奈落(2)
しばらく炎羅さんの工房で刹那さんの帰りを待っていると、外が騒がしくなってきた。
僕と咲夜さんは外の様子を見に行くことにした。
外に出てみると、そこには無数の杭が刺さった怪異が倒れているのが見えた。
「あれは・・いったい何が・・・」
僕は咲夜さんへ視線を向ける。
それに気づいたのか、刹那さんが言った。
「私も奈落へ来たのは初めてなのでわかりませんが、あそこに倒れているのは罪人でしょう。放っておいて問題はないと思いますよ。」
咲夜さんは冷酷に言い放った。
確かにここは罪人が罪を償う場所であり、戒めを受けているのであろうことは理解できた。
しかし、苦痛にもがいているのを見るといたたまれない気持ちになった。
その怪異はこちらを見ると、ゆっくりと立ち上がり言った。
「なんでこんなところに人間が居やがる?こいつ食っていいのかぁ?」
その怪異は蝙蝠のような羽を生やしており、鋭い牙と爪を携えていた。
僕に向かって鋭い爪を突き立てようと腕を伸ばしてきた。
しかし、一瞬目を閉じた間に、隣にいた咲夜さんの刀がその腕を一刀両断した。
一体いつ刀を抜いたのかさえ分からないほどの速さで腕を切り落とし、刀身の血を一振りで綺麗に落とした後、静かに鞘へ納めた。
切られた怪異も何が起こったのかわかっていなかった様子だったが、ゆっくりと視線を切り落とされた腕へと向け、状況を理解した後にその場で叫び声をあげた。
「お、俺の腕がぁぁぁ!!!くそが!!お前から先に食ってやるよ!!」
そう言って怪異が咲夜さんへ近づこうと足を踏み出そうとしたが、すでに両足は太もも辺りから切断されており、そのまま地面へと倒れこんだ。
その場に血だまりが広がり、痛みに呻きながらその怪異が叫び散らかしていた。
僕には何が起こったのかわからなかったが、咲夜さんが守ってくれたという事は理解できた。
切られただけでは怪異は死ぬことはないが、欠損などは普通元には戻らない。しかし等活では、傷は回復していく。
その怪異の腕や足も徐々に再生をしていき、元の姿へと戻っていった。
刺さった杭からは炎が上がり、怪異の身体を焼いていた。
傷が治り、こちらを睨みつけるように立ち上がると、恨み言を喚き散らして立ち去って行った。
「お怪我はありませんか?」
咲夜さんが僕に問いかけた。
「大丈夫です、ありがとうございました。」
騒ぎが収まったので、僕たちは工房の中へと戻り、また沈黙の時が流れていた。
しばらくすると、工房に何者かが訪ねてきた。
「炎羅、仕事は捗っているか?」
入ってきたのは、小さな一つ目の鬼だった。
子供くらいの大きさでちょこちょこと歩き、可愛らしい雰囲気だった。
「ちょうど頼まれていたものができたところだ、持って行ってくれ。」
炎羅さんはそう言うと、先ほどまで造っていた剣をその小鬼に渡した。
小鬼は僕と咲夜さんを見て言った。
「おや?罪なきモノがこんなところに何の用だ?長く留まっていると危険だぞ。」
そういって小鬼は工房から立ち去って行った。
それからしばらくして、刹那さんが戻って来た。
「すまない、待たせたね、やっと閻魔から許可が下りた。だが条件を付けられてしまった。
炎羅に得物を造らせる代わりに等活の仕事を一つ引き受けることになった。新たに一体の怪異が等活に落とされることになっているらしいのだが、その怪異が暴れ出す可能性があるから、炎羅に捉えるための拘束具を造らせるつもりだったらしいんだ。こちらの要求を優先する代わりにその怪異を閻魔のところまで連れてくるようにと言われてしまってね、だから申し訳ないんだけど、咲夜と真君は私と一緒にきてくれるかい?さすがに私一人では手に負えないし、真君をここで一人にしておくわけにもいかないからね。」
どうやら厄介事を引き受けてきてしまったらしい。仕方がないとはいえ、僕が一緒に行って足手まといにならないのだろうかと不安だった。
咲夜さんが居れば大抵の荒事には対処できそうだが正直不安だ。
そう言ってもしかたがないので、僕は刹那さんについて行くことにした。
「新しい怪異が落とされるってことは、何か罪を犯したってことですよね?」
僕は刹那さんに問いかけた。
「そうだね、詳しいことは私も聞いていないが、どうやら怪異殺しを行った邪のようだ。百鬼夜行がまた行われたという話はしただろう?その百鬼夜行の際、参加した怪異の半数以上をその怪異が殺してしまったそうだ。なんとも恐ろしいことだね。一体どうやってそんな数の怪異を殺したのかはわからないが、今回の百鬼夜行はかなりきな臭いね。雛菊たちに調査を依頼しているけど、すこし心配だ。こちらの用事を済ませ次第、雛菊たちに合流した方がよさそうだ。ただ、百鬼夜行に参加したという事は、その話を聞けるかもしれないという利点はある。もしかしたら件の怪異に近づくことができるかもしれない。」
怪異殺しの怪異・・・
怪異を殺すには異物を取り込ませることが一番だと以前に刹那さんが言っていた。
夜刀神の一件の時、生贄として完成した人間が持っていた刃には、怪異殺しの呪いが施されていた。
そういったものを持っていたのだろうか・・・
それとも怪異を取り込んで殺してしまったのか・・・
どちらにしても強い力を持っているに違いない。
一体どんな理由があって怪異を殺したというのか、そんな恐ろしい存在と今から対峙しなければならないことに震えが止まらなかった。
しばらく歩いていると、等活の中央と呼ばれているところに到着した。
どうやらここに怪異が落ちてくるようだ。
中央と呼ばれた場所には、大きな窯のようなものがあり、そこは煮えたぎった真っ赤な液体で満たされており、窯を熱する炎が激しく燃え盛っていた。
するとその窯に激しく打ち付けられるように、上から怪異が落ちてきた。
ものすごい速さで落下した怪異は、窯の中でピクリとも動かなかった。
刹那さんが言っていた落下の恐怖と痛みとはそういう事だったのかと恐ろしくなった。
少しして、窯の中から這い出るように怪異が姿を現した。
少女のような見た目をしたその怪異は、吸い込まれそうなほど綺麗な翠色の目に、銀髪の長い髪、黒い和服を身にまとい、気品すら感じてしまった。
だがその表情は痛みに歪むこともなく、淡々と僕達を冷たい眼差しで見つめていた。
「君が彼岸かな?閻魔から話は聞いている、怪異殺しの邪だとね。悪いが閻魔のところまで一緒に来てもらえるかな?」
刹那さんが、その少女の怪異へと言った。
その怪異は表情一つ変えず、刹那さんの方をじっと見つめていた。
しばらくの沈黙が続いたのち、彼岸と呼ばれた怪異が口を開いた。
「私が奈落に落とされたのは焦熱に居るお兄様に会いに行くためだ。こんな浅いところに落とされては困る。もっと深い穴へ落としてくれ。罪が足らないか?この場でお前たちを殺したらもっと深く落とされるか?」
彼岸から殺気がこみあげているのが分かった。
刹那さんと咲夜さんが身構える。
咲夜さんがいつになく殺気立っているのが分かった。それほどの相手なのだろう。
「真殿、私の後ろに、あの怪異は危険です。」
咲夜さんが僕に言った。
僕は咲夜さんの後ろへと移動した。
刹那さんも臨戦態勢に入っていたが、額には汗をかいていた。
相当危険な相手なのだろう、緊張がその場に走る。
彼岸はふぅとため息をついて言った。
「お前たちを殺したところでそこまで深くは落とされないのだろうな、私を閻魔のところまで連れていけ。閻魔と話をつける。」
彼岸は目的があってこの奈落へと落とされてきたようだ。
しかし、目的のために多くの怪異の命を奪ったことは事実であり、許されることではないだろうと思った。
一旦は休戦となったようで、彼岸を伴って閻魔のところへと赴くことになった。
閻魔はこの等活の奥に居を構えており、等活からさらに下へと落とすかどうかを決めているそうだ。
どんな怪異や人間も、一度等活まで落とされ、それから罪状に沿って各奈落へと振り分けられる。
そう刹那さんが彼岸に説明を行っているのを横で聞いていた。
彼岸はそれを聞き、もっと深く落とされるためにどうしたらいいのかなど物騒な質問をしていた。
「どの奈落に落とされるかは、犯した罪や重さによって決まっていく。君が目的の場所へ落とされるかどうかは閻魔の決定によるところだからね、現状ではわからない。」
刹那さんは彼岸に説明をした。
彼岸はそんな刹那さんを見て口を開く。
「なるほど、兄さまと同じくらい怪異を殺してやったのに等活に落とされたのはそういう理由があったわけか。私が殺したのはどうしようもない邪の奴らばかりだったから罪が軽くなったのかと思ったが。」
その言葉に刹那さんが反応を示した。
「彼岸が参加したという百鬼夜行について聞かせてくれないか?通常の百鬼夜行は縁を持たない怪異を中心とし、縁を紡ぐ事を目的として行われるものだ。しかし今の話を聞くと邪が多数参加していたという事になる。人間にも害を及ぼす可能性が高い上に掟すら破って行われているそれを見過ごすわけにはいかない。」
刹那さんが真剣な眼差しで彼岸に語りかける。
彼岸はその姿をあざ笑うかのように言った。
「私がお前たちに協力するいわれはない。」
そう言い放つと彼岸は黙り込んでしまった。暴れまわるかとも思っていたが、目的が閻魔に会う事に変わったからか、おとなしく刹那さんの後について行っている。
しばらく歩くと、大きな建物が見えてきた。
灼熱に煮えたぎる赤い液体の池があり、その中心に禍々しい城のようなものが建っていた。
そこへ至るには、真っ赤な橋を渡る必要があるようで、その橋の入り口は、顔が牛、体は金剛力士像のように筋骨隆々な怪異が二体で守護していた。跳ね橋のようになっており、現在は上に上がっていて渡ることができなかった。
「先ほど閻魔に依頼されて新たな怪異を連れてきた。ここを通してもらえるかい?」
刹那さんがその怪異に話しかける。
二体は顔を見合わせ、通って良しと言わんばかりに持っていた大きなこん棒を地面に二回叩きつけた。
すると、橋が下がってきた。
轟音を響かせ、橋が完成した。
僕たちはその橋を渡り、閻魔のいる城へと足をふみいれた。
高い天井から人一人が辛うじて入れる程度の鉄籠が無数に吊り下げられており、苦悶の表情を浮かべたモノ達が捕らわれていた。何でできているのかわからないシャンデリアのようなものには、以前にランタンの中にいた明かりを放つ怪異が何かにとらわれるように光っていた。
床には無数の骨や血肉が転がっており、それが何なのかはわからなかった。
すこし進むと、大きな鉄扉があり、その鉄扉には鬼の顔が宿っていた。
扉の前まで来ると、その顔が言葉を発した。
「汝の罪を改めよ」
そう言い放つと、彼岸の前に宙に浮いた木札が現れた。そこには僕には読めない文字がびっしりと書かれており、彼岸が犯した罪が綴られているようだった。
彼岸はその木札の中身を読み上げる。
「我、彼岸は、現世にて怪異五十八体を殺害した罪により、奈落行きとなった。」
彼岸が札を読み上げると、扉が金属音を不気味に鳴らしながらゆっくりと開かれていった。
なかは石造りとなっており、ほとんど整備されていない足元には、多くの骨や石が転がっていた。
先を見ると、大きな椅子に腰をかけた身の丈にして十尺ほどある巨大な体躯をした怪異がいた。
その怪異が閻魔であることは容易に想像でき、こちらをじっと見つめながら、眼前まで歩を進めるのをじっと待っているようだった。
鋭い牙を口元から覗かせ、頭には巨大な二本の角、真っ赤な体色をした鬼のような見た目をしていた。
煌びやかな羽織を身にまとっており、手には尺が握られていた。
僕たちは彼岸を連れて閻魔へと近づいて行った。
近づくに連れて、閻魔が笑みを浮かべていくのが分かった。
閻魔の周りには、橋を守っていたのと同じ怪異が二体立っていた。
閻魔の眼前には、小さな石造りの踊り場のような場所が設けられており、そこへ立つよう牛頭の怪異が彼岸に言い渡した。
彼岸はそれに従い、そこへ立ち、閻魔の方を見た。
「私を焦熱へ落としてくれ。」
彼岸は一言閻魔に言った。
閻魔はニヤリと笑って言った。
「お前は犯した罪により罰せられ、どこへ落とされるかが決まる。公平な判断の元にだ。お前は五十八の怪異の命を奪った。その方法と動機について述べよ。」
閻魔が彼岸へと問いかける。
「お兄様から賜った剣を使った。怪異殺しの刃だと聞いている。それ以上は知らない。お兄様に会うために同じ数の怪異を殺した。それだけだ。」
彼岸は淡々と話した。
「彼岸よ、お前は五十八の怪異の命を私欲のために奪った罪でこの等活で罪を償うことを命ずる。杭打ち三本とし、千百三十の責め苦を与えることとする。」
閻魔がそう言うと、どこからともなく三本の杭が彼岸へと突き刺さる。
相変わらず苦悶の表情一つ見せない彼岸に閻魔が言い放った。
「彼岸よ、お前の罪は焦熱へ落ちるほどのものではない。罪のない怪異を殺したのであれば話は別だが、お前が奪った命は、罪深きモノ達であり、裁かれるべき存在だった。言いたいことがわかるか?お前の兄はそれだけの罪を犯しているという事だ。」
彼岸が奪った命は、罰せられるべき存在であった。
そのことを知っていて彼岸も命を奪ったのだろう。彼岸の兄は、なんの罪もない命を奪ったという事だ。どうしてそんなことをしたのか、それはきっと彼岸にすらわからないのだろう。
だからこそ反論もしないのだ。
すこし間をおいて、刹那さんが話す。
「閻魔、すまないが彼岸と話をする時間をくれないか?今回の怪異殺し、聞きたいことがある。それほど時間はかからないと思うから。」
「よかろう、連れて行くといい。罰はすでに始まっているからな、あとはこの等活で罪が昇華されるまで苦痛と共に生きるだけだ。これにて、彼岸の処罰を決定とする。退室せよ。」
その言葉と共に、入って来た扉が開かれた。
僕たちは再び彼岸を伴って城を後にした。
「彼岸、すまないが話を聞かせてほしい。」
刹那さんが彼岸に話かけるが、彼岸は黙ったままだった。
「君のお兄さんの事についてもなにかわかるかもしれない。だから、お兄さんと君のことを聞かせてくれ。」
彼岸は兄という言葉に少し反応を見せた。
すこし考えた後、彼岸が口を開いた。
「何が聞きたい。」
刹那さんが答える。
「君とお兄さんが怪異殺しをした時の事を聞かせてくれないか?」
彼岸は小さく頷き、話を始めるのだった。
彼岸の話は僕たちにとって有益な情報となるものだった。




