迷い人
真が幽世に迷い込んだ理由は何だったのか。
現世へ無事に帰ることはできるのか。
怪異とは、人間とは。
「まず君が迷い込んでしまった理由について探らなければならない。何点か質問をするから答えてくれるかい?」
刹那さんは僕に問いかける。
僕は無言で頷いた。
「君は目に見えないものに対して否定的だったかい?」
僕は小さく”はい”と答えた。
「直近で家族や親しい人がなくなったりしたかい?」
僕はハッとした。
最近祖母が亡くなっていた。
田舎に暮らしていた父方の祖母が亡くなったのは先月のことだった。
めっきり田舎に遊びに行かなくなって久しい中、祖母の訃報を両親から聞いた。
最後にあったのは5年くらい前だった気がする。
祖母が・・・と小さく頷きながら答えた。
「なるほど。君のおばあさまは何か特別な力やほかの人には見えないものが見えたりしたかい?」
僕は祖母との思い出を漁った。祖母はよくこの世界には皆が見えていないものがあると言っていた。
神様やご先祖様がいつも見守っていると。正直僕はその話を信じていなかった。
僕にも昔は見えていたんだと、祖母は言っていた。
もちろん記憶にないし、見えたという認識もなかった。それでも祖母は僕にも見えていたんだとずっと言っていた。それが刹那さんのいう不思議な力なのかはわからなかった。
祖母は病気を患ってから施設に入ったようだった。祖父は祖母が亡くなる10年ほど前に亡くなっており、父も母も面倒を見ることができないと言って治療も兼ねた施設に入れたようだ。
そのころは両親とろくに口を聞かなくなってしまっていた僕は、祖母が亡くなってからそのことを聞かされた。
「多分・・・特別なのかどうかわかりませんが、祖母はよく目に見えない世界があるって言ってました。神様とか、ご先祖様とか。」
「なるほどね。君のおばあさまは神や先祖の霊のような存在を認識していたということだね。」
祖母が特別な力によってそのようなモノのことを認識していたのかどうかはわからなかった。
正直そういうものに対して今まで否定的だったためか、今となっても半信半疑である。
「祖母は、ずっとそんなことを話していたので家族からも疎まれていました。頭がおかしいんだとか、うちの両親もずっと祖母のことを毛嫌いしていました。僕は・・・祖母が大好きでした・・・それでも大きくなるにつれて祖母の言っていることが理解できなくなってしまったんです。精神的におかしいんだって。両親と同じように思うことにしたんです。否定的になったんです。」
僕はおぼろげながら、祖母に言われたことを思い出していた。
真ちゃんには、とても強いご先祖様が憑いている。どんなことがあっても守ってくれる。だから見えなくても一生懸命にお祈りをしなければならないよ。
そんなことを言われていた。
子供の頃はずっと祖母の言いつけを守ってお祈りしてたっけ。
いつの間にかそんなことも忘れて、両親と一緒になって祖母を遠ざけていた。そんな自分が嫌で両親とも会話しなくなった。
「祖母は、僕には強いご先祖様が憑いているって言ってました。」
思い出したことを話してみた。
刹那さんは少しの沈黙をおいて話し始めた。
「君が迷い人として幽世に入ってきた理由として真っ先に考え付いたのは、怪異の仕業。君を喰うためか、気まぐれか。いずれも怪異が意図して引き込んだのであればその怪異と話をつけるのが手っ取り早い。あとは偶然幽世と現世が通じてしまった場所に足を踏み入れてしまったか。ただ君以外の人間が迷い込んでいる様子がないところを鑑みると違う理由だろう。」
刹那さんは、大きなため息をついて続けた。
「今の話しを聞いて恐らくそうではないかという理由に見当がついた。前者だ。そして君は、こちら側のモノだね。」
頭の中に処理しきれない情報が流れ込み、思考が働かない。
こちら側?幽世のモノ?意味が分からなかった。
「あぁすまない、正確には君は人間だ。現世のモノだ。だが、幽世のモノでもあるということだ。君の先祖はおそらく幽世に何らかの縁がある。君のおばあさまがそうであったようにね。その縁は何代にも渡り紡がれてきた。ただし、それはいい縁ではない。人間の中でよく言われるご先祖が憑く、背後霊なんて呼ばれ方をするんだったかな?それは怪異ではなく、一種の呪いなんだ。居ないんだよ、実際には。霊なんてものは存在しないんだ。人間は死んだら霊にはならない。人間は生を終えたらそこで終わりなのさ。霧散して消えゆく、それが掟なんだ。」
刹那さんの言葉は決して強い口調ではなかったが、怨嗟が込められていた。
「だから、背後霊は存在せず、守りの呪いというものを背後霊に守られているなんて言い方をするのさ。では、君の背後に憑いているものが見えたというおばあさまの言葉は偽りなのか・・・それこそが君が幽世のモノたる所以。君は、先祖が幽世の怪異に捧げた供物、生贄だ。だからこそ幽世のモノでもある。おばあさまに見えていたのは先祖でもなんでもない、生贄を監視する怪異だよ。」
生贄、その言葉に愕然とした。
何者かもわからないモノへ捧げられるために生きてたってことなのか?
理解ができなかった。どうしたらいいのかわからなかった。
刹那さんは話を続ける。
「君の先祖は、もともと幽世と縁があった。富のためか、地位のためか、なんにせよ何かを得るために怪異と取引をしたんだろうね。何世代か後の子孫を供物にするという条件だったんだろう。君が幽世に迷い込んだのは、君自身と幽世に縁を結びつけるため。いわば準備だ。ここまでは理解できたかな?」
正直刹那さんが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
先祖のせいで僕は生贄にされ、わけもわからないところに連れてこられている。
理解できるはずもない。
そんな僕の胸中を察したのか、刹那さんは少し困った顔をして話を続ける。
「理解するのは難しそうだね。君には何の罪もない。先祖のしでかしたものだ。質問を続けていいかな?君の年齢は?」
「16です・・・」
力なく答えると刹那さんは続けて質問をしてきた。
「17になるのは49日後かな?」
僕は働かない頭で必死に考えた。49日・・・確かにそのくらいだろうと首を縦に振る。
「なるほどね。生贄の年齢は17歳と決まっている。やはり縁を結ぶために連れてこられたか。そう肩を落とさずに聞いてくれ。ここからは仕事の話をしよう。」
そういうと、刹那さんは軽く僕の肩を叩き激励する。
何とかなるのだろうか、淡い期待を込めて刹那さんの話を聞く。
「まず、君は幽世との縁を作られてしまった。先祖から続く浅い縁ではなく、君自身と幽世との深い縁だ。これはどうすることもできない。ではどうするのか。先祖の行った取引を清算するんだ。取引をした怪異がナニモノなのか、目的は何なのか、それを探る必要がある。そのうえで交渉をする。相手がどんな怪異かわからないからうまくいく保証はないけどね。ただ、渡し屋として君を現世に返すという約束をした以上は仕事を全うするよ。君にもやってもらわなければならないことがあるけど。」
そう言うと刹那さんは店の奥に引っ込んでいった。
どれくらい経っただろうか、店の奥から古ぼけて埃まみれになった小さな箱を持ち出してきた。
箱を開けると、中には緋色をした勾玉が一つ入っていた。
「この勾玉は、人間を怪異と認識させる呪いが込められている。これを身に着けている間、君は怪異として認識される。幽世でも、現世でも。ただし、君に憑いているモノには効果がない。だからこれを身に着けていれば生贄にならないということはない。」
刹那さんはまっすぐに僕の目を見つめた。
「なんのために身に着けるんですか?」
「君は、しばらく現世には戻れないと思ってくれ。幽世でしばらく私の手伝いをしてほしい。手伝いをしてもらいながら取引の清算について考えよう。幽世に滞在するうえで最も危惧すべきは君が人間であるということなんだ。人間に悪意を持った怪異は少なからず存在する。」
そう言われてハッとした。先ほどまでわけのわからない怪異というモノに追われ、この店に入ってきたのだ。悪意の塊のようなモノ達・・・あれが怪異の本質なのだろうかと考えてしまった。
刹那さんは・・・どうなのだろう・・・この人は、怪異なのか人間なのか。聞き出す勇気がなかった。
「怪異とは危険なモノだと思っているだろう。でもそれは違う。すべてがそうというわけではない。君が理解ができないだけで本質は人間と何ら変わらない。むしろ私からすれば人間の方がたちが悪いと思っている。まぁ人間にも色々居るように、怪異にも色々居るのさ。それだけ理解してくれればいいさ。」
心の中を見透かされているようだった。
刹那さんに感じた疑念や畏怖を気取られてしまったのだろうか。
そんなことを考えていた。
ふと刹那さんが店の扉の前を指さして言った。
「ほら、君のことを追いかけてきたみたいだよ。」
指さす先を見ると、先ほど僕を追いかけてきた目と鼻の無い化け物が店の前に集まってきていた。
「うわ!ど、どうしましょう。どうしたら・・・」
なんて情けない声をあげてしまった。
だがそんなことお構いなしに刹那さんは化け物に話しかける。
「やぁ!今日もお勤めご苦労様。ここに来た人間の少年が心配かい?大丈夫、先ほど渡したよ。」
そういうと先頭に立っていた化け物が口を開いた。
「よかった。よかった。迷い人。かわいそう。戻れて安心。怖がらせた。反省。」
ぽつりぽつりと言葉を発した。
その言葉に悪意はなく、ただ僕のことを送り届けようとしてくれていたことが分かった。
初めて見たときは悪意の塊と思っていた。
気持ちが悪い化け物だと思っていた。
でも違った。このヒト達は僕を気遣ってくれていたのだと分かった。
僕が理解しなかっただけだった。
続けてそのヒトは言った。
「新しいモノ。こんにちは。」
僕の方を見てぽつりと言った。
勾玉を持っていることで僕は怪異として認識をされたようだ。
やるせない気持ちだった。
「僕は、間違っていたんでしょうか。理解できないモノを勝手に怖がって。あのヒト達は・・・」
言葉が詰まってしまった。
どう言ったらいいかわからなかった。
そんな気持ちを察したのか、刹那さんが口を開いた。
「目に見えているものが全てではない。見えないモノも存在する。理解するのに時間がかかるだけだよ。理解できないものに畏怖するのは人間にかかった呪いなのさ。君だけじゃない。迷い込んだ人間は皆同じ反応だよ。人間と異なるものは理解せず、畏怖する。でも人間同士も理解し合わないし畏怖し合っている。最も近い存在なのにね。」
刹那さんは悲しげな表情を浮かべ、遠くの空を見つめながらぽつりとこぼした。