神の子(1)
数日が経ち、僕と夜刀神は雛菊さんに呼び出され、長屋の一室に居た。
ここは雛菊さんの部屋であり、中には難しそうな書物や何に使うかわからない骨や石などが机の上に散乱していた。
呼び出された理由は、刹那さんから仕事の依頼があり、僕達に手伝いを頼むためのようだった。
「今回の仕事はある怪異に会いに行ってほしいとのことだ。まずは駄菓子屋へ向かってくれ。詳細は刹那の方から話をするとのことだったからな。」
雛菊さんから言われた通り、僕たちは駄菓子屋へと向かった。
駄菓子屋につくと、そこには刹那さんと天樂さんが居た。
「真!元気か!この間はすまなかったな。」
そう言いながら僕に近づき、肩をバシバシと叩く。
相変わらずの馬鹿力だ。
刹那さんはそんな様子を見て、クスクスと笑いながら僕の方を見て話し始めた。
「真君いらっしゃい、悪かったね呼び立てて。早速だが仕事の説明をさせてもらってもいいかな?
今回の仕事はある怪異に会いに行ってほしい。だが道中が険しく、危険な怪異も居ることから雛菊経由で天樂に君の護衛を頼むことにした。天樂が居れば問題はないだろうが念のため私も同行させてもらうよ。
会いに行く怪異は天童という名の怪異だ。天童は現世への扉を管理している怪異でね、渡し屋が使う道とは違う、特別なものだ。渡し屋の監視下に置かれた迷い人を現世へ渡すことができる唯一の方法だ。この意味が分かるかな?その扉を使えば君を現世へ渡すことが可能となってしまうという事だ。それは何としても阻止したい。そこで天童に今の状況を伝え、協力を仰ごうという腹積もりだ。」
刹那さんはそう説明し終えると、僕に紙切れを渡した。
「これは浄穢の札という物で、穢れを浄化する力が込められている。天童の居る場所は不浄が集まる場所でね、絶えず穢れが噴き出している。私たち怪異でも、長く留まれば不浄と化して己を失うことになる。説明していなかったが、不浄というのは人間、怪異問わず、死するのではなく己を失ってしまったモノの成れの果てを言うんだ。穢れを多く取り込んでしまうと己という自我を失い、肉体のみでさまよい続ける生きた屍と化すのさ。その穢れを浄化することができるのがこの浄穢の札というわけだ。天童が居る穢れ沼は、汚れた雨が降り注ぎ、その雨が沼を作っている。そこは不毛の地と化していて怪異ですら近づかない寂れた場所だ。という事で、この札は天樂にも預けておこう。」
そういって天樂さんにも札を渡した。
不浄というのはゾンビみたいなものなのかと解釈した。
準備が整い、僕たちは穢れ沼を目指し出発した。
道中は天樂さんの力で空を飛び、天狗山を越え、さらに見たこともない木々が生い茂る森を上空から見下ろしながら進んで行った。
また空を飛ぶことになるとは思わなかった。
亜咲さんよりも不安定な空の旅は、僕にとってトラウマの一つとなったことは言うまでもない。
どれくらい進んだだろうか、辺りが薄暗く、ほのかに腐臭を漂わせた場所へと降り立った。
どうやらそこは沼の入口へと続く場所であるようだ。
地面は赤黒く、ところどころひび割れている。
先を見ると、真っ赤な葉をつけた木々が生い茂っていた。
枯れ果てた地面の先に、すこし整備された道が赤々とした森の先へ続いていた。その道を通ることで穢れ沼までたどり着けるようだ。
僕たちはその道を頼りに森の中へと足を踏み入れた。
森の中に足を踏み入れると、どこからともなく声が聞こえてきた。
その声は一本の木の上から響いており、僕たちに警告をした。
「去れ。この先は天童様の領域だ。許可なく足を踏み入れることは許されない。」
木を見上げると、三つの赤い目を光らせたフクロウのような怪異が居た。
この森の門番という事だろう。
そのフクロウに向かって刹那さんが話を始めた。
「たたりもっけよ、ここを通ることを許してくれ。急ぎ天童に伝えねばならぬことがある。」
どうやらその怪異はたたりもっけという名前らしく、刹那さんは要件を伝えた。
たたりもっけは首をぐるりと回転させ、真後ろを向いた。
どうやら何かと話をしている様子だったが、僕達にはその声を聴くことはできなかった。
しばらくしてたたりもっけの首がこちらへと向き、刹那さんへと問いかけた。
「天童が問う、何用で参ったか。答えよ。」
先程のたたりもっけの声ではない、どこか幼い声色で話始めた。
どういうことかと首をかしげていると、刹那さんが答える。
「天神の使いだ。申し訳ないが早急に話を聞いてほしい。すまないがそちらまで案内してもらえないだろうか。」
刹那さんがたたりもっけに向かって語りかける。
しかしたたりもっけは黙ったまま僕達とは反対方向を見つめるばかりだった。
しびれを切らせた天樂さんが大きな声で言う。
「天童様!俺は亜咲の使いで参りました。渡し屋の要件もありますが、こちらも急ぎ事のためお目通り願いたい!」
天樂さんの声にもたたりもっけは反応を見せなかった。
どうしたものかと思っていると、不意に背後から気配を感じた。
見るとそこには以前長屋で出会った黒縄さんが立っていた。
どうやらこの先に用事があるらしく、僕たちが立ち往生しているところを見ていたようだ。
「おやおや、渡し屋殿と天狗の小僧、それから・・・長屋の人間の子か。天童に用があってきたのだが、どうやら森の先に行けぬと見える。どれ、我が力を貸そう。」
そう言うと、たたりもっけに向かって言った。
「天童よ、いじのわるいことはせず、この者たちを通してやってくれ。お前の好物を持っていってやるから、我と共にそちらに入ることを許可してくれぬか?」
黒縄さんがそう言うと、たたりもっけが静かにこちらを向き、話しはじめた。
「黒縄か、珍しいな。お前もわかっているだろう?そこに居る人間、生贄の呪いを受けている。そんなものをこの天童のもとに連れてくるつもりか?そんなこと容認するわけがなかろう。どうしてもというのなら穢れた森を抜け、自らの足でやってくるがいい。ただし歓迎はせぬ。心して進がよい。」
そう言うと、たたりもっけは飛び去ってしまった。
「安全に天童の元へ至るには、たたりもっけの案内が必要だ。掛け合えば案内を得られると思ったが、甘かったか。やはり浄穢の札を用意しておいて正解だったな。」
ハハハと笑いながら刹那さんが言った。
どうやらこうなることを見越していたようだ。
なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
そんな様子を気取られたのか、天樂さんは僕の肩をバシッと叩き言った。
「気にするな真!お前が悪いわけじゃない、天童様は気難しいところがあるんだ、たまたま虫の居所が悪かっただけさ。」
そういって僕を励ましてくれた。
そんな様子を見て、やれやれといった表情を浮かべながら黒縄さんが言った。
「確かに、やつは話の通じぬところがあるからな、こうなっては自分たちで森を抜けるほかないだろう。我は問題ないが、お主らは大丈夫なのか?」
黒縄は心配そうに僕達の顔を見た。
「大丈夫とは言えないが、こうなっては仕方がない。想定の範囲内ではあるが、それ以上の危険が伴うことは覚悟しなければならないだろうね。黒縄、いざとなったら真君のことを頼みたいのだが、いいかな?」
刹那さんは黒縄さんに言った。
黒縄さんは少し考えた後、返答した。
「渡し屋殿、それは依頼と取っていいのかな?我もただ働きをするつもりはない。あくまでも何かあったらという事ではあるだろうが、それでも高くつくがよいのか?」
刹那さんは頷き、黒縄さんもそれに同意したようだ。
僕たちは森の中へと足を踏み入れた。
入り口から少し入っただけでも異様な場所であることが分かった。
空を黒い雲が覆い、木々の根元からは赤い色の液体が漏れ出ていた。
ところどころ地面の割れ目から腐臭を含んだ煙が立ち込めており、それが穢れだという。
一刻も早くここを抜け出せと体が警鐘を鳴らしているようだった。
しばらく進んで行くと、泥水のように濁った川があり、河原には石を積んだと思わしきものがいくつか点在していた。まるで賽の河原のようなそこはまるで死後の世界のようだった。
しばらく河原を見ていると、何者かが川から腕を伸ばしている。
その腕の皮は剥がれ、中の骨が見えているようだった。腐りかけたようなその腕はみるみる河原へと這いあがって来る。浮き上がった顔は骨だけになっていて、口をカタカタと震わせながら徐々に川から上がり、こちらを見て走り出した。
僕はとっさに後ずさる。
すると僕の前に天樂さんが立ち、手に持った草の扇子を這いあがってきたモノめがけて振ると、どこからともなく強烈な風が吹き荒れ、骨だけのソレを吹き飛ばしてバラバラにした。
「不浄だ。どうやらここはこいつらの住処らしいな。真、俺の後ろから離れるな。」
天樂さんの言葉通り、僕は天樂さんの背後に陣取った。
どこから出てきたのか、不浄と呼ばれたモノたちが周りに集まっていた。
どれも骨だけになった風貌で、ゆらゆらと揺れながらこちらに近づいてきていた。
天樂さんが先ほどと同様に扇子を振り、不浄を吹き飛ばしていく。
その横で黒縄さんが口を開く。
「このままだと埒があかぬな。天狗の小僧、すこし下がれ。」
そう言うと、天樂さんの前に立ち、不浄達に向かって言った。
ー去れー
たった一言そう発した。
その言葉に従うように、集まっていた不浄達は川へと戻っていった。
とてつもない圧を感じるその言葉を聞き、僕と天樂さんは固まってしまった。
刹那さんは驚いたような顔をし、さすがだと言わんばかりに拍手を送っていた。
「さて、これでしばらくは安全に進むことができるだろう。」
黒縄さんはそう言うと、先へと進んで行って。
僕たちも後を追いかけた。
川沿いをしばらく進んで行くと、小さな小屋を見つけた。
どうやら小屋の主は不在にしているようで、ここで少し休んで行こうという事になった。
小屋の中は大小さまざまな石が置かれていた。積みやすいような平たい石や、安定性の高い石など、先ほど河原で見た積まれた石はここから運ばれたものだという事が分かった。
小屋の中で休んでいると、どこからか鼻歌のようなものが聞こえてきた。
小屋の方に向かってきているようで、僕たちは身構えた。
少しして、小屋の戸が開かれた。
中の僕たちを見て驚いた表情をしながら入ってきたのは人間の青年のようだった。
怪異には見えず、僕より少し年上ほどの印象だ。
しっかりと手入れされた黒髪に整った顔立ち、すらっと伸びた足。
モデルのようなその青年は僕たちをじっと見ながら言った。
「おやおや、僕の家に何か御用ですか?こんなところに客人なんて珍しい。」
青年は僕たちを警戒するような様子はなく、むしろ客人として迎え入れようとしているようだった。
「君の家だったか、すまないね。一休みさせていただいていた。私は刹那だ。渡し屋をしている。こっちは天樂、それから黒縄、そして真君に夜刀神だ。」
刹那さんが僕達を青年に紹介した。
挨拶に合わせ、僕たちは軽く会釈をしていった。
青年は目を輝かせながら自己紹介をしてくれた。
「おお!怪異の皆様に、そちらは人間だね、よろしく。僕は士郎、人間だ。」
そう言うと、士郎さんは僕に握手を求めてきた。
握手を交わし、改めて挨拶をした。
「真です、よろしくお願いします。」
挨拶を済ませると、刹那さんが口を開いた。
「君は、迷い人かな?どうやって幽世へ来た?」
すこし厳しい口調で士郎さんに言った。
「僕は迷い人ではないよ、人柱だ。どれくらい前だった覚えていないけれど、別天神への雨ごいのため、人柱として幽世へやってきたんだ。どういう訳か、別天神に気に入られたようで、ここでしばらくは一緒に暮らしていたんだが、そのうち帰ってこなくなった。怪異というのは気まぐれなんだろうね。帰るあてもないので今でもここで暮らしているというわけだ。」
人柱、聞いたことのない言葉だった。
首をかしげながら聞いていると、夜刀神が人柱について教えてくれた。
「人柱というのは、昔の人間たちがよく行っていたもので、怪異の力を借りる代わりに人間を人柱として捧げるという物だ。よく言えば対価というやつだな。怪異と人間が取引をする際は対価を必要とする。お主の先祖が代々の子孫を生贄として捧げたのと同じだ。生贄の呪いをかけられたお主とは違い、人柱はその怪異が人間を欲する場合に要求するもので生贄とは少し異なる。
生贄は知っての通り、怪異を殺すために作り上げるものであり、その材料と言っていい。
対して人柱はそのものを欲する怪異が要求するものだ。使い方はその怪異次第だな。生贄との大きな違いは、人柱に怪異を殺す力は宿らないという事だ。」
説明を終えると、夜刀神はまた目を閉じた。
「そういうこと。だから僕は別天神のものなんだけど、その主がどこかへ行ってしまって困り果てているというわけだ。こんなところ、ほとんど誰も来ないしね。」
士郎さんはため息をついて肩をガクッと落とした。
そんな様子を見て刹那さんが口を開いた。
「人柱の厄介なところは、所有物であるという事なんだ。別天神の所有物である以上、渡し屋の権限で現世へ戻すことができない。別天神が所有権を破棄してくれたら渡してあげられるが・・・難しいだろうね。それに士郎君がどれほどの年月を幽世で過ごしていたのかわからないが、人柱の文化など現世の時間で言ったら数百年は昔の話だろう。今更現世へ戻ったところで時代が移ろいすぎている。」
刹那さんは申し訳なさそうに言った。
それを見て士郎さんが口を開いた。
「勘違いしないでほしい。僕は現世へ帰ろうとは思っていないんだ。たとえそれが自分が生きた時代だったとしてもだ。考えてみてよ、人柱としてどうなるかもわからないのに躊躇なく怪異に捧げた連中が居る所に戻っても仕方ないだろう?それに幽世の生活は気に入っているんだ。だから気にしないでくれ。」
士郎さんは現世への未練はないようだ。
ニコニコと話すその顔には、どこか陰りを感じた。きっと今でも、人柱にされたことを恨んでいるんだろうと、そう思った。
「そういえば、あなたたちは何しにここへ?普通ならこんなところに入ってくることはないと思うんだけど。迷子?」
士郎さんは僕たちに問いかけた。
それを聞いて天樂さんが口を開いた。
「俺たちは天童様に会いに来たんだが、案内を受けられなかったんだ。それで森を抜けて自分たちで穢れ沼まで向かう途中で不浄の連中に襲われて、ここに行きついたんだ。」
天樂さんが説明を終えると、驚いた表情をしながら士郎さんが口を開いた。
「この森を案内なしで抜けるのは大変だと思うよ。常に道が変化しているから、戻ることも難しい。それに奥へ行けば不浄の数も増えてくる、さすがに無謀だと思う。よかったら僕が案内しよう。ちょうど天童様にも用事があったところだ。」
士郎さんはそう言うと、案内を買って出てくれた。
なんともありがたいと僕たちは士郎さんに案内を頼むことにした。
すこし時間をおいてから穢れ沼へ出発することになり、僕たちはつかの間の休息をとった。
怪異によって連れてこられた青年は、人柱という不遇を背負ながら、それでも懸命に生きていた。
その姿に僕は元気をもらうとともに、一抹の不安を感じていた。
果たして僕は、現世へ戻れるのだろうかと。




