縁
天童の一件から少し経ち、僕は幽世を見て周っていた。
目的は幽世の散策だったが、もう一つ、初めて幽世を訪れた際に出会った怪異達にもう一度会いに行くためだ。
最初こそ恐ろしい存在として認識していた怪異だったが、刹那さんからの話を聞き、ずっと謝りたいと思っていたのだ。
駄菓子屋を越えてすこし歩くと、田んぼが連なる道へとたどり着く、そこに麦わら帽子をかぶった老人のような怪異が何体か存在している。
僕はその怪異達に近づき挨拶をする。
「こんにちは、いつもお疲れ様です。」
眼と鼻の無い顔をこちらに向けて、ニヤリと笑ってその怪異は答える。
「おや?こんにちは。」
開かれた口の中に眼球があり、当時の僕はそれに驚き逃げ出してしまった。
今は勾玉の影響でこの怪異には僕が怪異として見えている。
それもあってか、僕はその怪異と話ができている。
もちろん、悪い怪異ではないという事も理解したうえでだ。
「少し前にここに人間の少年が来たのを覚えていますか?」
僕はその怪異に問いかけた。
「あぁ、人間の少年が来た。かわいそうなことをしてしまった。驚かせた。」
その怪異は少しシュンとしながら下をむいた。
僕はその怪異に向かって言う。
「その少年から伝言を預かってきました。あの時は驚いて逃げてしまってごめんなさい。無事に現世へ渡ることができました。手を差し伸べてくれてありがとう。
そう言ってました。ほかの方にも伝えてあげてくれませんか?」
「無事に帰れてよかった。安心。」
そう言って怪異は仲間の元へと向かっていった。
本当はありのままでお礼を言いたかったが、僕は現世に渡ったことになっているので余計な心配をかけたくないという思いもあり、勾玉を持っていくことにしたのだった。
怪異にお礼をした後、僕は少し歩いてみることにした。
以前行った小高い丘には、よくわからないモノが居たのでそこを避け、新しい場所を目指すことにした。
すこし歩いていると、白澤さんと出会った川が見えてきた。
白澤さんが少女を待ち続けていた場所には誰もおらず、すこし悲しい気持ちになってしまった。
すこし川べりに座り、水面を眺めていた。
きっと白澤さんもこうやって水面を眺めていたのだろうと、主の居ない小屋から拝借した、幽世の歩き方を見ながらそんなことを思っていた。
しばらく水面を見つめた後、再び歩き出した。
本を見ながら今いる場所を確認し、次の行き先を決める。
夜刀神曰く、幽世の全体が網羅されているわけではないが、安全な場所はわかる程度のものとなっているようなので、僕でも安心して散策ができる。
そうして次の目的地である湖を目指して進んで行くことにした。
湖は川を下流側へと進んで行くとたどり着けるようだった。
ここから少し距離があるようだったが、特にすることもなかったので行ってみることにした。
道中、様々な怪異と出会い、挨拶を交わす。
こうやって見ていると、皆気さくに話しかけてくれる。現世よりも遥かに会話が多いように思った。
現世では他人に興味のない人が多く、すれ違ってももちろん挨拶なんて交わさないし、目も合わせない。
肩がぶつかったところで会釈すらしない人も居る。
そう考えると、怪異は縁を重んじることもあり、個々の絆を大事にしているんだなと痛感した。
そんなことを考えながら歩いていると、バス停のようなところがあった。そこにぽつんと置かれたベンチに一体の怪異が座っていた。
白髪の初老男性のような見た目で、トレンチコートのようなものを羽織っている。
すこし伸びた顎髭を触りながら何かを待っているようだった。
「こんにちは。」
その怪異に挨拶をした。
すこし驚いた様子でこちらを見ると、その怪異は言った。
「おやおや、こんなところで誰かと出会うとは。こんにちは、君は?」
その怪異は僕に尋ねた。
「初めまして、僕は真と言います。」
「真、よい名前だね。現世で真とは嘘偽りのないという意味だろう?ではそんな真君に問おう、君は迷い人かな?それとも意図してこちらに来たのかな?」
その怪異には僕が人間だという事が分かっているようだ。
それは力ある怪異という事を示している。
この勾玉はある程度力のある怪異の前では約に立たないことはわかっていた。
僕が人間だと見破られているという事はそういう事だ。
すこし身構え、肩に乗った夜刀神にそっと合図をする。
「そう身構えなくても、とって食ったりしないから大丈夫だよ。それに君の肩にいるそれは夜刀神だろう?噛みつかれては敵わないからね。」
僕はその言葉を聞いて警戒を解いた。夜刀神も事態に気づいているようで、こちらの様子をうかがっていた。
「すみません、僕が人間だと気付いた怪異には警戒するようにと言われていまして、僕は迷い人ではないです。ただ事情があって現世に帰ることができない状態です。なので幽世で生活をしています。」
すこし後ずさりながらその怪異に言った。
「なるほど、真君の事情は私にはわからないが、大変なようだね。力になることはできないが話でもしていかないか?人間と会うのは久方ぶりでね。」
そう言うと、自分が腰かけたベンチの隣を叩いて座るよう促した。
一応夜刀神にも確認したが、敵意はないので問題ないだろうという事だったので、言われるがまま隣に腰かけた。
「いやぁすまないね、まさかこんなところで人間に会えるとは思いもしなかった。私の名前は斑、以後お見知りおきを。」
そう言うと握手を求めるように手をこちらに差し出してきた。僕はその手を取った。
「斑さんはここで何をしてるんですか?」
僕は斑さんに問いかけた。
「ふむ、何か目的があるわけではないのだが、バスを待っている。ここはバス停だからね。でもね、ここは形だけのバス停だ、幽世にバスが通っているわけもない。昔を懐かしんでいるんだ、現世に居た頃の思い出に浸っている。」
どうやら斑さんは現世に居たことがあるようだ。
どんなことがあったのだろうと、すこし興味がわいた。
「斑さんは現世に居たんですか?」
「あぁ、現世の時代だと、六十年ほど前になるかな。遥か昔から縁のある家があってね、家長が代替わりする際に出向く約束になっていたんだ。その時も家長の者が亡くなったと聞いてその家に出向いたんだ。しかし次代の家長が決まらない様子でね、亡くなった家長というのが方々に女を作り、子をつくりとやりたい放題だったらしい。当然、正妻の子が家督を継ぐべきなのだろうが、正妻との間に子供はおらず、方々の女たちが自分の子供を時期家長にと、色々厄介なことになっていたらしい。そんな折、亡くなった家長の遺言から私に文が届いたため、出向いたというわけだ。」
幽世へ文を送ることができるのかと少し驚いた。
縁を紡ぐため、必要があれば渡し屋の権限で怪異を現世に渡すこともあるときいているから、そういったものもあるのだろうと理解した。
「無事に家長はきまったんですか?」
僕は斑さんに問いかけた。
「そうだね、色々と事件というか、厄介事はあってね、一種の呪いだ。私はその家の初代の家長と取引をしていてね、縁を永劫紡ぐ代わりに富を求めてきた。私はそれを了承し、家長が亡くなった際、次代を決める席に必ず、私を家付きの呪術師として参加させ、その縁を語り継いでいくという代わりに富を授けると、取引をした。長く続く縁は怪異としては必要不可欠だ、それを担保できたのは私にとってもありがたい話だった。もちろん時代が移ろい、私の存在を認めぬものも出てきたが、その際は富を取り上げ、見せしめを行うことで関係を続けてきた。
その時も次代の家長を決める席に招かれたわけだが、家長であった男は齢四十を超える程度だったため、その者の子ではなく、妹を家長とする動きがあった。妹の伴侶は早くに亡くなっていたようでね、妹に家長を継がせる話があったようだが、その時代、女が家長などあってはならんという風潮があり、断固として親族から反対されていたようだった。そのため、まだ年端も行かぬ亡くなった家長が方々に作った子供たちに白羽の矢が立ち、その母親たちの争いが起こっていたというわけだ。七人の子供の中で、男児が四人おり、その中から次代を決める運びとなったそうだが、一人の男児が突然に亡くなり、他三人の男児の母親の仕業ではないかという事になったらしい。醜いことだ。そんな中私に連絡があり、それも含めて解決してほしいと頼まれたわけだ。」
どこかで聞いたような、華族の泥沼継承争いのような展開だった。
そんな争いで小さな命が失われたことに悲しさを覚えた。
「その子供の死に何か怪異が関わっていたんですか?」
僕は率直に聞いた。
「うむ、怪異がというよりは、怪異と取引をし、呪いを得た人間の仕業だった。それを行ったのは家長を継ぐことを反対されていた妹でな、とんでもない怪異と取引をしてしまったんだ。
その怪異の要求は、自身の子を人柱として捧げること。一人につき一人の命を奪う呪いを授けてやるというものだった。亡くなった家長の妹には三人の娘がいてな、その三人を犠牲にしてまで自分が家長を継ぐことを選択したようだ。そうして犠牲となった娘は怪異によって連れ去られ、行方不明という形になった。私はすぐに妹と話をし、今後犠牲を出さぬようにと念を押した。だが妹は聞く耳を持たず、結局自らの娘三人と引き換えに、次代候補の三人の男児を亡き者にしてしまった。
だが、次代の候補は四人おり、最後の一人をどうするかと考えていたようだ。
私は助言をすることしか出来ない身であったからな、ばかげたことはやめろと散々注意してきたが、最後は自分の手で男児を亡き者にすることを決めたようだった。私はどうしても見過ごせなくてな、その男児を連れ、その家を後にした。
怪異の呪いは私でも止めることはできないが、人間が自ら手を下すのであれば話は別だ。その男児を遠ざけてしまえばいいからな。その男児の手を引き、幽世へ避難させようと考えた。
渡し屋にそのことを話したが、決して受け入れられることはなく、現世への介入が過ぎれば捕らわれることになると、そう言われてしまったんだ。だから私は、その男児をバスに乗せ、遠く離れた地へ連れて行こうと考えたんだ。」
そこまで話をすると、斑さんは悲しげな表情を浮かべた。
「だが、バスを待っている最中にその男児の母親に見つかってしまってな、呪術師風情がうちの子供をどうするつもりだと、散々罵られたよ。事の顛末を母親に伝えたが、その子がいなければ家長を引き継ぐことはできないと、無理やり連れていかれてしまった。その後、私は次代の選出の席に再び戻り、その男児が母親もろとも何者かに殺害されたこと、妹の娘が三人行方不明になったこと、家長は先代の妹が正式に継いだことを聞かされた。私は代々の家長にしてきたように縁の説明をし、自身が亡くなったときに連絡をするようにと伝えた。その代わり、代々の商売を繁盛させる約束をし、その家を後にした。」
そう話終わると、下を向き、黙り込んでしまった。
「すみませんでした、人間の身勝手な行動があなたを傷つけてしまった。僕は部外者ですけど、人間です。同じ人間としてあなたに謝りたい。本当に申し訳なかったです。」
僕は斑さんに向かって深々と頭を下げ、誠心誠意謝罪した。
僕は関係者ではないけれど、それは人間の起こしたものであり、怪異としたら人間と言う括りは変わらないのだ。
そんな様子を見て斑さんが言った。
「真君が謝ることではない。私が勝手に行い、結果が伴わなかっただけだ。それに、そういう者には因果応報、必ず罰が下るものだよ。自らの子を犠牲にし、他社の子を殺めたその家長には、生涯新しい伴侶も子供もできなかった。富は膨らんでいったが、結局次代の当主はおろか、その富を継ぐ者さえいなくなった。自分一人が長く生き、齢百を越えた頃、周りには誰も居なくなった。自身が長くないことを悟り、最後の家長として挨拶がしたいと私に文が届いてね、最後を看取ってきてやったんだ。」
斑さんは空を見上げて言った。
きっと複雑な気持ちだろう、縁を紡いできた者たちが居なくなることもそうだが、都合のいい時に呼び出し、自らは天寿を全うして逝った。あとには何も残らないのだから。
だが、話には続きがあった。
「私は人間に近い怪異でね、今の現世でも私を認識できる人間がほとんどだ。家長の最後を看取った後、一人の人間に声をかけられたんだ。その人間は私を見て言った、あの時、弟を助けてくれようとしてありがとうございました・・・とね。その人間は会釈をしてそのままいなくなってしまったんだ。その言葉を聞いて、私は救われた。その人間はきっとつらい人生を歩んできたのだろうと思った。両親と弟を亡くし、きっとその家からも追い出されていただろう、家長の死の場にいたのは憎き者の最後を確認するためだったろう、それでも、その人間は私に感謝を述べた。縁が続くことはないかもしれないが、それでも私が救えなかった命達を知ってくれていてたものが残っていると思えたんだ。」
斑さんは笑顔でそういった。
僕は斑さんにかける言葉を必死に探した。
「僕も、斑さんの話を聞いて、散っていった命を、斑さんの行動を紡ぐ事ができると思います。人間はろくでもない生き物です、自分勝手で、傲慢で、でも、中にはいい人間も居ます。だからその縁、僕が生きている限りは語り、紡いでいきます。」
まっすぐに斑さんを見つめて言った。
斑さんはありがとうと小さくこぼした。
「話が長くなってしまったね、だから私はこうして時々バス停でバスを待つんだ。あの時すぐにバスが来ていたらなんて思ってしまうんだ。だけど、過去は変えるとはできない、だが、未来は変えることができる。君に縁を託そう、どうかよろしく頼むよ。」
そう言って斑さんは静かに立ち上がり、僕に深々と頭を下げてどこかへと去っていった。
その背中はどこか物悲しく、それでも凛としていた。
僕は小さくなっていく斑さんの背中を見送ることしか出来なかった。
人間は身勝手だ。自分のためだったらなんだってできる生き物だ。だけど他人を思いやることもできる。誰かを思うことができる。僕はそういう人間になりたいと、そう思った。
僕は来るはずもないバスを待ち、空を見上げた。
変わらないオレンジの空、微かに吹く風、現世とは違うその風景に、それでも自分の世界を重ねてしまった。
幽世で出会った怪異達は僕にとって大切な縁となった。
それは現世へ戻っても変わることはないと、そう思ったんだ。




