第99話 群星放浪、夢守る逆徒
「……あれ、ここは…」
昨晩確保した宿で眠りについた筈のリーヴは、どうみても宿ではない場所で目を覚ました。辺りは薄暗く、リーヴの周辺にはただ広大な荒地と申し訳程度の岩が点在しているだけだ。
「わたし…セラと一緒に寝た筈じゃ」
(なんか……ぼーっとする。夢の中に…いるみたい。でも…それにしては……『りんじょうかん』?がある…)
いまいちはっきりしない意識の中、リーヴはとりあえず歩き出した。
「…へんな場所。人も、街も…魔物すらいない」
リーヴは永遠に広がる暗い景色の奥へ歩いていく。
その時だった。
「……!」
どこかで聞いたような呻き声を上げながら、地面から真っ黒いドロドロとした塊が出て来た。
「これ、昨日みた魔物…!」
リーヴはその魔物が変身してから襲ってくる事を覚えていたので、襲われる前にその場から逃げ出した。
「はぁ…はぁ……よかった…逃げきれた」
乱れた呼吸を整えながら、リーヴは思考を巡らせる。
(ここがどこかはわからないけど…とにかく逃げなきゃ。ここから出る方法を探そう)
依然として意識ははっきりとしないが、それでもここから出る方が優先だ。リーヴは地平線に向かって歩き続けた。何分、何十分経ったのかも分からないが、とにかく出口(?)を探して歩き続けた。しかし、どこまで行ってもリーヴの視界には薄暗い大地しか映らなかった。
「うーん…困った」
リーヴは困ってしまった。
「セラもクオンもアルシェンもいないし…どうしよう」
その時、リーヴの背後に再び黒い魔物が現れた。今度は3匹でリーヴに接近して来ている。
「わ…また走らなきゃ」
先程と同様にリーヴは走り出したが、今回は3匹居る事と今まで歩いて来た疲労が重なり、徐々に双方の距離は詰められていく。その時、リーヴは遠くに見慣れた人影を見つけた。
「あの髪型…セラ…!」
暗くてよく見えないが、遠方に自分が最も頼りにしている旅仲間の姿があったのだ。リーヴは希望を取り戻し、その人影に向かって走っていく。だが、『それ』に近づいた瞬間にリーヴは足を止めた。何故ならば、『それ』は髪を含めた全身が真っ黒だったからだ。
「違う…これ…あの魔物だ」
リーヴが見つけた人影は、先程から彼女の脅威となっている黒い魔物が化けた物だった。リーヴは急いで別の方向に走り出そうとするが、次々と湧いてくる黒い魔物達に包囲されてしまった。
「う…どうしよう」
黒くドロドロとした液体の塊だった魔物達は、徐々にその姿を変化させていく。ローブを纏った怪しげな男や、突撃銃を装備した兵士などの姿になった魔物達が、リーヴににじり寄ってくる。
「こ…こないで…!」
逃げ場を失ったリーヴは、青ざめた顔のまま身を縮める。しかし、そんな物が悪あがきでしかないという事はリーヴも分かっていた。
「……!!」
大勢の魔物が呻きながらリーヴに襲いかかったその時、夥しい数の赤黒い斬撃が周囲に飛び交い、リーヴの周囲に居た魔物を殲滅した。
「…平気か」
「あ…うん」
気がつけば、リーヴの正面には赤い刀を携えた青年…流離が立っていた。だが、何故彼がこんな場所に居るのだろうか。
「あの…ここは、どこなの?それと…あなたはだれ?」
「俺の名は流離。ここはお前の悪夢の中だ。吉夢悪夢問わず、夢の中の空間は『夢界』と呼ばれている。お前が居るのはまさにその夢界だ」
「むかい……じゃあここは、現実じゃないんだ」
「ああ。そして俺は…訳あって、この特殊な悪夢の中に迷い込んだ者を救い出す役目を担っている」
「ふぅん…なら、ここから出る方法もわかる?」
「当然だ。それが俺の役目だからな。少し離れていてくれ」
言われた通りにリーヴが離れると、流離は懐から銀色の鍵を取り出して正面の空間に差し込んだ。すると、ドアのような模様が現れて、空間に扉が開いた。
「ここから現実に帰る事が出来る。行け」
「ありがとう……流離は?」
「俺はここに残る…まだやる事もあるからな」
流離がそう言った瞬間、2人の背後に大量の黒い魔物が出現した。
「チッ…『凶夢の破片』が…」
「あの魔物、そんな名前なの?」
「そうだが今はどうでもいいだろう。さっさと行け。これだけの数が相手ならば、少し本気を出さなければ時間がかかるだろう」
「…うん、わかった。ありがとう…また、会えるかな」
「さぁな」
それだけ言うと、流離はリーヴを扉の奥に押し込んで凶夢の破片と交戦し始めた。その時、リーヴは一瞬だけ奇妙な物を見た。黒髪であった筈の流離が白髪に変わり、右肩の辺りから赤黒い片翼を生やしている光景だった。
(…今のは…?)
扉をくぐったリーヴが振り返ると、もうそこに扉は無く、代わりに少し先の方に淡く白い光が見えた。
「…あそこが出口、かな……あれ」
その時、リーヴは足元に赤黒い羽根を1枚見つけた。落ちている位置からして先程の扉から入ったのであろうが、これは一体なんだろうか。
「わっ…羽根…『どろ』ってなっちゃった。それに…なんかあの羽根、血みたいな匂いがしたな」
分からない事が沢山あるが、とりあえず今は現実に戻るのが優先だ。リーヴは淡い光の中に足を踏み入れると、そこで意識を失った。
リーヴが今まで死ななかったのってよく考えたらただのラッキーだな




