百鬼夜行(5)
「呪いを相殺するには結界の中心となる核を目指すのがいいんだけど、森の中心にいくにはこの先の道を進む他はない。だが邪が蔓延っているはずだ。僕が襲われた槍毛長もそうだが、この先で空亡と出会い、条件のことを話されてのだろう。槍毛長や鬼の怪異のように僕たちに襲い掛かってくることも考えられる。
この先に空亡が居る可能性が極めて高いけど、空亡がおとなしく結界を破ることを見ているとは思えないから核に直接呪いをぶつけるというのは難しいだろう。
ここからは君たちにも協力してもらうことになるが、核ではなく、中心からのびる結界の杭を探し出してほしい。あくまでイメージだけど、結界は核を中心として四方に呪いの杭を打ち、その杭を結んだ範囲が結界となる。杭が目に見えるわけではないから探し出すには感知能力に長けていなければ難しい。
雪菜と塵鬼で北と西の杭を探し出してくれ。僕と雛菊は南と東だ。破壊は僕がやるから、見つけてくれるだけでいい。」
黒点坊の言葉に従い、雪菜と塵鬼は結界の杭を探しに行った。
同様に雛菊と黒点坊も杭を探しに森を進んで行く。
「黒点坊、すこし気になることがあるんだがいいか?」
雛菊が黒点坊へと問いかける。
「なんだい?」
「空亡と長い付き合いのようだが、お前は空亡の本体のことを知っているんだろう?そのことを知っている怪異は片っ端から消していると思っていたが、どうなんだ?」
「そうだね、空亡の力は幽世と現世をつなぐものだ。もちろんそれだけではないんだが、他の怪異にはない特別な力だ。それを狙って空亡は幾度となく命の危機にさらされていた。僕はそんな空亡を守る役割を天神から命じられていたんだ。もうどのくらい前になるのかも思い出せないほどだ。怪異と幽世結ぶ力が邪などに渡っては危険だからね。危険性を考慮して天神も空亡が自らの保身のために怪異を殺したり取り込むことは不問としている。」
不問という言葉に雛菊が反応する。
かつて友を空亡に殺された雛菊は、空亡の行いについて天神へと報告していた。
しかし天神の回答は不問とするというものであり、当時の悔しさが今でも鮮明によみがえる。
「不問、空亡はいくら怪異を殺しても邪とはならず、罪にも問われない。それは理不尽なことだと思っている。もちろん幽世や怪異のためには仕方のないことだと分かってはいる。だが、納得できないこともあるんだ。私は空亡に友を殺された。目の前でな。ただ空亡の本体と相対しただけ、ただそれだけだった。私が今こうして生きていられるのは友のおかげなんだ。そして空亡は私が本体を見ていることを知らない。もちろん相対したら攻撃を受けることは明白だろうな、私たちは抵抗もする、空亡へ危害を加えることもある、お前はそれでいいのか?」
雛菊は言葉を強くして言った。
「やっぱり君は優しいんだね。過去にそんなことがあったのなら、真っ先に僕に刃を向けてもおかしくない。それでも僕や空亡を案じている。
僕はね、空亡を守ることから逃げたんだ。本来なら許されないことだ。天神からの命に背き、友を裏切った。そんな僕を空亡は憎んでいるだろう、今回空亡から文が届いたとき、贖罪の時が来たと、そう思ってここに来たんだ。でも空亡と会う事は叶っていない。
もしも空亡と会う事が叶ったら、それは僕が死ぬ時なんだ。でも君たちまで僕の身勝手に突き合わせるわけにはいかないからね、どんなことがあっても逃がすと約束するよ。」
黒点坊は悲しげな表情を浮かべた。
「何があったんだ、よかったら聞かせてくれないか?」
黒点坊は雛菊の言葉に少し困った表情を浮かべた。
すこし間を開け、口を開く。
「空亡の守護は、僕ともう一体の怪異で行っていたんだ。後に天神となるはずだった怪異、飛縁魔。美しい怪異だった。飛縁魔と共に空亡の力を利用しようと近づいてきた怪異を粛清する日々を送っていた。飛縁魔は僕よりもはるかに力のある怪異でね、空亡も飛縁魔を信頼していた。ある時に一人の人間が現れたんだ。幽世へ来たその人間は何を目的としていたのか怪異を殺して回っていた。その人間は自ら幽世へと至ったモノで、圧倒的な力を備えていた。当時の天神が現世へ赴いており、不在だったこともあったが、その人間を止めることができる怪異が居なかったんだ。すぐに天神へ帰還の要請がなされたが、それまでは幽世で何とかするしかなかった。そこで白羽の矢が立ったのが飛縁魔だった。次代の天神候補として圧倒的な力を持っていたからね、幽世のため飛縁魔はその人間の元へ赴いたんだ。
結果、飛縁魔はその人間を退けることに成功したんだ。だけど飛縁魔も姿を消してしまい、いくら探しても見つけることは叶わなかった。空亡は飛縁魔が現世へ行ったのではないかと、自身の力を使って現世へと赴こうとした、しかし、後に天神となる怪異、空狐に阻まれてしまったんだ。それからも僕と空亡は飛縁魔を探して幽世を旅したが、結局見つかることはなかった。
そんな時、天神が自らの命と引き換えに人間との争いを収め、新たに空弧が天神として任命されたと伝わってきた。天神となった空弧から呼び出しを受け、僕と空亡は天神の元を訪れた。空亡はその力を使い、百年に一度、怪異を引き連れて現世へ赴くことを命じられた、それと同時に、天神から分体を作る力が空亡に授けられた。それが百鬼夜行の始まりだ。
百鬼夜行は天神から空亡への心遣いだったんだ。飛縁魔を探し出すためとは公にはしていないが、そういった意図が含まれていた。」
百鬼夜行の始まりは、一体の怪異の失踪から生まれたものだった。人間と怪異の争いがあったためか、縁をつくることが難しくなってしまった怪異への配慮も兼ねていたのだろう。それでも空亡と黒点坊には願っても居ない話だったのだ。
話を聞き、雛菊が問いかける。
「なるほど、百鬼夜行の始まりはわかった、だが空亡は天神からの命をよく思っていなかったんだろう?」
「そうだね、飛縁魔を探すことができると、僕と空亡は喜んだ。そして最初の百鬼夜行の際に、僕と空亡は現世へと赴いた。そこである人間に出くわしたんだ。忘れるはずもない、その人間は飛縁魔が退けたとされた人間だったんだ。現世の時間で言えば数百年は経っているはずなのにその人間は確かに生きてそこに居た。信じられなかった。下法の類を使い、命を長らえていたんだ。空亡はその人間に飛縁魔のことを問いただした、飛縁魔はどこに行ったのか、とね。その人間はこう答えた、怪異を贄とし、人間の時を止めて不老とする禁呪がある。飛縁魔は力ある怪異だったが故、贄に適していた・・・と。
飛縁魔はその人間に捕らえられていた。幽世へ来た理由は、その禁呪を実行するための贄を探してやってきていたんだ。どうやってその人間が現世へ帰ることができたのかはわからなかったが、飛縁魔を贄とし、禁呪を実行した。飛縁魔の命と引き換えに人間は不老の力を手にし、数百年という長い年月を生き永らえていた。僕と空亡は何とかその人間を殺め、飛縁魔の無念を晴らすことに成功したんだ。だけど、その時から空亡は狂ってしまったんだ。人間を憎み、滅ぼすことを考え始めた。
そうして空亡は百鬼夜行を行うことを忌み嫌うようになったんだ。人間のことなど見たくもなかったんだろうね。しかし天神は百鬼夜行の実施は一定の怪異に必要だと続行を決定し、空亡もそれに従わざるを得なかった。僕はそんな空亡を見ているのが耐えられず、天神に頼み込んで空亡護衛の任を解かれた。空亡にしてみたら、僕が急にいなくなったと感じただろうね。裏切られたのも同然だ。
だがどうやったか、僕の居場所を突き止め、文を送って来た。そして今に至るという訳さ。長くなったが、僕と空亡の話はこんなところだね。」
黒点坊は友の豹変を受け入れられず、空亡の元を去っていた。
空亡はその後も百鬼夜行を続けた。
天神からの命でもあったため、中止することは叶わなかったのだ。
空亡は友を失い、孤独になりながらも自らの仕事をこなし続けていたのだった。
「なるほどな、空亡は自らの身を守るため、孤独に戦い続けているという訳か。空亡のことは今でも憎んでいるのかは変わらないが、空亡もまた友を失っていたんだな。それでも犠牲となった怪異が大勢いることは見過ごせない。天神からの命で私たちはここに来たんだ、やるべきことはやらなければならない。そのためにも協力してもらうぞ。」
雛菊は黒点坊に向かって言った。
黒点坊は苦笑いしながらそれを了承した。
「さて、僕の話はこれくらいにしておいて、結界の杭を探し出さなければならない。まずは南へと向かおう。おそらくこの森全体を結界の中に収めるとすると森の端に杭を定めなければならないだろうからね。あまり悠長にもしていられないんだろう?急ごう。」
雛菊と黒点坊は杭を探すべく、森を進んで行った。
ー塵鬼と雪菜ー
塵鬼と雪菜は杭を探し出すため、森の北へと進んでいた。
雪菜の探知能力を頼りに、杭へと近づいていく。
すこし進むと、森の入り口まで戻って来た。
入り口が森の北にあり、入り口から周りを探索した方が早いからだった。
「やっぱり入り口から先へは進めないね、見えない壁というかなんというか、僕には全然わからないんだけど雪菜のお姉ちゃんはわかるんでしょ?」
塵鬼が雪菜に問いかけた。
「私の探知だとそこまで広い範囲はわからないんだけど、近づけば精度は上げられるとおもう。でもこの結界は範囲が広すぎて全部を把握するのはむずかしいかも。やっぱり杭に近づいてしっかりと探知をしないと正確なことは言えないかな。」
塵鬼と雪菜は森を進みながら周囲を警戒していた。
刀鬼との闘いを経て、塵鬼は己の無力さを痛感していた。
力を封じられている状態では限界があることを知った。
だが、力を解放すれば周りに被害が及ぶ可能性があることも理解していたため、安易な行動はできないでいた。
「もしも危ない怪異が来て、僕が負けちゃったら、雪菜のお姉ちゃんは逃げてほしいんだ。できたら管理人さんのところに行ってね。」
「そんなことできない・・・たとえ私じゃ力になれなくても、塵鬼君を置いて逃げるなんて。私だって少しは戦えるのよ?結界だって張れる、きっと役に立つ、だからそんなこと言わないで?」
雪菜は塵鬼にむかって言った。
雪女の怪異は、戦闘に向いた力を持っているわけではなかったが、結界術に長けていた。
その中でも雪菜は感知能力に優れ、相手に合わせることで有効な結界を即座に展開することができる。
しかし、力が強いわけではないため、強力な怪異であれば結界をやすやすと突破されてしまう。
「もしもの時だよ、僕だって負けるつもりはないんだ。だから本当に危なくなったらってことで!」
塵鬼は笑顔で雪菜に言った。
二体は森の入り口まで戻って来た。周囲を雪菜が散策する。
「あった!塵鬼君、ここに結界の杭がある。これと対角の位置にもう一つあるはず。私たちはこのまま西へ向かいましょう、そこさえわかればすべての杭の位置を特定できる。雛菊ちゃん達が見つけてくれていればいいんだけど・・・」
雪菜と塵鬼は、次の杭を探すべく西へ向かった。
しばらく森を進んでいると、広い場所に出た。どうやら木々の切れ目にあたるらしく、すこし日が差し込んでいて幻想的な雰囲気だった。
そこに小さな泉ができており、すこし休憩することにした。
「少し休んでいきましょう。体力も温存しておかないと、いつ邪に襲われるかわからないものね。」
雪菜は塵鬼と共に、倒れた大木を腰掛にして休息をとった。
「雪菜のお姉ちゃんは、僕が怖くない?さっき管理人さんが話をしていたことは、本当の事なんだ。僕にはその記憶がないんだけど、記憶と力を封じられる前の僕がたくさんのモノ達を殺してしまったんだ。僕は自分が怖くて仕方ない。もしも記憶と力が戻っちゃったら、また同じことを繰り返すんじゃないかって。そうなったら、管理人さんや雪菜のお姉ちゃんに何かしちゃうんじゃないかって、怖いんだ・・・」
塵鬼は、雛菊から改めて自分の過去について話を聞き、内に潜むモノの恐怖に怯えていた。
天神の封印は強力な呪いが施されており、自身でそれを解くことは難しい。
雛菊の持つ勾玉で封を解除することはできるが、再び封を施すことはできない。
「大丈夫、全然怖くないわ。私は信じてる、塵鬼君ならきっと力を制御できるって、だってこんなに優しい子だもの。過去に罪を犯したのは塵鬼君かもしれない、でもそれは何か事情があったのかもしれないし、もしかしたら記憶が戻っても今の塵鬼君が居なくなることもないかもしれないでしょ?だから安心して?自分を信じて。」
雪菜は腕を前に出してエールを送るようにしながら塵鬼へ言った。
塵鬼は雪菜の言葉にホッと胸を撫でおろした。
「ありがとう、僕頑張るよ。何かあったら長屋のみんなを守るんだ。僕は長屋の用心棒だからね!」
塵鬼はフンと鼻息を荒くして言った。
雪菜と塵鬼はしばしの休息をとり、次の杭を探しに向かおうと腰を上げた。
しかし、雪菜が何かの存在を探知し、その場にとどまる。
「待って、塵鬼君、何か近づいてきてる・・・すごく強い力・・・」
雪菜は森の先へと目線を向ける。
そこには確かに何者かの影があった。
その影は二体の方へと近づいてきた。
目の前に現れたのは、黒い着物に身を包んだ人間のような見た目のモノだった。
無機質な黒い物体が時折鈍い光を放ちながらそのモノの身体をぐるぐると廻っている。
「お前たちは招かれざる客という事か?私の結界に何かしようとしているモノを感じてきてみたら、鬼の怪異に雪女の怪異、珍しい取り合わせだな。ここに何しに来た?」
威圧的なそれは、すぐに怪異だと分かった。
腕に黒い炎を纏わせており、その炎がまるで生きているかのように蠢いていた。
「ものすごく強い怪異だよ・・・雪菜のお姉ちゃん、逃げる準備して。」
塵鬼が雪菜に言った。
それを聞いていた謎の怪異が口を開く。
「我の計画を邪魔するのであれば容赦はしないぞ。このまま何もせずに引き返すのであれば見逃そう。ただしこの森の結界から出るには条件は満たしてもらう。
百鬼夜行に参加するか、怪異を十体殺してくるか、どちらかを選べ。」
二体は謎の怪異の言葉の圧に身動きが取れないでいた。
「お前、空亡?」
塵鬼が謎の怪異へと問いかける
「いかにも、我は空亡だ。私の姿を見たものは本来生かしておくことはできないが、今は目的があるのでな、条件に従うか、ここで死ぬか選ぶがよい。」
二体は目を合わせ、臨戦態勢をとった。
「なるほど?ここで死にたいという事だな、条件さえ満たせば生きれたものを。愚かなり。」
空亡は手元の炎を大きく燃え上がらせ、二体を睨みつけた。




