俺自身の言葉だ」
あまり会話が好きではない流離は、そこで言葉を切る。だが、流離もセラなりの気遣いに気がついたのか、また別の話を始める。
「…俺は夢が好きだ」
「どうして?」
「夢の中ならば…一切の苦しみが存在しない。身分も、立場も、金銭も実力も…何もかもが思い通りになる。今思えば、俺が幻に協力したのは…そんな自由な空間を守りたかったからなのかもしれないな」
「流離…」
「夢は皆平等に与えられるものだ。それが侵されるなどあってはならない…夢を見る事すら叶わぬなら、いよいよ世界に救いが無くなってしまう……これは幻の受け売りだがな」
そんな話をしているうちに、5人は人気の無い路地裏に辿り着いた。
「少し待っていろ。リーヴはもしかしたら、覚えがあるかもしれないな」
すぐさま流離が鍵を取り出し、空間に差し込む。すると…
「おお…これ、みたことある」
リーヴが以前に夢の中で見たような扉が現れた。扉は触れずとも勝手に開き、流離はその前に立つ。
「…覚悟はいいな」
その流離の問いかけに、旅団の4人は黙って頷く。
「…よし。俺は良い友人に恵まれたようだ」
そして、5人は幻を助ける為に再び夢界へ向かった。




