第105話 凶兆
ややこしくて申し訳ない豆知識(本編では入りきらなかった)
夢界は夢の世界なのですが、実体を失った幻がいつも居るのは「誰かの夢の中」ではなく、どちらかと言えば人々の夢が泡みたいな感じで無数に浮かんでいる「集合的無意識」の空間に居ます。そこも一括りに「夢界」と呼ばれています。ちなみに多くの人が眠る夜以外はすっげえ暇らしいです。
翌朝の8時頃。流離はリーヴ達を起こしに部屋の前までやってきたのだが、朝っぱらから問題が発生していた。
「わ…すごい、濡れてる…」
「ち、ちょっとリーヴ…あんまり見ないでよ…」
ドアを挟んだ向こうから、何かとんでもない事をしているような声が聞こえてくるのだ。
(…二度寝するべきか?)
流離が結構本気で二度寝を決め込もうとしている間にも、部屋の中から声が響き続ける。
「セラさん…これは…」
「ちょっと、恥ずかしいですよね…」
「あら…床まで濡れてるじゃない」
そんな台詞を聞いた流離は、より一層頭の中のイメージが鮮明になっていく。
(幻まで何をやっているんだ…いや、ああいう歳の人間なら普通なのか…?)
お前も大概似たような歳だろ。
「21だ」
会話すんな。
(…よし、とにかく入ってみるとしよう。幻も居る事だしな)
流離がイカれた度胸のままにドアを開けると…
「…は?」
どうやら、意外な光景が広がっていたらしい。スカートの股辺りに何かで濡れたようなシミが出来ているセラと、それを囲んでいる他4人の姿が目に入ってきた。
「セラ、炭酸をのむ時は、気をつけなきゃ」
「うぅ…だって、あんな勢いよく噴き出るとは思わなかったんだもん…」
「まあまあ、とにかく洗濯しましょう?」
「今日はいいお天気ですし、すぐ乾きますよ!」
「おはよう流離、起きてたのね。あら…どうしたの?そんな浮かない顔して」
「いや…俺の心がいかに汚れていたかを再認識しただけだ」
セラのスカートを乾かし終えた頃、流離は再びリーヴ達の部屋にやってきた。
「さて、気を取り直して…今から現を夢界に引き込む為に動こうと思うが、何か質問は?」
流離が仕切って話を出すと、アルシェンが手を挙げた。
「その…現さんを捕まえる計画、みたいなのは…どうして他の星じゃなくてこの星で実行するんですか?今まで訪れた星の1つくらい、出来るタイミングとかがありそうですが…」
「この星に住む人間が今まで訪れた星のどこよりも多いからだ。人が多ければそれだけ現が見せる悪夢が増えて、その悪夢に対する恐怖が現の力になる。いい加減ここで終わらせないと面倒になるし…前述の理由から、現が姿を現す可能性も高いからな」
「なるほど…」
「わたしからも、いい?」
「ああ」
「そもそも、どうやって捕まえるの?わたし達、夢界に入る方法なんてもってないし…正確な居場所は幻がわかるとしても…難しく、ない?」
「…まぁ、半ば無理矢理なやり方になるとは思うがな。現は幻と衝突する事を恐れて現実に潜伏している…それを探し出して、何とか夢界に入れる。俺達が夢界に入る方法は…また追って話そう」
それからも、流離とリーヴ達は順調に質疑応答を繰り返していき、諸々の疑問は大方無くなった。そんな時、ふと思い出したようにセラが幻に質問する。
「あ、そういえば…幻はどうやって現と戦うの?ていうか…幻って戦えるの?」
「…私の目的は、あくまでも現を取り込んで元の力を取り戻す事。現とあなた達の交戦は避けられないでしょうから、そこで現が消耗してくれていたら…助かるわ」
その時、幻は少し目を伏せていた。まるで…何か後ろめたい事があるかのように。流離はそれが気になって口を開こうとするが、その瞬間に幻が焦った様子を見せ始めた。
「え…?これは…」
「どうした?」
「……とりあえず外に出ましょう。嫌な予感がするわ…いえ、もう…それは現実になっている…」
普段は温和で物腰柔らかい幻の深刻そうな様子から、5人は現状の危うさを何となく理解した。
「…わかった。いこう、みんな」
リーヴ達は急いで宿の外へ走った。




