式神
斑さんと別れ、バス停で少し時間をつぶした後、僕は本来の目的地である湖を目指して歩き出した。
湖はここから少し川沿いを歩いていくと到着するようだった。
どれくらい歩いたか、すこし先に大きな湖が見えた。
湖はきれいに澄んでおり、周りには木々や草花が生えた美しい場所だった。
湖のほとりには、小さな小屋が建っており、桟橋のような場所には船が一隻停まっていた。
僕は目についた小屋を訪ねてみることにした。
小屋の中はがらんとしており、誰も居なかった。
不在だったかと小屋を後にしようと入口の方へ振り返ると、声をかけられた。
「何か御用ですか?」
そこには地面までつく長い髪をした女性が立っていた。
顔は美しく、だが下半身は蛇という姿だった。
僕は吃驚して腰を抜かしてその場に倒れた。
「いてて・・・す、すいません、驚いてしまって。」
「私の方こそごめんなさい、驚かせてしまって。」
その怪異は僕に手を差し伸べた。
その手を取り、体制を立て直す。
「突然すいません、すこしこの辺りを見て周っていて、小屋が見えたので立ち寄ってみたんですけど、ここでなにかされてるんですか?」
僕はその怪異に問いかけた。
「はい、ここで湖の監視をしています。私がこの湖の管理人です。水華と申します。」
その怪異は頭を下げると、水華と名乗った。
僕も続けて自己紹介をする。
「水華さんですね、僕は真と言います。よろしくお願いします。実はこの辺りは来たことがなくて、よかったら色々教えていただけますか?」
水華さんにそう言うと、うれしそうな顔をして言った。
「はい、私でよければお答えします。」
「ありがとうございます。湖を監視してると言っていましたけど、何を監視しているんですか?水位とかですか?」
僕は水華さんに尋ねた。
「いいえ、この湖にはある怪異が封じられていまして、その怪異の封が正常に機能しているか監視しているんです。この湖の水底には深い穴があります。その穴の中に封牢があり、そこに封じられています。かつて大罪を犯した怪異だとかで、私も母からこの仕事を受け継いで浅いので詳しくはわからないのですが、葛の葉という狐の怪異が封じられているんだそうです。」
どうやら湖は牢の役割を担っているようだ。
水華さんが監視を行い、その怪異が抜け出さない様見守っているそうだ。
一体どんな罪を犯せばこんな場所に幽閉されるのだろうか。
「ここに封じられている葛の葉という怪異は、どんな罪を犯してここに封じられているんですか?」
「私も母から聞いた話でしかお答えできないのですが、葛の葉は、かつて人間との間に子を成し、その子と共に現世にある小さな村で生活していたそうです。その当時、怪異とは人間に害ある存在とされていたそうで、怪異であることを葛の葉は隠していました。ある時、その村に旅の修道僧が訪れた際に、葛の葉の正体を見抜き、討伐しようと襲い掛かってきたところを葛の葉が返り討ちにしたそうです。それを聞きつけた村の人々が、葛の葉の住む小屋に火を放ち、子もろとも殺そうとしたため、その村の住人を皆殺しにしたそうです。その後怒れる葛の葉は三日三晩暴れまわり、他の村までも襲い、とうとう人間たちの手によって討たれました。その亡骸がこの湖に封じられているそうです。」
話をひとしきり聞き、葛の葉は討たれ、亡骸を封じているようだった。
だが怪異は死した後は消え去るもののではないだろうかと思い出した。
夜刀神の一件の時、怪異の死体は一体も残っていなかった。
痕跡はあれど死体は一度も見ていなかった。
僕は疑問を水華さんにぶつけた。
「怪異は死んだら消えてなくなると思っていたのですが、違いますか?」
「そうですね、普通怪異は死んだら消えてなくなります。死んだら、です。討たれた葛の葉は確かに息絶えていたそうですが、死体は消えることなく残り続けたそうです。本来ならば消えるはずの死体が消えないという事で、天神様がその死体を回収し、この湖深くに封じたと聞いています。葛の葉はまだ死んでいないと判断され、大罪を犯した罰としてここに封じられているそうです。おかしな話ですよね。」
水華さんは苦笑いをしながら話してくれた。
死してなお消えない、怪異として異質な存在なのは間違いないのだろう。
もしかしたら仮死という状態なのだろうかとも思った。
葛の葉には何か不思議な力があったに違いない。
それを感じ取って天神はここに封じることを決意したのだろう。
「いろいろと教えていただいてありがとうございました。もしよかったら、またいろいろと教えてください。」
僕は水華さんに会釈をした。
水華さんも会釈を返してくれ、いつでもどうぞと暖かい言葉をかけてくれた。
目的の湖を見ることができた僕は、そろそろ長屋へ戻ろうと帰路に着こうとしていた。
ふと、空を見上げると、亀裂のようなものが見えた。
空に亀裂なんておかしな話なのだが、地面が割れたような亀裂が薄く入っているように見えた。
ごしごしと目を擦って見直してみると、その亀裂は跡形もなく消え、僕の見間違いだったかと思うようにした。
空から視線を落とすと、目の間に顔があった。
僕の顔を覗き込むように見ており、驚いて飛び退いた。
「おやおや、驚かせてしまったかい?」
そういって僕に話しかけてきたのは、僕より少し小柄で赤い髪をした青年だった。
目は澄んだ蒼色をしており、今にも倒れそうなほど血色の悪い真っ白い肌、ゆらゆらと体を横に揺らしながら立っていた。
僕が引きつった表情でその青年を見ていると、首をかしげながら言った。
「ふーん、君が真かな?聞いていた通りだね。肩に乗ってるのが夜刀神かな?」
なぜ僕の名前を知っているんだ・・・それに夜刀神のことも。
聞いていた?どういうことだ。
頭の中で思考を巡らせるが理解できなかった。ただ、危険なことは確かだと後ずさり、距離を置く。
「誰ですか?どうして僕の名前を知ってるんですか?」
僕は得体のしれない青年に恐怖を抱いていた。
夜刀神も警戒を強め、青年を睨みつける。
「真のことは主から聞いたんだ。人間で、渡し屋の手伝いをしてる奴が居るって。夜刀神も一緒に居るから警戒しろとは言われてたけど、案外近づいても気づかれなかったから大したことないみたいだね。」
青年はクスクスと笑いながら夜刀神を指さした。
「夜刀神、あの人の事気づかなかったんですか?」
「まったく気配がなかった、我はお主の周りを常に探知している、熱源やにおい、音、あらゆる方法でな。だがあいつは近づいた瞬間に姿を現した。まるでその場に瞬間的に移動してきたようだった。警戒だ足らなかった。」
夜刀神は僕に頭を下げた。
こちらとしては常に夜刀神が警戒してくれていることに感謝している。
その夜刀神が気づけなかったとなると相当に危険な存在なのではないかと思った。
「僕は騰蛇、主に使える僕の一柱。今日は葛の葉様のお身体の様子を見にやって来たんだが、真を見つけてね。面白そうだからちょっかいをかけようと思ったんだ。主は真の事を欲しがってたから持ち帰ったらほめてもらえるかな。」
騰蛇と名乗るそのモノは、怪異とも人間とも違う雰囲気を漂わせていた。
どうやら湖に眠る葛の葉の身体を確認しに来たらしい。
騰蛇は身をくねらせると、口から蛇のような舌をチロチロと覗かせた。
「少し遊んでくれよ、夜刀神とも殺りあってみたかったんだよね。」
騰蛇はそう言うと、舌から涎のようなものをポタポタと垂らしていた。
地面についてそれは、蒸気を発生させ、火を灯らせた。
どうやら火を操るモノのようで、みるみると騰蛇の身体が赤く染まっていく。
「お主は離れていろ。」
夜刀神が僕の肩から降り、みるみると元の大きさへと戻っていった。
騒ぎを聞きつけ、湖の小屋の中から水華さんが出てきた。
「一体何があったんですか?」
ぶるぶると震えながら水華さんが小屋の入り口から様子をうかがっていた。
「おや?水蛇の怪異なんて珍しいじゃないか、こっちも持って帰ったらほめてもらえるかな?」
騰蛇は目線を水華さんに向けた。
その一瞬の隙を逃さず、夜刀神は騰蛇めがけて鋭い額の刃を突き立てた。
騰蛇はそれを両手で受け止めた。
鋭利な刃が受け止めた騰蛇の手を切り裂き、血が垂れる。
赤く流れる血がみるみると熱を帯び、発火した。
夜刀神の刃に付着した血も同様に発火し、夜刀神は頭を振ってそれを消火した。
「なんだ、案外やれるんじゃないか。」
騰蛇は嬉しそうに夜刀神を見つめると、背中から火に包まれた羽根のようなものを生やした。
「少し本気でやっちゃおうかな!」
羽根のようなものを夜刀神めがけて伸ばした。まるで第三、第四の腕のように器用に動かし、夜刀神へ攻撃を仕掛ける。
夜刀神はそれを額の刃ではじき、羽根の一つを切り裂いた。
ボトッと地面に切断された羽根が落ちる。
落ちた羽根は大きな火を放ち、その火が夜刀神へと襲い掛かる。
夜刀神はその火を尻尾で叩き伏せた。触れた箇所が黒く焦げており、夜刀神がダメージを負ったことを物語っていた。
「厄介だな、あいつの体液は発火作用があるらしい。あんな怪異我は見たことがないぞ。」
夜刀神は少し焦った様子だった。
騰蛇が失った羽根を再度生やすと、今度は二本の羽根を地面に突き立てた。
地面を這うように何かが夜刀神へと向かっていく。
夜刀神の足元まで伸びたそれは、地面に亀裂を生み、夜刀神めがけて二本の火柱を展開した。
夜刀神はそれを後ろに避け、口から何かを吐き出した。
吐き出したそれを腕に浴びた騰蛇は悲鳴を上げた。
夜刀神が吐きだしたものを浴びた腕は、緑色に変色し、煙を上げていた。
「あぁ痛い!痛い!毒液なんて吐くなよ!汚ねぇ!」
騰蛇はその場で転げまわり、怒りをあらわにした。
夜刀神が吐き出したのは毒液のようで、それを浴びた騰蛇の腕はみるみる変色していき、しまいにはボトっと地面に落ちた。おちた腕はその場で火柱を上げて消えていった。
「どうやら毒液は効くようだな、まだ向かってくるなら容赦はせぬが・・・」
鋭い眼光を騰蛇へと向ける夜刀神、それを見た騰蛇はひどく狼狽していた。
「くそったれが!夜刀神、お前は絶対僕が殺してやるからな!」
そう言うと、騰蛇は自身の身体を燃やした。跡形もなく消え去ったそこに、ヒラヒラと一枚の紙切れが転がった。
どこかで見たことのあるそれは、夜刀神が刹那さんから渡された形代のような形をしていた。
人型の紙切れに何か読めない文字が書かれていた。
「式神だな。これほどまで強力な式神を扱えるものが居るとは・・・しかも怪異殺しの呪いもかかっている。厄介なやつが現れたものだな。しかし騰蛇、どこかで聞いた名だな。」
夜刀神は戦闘を終えると、みるみる縮んでいき、手のひらサイズへと戻っていった。
疲れたのか、目を閉じてしまったため、僕の肩に乗せてやった。
「だ、大丈夫ですか?」
水華さんが心配そうにこちらを見つめている。
「ご心配をおかけしました。夜刀神が追い払ってくれたのでもう大丈夫です。それより、先ほどの騰蛇というモノが葛の葉の身体の様子を見に来たと言っていました。もしかしたらまたここが襲われる可能性もあります、一旦僕と一緒に避難しませんか?」
僕が水華さんに提案する。
「お気持ちはありがたいのですが、私がここを離れるわけにはいきません。監視者としてしっかりと湖を見ていないと。それに、何かあったら湖の中のみんなが助けてくれますから大丈夫です。」
そう言って湖を指さした。
湖の方を見ると、いつから居たのか、巨大な水生生物が複数こちらを見ていた。
「うわぁ!びっくりした・・・あれは?」
「母の代から私たちに仕えてくださっている水龍さん達です。とても強いんですよ。」
水華さんはそういうとぐっと腕を曲げ、強いぞアピールしていた。ちょっとかわいい・・・
強い存在が守ているのなら大丈夫かと納得し、今回のことを刹那さんに報告する旨を水華さんに伝え、その場を後にした。
夜刀神は戦闘の後、すっかりと眠ってしまい、道中は一言も発することはなかった。
しばらく歩き、駄菓子屋へと足を運んだ。
「刹那さん、いますか?」
店先から店内へと声をかける。
ひょこっと顔を出したのは士郎さんで、どうやら刹那さんは不在にしているようだった。
「真君!いらっしゃい、刹那さんなら今出かけているよ。急ぎのようなら伝えておくけど。」
士郎さんは店番を頼まれているらしい。
そういえば僕も最初店番をやらされたっけと思い出していた。
「いえ、大丈夫です。帰ってくるまでここで待たせたもらいますよ。」
そう言うと、店先にあるベンチに腰掛けた。
それを見て士郎さんも隣に腰かけた。
「士郎さんの方はどうですか?何か進展ありました?」
士郎さんへ問いかける。
士郎さんは、体の中に眠るもう一つの魂が穢れを含んでおり、それを浄化するために駄菓子屋に滞在している。
「刹那さんが言うには、穢れは含んでいるみたいなんだけど、魂が奥底に眠っていて今は手出しができる状態じゃないんだってさ。その魂が浮上してくるまでは何もできないらしい。まぁ僕としては特に困っていないからこのままでもいいんだけど・・・」
士郎さんは苦笑いを浮かべていた。
「そうですか。その魂も、本来士郎さんの兄弟として生を受けることがあったかもしれないんですもんね。もしかしたらずっと士郎さんを守ってくれていたのかもしれませんし、今はそっとしておきましょう。」
僕と士郎さんはそんな会話をしながら、店主の帰りを待っていた。
しばらくして、店主である刹那さんが帰って来た。
「おや?真君じゃないか、何かあったのかい?」
何やら怪しげなものをたくさん持ちながら、刹那さんが僕に言った。
「はい、すこし話をしておきたいことがありまして。実は先ほど湖の方へ出向いていたんですけど、そこで騰蛇という式神に襲われました。夜刀神が追い払ってくれたんですけど、僕のことを知っていた感じでしたし、湖に現れた目的が葛の葉の身体の様子を見に来たって言っていて。葛の葉のことは湖の監視者の水華さんに聞いたのでなんとなくはわかっているんですけど、なにか危ない予感がしてます。」
刹那さんはその話を聞いて難しい顔をした。
すこし考え込んだ後、口を開く。
「騰蛇は、陰陽道を記した占事略决という書物に記されている、十二天将という象徴体系の一つに名が記されていたね。その書物を書き記したとされているのが、稀代の陰陽師である安倍晴明だ。清明はその十二天将を用いて都を守護していたときく。清明の式神がなぜ幽世に・・・これは少し調べてみる必要があるかもしれない。この間の男の件ともつながるかもしれないしね。大きな力を持った人間、現れた式神、葛の葉の身体、どれも偶然ではなく、すべて一人の陰陽師に繋がっている。もしこの一件、清明が関わっているとしたら大問題だ。清明は現世の人間の中で最も力のある人間だった。私たち怪異ですら及ばぬ力を有していたとも聞いているからね、もしも清明が敵だったとしたら、相当厄介だね。それに真君の呪いの件もある。そちらの怪異については全く見当がついていない・・・問題は山積みだね。」
刹那さんは頭を抱えてしまった。
安倍晴明、名前くらいは聞いたことがある。高名な陰陽師で、京の都を守護していた人というくらいの認識しかないが、それでも有名だ。
「とにかく、厄介事が増えたことには変わりない。申し訳ないがことを急ぐ必要がでてきた。真君にも手伝ってもらいたいことがある。まずは帰って休息をとってくれ。明日、迎えを送るから一緒に駄菓子屋まで来てくれ。」
刹那さんはそう言うと、店の奥へと入っていった。
僕と士郎さんは顔を見合わせ、刹那さんを追うように士郎さんも店の奥へと入っていった。
僕は刹那さんに言われるがまま、長屋へと帰ることにした。
大きな力が、幽世を飲み込もうとしている。
そんな言い知れぬ恐怖を抱いてしまった。
この時の僕には想像もできないことが水面下で起こっていたことを後に知ることになるのであった。




