第106話 凶夢横溢
幻の『嫌な予感』に従って、リーヴ達は宿の外へ飛び出た。するとそこには…
「…何これ…」
セラも思わずそう溢す街の有り様は異様な物であった。夢界とは比べ物にならない量の凶夢の破片が街中を蠢いており、人々はそれに怯えているのか全く外に出て来ていない。
「…どういう事だ?」
幻ほどでは無いにしろ、夢界や現に関する事には詳しい筈の流離でも事態を把握出来ていないようだった。
「これ、そんなにおかしい、の?」
「凶夢の破片の本来の住処は夢界…例えるなら魚みたいなものだ。何故夢界を住処とする凶夢の破片が…現実にこうも多く現れる?今までは居たとしても2,3体だったというのに…」
「凶夢の破片って元から居るには居たの?てっきり、現のせいで生まれたんだと思ってたけど」
「ええ、確かに全く居ない訳ではないけど…ここまでの数は夢界でも見た事が無いわ。きっと…現の仕業よ」
「現が…なんの、ため?」
「…私には分からない。でも恐らく…これと言った理由なんて無いんだわ」
「えぇ…そんな事ある?」
「昨日言ったでしょう?現は、真月と似ているって…真月が他者を害するのに理由が無いのと同じよ。現が人々に悪夢を見せる事、破片を使って恐怖を煽る事に…特に理由は無いの」
セラは『概念種』という種族がいかに人間とかけ離れているかを再認識した。
「とにかく破片の掃討に移ろう。幻は夢界で待機だ、どうせ現を捕らえるのも今日やる予定だったからな。現の配下である破片を消し続ければ、そのうち現も出て来るだろう」
「ええ…皆、気をつけて」
リーヴ達4人は力強く頷き、流離と共に街へ繰り出した。
「…異様だな。昨日までの活気が…それこそ夢のようだ」
街のあちこちに凶夢の破片が彷徨っており、どこを見回してもやっぱり人影は1つも見当たらない。
「とにかく、破片を全て片付けるぞ」
「全部…って、できるの?」
「…比喩だ」
そう短く言い残し、流離は一瞬にしてどこかへと消え去った。恐らくリーヴ達とは別の場所で破片の対処をするつもりなのだろうが、あまりに早いのでリーヴの目には瞬間移動にしか見えなかった。
「…人間ってあんな速度で動けるんですね」
「いえ、恐らく異能による身体強化かと」
「本当だ。流離の行った方向に血の匂いが伸びてる」
「セラ、わかるんだ」
「え、普通分からない?」
「うん」
「「はい」」
「そっかぁ」
そして、4人は二手に別れる事にした。リーヴとセラ、クオンとアルシェンのペアだ。
「破片って…普通に攻撃していいのかな。この前はそれで撃退出来たけど、何か別の特性を持つ個体とか居たらどうしよう…」
「セラ、ルミエイラで記憶が戻ってから、ちょっと慎重になった、ね」
「そうかな?多分…戦場での記憶とか経験が戻ったからだと思うけど」
「慎重なのは、いいこと、だよ」
まるで緊張感の無いいつも通りの口調で話すリーヴは、前方に見覚えのある黒い影を見つける。
「あ、いってる側から来た、よ」
リーヴが指差す先には、件の凶夢の破片が大量に集まっていた。既に姿を変えた個体も、まだ黒い魔力の塊な個体も居る。セラもそれを視認して、戦闘の準備をする。
「うん…待っててリーヴ、すぐ終わらせるよ」
そして、セラは金色の指輪を高く掲げてあの神々しい姿へ変身し、波のように押し寄せる凶夢の破片を、光を纏う双剣で次々と撃破していった。普段は温和で大人しい少女だが、彼女の正体は伝説の人間兵器の生き残りだ。概念種が生み出した存在とはいえ、セラにとっては凶夢の破片など何百体いようが雑兵に過ぎなかった。それはクオンや流離にとっても同じで、別々の場所に居るものの、彼女らは同じ目的の為に力を尽くしていた。
少なくともこの辺りまでは流離の想定内だった。
この辺りまでは。




