神獣(2)
麒麟の加護を得るべく、刹那、真、咲夜、夜刀神は聖域と呼ばれる麒麟が住まう霊峰へと足を進めていた。
万が一のために、彼岸は士郎の護衛のために駄菓子屋で待機することとなった。
「さて、まずは麒麟について少し話をしておこう。存在自体は広く知られていると思うけど、鹿のような体躯に大きな角があるのが特徴だ。現世でも神獣として伝承などに度々登場しているだろう。麒麟は人間に友好的な怪異であり、その恩寵を受けたモノは数多く存在する。時の権力者などは麒麟に選ばれたものから選出されたと言われているね。麒麟は魂を見る力があり、清らかな魂のモノに加護を与えていると言われている。麒麟の加護は非常に強力で、厄災などを遠ざけてくれる。」
刹那が麒麟について説明を始めた。
「麒麟は色々なところで話を聞いたり、見たりしたことがあるので知っています。有名な怪異ですよね。実際に目にすることがあるとは思いませんでしたけど。」
真は刹那の話を聞いて自身が知っている怪異の話を受けて少し嬉しい気持ちになっていた。
「そうだね、怪異の中でも人間との縁が特に多い。それゆえに強大な力を有している。でもね、大きな力を持つという事はそれだけその力を狙ってくるモノも多いという事だ。現に現世では麒麟の力を手に入れようと、愚かにも逆鱗に触れた例もある。麒麟は友好的ではあるが、自身に敵意のあるモノには容赦しない。だからこそ、麒麟への畏怖と敬意を忘れてはならない。」
刹那の話を聞き、真は気持ちを引き締めた。
人間の欲は留まるところを知らない。怪異との縁のために平気で他者を蹴落とし、利用する。
そういった人間の汚い部分をいやというほど幽世に来て認識をしていた真は、どこか悲しげであった。
「渡し屋殿、これから行く霊峰というのはどういったところなのでしょうか。私も存在は知ってはいるが赴いたことはない。何か警戒すべきことはありますか?」
咲夜が刹那へと問いかける。
「そうだね、そもそも霊峰は聖域と呼ばれる不可侵の地に聳え立っている。まずは聖域を目指していくんだが、聖域事態は天神の許可なく入ることは禁じられている。今回は許可を得ているから聖域までは到達できるだろう。問題はその先、霊峰へと至る道だ。霊峰は麒麟だけでなく、不可侵とされる怪異が多く住まう土地だ。お互いの絶妙なパワーバランスによって保たれており、個々が不可侵を貫いている。今回用事があるのは麒麟だが、他の怪異の気まぐれで危うくなる場面が存在するかもしれない。そうなっては如何に私や咲夜でも対処はできない。もし何かあった際は全力で真君を連れて聖域から出てほしい。それから、霊峰は高濃度の穢れを含む場所も存在している。今回はそこを通ることはないが、万が一にでも足を踏み入れたら一瞬で命を落とすことになるだろう。兎に角、一直線に麒麟の元へ向かい、さっさと帰る。これに尽きるね。」
刹那が一行に話をした。
聖域とは、不可侵の領域であり、天神の許可なく立ち入ることは禁じられている。
その土地には強大な力を持っている怪異が幽世に影響を与えない様ひっそりと暮らしている。
怪異間のパワーバランスが絶妙に保たれており、崩壊した場合、幽世に多大な被害が発生する可能性があり、聖域は幽世の中でも厳重な管理が施されている。
「なるほど、承知しました。では私は真殿を全力でお守りします。渡し屋殿の身の保証はしかねますのでご承知おきを。」
咲夜は刹那へ冷たく言い放った。
刹那は少し苦笑いをして頷いた。
しばらく進んで行くと、辛うじて可視できるほどの薄い壁のような光が見えてきた。
聖域の入り口であり、不可侵の領域を区切るようにある一定の範囲を覆うように存在していた。
「ここが聖域の入り口だ。薄く光が見えるのがわかるかい?これはこの先が不可侵の領域であることを示している。そして許可のない怪異がこの光を越えると瞬く間に命を落とす・・・怪異殺しの壁だ。こんなものを作り出したモノは一体だれなのか。私にはわかりかねるが、並みの怪異ではないことは確かだ。そしてこの壁は人間であればやすやすと通り抜けることができる。これが聖域の入り口唯一の欠点なんだ。まぁ、そもそも人間なんてめったに来ないし、通り抜けたところで、先に進むのは難しい。当然聖域を守護する怪異が存在しているからね。たとえ壁を越えたとしても聖域を抜けて霊峰にたどり着くことはできない。という事で、先に進もうか。」
刹那はひとしきり説明を終えると、何やら札のようなものを取り出し、咲夜と夜刀神に向って呪いを施した。
「今、咲夜と夜刀神に聖域への立ち入りを許可する呪いを施した。これで壁を抜けることができる。先に説明した通り、真君には不要なものだ。安心して進んでくれ。」
真は刹那から説明をされたが、内心恐ろしい気持ちでいた。
もしも壁を越えることができなかったらと不安だったが、案外あっさりと壁を通り抜けることができ安堵していた。
咲夜も真に続いて壁を抜け、その後に刹那も続いた。
「さて、無事に聖域へと足を踏み入れることができたね。ここから霊峰へはしばらくかかる。何事もないのが一番だが、警戒をして進んで行こう。」
一行は刹那の言葉に頷き、周囲を警戒しながら進んで行った。
しばらく進んで行くと、集落のようなものが見えてきた。
茅葺屋根の建物が数軒見える。
中央には高い見張り塔のようなものが建っていた。
「聖域の内部を管理、守護しているモノ達の集落だ。一旦休息をとろう。この先はまだ長い。少し話をつけてくるからここで待っていてくれ。」
刹那はそう言うと、集落の方へと向って行った。
しばらくして、集落を取りまとめているという怪異と共に戻って来た。
「お待たせ、話をつけてきた。しばらくここで休息をとってから霊峰へ向かおう。それから紹介しておこう、彼はこの聖域を守護する怪異を取りまとめている、天逆毎だ。」
刹那がそう言うと、天逆毎は軽く会釈をした。
「お前たちがこの先の霊峰へ赴く経緯は渡し屋から聞いた。下手なことはしてくれるなよ。何かあったらお前たちの命はないと思え。」
ドスの効いた低い声で天逆毎が言った。
咲夜も委縮するほどの覇気を放っており、苛立っているのが分かった。
見かねた刹那が天逆毎へ言った。
「安心してくれていい、麒麟以外に用事はないし、なにかあれば私が責任を取ろう。それにこの件は天神からの指示でもあるからね。」
天逆毎は納得のいかない顔をしていたが、天神の名を聞いて何とか感情を収めた様子だった。
「この先に使っていない小屋がある、好きに使え。そこ以外の場所には立ち入るな。」
天逆毎はそう言い残すと、自分の持ち場へと戻っていった。
「やれやれ、相変わらず怖いね。あれでも根はやさしい怪異なんだ。自分の職務を全うすることに全力なだけだから許してやってほしい。」
刹那が真と咲夜に語り掛けた。
ようやく緊張の糸が解け、言われた小屋へと歩みを進めて行った。
「さて、ここからどうするか説明しておこう。少し長くなるが聞いてくれ。まずはここから霊峰へと向かう。霊峰へは禁則地と呼ばれる深い森を抜けるか、すこし遠回りになるが森を迂回して山を一つ越えるかの二択になる。禁則地は聖域の中でもかなり危険な場所だ。私一人だけなら抜けられないこともないが、真君も居るからなるべく避けて通りたい。なので迂回をして霊峰を目指そうと思っている。しかしこちらも少し厄介なことがある。迂回をするには小さな山を一つ越えなければならないんだが・・・その山自体が怪異なんだ。ダイダラボッチと言ってね、こちらも有名な怪異だから聞いた事はあるだろう。山のように巨大な怪異、彼が住まう山だ。このダイダラボッチの山を越える必要があるんだが、どういう訳か普段なら全く動くことがない彼が、最近活発に動き出しているという話なんだ。動き出していると言っても、歩いたりしているわけではなく、休眠状態だったものが活動を始めるための準備として呼吸をはじめているといった具合だ。山のような彼が呼吸をするだけで影響を及ぼすというのは容易に想像がつくだろう。だが禁則地を通るよりははるかに安全だ。最悪の場合は逃げることも選択肢として入れておこう。」
刹那が一通り説明を終え、咲夜が口を開いた。
「ダイダラボッチの山を越えるのはわかりました。渡し屋殿に一つ確認しておきたいことがあります。彼については存じておりますが、活動を終えて相当な時間が経っていると認識しています。そんな怪異が動き出す理由に心当たりがおありなのではないでしょうか。」
咲夜は刹那へと問いかけた。
「そうだね、心当たりというか仮説ではあるが話しておこう。ここ最近、幽世で色々なことが立て続けに起こっている。いや、元々水面下で事が起きていたのかもしれないが、それが顕著に現れだした。それがなぜ今なのか・・・おそらく真君が幽世に来たことが最も考えられる理由だ。真君へかけられた呪いは、幽世を揺るがすほど大きなものだったらしい。私もここまでとは思わなかった。そして真君の呪いが、燻っていた火種を大きく燃え上がらせてしまったんだ。おそらく今まで類を見ないほど強大な怪異殺しの力が産み落とされようとしている。その刃がどこに向かっているのか私には図りかねるが、備えなければならないと感じたモノは居ただろう。予感はあった、それが現実味を帯びて動かざるを得なくなった。」
真剣な眼差しを真に向けながら刹那が続けた。
「天狗山での一件、夜刀神への襲撃、安倍晴明の出現、空亡の暗躍・・・どれも重ねて起こるには大きすぎる。これがナニモノかのシナリオでないことを願うばかりだよ。そんな幽世の異変を察知し、ダイダラボッチも活動を始めたんだろう。だから今回の霊峰への道は険しいものに成る可能性が十分にあるという事だ。」
幽世で起きた一連の事件について、刹那が話した。
真が幽世へ来てからそう長くない時の間に起こった事件。
今までの幽世では考えられないほどの歪が蠢いている感覚を刹那は感じていた。
「天神とも話をしたが、これは由々しき事態だ。もともと不変を好む怪異達にとって、これほど大きな出来事はそう経験することではない。ましてや命にかかわるとあったら皆恐ろしく感じることだろうね。保身のために事を起こすものも現れてくるだろう。私はここ最近の出来事は仕組まれたものだと思っている。誰が企てたものかはわからないがあてはついている。だが思い通りにはさせない。そのためにも、真君に呪いをかけた怪異を止めなければならない。そのためにも早いところ麒麟の元へ向かおう。」
刹那は話終わると、立ち上がり周囲を見渡した。
そしてここで待機するようにと真と咲夜へ話し、小屋の外へと一人出て行った。
「咲夜さんも、聖域には初めて来たんですよね?やっぱり普段は立ち入れない場所なんですね。」
気まずい空気を感じ取り。真が咲夜へと話しかけた。
「そうですね。聖域とは不可侵であり、立ち入ることを禁じられているとずっと聞いておりました。まさか足を踏み入れることがあるとは思いませんでした。」
咲夜も緊張をしているのか、すこし震えるような声で答えた。
「聖域か・・・ずいぶんと久しぶりに足を踏み入れたものだ。」
真の肩でずっと居眠りをしていた夜刀神が口を開いて言った。
「夜刀神、起きたんですね。ずいぶん久しぶりに起きているところを見た気がしますよ。聖域に来た事あるんですか?」
真は夜刀神の頭を撫でながら言った。
頭を撫でられながら夜刀神が続いて言った。
「我が岩牢に封じられる前にな。ここに居る怪異と顔見知りでな、よく足を運んでは語らっていたものだ。ここがまだ聖域と呼ばれる前の、幾千年も昔の話だ。今となってはその怪異も居なくなり、ここに足を運ぶ理由もなくなったがな。しかし因果とはよく言ったものだ。またここに戻ってくることがあろうとはな。」
夜刀神はしばらく話をした後、また眠りについてしまった。
しばらくして、刹那が戻って来た。
「待たせてすまないね。そろそろ出発しよう。霊峰へはまだまだ時間がかかる、気を引き締めていこう。」
そうして一行は霊峰を目指し、歩き始めた。




