百鬼夜行(2)
雛菊たちは、空亡の本体を探すべく森の中央を目指していた。
森の中は相変わらず薄暗く、足元が辛うじて見える程度だった。
幸い塵鬼が火を操る怪異という事もあり、手元に火を起こして明かり代わりにしていた。
暗い森の中を進んで行くと、何やら声がしてきた。
先を照らすと、怪異が一体こちらに向かって言葉を発しているのが分かった。
「おーい!すまないがこちらに来てくれないか!怪我をしてしまって動けないんだ。」
声の方を見ると、上半身は人間の男性、下半身は蜘蛛という見た目の怪異が、血を流しながら横たわっていた。
よく見ると足に槍のようなものが刺さっており、それが原因のようだった。
雛菊はその怪異にかけよった 。
「何があったんだ、ずいぶんと酷い怪我を負っているようだな。」
雛菊はその怪異の足に刺さった槍を引きぬくと、荷物から軟膏のようなもの取り出した。
緑色をしたそれを、蜘蛛の怪異の傷口に塗った。
蜘蛛の怪異は痛みに耐えながら言った。
「いやぁ・・助かった。先ほど別の怪異に襲われてね、この有様だ。君たちが友好的な怪異で助かったよ。この森は今や邪の巣窟と化しているようだ。」
蜘蛛の怪異は別の怪異に襲われていたようで、森の中には邪が多数蔓延っているようだった。
蜘蛛の怪異の治療を終えると、雛菊が蜘蛛の怪異へと問いかけた。
「お前を襲った怪異というのはどういうやつだったんだ?それに邪の巣窟になっているとはどういう状況なんだ?」
「僕を襲ったのは槍毛長という怪異でね、突然襲われたんだ。どうやら槍毛長は何か罪を犯したらしく、邪として追われ、この森に行きついたそうだ。今この森には槍毛長と同じように邪が複数潜伏しているようでね、槍毛長もまた手負いの状態で僕に襲い掛かって来た。あ、先に言っておくけど、僕は邪じゃないよ?空亡に呼び出されてここに来たんだ。」
空亡に呼び出された、その言葉に雛菊は疑問を抱いた。
百鬼夜行では怪異が自らこの森にやって来て参加を希望する。
空亡自らが集めること自体が異例であるからだ。
「空亡に呼び出されたというのはどういうことだ?」
「僕もわからないんだがある怪異を探していてね、その怪異の情報があるからと呼び出されたんだが、行ってみたら複数の怪異が居てね、どれも殺気立っていてとてもじゃないが一緒には居られないと逃げ出してきたんだ。その道中、同じくほかの怪異にやられて逃げていた槍毛長に攻撃されたっていう訳さ。参ったよ、しかも森からは出ることができなくなっているし。」
森に結界が張られており、脱出は条件を満たさなければできない。
現状条件が分からない上に、邪が複数いるとなれば、危険度も上がっていく。
空亡に直接会って条件を聞き出し、この森からの脱出を図る必要があるようだ。
「森には結界が張られていてな、条件を満たさなければ脱出するのは難しそうなんだ。傷の具合が問題なければ私たちと一緒に行動を共にした方がよさそうだ、どうだ?手伝ってくれないか?」
雛菊は蜘蛛の怪異に提案した。
「そうさせてもらうよ、僕だけではここから出るのは難しそうだしね。よろしく頼むよ。僕は土蜘蛛の怪異、名は黒点坊だ。」
黒点坊と名乗る蜘蛛の怪異と脱出を図るべく行動を共にすることになった。
四体の怪異は周囲を警戒しつつ、情報の整理を行った。
「さて、黒点坊の話を整理すると、この森には空亡が集めた複数の怪異が居る。中には邪も存在しており、極めて危険な状態となっている。空亡が何を企んでいるのかはわからないが、何かを起こそうとしているのは確かだ。」
雛菊が他の三体へと言った。
それを聞いた雪菜が口を開く。
「その、空亡って怪異は一体何をしようとしているの?百鬼夜行のことは聞いたことがあるけれど、邪を現世へ連れて行くなんて許されるのかしら。」
「通常、百鬼夜行は百年に一度、現世へ縁を求めてやって来た怪異を渡すことが目的なんだ。もちろんすべての怪異がそうではないが、一様に目的をもって現世へと赴く。もちろん百鬼夜行の際に人間に危害を加えたり、怪異同士が争うようなことはあってはならない。だから参加する怪異は空亡が選定し、そういったことが起こらないようにしている。だから邪を集めて百鬼夜行を行うことは極めて危険であり、空亡自身も罰せられる可能性がある。そんな危険を冒してまで怪異を集め、一体何をしようとしているのか。」
雛菊は難しい顔をして言った。
「空亡は百鬼夜行を行うことを強いられているんだ。それは前任の天神との契約のようだけど、空亡自体はそのことを良しと思っていなかったようだ。空亡は幽世と現世をつなぐ力がある、その力を求めて多くの怪異が空亡の力を利用しようと近づいてきたらしい。だからこそ天神は彼の身を守るために、百鬼夜行という盟約を結び、特別な力を分け与えたんだ。それが分体を作る力だよ。しかし空亡自体はその力と引き換えに危険を伴う仕事を押し付けられたと感じていたようだ。空亡は僕の古い友人でね、昔からそんな話をよく聞かされていたものだよ。」
黒点坊はどこか遠い目をしながら言った。
黒点坊と空亡は古くからの友人であり、空亡の過去を知っているようだった。
「空亡と古い友人という事は、空亡がどこにいるのか知っているか?お前には悪いが、私たちは空亡の所在を明らかにし、天神の元へ連れて行かなければならない。百年に一度という決まりを破り、私欲のために百鬼夜行を行った疑いがある。それも分体ではなく、本体での可能性が高い。それにこの森から出るには空亡に直接会って話をつける必要があるからな。」
雛菊は黒点坊へと言った。
黒点坊は少し考えてから答えた。
「友の犯した過ちを正すのもまた友の仕事かな。僕で力になれることがあれば協力しよう。空亡が何を考え、そんな行動に出たのか、僕にはわからないが、それを問いただす必要があるね。僕を騙してまでここに連れてきたんだ、その理由くらいは話をしてもらわないとね。」
黒点坊の協力の元、空亡を探すべく森を進んで行くことにした。
「そういえば自己紹介がまだだったな、私は雛菊、こっちの鬼の怪異が塵鬼、そして雪女の雪菜だ。よろしく頼む。」
三体が自己紹介を終えると、一行は森の奥へと進んで行った。
「そういえばここには邪が複数潜伏していると言っていたが、他にも襲われたのか?」
雛菊が黒点坊へと問いかける。
「そうだね、槍毛長のほかに何体かの怪異と戦闘になった。どれも邪として追われているモノ達ばかりだった。僕は元々邪を追う任務を授かっていてね、僕が探している怪異のうち何体かと相まみえたんだ。何百年と行方を追っていたモノも居てね、ここに邪が集められていると確信したんだ。その中でもいまだに所在すらつかめていない邪も居たんだが、突然僕の探している怪異の居場所を知っているからこの森に来いと空亡から文が届いた。それを頼りにここまで来てみたらこのザマだ。本当にいるのかもしれないが、危険すぎる。何体の邪が集められているのか想像もできない。だがわかっていることは、集められているのは邪ばかりではないという事と、僕を含め、確認できた怪異の中に怪異殺しの力を持っているモノが居たという事だ。」
怪異殺しの力、怪異は基本的には死ぬことはなく、怪異殺しの力を宿したモノによって幽世の物でない異物を取り込ませることで殺すか、自身よりも力の弱い怪異を取り込んで殺すかだ。
怪異殺しの力は、半異などが元々有していたり、生贄などを利用して現世由来の怪異殺しの力を作り出すことで得ることができる。また、力ある怪異には怪異殺しの力が宿ることもあるが、稀であり、確認されたのは数体の怪異のみである。邪の中には怪異殺しを行ったモノも居り、そういった怪異殺しの力を有したモノがこの森に多く潜んでいるという事だ。
「黒点坊、お前は怪異殺しの力を有しているという事か、それがもとよりの力なのか、はたまた得た力なのかは問わないでおこう。しかし空亡は邪を集めていたというよりは怪異殺しの力を持ったモノを優先的に集めているのかもしれないな。怪異殺しの力を得ようとしている可能性が極めて高い。だが理由がわからない、殺したい怪異でもいるのか、あるいは別の目的があるのか・・・どちらにしても厄介なことを始めようとしていることは明白だな。」
「でもさ管理人さん、空亡ってやつはめちゃくちゃ強い怪異なんだろ?怪異殺しの力は持ってないかもしれないけど、殺したい怪異が居るんだったら自分で倒せそうな気もするんだけど。そこのところはどうなの?蜘蛛の兄ちゃん。」
塵鬼が黒点坊へと問いかけた。
「そうだね、僕が知っている空亡の力はあくまで分体のものだ。もちろん本体の空亡も知っているが本体が力を行使しているところは見たことがなくてね、正直力を推し量ることは難しい。だけど分体である黒い太陽であっても、僕を含めてここに居るモノ達であれば容易に退けることができると思うよ。それだけ空亡は強力な力を有していると思ってくれていい。本体ともなればそれこそ天神並みかそれ以上の力を隠していても不思議ではないね。怪異殺しの力を求めているのか、はたまた別の理由があるのか。友である僕ですら空亡が何を考えているのかわからない。直接会って問いただすしかない。」
黒点坊は空亡との過去を振り返るように話した。
「なるほど、だとすると私たちだけの力では空亡と争うことは避けた方がいいな。分体である空亡であればなんとかなるかもしれないが、本体の力が不明であれば犠牲が出る可能性もある。最悪の手札を切る事も考えた方がいいな。」
雛菊は一つの勾玉を取り出した。
「これは封懐の勾玉だ。これは塵鬼にかけられた力を抑制する呪いを解除することができる。天神から有事の際にと渡されたものだ。できれば使いたくはないがな。塵鬼の力を解き放てば私たちもどうなるかわからない。本来の記憶と力を取り戻した塵鬼を抑え込めるだけの力は私たちにはないだろうからな。だから最終手段として残しておくことにする。」
「それって前に管理人さんが話してくれたやつだね。僕も記憶がないし、戻ったときに管理人さん達に危害を加えるのは避けたいな。どうしてもの時以外は使わないようにしてね。元の姿に戻ったときに頑張って管理人さんたちのことを思い出すけど、万が一の時はよろしくね。」
塵鬼はニコニコしながら言った。
塵鬼は過去に大罪を犯し、天神の指示により記憶と力を封印されている。
奈落へ落とされなかったのは、奈落の閻魔ですら塵鬼を御することが難しいとされたためだ。
塵鬼は鬼の中でも最上位の怪異であり、有する力もまた強大であったが故に取られた苦肉の策だった。
力を封じられてなお、この森に潜んでいる怪異には後れを取ることはないだろう。
「塵鬼といったね、君のその力はこの先の助けになるだろう。もしも君が力を制御できなくなったら、僕が止めてあげるから心配しなくていいよ。まぁそうならないことを願うばかりだけどね。」
黒点坊が苦笑いしながら塵鬼へ言った。
四体は森の奥へと進み、間もなく森の中央に差し掛かろうとした時、一体の怪異と出くわした。
「おやおや、こんなところにも怪異が居るなんて、私は運がいい。ここで四体の怪異を葬ればここから出られそうだ。」
鬼の怪異であろうそれは、頭に大きな一本の角を携え、赤い肌に筋骨隆々な体つき、手には大きな出刃包丁のようなものを持っていた。
見ただけで力のある怪異だという事が分かった。
その鬼の怪異に向かい、雛菊が言った。
「今何と言った?条件が達成できそうとはどういうことだ?」
「おや?何も知らずにこの森に来たのか?いまこの森には複数の怪異が集められている。空亡の奴が直接私に文を寄こしてね、私は邪だから捕まるわけにはいかないと逃亡を繰り返していたんだが、空亡から罪の清算をしてやるからこの森に来いと言われたんだ。来てみたら百鬼夜行に参加しろと言われてね、それがいやだったらこの森にいる怪異を十体殺してこいと、そうしなければ森の結界から出ることはできないとね。百鬼夜行なんかに参加していられないからね、この森から出ようと思って怪異を殺しまわっていたわけだ。でも私に恐れをなしてしまってね、みんな隠れて出てこなくなってしまった。私は探知は不得意でね、見つけるのに苦労していたんだ。ここで君たちを見つけたのは運がいいよ。これで条件達成だ。」
空亡が集めた怪異に出した条件は、百鬼夜行に参加するか、十体の怪異を殺してくること、この二つだった。
怪異を殺すことができないものは、百鬼夜行に参加するしかない。罪の清算をしたいものもどちらかの条件を飲むだろう。
ただし、空亡にそんな権限などあるはずはなく、それをわかった上でこの森に集まったモノが大半だ。あわよくば百鬼夜行に参加し、現世へと逃げおおせようと考えている怪異も少なくはないはずだ。
怪異達を集め、空亡は百鬼夜行への参加と殺し合いをさせていた。
刹那達の元彼岸が語った百鬼夜行の全貌とは、蟲毒であった。
空亡は百鬼夜行とこの森、二つの蟲毒を同時に進めていたのだった。
「さて、私に殺されてくれよな?」
鬼の怪異は殺意をむき出し、四体に向かって言った。




