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日常

夜刀神の一件から帰り、長屋の自室で休んでいた。

少し眠っていたようだ。

目を開け、しばらく天井を見ながらぼーっとしていると、僕の腹の上で寝ていた夜刀神が起き上がり、戸の方を見て言った。


「誰かがこちらに向かっているようだな。敵意は感じられないから警戒の必要はないと思うが。」


夜刀神がそう言い終わるのと同時に、長屋の戸が叩かれた。


「真、起きているか?私だ。」


どうやら訪問者は雛菊さんのようだった。そのほかにも複数の足音が聞こえていたので、誰かを連れ立ってきているようだ。

戸を開けると、そこには雛菊さんと三体の怪異の姿があった。


「長屋の連中に今後の話をしてな、一度お前に紹介しておこうと思ったんだ。入るぞ?」


そういうと、雛菊さんと怪異達が部屋に入ってきた。

そう広くない部屋の中に四体の怪異と僕、そして手のひらサイズの夜刀神という、かなり狭苦しい空間が出来上がった。


雛菊さんが順番に怪異を紹介してくれた。


「まずは鬼の怪異、塵鬼だ。この子は一度会っているようだな。塵鬼はちと特殊でな、天神によって力を封じられているんだ。過去に大罪を犯し、力と記憶を封じられている。本人は気にしていないようだがな。力を封じられてはいるが、この長屋で一番力の強い怪異だ。何かあれば真の助けになるだろう。」


そう言い終わると、塵鬼が挨拶をしてくれた。


「人間のお兄さん、よろしくね!あ、この間の約束忘れてないよね?後で夜刀神の事聞かせてよ?」


天真爛漫な少年のような振る舞いで僕に言った。過去の大罪のことはいったん忘れよう・・・


続いて紹介されたのは、おどおどとしている色白の美しい怪異だった。白い着物を纏い、人間とほんとど変わらない見た目だ。艶やかな長い白髪をなびかせながら僕の顔を少し覗いた後、視線を床に落とし、とても小さな声でしゃべった。


雪菜(ゆきな)と言います。よろしくお願いします。」


透き通った声で僕に言った。と同時に、一瞬視界がぼやけた。そのまま倒れそうになるのを必死にこらえた。

そんな様子を見て雛菊さんが口を開いた。


「すまんな。雪菜は雪女(ゆきめ)の怪異でな、人間の男に言葉をかけると心を奪ってしまうんだ。多くの言葉をかけられ、心を奪われた男は身も心も凍てついていき、そのまま死に至る。人間の男以外に効果はないから普段は問題ないんだが・・・これは困った。何か策を講じるとしよう。」


そういうと難しい顔をして考え事をしているようだった。

その横からもう一体の怪異が僕に向かって話しかけてきた。


「俺は天樂(てんがく)だ!よろしくな人間!」


そういって元気よく挨拶をしてくれたのは、見たまま天狗とわかる怪異の天樂さんだった。兄貴分といった感じの雰囲気を醸し出しており、赤い顔で鼻が長いお面をかぶっているようだった。背中には亜咲さんと同じような赤黒い羽根、黒い短髪の髪型が、どこかスポーツマンを彷彿とさせた。


「こやつは見ての通り天狗の怪異だ。亜咲から預かっている怪異でな、修行の身だ。修行ついでに色々と手助けをしてくれていてな、私も助かっている。今後は真と一緒に手伝いをしてもらうことも多くなると思うからな、仲良くしてやってくれ。」


そうして雛菊さんと共にやってきた怪異の自己紹介は終わった。

他の長屋の住人は今は不在にしているらしく、追々紹介してくれるとのことだった。

今後のことについて少し話し合ったあと、雛菊さんから仕事の依頼があった。


「真、すまないが天樂と一緒に仕事を頼みたい。実は雪菜が迷い人を見つけてな、人間の男だったから声をかけられずに連れてくることができなかったようなんだ。刹那はすでに認識しているようだから連れてくることができれば現世へ帰してやれる。場所は天樂に伝えてあるから、よろしくな。」


雛菊さんがそういうと、天樂さんは立ち上がり、雄たけびを上げながら僕の肩をバシッと叩いた。

とてつもない力に悶絶しながら涙目で天樂さんの顔を見る。

すまんすまんと言いながら笑っていた。

僕と天樂さん、肩に乗せた夜刀神で迷い人の捜索に向かうこととなった。

雪菜さんから迷い人の特徴を聞いたところ、どうやら中年のサラリーマンのようだったので向かえばすぐに見つかるだろうと思った。


道すがら天樂さんに聞いてみることにした。


「迷い人って、頻繁に現れたりするんですか?」


天樂さんの表情はお面でわからなかったが、まっすぐ前を向きながら話した。


「俺は見たことがないな。雪菜も久しぶりに見たと言っていたからそこまで多いわけではないだろうな。もちろん、俺たちが見つける前に渡し屋が現世へ帰しているからかもしれんが。」


確かに渡し屋の仕事の一つであることから、他の怪異に発見される前に帰されていることがあってもおかしくはないかと思った。

続けて天樂さんが言う。


「迷い人は、ひょんなことからこちらに来てしまった人間だ。帰してやらねばならない。真、君もいずれ帰れるさ!俺たちが協力しているんだからな!」


そういって僕の背中をバシバシと叩いた。

変わらずとてつもない力だった。これは背中に掌の跡ができているだろう。


そういえば目的地のことを聞いていなかったと思い、天樂さんへ問いかけた。


「目的地ってどこなんですか?」


「話してなかったな。目的地はここから少し先にあるトンネルの中だ。どうやらそこは幽世と現世が重なることが多い場所らしくてな、前にも迷い人が現れたらしい。雪菜はそんなところで何をしていたんだろうな!」


相変わらずの大きな声で目的地の説明をしてくれた。どうやらこの先にトンネルがあるらしく、そこは幽世と現世が重なる場所という事だ。これは前にも刹那さんが説明してくれたが、幽世と現世が重なりやす場所がいくつかあって、そこを重点的に観測していると言っていた。だから今回も迷い人をすぐ観測することができたのだろう。でも観測したのならなぜそのままにしていたのだろうか。忙しいのだろうか。


それからしばらくして、件のトンネルに辿り着いた。トンネルの入り口は蔓が張っており、長年使用されていないような雰囲気だった。

とはいえ幽世は時間の流れがない場所だから自然に伸びてきたというよりは最初からこうだったんだろうと解釈した。

中に入ると、闇を少し照らす程度の照明がついていた。足元がかろうじて見える程度だ。

僕たちは迷い人に呼びかけるように言葉を発した。


「大丈夫ですか?迎えに来ました!」


しかし返答はなかった。

警戒してどこかに隠れているのだろうかとも思ったが、トンネルは先が見えないほど続いているようだったので、奥まで進んでいったのだと思い、そのまま天樂さんと奥へ進んでいくことにした。


しばらく進んでいくと、トンネルの真ん中でぶるぶる震えながらうずくまっている男性を発見した。

どうやらこの人が迷い人のようだ。

僕はその男性に声をかける。


「大丈夫ですか?安心してください、迎えに来ました。」


そういって手を差し伸べる。

男性は驚いた表情を浮かべ、僕に言った。


「あ、あんた誰だ?ここはどこなんだ?と、隣に居る奴はなんだ!化け物か!!」


そういうと男性はそのまま奥へと走り去ってしまった。

天樂さんはやれやれといった具合に手を上げ、顔を左右に振った。


「化け物だなんてひどいな。真から見て私は化け物か?」


なんてストレートに聞いてくるんだと思った。

天狗の面をかぶり、背中には羽・・・こんな薄暗い場所で見たら化け物に・・・見えなくもないかと思ってしまった。


「そんなことないです。」


僕は少し間を開けて言った。

天樂さんが一緒だとまた逃げられてしまう可能性もあるため、僕一人で見てくると告げて一人で奥へと進んで行った。

かなり遠くまで行ってしまったようで、いくら歩いても男性の元にたどり着けなかった。

どれくらい歩いたか、しばらくするとうめき声のようなものが聞こえてきた。

どうやら先ほどの男性が発しているようで、人影がうっすらと見えた。


僕はその人影に声をかけながら近づいて行った。


「大丈夫です!何も危害を加えるつもりはありません。貴方を迎えに来ただけなんです。安心してください。」


そう言いながら近づいていくが、その人影は触手のようなものに巻き付かれており、助けてくれと叫んでいた。しかし、そのまま闇の中へと引っ張られていった。


なにやらただ事ではない気がして奥へ進む。

一度天樂さんの元へ戻ろうかとも考えたが、奥に居るモノが危ない怪異だとしたら、先ほどの男性がどうなってしまうかわからない。

僕は全速力で闇へと消えていったモノを追いかけた。


少し走ると、今度はしっかりと男性が見えた。まだ無事だったと安堵したが、その男性の後ろに下半身が蛸のような触手、上半身は青白い肌をした女性という姿の怪異が居た。

その怪異はこちらに気づくとゆっくりと近づいてきた。


僕は後ずさりをし、いつでも逃げられる体制をとっていた。

しかし、その怪異からは予想外の言葉が飛び出してきた。


「君、どこの怪異かわからないけど、このうるさい人間を渡し屋のところに連れて行ってやってくれないか?先ほどこちらに走ってきたから保護してやろうとしたら逃げ出すものでな、危ないから捕まえたんだがうるさくてかなわない。頼んだよ。」


そう言ってその怪異は闇へと消えていった。

どうやら男性を保護してくれていたようだ。

訳が分からないといった顔をしている男性へと手を伸ばし声をかける。


「大丈夫ですか?僕は人間です。貴方を元の場所へと送り届けますので、一緒に来てもらえますか?」


男性はわかったと小さくこぼし、僕の後についてきた。

勾玉の効果で、男性にはしっかりと人間と認識されているようだった。


しばらく歩くと、天樂さんが見えてきた。

こちらに手を振って男性の安否を聞いてきたので、僕は大丈夫と答え、男性にも心配はいらないと言い、そのまま駄菓子屋を目指して歩いた。


しばらく歩いたところで駄菓子屋が見えてきたので、店先から刹那さんを呼び、迷い人を保護したことを告げた。

刹那さんはすまないねと言い、男性を店の中に案内した。

僕たちは男性を送り届けた後、長屋へと戻るために帰路についた。


しばらく天樂さんと談笑しながら歩いていると、ふと天樂さんが真剣な顔をして言った。


「まずい、師匠から頼まれごとをしていたのをすっかり忘れていた!真、俺は師匠のところへ戻る!」


そういって羽根を大きく広げると、瞬く間に空高く飛び上がり、そのまま天狗山の方へと飛んで行った。

まったく慌ただしい。


一人になったので、僕はゆっくりと長屋へ戻ることにした。

そういえば幽世をしっかり見て周っていなかったと思い、少しより寄り道をしながら帰ろうと思ったのだ。

夜刀神は僕の肩の上で眠っているようだった。

しばらく風景を眺めながら進んでいると、初めて見る景色が飛び込んできた。

田んぼ道の切れ目から続く道の先に、木々でできた天然のトンネルのようなものがあり、先は薄暗くて見えなかったがかなり先まで続いている様子だった。

僕は好奇心に駆られ、先へとすすんだ。天然のトンネルに近づくと、どうやらトンネルの先は上り坂になっているようで、山の中へと通じていた。荒れた道ではあったが、少しだけと思いトンネルへと足を踏み入れ、坂を上っていく。少し進むと、高台のようなものがあり、そこから下を見渡せるようになっていた。


辺りは田んぼが多く、ぽつぽつと建物が何棟か建っているのがわかった。形状から僕が住んでいる長屋であろうものも確認できた。先ほど通ってきたトンネルも見え、視線を動かすとそこには天狗山がそびえたっていた。ここからでもわかるほど高く、あの頂上に行ったのだなと感慨深い気持ちになった。

こうやって見ると、まだまだ知らないところがたくさんあるなとワクワクした。


まだ行った事の無い川や、少し小高くなった丘、木々の生い茂る森など、いずれ行くこともあるだろうかと思った。

そんなことを考えながら景色を眺めていると、後ろから声をかけられた。


「おや?こんなところに人間とは珍しい、迷い人かな?」


僕は声のする方へと振り返った。

そこに立っていたのは、二十代半ばくらいの男性だった。

白衣を着ており、これまでに見たどの怪異よりも異質な存在感だった。今まで出会ってきた怪異はすべて和装のような恰好をしたモノばかりだったので驚いた。


「迷い人ではなさそうだね。肩に乗せているのは、夜刀神か。岩牢に封じられたと聞いていたような・・・記憶違いかな。」


その男性は僕の肩に乗った夜刀神を見て言った。

いったい何者なのだろうとみていると、男性はそれに気づいたようだった。


「すまない、突然声をかけてしまって驚かせたかな?僕の名前は・・・なんだったかな。人間と話すのは何百年も前のことでね、いろいろと忘れてしまった。まぁいいか、どうせ君のこともすぐに忘れてしまうだろうからね。また会ったときは名前を教えてくれ。」


そういって手を振りながら男性は去っていった。

僕はあっけにとられて何も言えずじまいだった。


ふと夜刀神を見ると、どうやら先ほどの男性が気になるらしく、去っていく背中をじっと見つめていた。

どうしたのかと聞いてみたが、何でもないと言ってまた目を閉じてしまった。


僕はそのまま来た道を戻り、長屋へと帰ってきた。

長屋につくと、雛菊さんが待っており、戸の前で今日の出来事を話した。

ご苦労様というねぎらいの言葉と共に、古い懐中時計のようなものを渡してきた。


「なんですかこれは?」


僕は雛菊さんに尋ねる。


「それは現世の時間を刻む時計だ、針が一周すると現世では一日が経過している。二十四を示したら一日が終了したという事だ。現世でどの程度時間が進んでいるか把握できた方がいいと思ってな。」


ありがたい。正直どのくらい時間が経っているかわからないことがこんなに不便なものかと思っていたところだ。

その懐中時計には一から二十四までの数字が刻まれており、一時間で一つ針が進むという代物らしい。

これである程度の時間がわかる。


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます。」


そういって雛菊さんに会釈をし、自室へと戻った。


一日を振り返り、今日もいろいろなことがあったと振り返る。

初めて僕以外の人間と幽世で出会った。

僕も初めて来たときは戸惑ったものだ。

運よく駄菓子屋の近くに居たことが幸いし、今こうして助けてもらっている。


ふと、生贄を幽世に引きずり込むとき、場所は選べないのだろうかと考えた。

もし渡し屋の目に留まらないところを選べたのなら、こうして生贄である僕が幽世に残ることはなかっただろう。

さっさと生贄として完成できただろうと。

そう考えたとき、僕は言い知れぬ不安に襲われた。もし、ここまでの道筋が意図して敷かれたものだとしたら・・・

もしかしたら、何かの思惑通りなのではないだろうか。


そんなことを思ってしまった。




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