第108話 離別
もうどっかで言ったかもしれませんが
この星は旅団ではなく流離と幻がメインです
遂に始まった幻の片割れ『現』との戦闘。4vs1という人数差を前にしても、現は怯まずに攻撃を仕掛けてくる。
「悪夢に呑まれろ…!」
現は再び広範囲を黒色の魔力で覆う。しかし、現が『悪夢』の概念種であるが故に、現の使う魔法は精神に影響を及ぼす物が多い。従って、改造人間であるセラや『とある事情』によって精神攻撃が効かない流離には効果が薄かった。
「名も知らない剣客よ、まだ俺の片割れに付き従うか。何がお前をそこまでさせる?お前に得など無いだろう?」
現は左手を鋭利な刃に変形させて、流離の赫刀と打ち合っている。
「…俺は損得で動いた事など無い。だからと言って…これが善性故の行動かと言われれば、それも違うがな」
「ほう…では何か企みがあると?」
「それも無い」
楽しそうに会話する現とは対照的に、流離は鬱陶しそうに淡々と言葉を返している。
「…部分的に嘘をついているな。夢は記憶の一部…それ故に、俺と幻は夢を通して他者の記憶を覗き見る事が出来る」
「何が言いたいんだ」
「企みとまでは言わずとも…目的はあるのだろう?幻と関わる目的が」
「…ああ。別に後ろめたい事ではないがな!」
流離はそもそも会話があまり好きではない。幻の片割れの癖にやたら饒舌な現に嫌気が差したのか、流離は語気を強めて現を蹴り飛ばす。そこで、流離はふとある事に気づく。
「…?お前達は何をしている?俺に戦闘を全て任せる気か?」
流離は後ろを振り返ってセラ達に呼びかける。すると、セラは少し言いにくそうに返答する。
「違う…けど、あたし達の目的は現を倒す事じゃなくて、現を夢界に送る事だよね?何て言うか、その…現の相手をこれ以上増やしたら、夢界に送る前に倒しちゃいそうで…」
この感覚の正体はセラ自身もよく分かっていなかったので、言葉にする事は出来なかった。しかし、心の奥の方には答えとなる感情が眠っていた。現が思っていたより強くないのである。ここ最近の相手は
星を喰らう化け物だの穢れを体現する存在だのと、次元の違う相手が多かった。それ故か、現の強さを頭の中で勝手に過大評価していたのである。一応言っておくが、別に現が弱い訳ではない。真月がおかしいだけだ。
「…そうか。この件に関しては、確かに戦闘が根本の解決にはならない……」
「戦闘中によそ見を…!」
「今話しかけるな」
「ぐあっ…!」
考え込む流離の隙を突いて、流離の背後から現が斬りかかってくる。しかし、流離が後ろも見ないまま裏拳で現の顔面を殴り倒した。セラはもちろん、リーヴやクオンなども、正直拍子抜けしてしまった。
「…なんか、おもってたより強くない、ね」
「彼の本領は夢界で発揮されますから、本来の実力はこの程度ではない筈ですが…」
「と、とりあえずわたし、幻ちゃん呼んできますね」
アルシェンが物陰に隠れて幻に状況を伝えると、幻はアルシェンと話し始めた。
「なるほど…考えてみれば当然だわ。私も完全に本領を発揮出来るのは夢界の中だもの…とにかく、目立った怪我も無くてよかったわ」
「それで、現さんはどうやって夢界に連れて行きましょうか?」
「…適当なタイミングで、私が流離と現の間に割り込むわ」
アルシェンは物陰から出てリーヴ達の元へ戻る。そこで彼女が見たのは、刀を鞘に納めた流離と、その前で膝をついている現の姿だった。
「わぁ…」
「あ、アルシェン。おかえり」
「るー君…本当に強いんですね」
「うん。思えば…初めて会った時も星喰を瞬殺してたし。どんな人生を歩んだらあそこまで強くなれるんだろう…」
すっかり武器をしまって話し込んでいる4人の前で、流離はまた現と会話している。
「…もう観念したらどうだ。お前は俺には勝てない」
「ハハ…言うじゃないか。だが、勘違いされては困る…ここは俺の本来の居場所じゃない。空を飛ぶ鳥が地面を速く走れないのと同じだ。つまりは、夢界であればお前達など敵ではない」
「負け惜しみか。惨めな…」
「それがそうでもない…俺にはちゃんと分かってるんだ。お前達が…俺を夢界に入れようとしている事がな!」
その瞬間、幻が空間を裂いて現に手を伸ばした。しかし、現はそれが分かっていたかのように幻の腕を掴んで自分から夢界に入っていった。最初からこれが狙いだったのだろうか。
「なっ…!」
流石の流離も動揺が隠せずに声を漏らす。すると、どこからか少し歪んだ現の声が響いた。
「安心しろ…お前達も招待してやる!お前達の墓場は夢の中に建てるとしようか!」
そして、幻が開けた空間の裂け目から無数の漆黒の手が伸びてきて、流離やリーヴ達をも夢界の中へ引き摺り込もうとする。
「えっ…」
「口を閉じろ!舌を噛むぞ!」
「絶対今それじゃないですよるー君!」
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5人が投げ出された先は、少し前に見た風景の中だった。周囲に無数の泡が浮かぶ、黒く無機質な大地…夢界だ。5人の正面には幻の背中があり、その幻は現と対峙している。
「あなた達まで…!」
幻は流離達が夢界に引き込まれた事を察知し、現を警戒しながら何かを考える仕草を見せた。
「幻、下がれ。夢界の中とはいえ、お前は戦闘が…」
流離が刀を抜こうとした時、流離達5人の周囲を大きな泡が覆った。外の音は聞こえるが、当然ながら泡の外に出る事が出来ない。その間にも、現は黒い魔力を使役して攻撃を仕掛けてきている。
「…何の真似だ」
流離は刀を納め、冷然と幻を問い糺す。しかし、その声音からは苛立ち…というより、困惑が感じ取れた。
「…ごめんなさい。あなた達には現実に戻ってもらうわ。これ以上あなた達に面倒をかける訳にはいかないの」
幻の表情は曇っており、流離やリーヴ達と目を合わせようとしていない。
「面倒が何だ、その程度…」
「あなた達の強さは知ってるわ。さっきまで見ていたもの…でも……ごめんなさい。ここから先に私がやる事を聞いたら、あなたは止めるでしょう?」
「何だ…何をする気だ?」
「…私はこの夢界で現と交戦して、現を吸収するつもりだった。でも…彼が1枚上手だった。現はその計画を見抜いて、逆に夢界で私を倒し、あわよくば私を吸収しようと企んでいたの」
「だったら…!尚の事何故俺達を現実に帰す?」
「夢界での現は現実での彼とは比べ物にならない程に強い…それに、私が彼を吸収しようとすれば、彼も抵抗する…その時にどちらが吸収されるのかは…運次第なの」
「運次第って…!」
セラも思わず声を漏らす。セラだけじゃなく、他の旅団員や流離も幻の思惑に気づいたようだ。
「幻、お前…死ぬ気か?」
「それは分からないわ…確率は五分ね。少なくとも死ぬつもりは無いわ、あなた達は現実で…私の帰りを待っていてちょうだい」
「…駄目だ、忘れたのか…俺とお前の約束を…!」
「ええ…『死ぬな』でしょう?」
「ああそうだ!覚えているならこの障壁を消せ!お前は死なせたくない…!守らせてくれ、今度こそ!お前は…!」
流離はいつになく感情を露わにしている。それほど、幻を大切に思っているのだろうか。
「…分かってちょうだい。夢界の中でも死は存在するの。もちろん私なら夢界の中の死は回避させられる…でもそれは、本来の力がある時の話よ。あなた達をこれ以上危険な目に遭わせたくないの」
やがて、流離達を覆う泡の障壁にヒビが入り始める。
「…限界ね。攻撃を捌きながらだと厳しいわ」
そう呟いて、幻は流離達を現実に帰す準備をする。
「待て幻!せめて俺だけでも…」
幻は優しく微笑んで、必死に抗議する流離の両頬に両手を添えて呟いた。
「…ごめんなさい。今までありがとう。もし私が現に敗北しても…あなたの事はきっと忘れないわ」
「幻…!」
「それじゃあ…さようなら、スカーヴ」
最後の時だけ、幻は彼自身の夢から知った本名で流離を呼んだ。その言葉を最後に、流離達は視界が真っ暗になって意識を失った。




