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神の子(終)

刹那さんが僕と士郎さんを見て話を始めた。


「少し、昔話をしよう。

私は、怪異の父と人間の母の間に産まれた半異でね、私が生きた時代は現世にも怪異が暮らしていたんだ。その当時は怪異と人間の垣根はなく、互いが互いを助け合って生きていた。幽世と現世という二つの世界は分かたれてはいたけれど、私の先代である渡し人が怪異と人間の橋渡しをしていた。そのおかげか、関係性は良好だった。あるとき怪異の代表として現世へ赴いた一体の怪異が居たんだ。当時の天神として幽世を管理していた私の父だった。父は現世に使者として迎えられ、当時の現世の管理人であった母と出会った。父が現世へ赴いてから二年ほど経った時、母のお腹に私が宿ったんだ。当時は怪異と人間の子として祝福され、二つの世の架け橋となる存在になると言われていたようだ。だがその存在をよく思っていない人間が居たんだ。当時現世の管理人を補佐する立場にあったその人間は、母の妊娠を期に、すべての実権を一時的にを譲渡されていた。身に余る権力というのは、時に人を狂わせてしまう。その人間は母が私を産めば、その実権は私へと引き継がれると危惧し、ある怪異を言いくるめて母もろとも私を葬り去ることを考えた。

その怪異は寸でのところで父に御され、岩牢へと幽閉された。しかしその人間はうまく逃げおおせていた。数年が過ぎ、私が五つになるころ、父は幽世へと戻り、私と母は現世へ残された。

父の不在を聞きつけたその人間は、再度怪異をたぶらかし、母と私を殺害することを計画したんだ。その人間は逃亡の末に禁呪や下法を多く体得し、容易に怪異を抑え込む術があった。

たぶらかされた怪異によって、母はあっけなく殺されてしまった。私はその場を見ていることしかできなかった。私は窮地を先代に救われ、幽世へと連れられたんだ。

その人間は、実権を母から奪い取ると、怪異は恐ろしい存在であり、人間とは相容れない存在だと、人間たちを先導し、争いを始めた。

その争いは数百年にも及び、当時の天神であった父が長き戦いに疲弊した怪異と人間を憂いて、怪異の代表として人間に身をささげることを条件に争いは幕を閉じることになった。父の犠牲のもと、当時の現世を統べていた人間と、今の天神との間に協定が結ばれ、今の幽世と現世の在り方が確立された。

怪異は縁がなければ生まれることができなかったため、先代を橋渡しとし、現世への干渉が認められた。現世から幽世への干渉はできないこととし、渡し屋の仕事が確立されたんだ。

そうやって幽世と現世は現在の在り方に落ち着いた。その時の名残で、今でも現世と幽世が重なってしまうことがあるんだけどね。

非道な話だと思わないかい?怪異は一方的な拒絶のもとでも、人間との関りを断ち切れない。

だからこそ、人間とは相いれなくなった怪異も少なくない。今の世を作ったのは他でもない私とその両親だったんだ。だからこそ、私は先代の仕事を引き継いだ。簡単に話をするとこんな感じだ。

半異は人間の成長する力と、怪異の本来持つ力を併せ持った存在でね、成長する怪異と言っても過言ではない。だからこそ、半異は畏怖の象徴でもあるんだ。私が生かされているのは、両親と、先代の力あってだ。もちろん今の天神の力添えもあるけどね。」


刹那さんは淡々と自分の半生を語ってくれた。

内容はとても重く、僕には受け止めきることができなかった。


「私の昔話はこれくらいにしよう。要するに半異とは、怪異と人間の間に産まれた子供であり、現世では神の子なんて崇められていたというわけだ。現世にも過去、神の子と言われる不思議な力を持った人間が多く居た。それらすべてが半異ではないとは思うけどね。

さて、ここからが問題だ。先ほどの男、あれの本体の所在を突き止めなければならない。このまま放置することは危険だからね。おそらく幽世に潜伏しているだろう。千年もの間仮初の体を利用し、私に観測されることなく暗躍していた。まずはこのことを天神に報告する。

ここに来た目的も果たさなければいけないから、まずは天童の元へ向かおう。」


色々あって忘れていたが、本来の目的は天童に会って話をすることだった。

先程の男が言うように、扉を利用すれば幽世から現世へと渡ることができる。

現在の僕は刹那さんの権限以外では現世へ渡ることはできないはずだが、扉は例外だと聞いている。


僕たちは魔神仔の呪いが解けた森を進んで行った。


「渡し屋殿、待たせたな、動ける程度には回復した。天狗の小僧もこの通りだ。」


先から現れたのは黒縄さんと天樂さんだった。

二体ともフラフラな状態だったが、どうにか合流を果たしたようだ。

僕たちは森をまっすぐすすんでいった。

すこし歩くと、大きな戦いがあったであろう場所へといきついた。

先程黒縄さんたちが餓舎髑髏と戦っていたであろう痕跡を横目に、さらに先へと進んで行く。


さらに進んで行くと、腐臭と共に真っ赤ない沼が見えてきた。

どうやらここが穢れ沼のようだ。

沼の遥か先に陸地があり、そこに大きな洞穴が口を開けていた。

沼についてすぐ、刹那さんが口を開く。


「あれが天童の住処だ。沼を渡らなければならないのだが、今日は船頭が居ないね、何かあったか?」


どうやら船を使って天童の住処まで行かなければならないらしい。

しかし船頭がおらず、船を使って移動することができない様だった。


「ふむ、先ほどの餓舎髑髏の一件で避難したようだな。どれ、しばし待っていてくれ。」


黒縄さんがそう言うと、沼の方へと歩いて行った。


「天童、出向いてきたぞ、そちらに渡りたいが船頭が不在のようだ。」


遥か先の陸地へ向かって黒縄さんが話しかけると、どこからともなくたたりもっけが姿を現した。


「船頭なら逃げていったわ。お前たちの仕業かとも思ったが、そうではないらしいな。お前たちのほかにも何者かが侵入していたようだな。餓舎髑髏も件もある、道を出してやるからしばし待て。」


たたりもっけが言い終わると、沼の中心から先の陸地へとつながる一本の道が沼の中から現れた。

どうやら天童の許可があれば船頭が居なくても渡すことができるらしい。


僕たちはその道をすすみ、天童の住処である洞窟へと入っていった。

中は松明のあかりでかろうじて足元が見える程度で薄暗く、じめじめしていた。

足元には沼と同じ色の液体が踝ほどまで浸っており、足を濡らしながら進んで行った。


「浄穢の札は持ってるかい?この水は穢れを含んでいる。短時間なら問題ないが、長く触れていると穢れが溜まっていくから、危険と判断したら札を使うんだ。」


先頭に立っていた刹那さんが後ろを振り返り、僕たちに言葉をかけた。

しばらく進んでいると、大きな空間に出た。

奥には寺のような建物が建っており、本堂と思わしき扉が開かれていた。

僕たちはその建物の中へと入っていった。


中に入ると、畳敷きになっており、その先に座禅を組みながら鎮座する子供のようなものが居た。

後ろには大きな扉があり、そこにいるのが天童だと分かった。


白髪のおかっぱのような髪型に、真っ白い肌、白い装束を身にまとい、頭から二本の赤い大きな角が生えていた。


「よく来たな、だが歓迎はせぬぞ。」


幼い声質からは想像できないほどの圧を感じ、硬直してしまった。


「久しいね天童、五百年ぶりくらいかな。突然の訪問失礼するよ。少し話をきいてほしいのだが、いいかな?」


刹那さんが天童へと語り掛けた。


「話とは、そこの人間の子供の事か?生贄の呪い、とてつもない呪いをかけられているものだな。」


天童は僕を見て言った。

続いて士郎さんへ目線を動かすと、続けて言った。


「そこの人間、おまえ、ずいぶん長い間森に棲んでいたようだが、何者だ?」


士郎さんは質問の意味が分からないと言った様子だった。


「えっと、僕は別天神の人柱として幽世へ連れてこられて、この森に。別天神の帰りを待ちながら生活をしていたんだけど・・・」


「別天神の人柱、それはわかった。だがお前、長いこと森に居る割には全く穢れを含んでいないな。そんなやつは怪異でも見たことがない。何者だと聞いている。」


天童は冷たく言い放った。

士郎さんも何が何だかわからないといった様子だった。


「おそらくこの少年は、双魂(そうこん)だ。」


刹那さんが天童に言った。


「なるほど?穢れを片割れが肩代わりしているということか。道理で気配が二つあるわけだ。」


僕と士郎さんは何が何だかわからずきょとんとしていた。


「あぁ、すまない。双魂とは、体の中に二つの魂が宿っている状態のことを言うんだ。おそらくだが、君は本来、複数子として生まれてくるはずだったんだ。だが、一人は母体の中で息絶えてしまったんだろうね。母体という器の中にある魂は死することはなく、君の体に宿った。だから君には二つの魂が存在する。もう一人が本来君が背負うべき穢れを一身に受けている。だから君は穢れが全くないんだ。だが、双魂は時に恐ろしく、もう一人が体の主導権を奪う可能性がある。穢れを含んでいるという事はそれだけで危険だ。本来であれば穢れを含みすぎた魂は自己を失い、不浄と化す。でも君の体と魂は穢れを含まず、もう一つの魂だけが穢れている。主導権を奪われた時にどうなってしまうかは私にもわからない。士郎君自身もね。士郎君の件は私の方で対処はできるだろうから、それは帰ってからにしよう。」


士郎さんもどうやら大変なことになっているらしい。


「さて、士郎君の話はそれくらいにして、天童、その扉に関して話がある。

君もわかっている通り、ここに居る真君は生贄の呪いを受けている。今は私の権限で幽世に縁を作る段階で幽世へと留めているため生贄としての完成は避けている状態だ。だが、生贄として完成してしまった場合、かなりの危険が伴うことになる。呪いを施した怪異はいまだにわかっていないが、真君の完成を成就させるために天童の扉を狙ってくるかもしれない。

真君を現世へも渡すためには、その扉を使うか、私を殺すか、どちらかしかない。

今は天童一人でその扉を守っているが、天神が最悪の事態を危惧して守り人を置くことを提案している。

それについて意見が聞きたい。」


刹那さんが今回の目的について天童に話をした。


「天童一人では役不足だと言いたいのかあの爺様は。この扉を守ってきて二千数百年余り経つが、一度として扉を不正に使わせたことはないぞ。お前が連れている人間の危険性はこの目で見てわかった。わかった上でほかのモノは必要ないと回答しよう。」


天童は憤りながら刹那さんに言った。

刹那さんはやれやれと首を横に振り、天童に話を続けた。


「天童の力を見くびっているわけではないよ、天童の今までの功績を見てなお、天神は危険だと判断したんだ。それに、ここに来る道中、その扉を狙ったものと遭遇した。餓舎髑髏の出現にかかわっていたそれは人間だ、しかも禁呪である移魂の呪いを用いていた。その人間と真君に呪いをかけた怪異は別物だが、それらが手を組まない保証もない、対峙してみてわかったが、その人間は只者ではない。過去に夜刀神を退けている。しかもそれをなしたのは分魂の方で本体ではない。本体はおそらく幽世に居ると睨んでいる。この意味が分かるだろう?」


天童は少し表情を歪ませた。

確かに、先ほどの男と、僕に呪いをかけた怪異が手を組むようなことがあっては大問題だ。

禁呪を用いる人間と、強力な怪異を殺そうとする怪異、脅威が手を取り合ってしまえばどうなるかわからない。危惧すべき事項だと理解した。


「なるほど、餓舎髑髏を作り出し、禁呪を用いる人間、その人間に呪いをかけた怪異よりも厄介ではあるな。だが扉の守り人を増やすにせよ、半端なモノでは役に立たんぞ、誰をよこすつもりだ?」


天童は刹那さんの方をじっと見つめて言った。

横から天樂さんが話に入る。


「天童様、俺は師の使いでここに赴きました。亜咲から天童様へと渡すものがあります。」


そう言うと、天樂さんは巻物を取り出し、天童へ渡した。

巻物を開封し、中身を確認すると、天童が天樂さんへ言った。


「なるほど、亜咲とお前がここで守り人を担うという訳か。天狗の小僧、お前には若干の不安はあるが、亜咲が一緒にいるとなれば許容の範囲だな。帰って亜咲に伝えろ、来るなら最低限羽団扇(はうちわ)くらいは持って来いと。渡し屋の話も分かった。扉の守り人の件は承諾したと天神に伝えろ。ただし条件がある、今後一切、そこの人間二人をここに連れてくるな、わかったか?」


刹那さんはわかったと首を縦に振る。

こうして、天童との話し合いが済み、僕たちは天樂さんと黒縄さんを残して穢れ沼を後にした。

森を抜け、士郎さんが住む小屋に到着した。


「さて、士郎君、君はこれからどうする?ここで別天神を待ち続けるという選択肢もあるが、先ほど説明した双魂の件もある、一度私の店に来ないか?別天神の件も天神に相談しよう。黙って居なくなるというのは少々考えにくいが、何かに巻き込まれている可能性もある。今の幽世では何があっても不思議ではないからね。」


「わかった。刹那さんにお世話になろう。よろしくお願いするよ。」


士郎さんは刹那さんの提案を受け入れ、しばらく駄菓子屋に滞在することとなった。

しばらくして、駄菓子屋へとたどり着いた僕たちは一休みし、現状の話をした。


「いやぁ・・・一時はどうなるかと思ったが、何とかなってよかった。黒縄が居てくれなければ危なかったね。さて、これから私は士郎君のもう一つの魂の穢れを浄化する、これには時間がかかるからしばらくはここに滞在してもらうことになる。真君は引き続き夜刀神が護衛をしてくれているから問題はないだろう。あとは長屋の護衛も別に頼んであるから安心してくれ。

私の方で例の男と呪いの怪異は調べておくから、真君は長屋に帰って休むといい。また何かあったら連絡しよう。」


刹那さんはそう言うと、士郎さんを伴って店の奥へと引っ込んでいった。

僕と夜刀神は、刹那さんに言われた通り、帰路に着くことにした。

空は相変わらず変化はなく、いつもと同じオレンジ色だった。

不変の幽世で、変化が起こりつつあることを、変わらぬ毎日を犯しうる存在が近づいていることをこの時はまだ、気づいていなかった。




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