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神の子(4)

刹那さん達の帰りを士郎さんと一緒に小屋の中で待っていると、何やら外で大きな音がした。

何があったのかと、二人で外に出る。

するとそこには一人の人間が立っていた。


「おや?こんなところに人間が二人、珍しいね。一人は別天神の人柱かな?以前どこかで見かけたな。もう一人は・・・初めましてかな?」


その男は、立烏帽子を被り、袖の長い服を着ていた。昔何かで見た陰陽師の装いだ。

この人は一体何者なのだろうと様子をうかがった。

その男はしばらく僕たちを見ながら何かを考えているようだった。


「士郎さん、あの人誰ですか?」


士郎さんに問いかけるが、首をかしげていた。

どうやら士郎さんも知らない人だったらしい。


しばらくすると謎の男が話しかけてきた。


「別天神は不在かな?用事があってきたんだが、見当たらないね。」


「別天神ならしばらく帰ってきてないよ。どこへ行ってかもわからない。」


士郎さんが男に言った。

男は少し考えてから、士郎さんに向けて言った。


「君がまだ別天神の所有物であるところを見ると、どこかで生きてはいるようだね。仕方ない、今回は諦めるか、時間もないしね。さきほど大事なものを壊されて困っていてね、代わりに別天神を連れて行こうかと思っていたんだが、無駄足だったようだ。邪魔したね。」


そう言ってその場から立ち去ろうとする男に士郎さんが言った。


「あなたの大事な物とはなんだ?餓舎髑髏のことか?」


「おや?餓舎髑髏のことを知っていたのかい?そうか、さっきの奴らの連れかな?なら知っていて当然か。餓舎髑髏は現世への扉を通るための贄だったんだが、壊されてしまったから代わりを用意する必要があってね、それを別天神に頼もうを思ったんだが・・・別天神の所有物なら代わりになるかな?」


男はそう言うと、冷たい視線を士郎さんに送った。


「現世へ行って何をするつもりだ?回答によってはここで抑えねばならない。」


先ほどまで眠っていた夜刀神が口を開いた。


「おやおや、ナニモノかと思ったら夜刀神だったか、僕のことを覚えていないかい?千年ぶりだね。あぁ、あの時と体が違うからわからないか。」


男はニヤリと笑って言った。

刹那さんが以前話していた力ある人間はこの男のようだった。

しかし体が違うとはどういう事だろう・・・


そんな男の様子を見て、夜刀神が憎悪をあらわにしながら言った。


「あの時の(しもべ)達は居ないようだが、そんな状態で我と対峙するつもりか?」


「なに、あの時は夜刀神程度であれば私が直接手を下す必要もないと判断したまでだよ。あの時は渡し屋も居たからね、わざわざ兎を狩るのに全力は出さないだろう?」


男は口元を抑えながら言った。

小馬鹿にしたような態度の男に僕は言った。


「あなたは一体なぜ現世へ行こうとしているのですか?目的はなんですか?」


「わざわざ君に目的を教える必要があるかな?人には秘密があって然るべきだと思わないかい?」


男は僕の問いに答えることはなかった。


「さてと、贄を調達しに来たが別天神は不在、かといって夜刀神では贄にはならない、別天神の所有物ならとも思ったが少し役不足、そちらの少年に至っては生贄の呪いを受けている。それもとびっきり強力なものだ。そんな危険なものを天童が見逃すはずはない。どうしたものか・・・」


男は首をかしげながら自身の顎に手を当てて考えていた。

扉を通るための贄?意味が分からず混乱していた。

天童が扉を守っていて、そこを通るためには贄が必要という事だろうか?

考えてもわからなかった。

しばらくすると、男の後ろから刹那さんの声が響いた。


「真君、士郎君、大丈夫かい?」


どうやら刹那さんだけのようで、黒縄さんと天樂さんの姿は見えなかった。


「おや?君はさっきの・・・」


男は刹那さんの方を見て言った。


「二人に手出しはしてないようだね、君は一体何者だ?」


「まったく、どうしてそう人の事を気にするんだろうね。私が何をしようと君たちには関係のないことだろう?君たちに危害を加えるつもりもないし、餓舎髑髏に関しては君たちから手を出したにすぎない。自ら渦中に飛び込んでおいて、何者だ、目的はなどと、答える義理はないね。」


男は刹那さんの問いには答えなかった。

目的も正体も不明な男だったが、一つだけわかっていることがある。

この男は、千年以上前から生き続けているという事だ。

千年前に夜刀神を弱らせ、渡し屋である刹那さんへ引き渡した。

そのことを話せば何か刹那さんもわかるのではないだろうかと思い、刹那さんへ言った。


「その人は、千年前に夜刀神を刹那さんに引き渡した人物です。先ほど話していました。」


「なんだって?あの時とずいぶんと変わっているようだが・・・まさか、君・・・あの時の陰陽師か?」


刹那さんが男へ問いかける。

男は少し考えた後、刹那さんへ言った。


「おや?君はあの時の渡し屋かい?まったく気づかなかったよ、これは失敬したね。あの時よりもずいぶん力をつけたじゃないか、見違えるようだよ。きっと研鑽を積んできたんだろうね。半異の身であるが故の成長だね。それでも先代には遥か及ばずといった具合だが。」


半異?刹那さんは怪異ではなかったのだろうか?

僕は訳が分からずにいた。

半異とはいったい何なのだろうか。

そのままの意味をとれば半分怪異という事なのだろう。

それでも初めて聞く言葉であった。


それを聞いて刹那さんが言った。


「先代と比べられてしまっては劣るのも無理はないよ、あの方には敵わない。だが尚更わからなくなった。あの時代に都を守護していた陰陽師がなぜ幽世に居る?どうやってこちらへ渡った?渡し屋として仕事を全うしなければならないからね、理由は聞かせてもらうよ。場合によっては君を現世へ強制的に送らなければならない。」


そう言って刹那さんは男に睨みを効かせる。

男は肩をすくめてクスッと笑い、刹那さんに言った。


「渡し屋に言われてしまっては答えなければならないね。強制的に帰されては私の目的が達成できない。私はあるものを探して幽世へやってきた、こちらに来たのは夜刀神を君へ引き渡してから数年後だね、だからこちらには千年ほど滞在している。在処の目途は立ったから扉を通じ、現世へ帰ろうと考えていたわけだが、正規の方法では現世へ帰ることはできないからね、天童の扉を使って戻る最中というわけだ。当然、そのまま扉を通ることはできないからね、餓舎髑髏を贄として通る算段だったんだが、君たちに邪魔されてしまったわけだ。魔神仔の呪いを解いてくれたことには感謝しているけどね。あれは厄介だった、おかげで数年はこの森を抜けられずにいた訳だ。魔神仔の呪いが解けると同時に不浄が集まるよう仕込んでおいたのだが、計画は失敗に終わった。なので新しい贄を求めているとい現状だ。これでいいかな?」


男は刹那さんに問いかける。

刹那さんはひとしきり男の話を聞き、言った。


「なぜ正規な方法で帰れないと思ったんだ?渡し屋のところに来れば帰れることはわかっていただろう?たとえ非正規な形で幽世に来たとしても迷い人として私が送ることはできたはずだ。それができなかったのは探し物に関係しているという事かい?」


「鋭いね。当然迷い人として渡し屋の元を訪れれば、現世へ帰ることができるだろう。もちろん探し物を見つけるまで帰るわけにはいかないというのもあったが、渡し屋から危険因子とみなされた場合、強制的に現世へ帰される可能性があったからね、強制的に帰されたものは二度と幽世へ渡ることができなくなる、それは少し面倒だからね。だから渡し屋の元へは行かなかった。」


男は淡々と刹那さんに説明した。

刹那さんはそんな男の話を聞き終え、確信に迫った。


「君が探しているものはなんだ?回答によってはこの場で権限を行使する。」


「怖いね、答えたら現世へ戻されそうだ。答えないという選択肢も許されないだろうが、答えたら目的の物の回収がさらに困難になってしまうからね、ここは黙秘させてもらうとしよう。それにこの体を現世へ帰したところで意味はないよ、私の体ではない、だからこそ贄が必要なのさ。わかるだろう?」


刹那さんは話を聞き、驚いた表情をした。

額には汗を流し、動揺を隠せないでいた。


「まさか、移魂の呪い(いこんのまじない)か?」


男はそれを聞き、ニヤリと笑って言った。


「ご名答!この体は私の物ではない、魂の一部しかここにはないよ。死の概念を捻じ曲げる禁呪、移魂の呪い、魂を切り取り、死した体に命を吹き込む。この体は片道切符を持たされた傀儡だ、魂の一部しか存在しないこの体では、幽世から現世へ帰るだけの魂がない。だから戻るためには帰りの切符が必要だ。幽世とは誠恐ろしいところだね。現世から幽世へ至るには何も必要としない、だが幽世から現世へ渡るには多少なりと代償が伴うという!魂をすり減らし、道を往く。迷い人であっても等しく代償を必要とする!恐ろしい事この上ない。そこの少年たちはこのことを知っていたかな?うまく言いくるめられていたかな?対価は必要ないかもしれない、だが代償は伴うんだ!渡し屋からよく聞くといい。だからこそ私は扉を通り、贄を使って戻ることを選択したというわけだよ。理解してくれたかな、渡し屋殿。」


男が言っていることが全く理解できなかった。

人間は死んだら終わり、何も残らないと刹那さんは言った。

だったら魂とは何なのだろうか?

迷い人は現世へ帰るための対価を必要としないと言った。

けれど代償については何も説明を受けていなかった。

頭の中でぐるぐると考えが巡る。しかし答えに到達することはなかった。


そんな様子を見て刹那さんが口を開く。


「すまない、きちんと説明をするべきだったと反省はしている。だが、渡し屋が現世へ渡す際の代償は極めて少なく、何も心配することはない。あとできちんと説明すると約束しよう。」


刹那さんは僕と士郎さんを見て言った。

いま考えていても何もわからない。それにここまで助けてくれた刹那さんに不信感を抱くことはなかった。それでも、わからないことだらけだ。

後できちんと説明してもらおう。

僕は刹那さんの方を見て頷いた。士郎さんもとりあえずは納得した様子だった。


「まぁいいさ、どのみち私を現世へ送る意味はないよ。それに今となっては扉を使って戻ることも難しいだろう。贄がない。残念だけどこの体は破棄するべきだろうね、千年を共にした体だったが仕方ない。」


そう言って男は何かを唱えると、その場に倒れこんだ。

倒れこんだ男はピクリとも動かなくなり、それが遺体であることを容易に想像させた。


それを見て刹那さんが話を始めた。


「すまない、私がきちんと説明をしていなかったせいで真君に不信感を与えてしまったかもしれないね。それに士郎君も巻き込んでしまってすまない。この男が言っていたことについて少し話をしよう。

まず、人間は死するとどうなるか、真君には前にも話したが人間は死んだら終わり、何も残らない。

しかし、生きている間、体という器に魂が宿る。これは人間も怪異も同じ、個を象徴する大切な要因なんだ。そのモノの記憶、理念、信念、あらゆるものが魂に刻まれる。人間は生まれながらにして個を持つ、つまり魂を宿すという事なんだ。そしてその魂は成長を続けていく。それが人間が成長するという事、人間の成長は魂の成長なんだ。その代償として魂に限界がある、人間は死すると体という器を失い、その魂は存在を許されずに霧散する。それが死という概念だ。

対して怪異は生まれて間もないころは個を持たない。人間との縁を得て初めて個を、魂を宿す。だが怪異の魂は成長することがない、生まれたままなんだ。不変故に限界が訪れることはなく、怪異には変化による死の概念が存在しない、それこそが怪異と人間の大きな違いだ。二つの世が分かたれた時に決まったことなんだ。

そんな二つの世を渡るのに必要なことは何か?死の概念がある現世から死の概念がない幽世へ渡る際は代償を必要としない。それはあったもの手放すだけだからだ。しかし、逆はどうか?死の概念を失った魂が再び死の概念を得ることになる。魂はその過程ですり減る。それが代償だ。それとは別に、自らの意志で幽世へやってきたものを現世へ帰す場合には対価として寿命をもらう。それは体としての寿命であって魂には何ら影響はない。魂と体、どちらかが限界を迎えると人間は死に至る。

渡し屋の権限で正規に世を渡る場合は、魂への負荷はかなり軽減されることになるから、代償と言っても数日程度の寿命分魂がすり減るくらいだ。非正規に渡る場合はこれの非ではなく、下手をしたら一瞬で魂が限界を迎えることになる。だからこそこの男は扉を使い、魂への負荷を極力減らして現世へ戻ろうと考えたんだろうね。それから、真君や士郎君のように連れてこられたものを渡し屋の権限以外で戻す場合は、戻した怪異が代償を支払うことになる。それが贄と言っていたものだ。魂の負荷を怪異が肩代わりするという事だ。怪異が現世へ行く場合は、死の概念そのものがないから、いくらでも行き来が可能というわけだね。ここまでは理解できたかな?」


刹那さんが説明を中断し、僕と士郎さんに尋ねた。

僕と士郎さんは頷いた。

正直わからない部分も多かったが、ある程度の部分が理解できた。


その様子を見て続けて刹那さんが説明をした。


「ここからが少し難しい話になる。この男は、自分の魂を切り分け、別の人間の器に移し変えていた。これがどういうことか、魂は本来一つの器に一つを宿すことになっている。だが、禁呪を用いることで魂を分割し、別の器に移し替えることで体の限界を超越することができる。それが移魂の呪いだ。だがこの呪いには欠点があって、体の限界は越えられても魂の限界までは越えることができない。切り分けたからといって魂の限界を防げるわけではない。ではどうするか、幽世では怪異も人間も魂、器、ともに限界を迎えることがない。この男の元々の魂と器はおそらく幽世に存在している。そして切り離された魂と別の器を使い、現世で生活をしていたという事になる。いずれにしてもそんなことが可能なほど大きな力を持っている。そんな人間がこの幽世に潜んでいるという事だ。これは真君のことよりもさらに厄介だ、今幽世にはとてつもない暗雲が立ち込めているようだ・・・」


刹那さんは説明をしながら頭を抱えていた。

僕にも事の重大さが分かった。

僕はもう一つ、気になることを刹那さんに質問した。


「これまでの話は大体わかりました。それで一つ聞きたいことがあります、先ほどこの人が言っていた、半異(はんい)ってなんですか?刹那さんが半異だって言ってましたけど・・・」


刹那さんは少し困ってような顔をした。

きっとあまり聞かれてくないことなのだろう。それでも知っておくべきだと思ったんだ。

少しして刹那さんが口を開いた。


「話しておくべきだろうね・・・半異とは、人間と怪異の間に産まれたモノのことを指すんだ。私は、怪異の父と、人間の母の間に産まれた半異なんだ。」


刹那さんはゆっくりと口を開き、怪異と人間の間に産まれたことを説明してくれた。

その表情はどこか暗く、重たい空気が流れたことを僕は今でも覚えている。









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