第107話 吉凶戦線
Q,何で市街地で戦ってるのに住民は何も言わないん
A,未知の魔物(凶夢の破片)が街に溢れ過ぎててそれどころじゃないからです
「ふぅ…この辺りは片付いたかな」
流石のセラとて、集団戦は少々疲れるようだ。片方の剣を杖代わりにして息を吐くと、近くの物陰からリーヴが『ひょこっ』と顔を出した。
「おつかれさま、セラ」
「ありがとう。怪我は無い?」
「うん。他の皆も…大丈夫、かな」
「大丈夫だと思うよ。クオンが強いのなんて分かってるし…アルシェンも自衛くらいは出来るって、この前言ってたから」
「…なんで流離の心配しないの」
「何か…よく分からないけど、流離って死ななそうじゃない?」
「たしかに」
その頃、当の流離は…
「斬れども斬れども湧き出ずる…昔を思い出すな」
過去を思い出しながら、セラ達と同じように凶夢の破片の相手をしていた。その『過去』とはいつかの流離が話したように、気分の良い話ではない。血と怨みに塗れた、薄汚い物語だ。
「誰の人生が薄汚いと?」
一通り破片を討伐した流離は刀に付着した黒い液体を払い落とし、刀を鞘に収める。
「…まぁ、否定はしない。事実、この手も刀も…血で汚れきっている」
その時、流離の頭の中に嫌な予感が走った。ふと遠方に目を向けると、少し離れた場所の空に黒い魔力が渦を巻き始めている。
「…現か?」
「ええ、そうよ」
流離がそこに向かおうとした時、隣に幻が現れた。
「クオンと呼ばれていた子の場所に来たみたい…リーヴとセラはもう向かわせたわ。あなたも早く来てちょうだい」
「ああ。夢界に引き入れるのは俺がやるのか?」
「いいえ、それは私がやるわ。あなた達に全部任せるのも…気が引けるもの」
そう言い残して、幻は早々に姿を消した。現との交戦に備えて力を温存する為だろう。
「…大丈夫か?幻に残っている力は僅かだというのに…」
そんな不安を呟きながら、流離はクオン達が居る方向へ向かった。
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時は少し遡り、流離が己の過去を思い出していた頃。死の気配を感じ取ったクオンは、アルシェンに警戒を促していた。
「クオンちゃん、気をつけてください…!」
「はい。幸い、今のところはそこまで濃い気配ではありません。少なくともアルシェンさんは無事だと思いますが…気は抜かないでください」
2人が倒した凶夢の破片の死骸が1箇所に集まっていき、それらは黒いドロドロとした渦を巻いていく。
「…気味の悪い光景です」
クオンは微かに顔を顰めている。やがて、その渦の中心から誰かが出て来た。その姿は幻と瓜二つであり、全体的に幻の色合いを黒くしたような感じの中性的な少年だった。生まれた経緯もあってなのか雰囲気がどことなく真月に似ており、真月と同じような黒い外套に身を包んでいる。
「あの子…幻ちゃんに似てます…!」
「あれが…話に聞いていた『現』でしょうか」
現は周囲を見回して、すぐに現状を理解する。
「なるほど、お前達か。この星に撒いた破片を消していたのは」
「…1つ聞きたいのですが」
クオンは警戒を解かないまま、現に語りかける。
「あなたは何故…星を巡っては行先の人々に悪夢を見せるのですか?」
クオンのその質問は、至極純粋な興味から来る質問であった。自分自身も『死』という負の権能を持ってはいるが、その力を他者を害する為に使おうとは考えた事も無かったからである。
「理由など無い。言うなれば本能のようなもの…虎が鹿を狩るのと似たようなものだ」
「…そうですか」
「まぁ強いて言うならば…あの片割れを吸収して、俺が新たな『夢』の概念種になる事が目的ではある。俺の全ての行動は、片割れを誘い出す為のものとも言えるな」
現の返答は幻の推測とおおよそ同じであった。どこか失望のような感情を携えながら、クオンは大鎌を構える。そして現も黒く凶々しい魔力を纏いながら宙に浮かび、臨戦態勢に入る。
「分かってはいましたが…話し合いは難しそうですね」
「はい…アルシェンさん、支援をお願いします」
クオンは小手調べと言わんばかりに紫色の斬撃を飛ばす。
「…」
現はそれを難なく躱すが反撃などはせず、依然として空中に留まっている。その様子に違和感を覚えたクオンは、一旦攻撃を止めて考え込む。
(何故反撃しないのでしょうか…夢界の外だから本領を発揮出来ない?いや…それもあるのでしょうが、だとしたら流離さんが居る現実に出て来るよりは、戦闘が苦手な幻さんと戦う事になる夢界に隠れていた方が良い筈…)
クオンは一度考え事を始めると、思考が深まっていってしまうタイプだった。その隙を突き、現は唐突に黒い爪を振りかぶってクオンに襲いかかる。
「うっ…!」
考え事の最中だった為にすぐは動けず、クオンは左腕に深い切り傷を負ってしまった。
「何だ…案外簡単な相手じゃないか。この程度に引っかかるのなら俺の片割れや、それに付き従う剣客の方が手強いぞ」
「なる…ほど。そういう戦法を取る方ですか」
アルシェンに傷を治してもらいながら、クオンは武器を構え直す。
「おっと…治療はさせる訳にはいかない」
現は全身に纏う黒い魔力を両腕に集中させ、それを勢いよく前方に解き放った。広範囲の地面や建物の壁を凶々しい魔力が這い進み、クオン達はそれを避けられずに直撃してしまう。
「何ですかこれ…アルシェンさん、無事ですか…!」
「クオンちゃん…?どこに…」
2人の会話は微妙に噛み合っていないように聞こえる。
「視覚と聴覚を奪われてはそうなるだろうな。哀れな物だ…ここで仕留めてもいいが、そうすると片割れの怒りを買いそうだしな…」
現は戸惑う2人を眺めながら思案している。
「…よし。ここで消しておこう。力を失っている片割れ如き、俺がどうにか出来る」
現は右手に鋭い黒爪を出現させて、アルシェンに歩み寄っていく。
「…!アルシェンさん…!」
少し早めに五感が戻ったクオンはアルシェンの身の危険を感じて、咄嗟に現とアルシェンの間に割り込む。クオンは死んだとしても生き返れるが、アルシェンはそうではない。故に、実際妥当な判断ではあった。しかし、クオンが死亡する事は無かった。
「…あ、感覚が…」
次にアルシェンが目を開けた時、彼女の目の前ではセラと現の鍔迫り合いが起きていた。
「セラさん…!」
「危なかった…間に合ってよかったよ」
セラは現の爪を払い、胴体に蹴りを入れて吹っ飛ばした。
「ちょっと……せらぁ…早いぃ…」
後ろからはへとへとのリーヴが頑張って走ってくる。
「…悪い癖だな。決断は先延ばしにしない方が良い…」
「そうだな、同感だ」
現がゆっくり身体を起こした時、上空から流離が急降下して来て、着地と同時に現を斬り下ろした。現の周囲の地面からは6本の赤黒い斬撃が出現し、それらが同時に現を斬りつけた。
「るー君…!」
「すまない、遅くなっ……るー君…?」
割と本気で戸惑っている流離の背後で、現は改めて身体を起こす。
「気づけば人数不利か…まぁいい。あの剣客も居る事だし、纏めて悪夢に沈めてやるとしよう…!」
こうして、悪夢の概念種『現』との戦闘が幕を開けた。
今回登場した技
現
・這い寄る恐怖
→広範囲に波動を放ち、当たった者の視覚と聴覚を奪う。ちなみに描写は無いが相手の恐怖心を煽る効果もある
流離
・六道斬
→上空より斬り下ろしてから6本の巨大な斬撃で追撃




