手伝い
幽世に来てどのくらい経ったのか、相変わらず空はオレンジ色で日が落ちることはなかった。
「刹那さん、幽世って時間が流れて無いんですか?」
それとなく疑問をぶつけてみた。
「幽世は時間の概念がそもそも存在しないんだ。幽世に居る限りは時が進むことはない。幽世に存在するものは現世のように風化していくことがない。だからこそ自らの意志で幽世へやってくる人間が一定数居るんだ。俗に言う不老不死を求めて。」
なるほどと思った。
どうして幽世に自らやって来る人間が居るのだろうと思っていた。
不変であるなら不死でもあるということなのだろうか?だからこそ死する人間は不死を求めて幽世を目指す。理にかなっている。
しかしその考えは間違えていたようだ。
「決して怪異は不死ではない。不変ではあるけれどね。幽世にあるものが壊れないわけではないのと一緒で、変わらないだけで壊そうと思えば壊せる、殺せるんだ。だから不死を求めてくる人間は大抵現世に帰りたがるのさ。こんなはずではなかった・・・と。」
刹那さんの言葉から、今までたくさんの人間を現世に渡してきたであろうことが伺えた。
欲にかられ、幽世にやってくる。
僕の先祖もそういった欲から怪異と取引をしたのだろうか。腹立たしい・・・
おや?だとすると僕は幽世に居る限り永遠の16歳なのではないだろうか?
「気づいたかい?」
刹那さんは僕の顔を見てニヤリと笑った。
「君が生贄に捧げられるのは17歳になった瞬間。それは現世での換算だ。幽世は時が進まない。君の感覚でいう今この瞬間、一時間後、一日後、どこを切り取っても君の時間が現世で進むことはない。現世に戻らない限り。そもそも時間の概念が存在しない幽世で現世の時間の流れを観測することはできない。だからこそ生贄を現世で監視し、観測する必要があるんだ。」
難しい話になってきた・・・
要するに幽世で一日過ごそうが半年過ごそうが、現世の僕の時間は進むことなく止まっている。
現世に戻った瞬間、止まっていた時計が時を刻みだすということだろうか。
「なるほど・・・難しい話ですけどなんとなく理解できました。」
頭から湯気が出そうになりながらもなんとか情報を咀嚼した。
「ちなみに、食事もとくには取る必要はない。食べたければ食べるといいが、幽世にはろくなものがない。」
確かに長いこと幽世に居る気はしていたが空腹になることはなかった。
喉も乾かない。
便利といっていいのか・・・難しいところだ。
「さて、細かいことはまた話すとして、幽世に居る限りは生贄として君が連れていかれる心配はない。だが根源を断たなければ君を現世に渡すことができない。正確には渡すことはできるが意味がない。そこで、君には幽世で怪異達に触れながら情報を集めてもらう必要がある。」
突拍子もない発言に困惑してしまった。
「え?僕が怪異と?だ、大丈夫でしょうか?」
ガクガクと震えながら刹那さんに問いかける。
「先ほども話した通りだが、悪意ある怪異は確かに存在する。だがそれはあくまで人間に向けられるものがほとんどだ。君は今怪異としてここに居るから問題はないとおもうよ。ただ怪異に対して悪意のある怪異も存在することは事実。かなり少数だけどね。」
悪い笑みを浮かべながら言う。
その少数に当たったらどうすればいいのか。怪異のことを何も理解していない僕が果たして危機回避できるのだろうか。
そんな心配をよそに話を続ける。
「とはいえ一人で情報を集めてほしいというわけじゃない。助っ人を用意しよう。」
そういうとまたもや店の奥に引っ込んでいった。どうやら誰かと電話で話をしているようだ。
幽世にも電話はあるんだなと思いながら話が終わるのを待っていた。
数分して戻ってきた刹那さんが言う。
「お待たせ。やっと話がついた。今からこちらに来てくれるそうだ。とりあえず君は店番を頼むよ。まぁ客なんて来ないけどね。」
そう言い残すと、刹那さんは店を出て行ってしまった。
店番って・・・
刹那さんが座っていた、レジとおぼしき所に置かれた古臭い丸椅子に腰かけて訪問者を待つことにした。
どのくらい時間が経ったのか、ドタバタの疲れからレジのおかれた机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。
目を覚ますと僕の顔を覗き込むようにかわいらしい顔が見えた。
黒髪のおかっぱ頭にクリっとした目をしていて、どこか日本人形のような雰囲気の少女だった。
驚いた僕はとっさに身を引き、丸椅子から転げ落ちた。
「いてて・・・ご、ごめんね。お客さんかな?今店主が居なくて。」
お客は来ないんじゃなかったのかと少し憤っていたが、対応しないわけにもいかないと話を続けようとしたが、少女の言葉に遮られた。
「お前、人間の子供か?どうしてここに居る?刹那のやつが助けてほしいと連絡してきたから仕方なく来てやったのに、当の本人が居ないとは・・・どういうことだ。」
不貞腐れた顔で僕を睨みつけながら少女が悪態をついている。
そうか、この子が刹那さんの言っていた助っ人かと理解した。
「あ、あの・・・君が刹那さんの言っていた助っ人?」
「助っ人?なんのことだ?刹那に仕事の件で助けてほしいことがあるから店に来いと言われて来てみたら本人は居ない、人間の子供は居る、どうなってる?」
どうやら僕のことは知らされていないようだ。
あれ?確か勾玉を持っていたら怪異として認識されるんじゃなかったっけ?寝ている間になくした?
話がちがう!
「あ、あの・・・僕が人間だってわかるの?」
「はぁ?わかるも何も、人間だろ?怪異じゃないことくらい見てわかるぞ。ははーん?さては刹那のやつ、あの勾玉を渡したな。なるほどなるほど、お前、刹那から緋色の勾玉を預かってるか?」
何やら一人で解決をしたようだった。
僕はポケットに入っているはずの勾玉を探した。
なくしてしまったかと思ったが、勾玉はしっかりとポケットに収まっていた。
が、緋色の勾玉だったものは真っ黒に変色していた。それをポケットから取り出し、少女に渡した。
「やっぱりか。刹那にどう言われたかわからないが、これは似姿の勾玉と言って特定の怪異に姿を似せることができるものだ。その効果は一時的なもので効果が切れると真っ黒に変色して使い物にならない。ガラクタだ。」
ガラクタ・・・もしこの少女ではない、危ない怪異が来ていたら僕は一体どうなってしまったのか。
考えるだけでも恐ろしい。
と同時に、刹那さんに対して怒りがこみあげてきた。
「まぁいい。刹那はどこかにでかけたんだな。助っ人というのはどういうことか説明してくれないか。」
僕は少女に事の顛末を説明した。
幽世に引き込まれてしまったこと。
先祖の取引のこと。
これから刹那さんの手伝いをすること。
少女は黙って話を聞き終え口を開いた。
「なるほど・・・あいつは・・・また面倒なことを引き受けたものだな。事情は分かった。だが協力する義理がない。お前と縁があるわけでもない。刹那が帰ってきたら私が断りを入れよう。お前の事情は同情に値するが、期待に沿えず悪かったな。」
そういって少女は店先にあるベンチに腰掛け、オレンジ色の空を見上げながらぶつくさ文句を言っていた。
そんな少女を店から眺めていると、刹那さんが帰ってきた。
「雛菊!来てくれたのか!ありがとう。」
そんなことを店先で話していた。
少女は怒り心頭の様子で食って掛かった。
「どういうつもりだ?人間の手助けなんて聞いてないぞ?私が人間嫌いなの知ってるよな?私のこと馬鹿にしてるのか?」
どうやら少女は人間が嫌いらしい。
それは断られても仕方がない。
しかも肝心なことを告げずに呼び出されたようだったので怒るのも無理はない。
そんな少女の気持ちを知ってか知らずか、刹那さんは僕を手招きした。
僕は丸椅子から腰を上げ、店先へと出ていく。
「いやぁ悪かったね真君。この子は雛菊と言ってね、僕の古い友人だ。」
怒れる少女を無視して僕に紹介してくれた。
少女はというと顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。
「雛菊さん、こんにちは、真です。」
僕は当たり障りない挨拶を返した。
少女は少し落ち着いたのか、ムスッとしながらも言葉を交わしてくれた。
「雛菊だ。私は人間が嫌いなんだ。別にお前が悪いわけじゃない。でも嫌いなものは嫌いだ。」
そういいながら店先のベンチにドカッと座り込んだ。
「すまないね。君の話をしたら来てくれないからさ。説明を省いたんだ。まさか先に雛菊が到着するとは思わなかったよ。」
へらへらと笑いながら僕に釈明をしてきた。
正直殴ってやりたいと思ったが、ぐっとこらえた。
「あ。刹那さん。そういえば預かった勾玉・・・真っ黒になっちゃって。」
「あれ?それって似姿の勾玉だった?だから雛菊にばれちゃったのかぁ。」
またもへらへらと言葉を発していた。
もしかして僕のことをちゃんと話さないで協力してもらうつもりだったのか・・・
なんておそろしい人だと心底震えた。
それに気づいたのか、雛菊さんはあきれ顔で刹那さんをにらみつける。
「刹那、お前の頼みだからこうやって出向いてきてやったが、私をだまして協力させるつもりだったのなら今後の付き合いを考えるぞ。」
冷たい声で刹那さんに言い放った。
それはそうだ。二人がどのくらいの古い付き合いなのかわからないが、わけもわからず呼び出されて、騙されていたと分かればそうなるのも無理はない。
さすがに刹那さんも反省したのか、態度を改めて話し始めた。
「す、すまない。騙すつもりではなかったんだ。仕事を引き受けたはいいものの、とても難しい案件でね。私一人の手には負えないと、雛菊を頼った次第だ。それにまだ確証はないが、空亡がかかわっている可能性がある。」
空亡、その名前を聞いた途端、雛菊さんの態度が変わった。
眼光は鋭くなり、今にも爆発しそうな怒りを抑え、刹那さんをさらににらみつける。
「本当か?この子供の先祖と取引したのが空亡ってことか?」
刹那さんは雛菊さんを落ち着かせるように、まぁまぁとジェスチャーをしてから続けた。
「確証はないと言ったろう?だが天神のお爺さんにこの話をしたら妙なことを言っていたんだ。渡し屋を使わずに現世と幽世を行き来している怪異が複数居るようだと。
真君には説明していなかったが、怪異は現世に出向くことがあるんだ。それは必要な時、必要な場所があるから。簡単に言えば現世の祭事に神を祀ることがあるだろう?そういったものは昔怪異と何かしらの縁があったことが多いんだ。その縁を紡いだ怪異が、祭事という限られた時に限り人間に協力をするといった具合にね。」
なるほど、○○神社の神様を敬うお祭りなんてものはどこにでもありそうだ。
そんな時は怪異が赴いてくれていたのか。ありがたいことだ。
「もちろん、今の人間には怪異を認識できるものは多くないだろうし、出向いたところでなんの意味もないんだ。だけど一度縁を紡いだモノはそれを宝とし、意味はなくても続けるんだ。律儀なものだね。」
人間に害をなす怪異も居る。
刹那さんから聞いた話でイメージは変わっていたが、恐ろしい存在は居るものなのだろうと理解していた。それでも縁を重んじ、人間のために行動をする怪異とそれを認識できない人間。僕には怪異がどういったモノかいまだに理解しきれていないが、やるせない気持ちになった。
「あくまで必要とされているから赴く。正規な手順を踏み、渡し屋が現世へ渡し、用が済めばまた幽世まで渡す。そういうことになっている。普通は渡し屋を介さずに二つの世を行き来することはできない。だけどね、例外があるんだ。
百鬼夜行
聞いたことはあるかな?人間ならざるモノが列をなして現世の夜を歩く。百鬼夜行を見た人間はそのまま死んでしまうなんて言われている。その百鬼夜行に参加するモノは例外として現世と幽世を行き来することができる。しかし百鬼夜行というのはそう行われるものではない。現世の時間で百年に一度と決まっている。」
ふぅと一息つき、刹那さんは真剣な顔で話をつづけた。
「百鬼夜行は怪異と人間の縁を新たに紡ぐことを目的としているんだ。縁を紡ぐ事は怪異にとって大きな意味を持つ。そのために怪異は百鬼夜行に参加するんだ、百の怪異が百年に一度。それをまとめているのが空亡だ。だが空亡は百年に一度という掟を破り、百鬼夜行を行っている可能性があるということだ。」
僕の先祖も百鬼夜行の際に縁を紡ぎ、取引をしたのだろうか。
縁を紡ぐことは怪異にとって重要なことのようだ。
僕の先祖と取引をした怪異がその百鬼夜行の中に居たということだろうか。
何百年前の百鬼夜行なのか。それがわからなければ解決しそうにないなと思ってしまった。
「その百鬼夜行に参加していた怪異の中に、僕の先祖と取引をしたモノが居るってことですよね?」
「百鬼夜行に参加し、かつ生贄を欲する怪異は稀だ。その中に空亡も居るという話だよ。あくまで可能性だ。空亡ではない別の怪異の可能性も十分にある。もちろん百鬼夜行は関係ないかもしれない。けれど正体は絞られてきたということだ。これは雛菊にもつながる話なんだ。」
刹那さんは雛菊さんの方へ視線を向け、語りかける。
「いいかい雛菊。これは君の悲願を達成することにもつながるかもしれない。百鬼夜行が行われた可能性は高い。前回の百鬼夜行から十年程度だ。本来であれば九十年待たなければならなかったかもしれない。たまたま繋がったことではあるが、チャンスだと思わないか?」
刹那さんが何を言っているのかわからなかったが、雛菊さんは百鬼夜行と空亡という言葉に反応している。何か浅からぬ縁があるようだ。
雛菊さんが口を開く。
「空亡がかかわっているのなら協力するのはいい。だが人間の手助けをすることに関してはまだ了承したわけじゃない。この子供が生贄となっているのは同情するが、私には何の関係もないからな。」
ふんと顔を背けられたものの、しぶしぶ協力してくれるようだった。
「真って言ったか。古い付き合いの私が言うのもなんだけどな、あまりこいつのことを信じるなよ。痛い目見るぞ。」
そう言いながら目線は刹那さんに向いていた。
あまり信じるな・・・
何が正しいのかわからない。
でも目の前の藁にすがるほかないのだと、この時は思っていた。
「とにかく、一度店の中で今後の話をしよう。」
刹那さんの言葉に従い、店の中に入っていった。
「まず真君と雛菊にあたってもらいたい怪異が居る。私は本来の渡し屋の仕事で動くことができなくてね。仕事の手伝いも兼ねているんだが・・・頼めるかい?」
刹那さんは忙しいようで、本来の仕事以外で僕たちができそうなものを見繕って話をしているようだった。
「君たちには亜咲のところへ向かってもらう。亜咲がどうやら邪を見つけたらしい。」
邪とは何だろう?と頭の中にはてなが浮かんでいたが、響きからよいものではないことを悟った。
そんな気持ちを汲み取られたのか、刹那さんが続けて話をした。
「説明していなかったね。邪というのは、怪異に害をなすモノの総称だ。人間であれ怪異であれ邪と呼んでいる。怪異に害をなす怪異、怪異に害をなす人間。」
「怪異に害をなす人間、そんなものが存在するんですか?そもそも幽世に来れる人間って・・・」
普通に考えたら怪異を認識できる人間はそう多くないだろうし、今までの話から幽世と縁がなければこちらに来ることはできないのではないだろうか・・・
しかし、先ほどまでの話からふっと言葉がこぼれた。
「百鬼夜行・・・」
「その通り、秘密裏に行われた可能性がある百鬼夜行、怪異と人間の縁を紡ぐために行うと話したね。まさに幽世との縁が紡がれた人間が少なからず居るということだ。もちろん、その邪が人間という可能性もあるというだけで確証はない。でもいろいろと引っかかるんだ。突如現れた生贄の真君、秘密裏に行われた百鬼夜行、それほど多くない邪がこのタイミングで見つかったこと。偶然といえばそうかもしれないが、関連性があるようにも思えてね。さっきも言ったが、生贄を欲する怪異は珍しい。しかしこのタイミングで真君という生贄を得ようとしているものが居る。生贄を得ることには大きな意味があるんだ。
幽世は時間の概念がない不変の世。基本的に怪異が寿命で死ぬことはない。
でも、殺すことはできる。ではその方法は?
一つ目、異物を与える
二つ目、その怪異を取り込む
三つ目、縁をすべて断つ
この中で手っ取り早くかつ確実に行えるのが一つ目、異物を与えること。
その異物とはなんなのか、幽世にないもの・・・現世のモノ・・・例えば、生贄だ。」
刹那さんは冷たい眼差しで僕をまっすぐ見つめて言った。
生贄は欲した怪異が食べたりするものなのだと思っていた。
けれど、生贄は毒物だった。怪異を殺す道具の一つだった。
背筋がぞくっとした。僕は誰かを殺すために生贄として取引されたのだと理解した。
「怪異が生贄を欲するということはすなわち殺したい怪異が居るということだ。何代にも渡り生贄を先送りにしてまでも。それほどまでに強力な生贄が必要だったということだ。そこらの異物を与えるだけでは殺しきれないほど強いモノを殺すために。」
空気が重たい。生贄とは呪物のようなものなのだろう。長い年月をかければかけるほど呪いは蓄積し、より強力なものに仕上がっていく。
「取引をした怪異が空亡なのか、別の怪異なのか、そこはまだわからない。だが強い怪異というのは珍しい存在だ。そこを辿ればいずれたどり着くだろう。」
刹那さんはそっと目を閉じ、話を終えた。
僕と雛菊さんは刹那さんに頼まれた怪異もとへ向かった。