神の子(3)
魔神仔の呪いを解き、森が本来の姿を取り戻した。
穢れ沼に向かっていると、木の上から声が響いた。
「魔神仔の呪いを解いたか、なかなかやるではないか。渡し屋と黒縄の姿が見えんようだが、奴らはどうした?」
どうやら声の主はたたりもっけを通じた天童のようだった。
僕たちが魔神仔の呪いを解いたことを察し、声をかけてきたのだった。
「刹那さんと黒縄さんは別の道でそちらに向かっているはずです。」
僕は天童に言った。
どうやら声は届いたようで、天童が僕に返した。
「そうか、せいぜい踏ん張ってたどり着くがよい。」
そう言うと、たたりもっけは飛び去って行った。
「とりあえず先に進もう、何かあれば俺が対処する。」
天樂さんがそう言った。
道案内を士郎さんに頼み、僕たちは先へと進んで行った。
すこし進むと、何やら人影がこちらに向かってきているのが分かった。
こちらに近づいてきていたのは刹那さんだった。
「みんな無事でよかった。うまく魔神仔を捕らえてくれたようだね。私は君たちの安否を確認するために来たんだが、どうやら問題ないようだ。すこし厄介なことになってね、餓者髑髏が現れた。今は黒縄が相手をしてくれているが、数は多い方がいいだろう。悪いが天樂は僕と来てくれ。真君と士郎君は危険だからここに残ってくれ。それから、夜刀神、すこし話しておきたいことがある。」
どうやら大変なことが起きているようで、刹那さんが慌てて説明をしてくれた。
夜刀神を僕の肩から連れていくと、何やらコソコソと話をしていた。
話し終わると、夜刀神を僕の肩に戻し、黒縄さんの元へと戻っていった。
「夜刀神、何を話していたんですか?」
僕が夜刀神に問いかける。
「たいしたことではない、主の護衛の件と、何かあったら形代を使えと指示を受けた。」
そう言うと夜刀神はまた目を閉じて眠ってしまった。
僕と士郎さんは、一旦小屋の中で待機することにした。
士郎さんが言うには、この小屋には不浄除けの呪いが施されているようで、不浄に襲われる心配はないとのことだった。
「そういえば、真君はどうして幽世に来たんだい?迷い人?」
ふいに士郎さんが僕に尋ねた。
僕は事の顛末を士郎さんに説明した。
士郎さんは少し顔を歪めて言った。
「なるほどね、ひどい話だな。僕とは違うけど、同じように怪異の都合でこちらに連れてこられたってことだね。でも僕は、幽世に来れてよかったと思っているんだ。」
士郎さんは天井を見上げながら言った。
「どうしてですか?こんなところに置いて行かれて、それでもよかったと思えるんですか?」
「少し僕の話をしてもいいかな?」
士郎さんは僕の方を向き、真剣な眼差しで言った。
僕は頷いた。
「ありがとう。君がどの時代に産まれ、どんな生活を送ってきたか、僕にはわからない。きっと君は僕が生きていた時代よりも未来の人間なんだろうというくらいしかわからない。
僕は、人間が大嫌いだったんだ。僕が産まれた時代は、人々が争い、力あるものに支配されていた。僕の村も例外ではなかった。そんな中でも、僕達は懸命に生きていた。あるとき、僕達の村に別天神が現れたんだ。僕達は別天神の力を借り、豊穣の恩寵を得た。だがそれはすぐに支配者の耳に入り、供物をささげることを条件にさらに豊穣をもたらすように別天神へ迫ったんだ。最初こそ恩寵によりもたらされた作物などをささげていたんだが、要求は次第に大きくなり、それを重く見た別天神は人柱を対価とすることでそれを止めようとした。しかし支配者の要求は止まることはなかった、二人の人柱を用意し、これまで以上の恩寵を要求した。別天神はしびれを切らし、その内の一人を選び、幽世へ連れて行った。対価として今まで以上の恩寵をもたらしたが、それ以来その村に現れることはなく、村がその後どうなってしまったかもわからない。」
そう言って士郎さんはうつむいた。
「その選ばれた人柱が、士郎さんだったわけですか?」
士郎さんは静かに頷いた。
「もともと僕は両親や村の人々から疎まれていたんだ。僕は兄と共に双子として生を受けた、だけど僕の村では双子は禁忌とされていたようでね、僕と兄は村の人々からひどい仕打ちを受けていたんだ。もちろん両親も味方するはずはなく、薄暗い土蔵で僕と兄は身を寄せ合って暮らしていた。もう一人、僕達には兄が居たんだが、その兄は病で死んでしまった。その兄だけが、僕ら双子に暖かく接してくれた。その兄が死んだのも、僕達兄弟のせいだと、何度も言われたものだ。そうして月日は流れて、僕は・・・僕達、兄弟は人柱として選定された。どうして僕が別天神に選ばれたのか、その時はよくわからなかったけど、今はわかるんだ。僕には生きる気力がなかったんだと思う。兄は、逆境の中でも懸命に生きようと努力していた。僕はそんな兄を見て、ただ後をついていただけだったんだ。兄が居なくなってしまったら、僕には生きる価値はないと、そんな思いが別天神に伝わったんだろうね。そうして僕は、大嫌いな人々から離れることができた。だから幽世にきてよかったと、そう思っている。でも、兄のことは気がかりでね、僕が居なくなってしまった後、兄はどうなってしまったのか、それだけは今でも後悔しているんだ。」
士郎さんは暗い笑顔を浮かべた。
「話が長くなったね、怪異の都合で連れてこられはしたが、僕にとっては良い事だったんだ。もちろん真君はそうではない。早く帰れることを祈るよ。」
「僕は、幽世に来ていろいろな怪異と出会いました。怖い怪異も居ました、それでも、現世へ帰りたいと、そう思っています。士郎さんの時代からどれくらい経っているか僕にはわかりません、それでも、今の現世はその時よりもずっと優しくなったと思います。もちろん嫌なこともあるし、汚い部分もたくさんあるけれど、士郎さんのお兄さんが生きた先には、僕みたいなやつでもちゃんと生きていられる場所があります。だから、もし機会があったら、一緒に現世を見て周りましょう。」
僕なりに精一杯の言葉をかけたつもりだ。
士郎さんの話がどのくらい前の事なのかわからない、それでも現世に希望をもってほしいと、そう思ったんだ。
士郎さんは少し驚いた顔をしていたが、小さくありがとうと言った。
ー刹那と黒縄と天樂ー
刹那と天樂は、餓者髑髏と相対している黒縄のところへと向かっていた。
しばらく走ると、衝撃と共に黒縄が吹き飛んできた。
「黒縄!大丈夫ですか?」
刹那は黒縄を受け止めていった。
「うむ、問題はない。どうやら奴は何かを守っているようだ。餓者髑髏が現れた場所、そこに奇妙な石があった。何かの呪いが施されているようでな、それを守るように餓者髑髏が近づくものを攻撃している。我一人では足止めはできても倒すまではいかなくて難儀していたところだ。」
黒縄は体制を立て直すと、刹那と天樂に言った。
「私が餓者髑髏を足止めする、その間に天狗の小僧と渡し屋殿で攻撃を頼む。妙な胸騒ぎがしてならない。」
刹那と天樂は頷き、臨戦態勢をとった。
黒縄が餓者髑髏へ向かって言葉を発する。
ーその場から動くなー
餓者髑髏はピタッと止まり、その場から動かなくなった。
「奴にはあまり効果がない、隙は少ないが対処を頼む。」
黒縄が刹那と天樂へ向けて言った。
天樂が空へと飛び、手に持った扇子を振る。餓者髑髏の左腕めがけて突風が吹き荒れる。
餓者髑髏の左腕は突風によって破壊され、腕を形作っていた細かい骨がバラバラと地に落ちた。
それと同時に、餓者髑髏を拘束していた黒縄の言葉の効果が消え、餓者髑髏が右腕を振り上げ、天樂めがけて勢いよく振り下ろした。天樂は避けきれず、右翼に当たりそのまま地面へと叩きつけられた。
「しまった・・・」
天樂は叩きつけられた衝撃で身動きができないでいた。
そこへ餓者髑髏が右腕を振り下ろそうと準備をしていた。
刹那はそれを見て天樂の前へと移動し、手に持った札を掲げた。
緑色の六芒星が刹那の前に展開され、振り下ろされた巨大な腕を弾いた。
弾かれた腕は形を崩し、瓦解していく。
その間に刹那と天樂は後退し、餓者髑髏から距離を置いた。
餓者髑髏が雄たけびをあげると、付近に飛び散った骨がみるみる集まっていき、餓者髑髏の両の腕を再生させた。
先程までのダメージがなかったかのように元通りとなった腕を見て刹那が言う。
「これは、参ったね、やはり核を破壊しない限りは再生されてしまうようだ。天樂、大丈夫かい?」
「先ほどの攻撃で翼が使い物にならなくなった、しばらくは飛べない。」
天樂は翼をひどく負傷しており、立っているのも辛い状況であった。
そこへ黒縄が駆け寄り、刹那に言った。
「渡し屋殿、我がもう一度やつの動きを止める。その間にあの石を破壊できないか?」
黒縄が指さしたのは、餓者髑髏がしきりに守っている石だった。
あの石が核となっている可能性があると黒縄は判断し、刹那に指示を出した。
「承知した。だけど一撃で破壊できる保証はないよ?なにせ私は戦闘向きじゃないんだ。」
刹那がそう言うと、黒縄は頷き、餓者髑髏の方を見て言葉を合する。
ーその場で止まれー
その言葉に従い、餓者髑髏が動きを止める。
一瞬の隙をついて石めがけて刹那が駆け出し、持っていた札を石に貼る。札に向けて呪いを唱える。
札が青白く光り、小規模な爆発を起こした。
後ろへ飛び退いた刹那は石の様子を確認する。
石には少しヒビが入る程度で破壊するには至らなかった。
再び餓者髑髏の拘束が解け、石を守るように両の手で覆い隠した。
「ダメだったか・・・やはりあの石が核とみて間違いないが、どうにも硬すぎる。あれは餓者髑髏がかけた呪いではないね。おそらく何者かが餓者髑髏を呼び出すために核を作り、不浄を集めたんだ。厄介なことに先ほど真君たちが魔神仔を捕らえ、迷いの呪いを解いてしまっている。餓者髑髏が野放しになっているのと同じだ。」
刹那の攻撃は、餓者髑髏の核を破壊するに至らなかった。
そんな様子を見て黒縄が言う。
「核だけを破壊するというのは難しいようだな。仕方がない、すこし荒事になるが我が何とかしよう。渡し屋殿、少しだけ奴を足止めできるか?」
「少しだけなら、ただ一度きりなるけど大丈夫かい?」
黒縄は小さく頷き、呪いを唱え始めた。
それをみて刹那が餓者髑髏の足元に駆けだした。
餓者髑髏は大きく両手を振り上げ、刹那にめがけて振り下ろそうとした。
刹那が餓者髑髏の足元に札を投げる、地面に落ちた札から黒い泥のようなものが湧き出し、餓者髑髏の足を滑らせた。バランスを崩した餓者髑髏が片手を地面についた。
そのままの体制から残った腕を使い刹那に拳を振りかざした。
その拳めがけ、倒れこんでいた天樂が扇子を振りかざし、突風で腕を吹き飛ばした。
「天樂、助かった!黒縄!」
黒縄は刹那の言葉に反応し、手のひらを餓者髑髏へと向けた。
「不浄達よ、安らかに眠るといい。」
餓者髑髏の足元に黒い火種が沸き、徐々に大きな炎となって餓者髑髏を包んでいった。
黒炎は核となっていた石もろとも餓者髑髏の体を焼き尽くし、後には何も残らなかった。
黒炎が消え去ると、黒縄はその場に膝をついた。
この呪いは黒縄が命を対価とし、地の底から黒炎を呼び出すものだった。
使用した後はひどく疲弊する。
「大丈夫かい黒縄、あまり無理はしないほうがいい。そこで少し休んでいてくれ。」
刹那がそう言うと、黒縄は小さく頷きその場に倒れこんだ。
天樂も同様に、最後の力を振り絞っていたのか、その場にへたり込んでいた。
しかし、安堵したのもつかの間、餓者髑髏が居た場所から黒い煙が立ち込め、つむじ風のように舞い始めた。ぐるぐると周る黒煙が晴れると、そこに何者かが立っていた。
「まさか餓者髑髏がやられてしまうとはね、運が悪かった。まさか黒縄が居るとは想定外だな。」
そこに立っていたのは、縦烏帽子をかぶり、黒い長髪をたなびかせた一人の人間だった。
「君は一体誰だ?なぜ人間がこんなところに。」
刹那はその人間に問いかける。
「誰でもいいじゃないか。それより魔神仔の呪いを解いてくれて感謝するよ。これで心おきなく扉を目指せるというものだ。餓者髑髏がやられてしまったのは残念だが、問題はないだろう。」
そう言うと、謎の人間は黒煙の中に姿を消した。
人間の身でありながら、餓者髑髏を作り出して見せた。
そんなことができるものが果たして存在するのだろうかと、刹那は考えた。
閉ざされた扉を開くべく、暗躍していたものは何者なのか、それを知るすべは今はなかった。




