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野良犬と宝石のお姫様  作者: 鶴野江
第3章 アルバム
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第46話 光射す方へ

 学園生活が始まって初めの休日。

 早朝4時前。

 ルースノー寮の正面口は篝火に照らされていた。

 暗がりの中、愛用の白いジャージを着てシンシアは目立っていた。これから体を動かすので、白薔薇の髪留めはキュリウスに預け、髪の毛を後ろでお団子にしている。


 シンシアは月の沈んだ空を眺め、呟いた。

「アル……来るかなぁ……? 最近、なんか落ち込んだり、荒れてたらしいけど……」


 シンシアはアレックスがいつも行っているトレーニングに誘って貰ったが、最近の情緒不安定なアレックスが来るか不安だった。


「キューキュー」

「キューちゃんもアルが心配なの?」

「キュッ」

「あれ? 違ったかな?」


 相槌を打つようにやって来たキュリウスは、水を入れたペットボトルを、花柄のペットボトルホルダーで肩から下げていた。このキュリウスは500mlのペットボトルのサイズに合わせ、いつもより大きい。

 キュリウスはアレックスのことなど特段気にしていないがようだ。今のキュリウスは、主の大切な髪留めと水を預かり、どこか誇らしげにみえた。



 辺りは建物の形が分かる程度の暗さだ。人とすれ違い際に、相手の表情や服の色は分からないが、避けられるかもしれない。

 シンシアがぼんやり空を眺めていると、人の気配が近付いてきた。足音が静寂に響き、篝火が近付く人物を照らす。


 お互い来るとは思っていなかったのか、目が合った二人は、ぱちくりしていた。パチパチと数回瞬きをしてから、挨拶を交わした。

「シシィ?」

「あっ、アル。おはようございます?」

「ああ、おはよう」


 挨拶したものの、どう言葉を繋げていいから悩んだ時、暗い中待たされていたキュリウスがアレックスを小突いた。

「キュッ!」


 アレックスは怒るでもなく、キュリウスを流そうとした。が、いつもサイズ感とは違うことにはツッコミを入れた。

「キュリウス、お前もいたのか? なんか、いつもよりデカくないか?」

「いつものサイズだとお水運びにくいと思って、大きくなったの」

「そうか、まぁ。いいや。それじゃあ行こうか。シシィ」





 *


「初めての場所だし、まだ暗いからね」

 と言っていつもの様に差し出された、アレックスの手。シンシアを躊躇っていたが、その手を取った。


 夜明け前の山道、手を繋いで歩く二人。

 アレックスが普段、トレーニングをしている場所はルースノー寮の裏にある山だ。


「シシィ、大丈夫か? 普段、こんな早起きじゃないから眠くないか?」

「大丈夫だよ。後でお昼寝沢山するから」


 シンシアは他愛ない会話の中、先を歩くアレックスの背中に思う。


 『大きな温かい手、いつも頼りになる憧れのお兄さん。この手を取るのは、アルが卒業するまで。あと1年ある? 1年しかない?』


 アレックスが自分に向ける感情を知らないシンシアは、いつもアレックスと一緒にいられる時間は限られていると思っている。その中で、沢山思い出を作りたい。だから、この早起きも苦に思わない。




「そうだ。アルは大丈夫?最近落ち込んでたし」

 シンシアは、自分を心配するアレックスに、訊きたかったことを思い出した。

 アレックスは誰のせいだと思っているんだ、とは声に出さず、ため息をついた。

「もう大丈夫だから」


 『心配させたくないから、こう言っているのかな?』


 いつも自分のことを気遣ってくれるアレックスに、シンシアは面目ないと俯いた。このままでは、自分の息が詰まりそうなので話題を変えた。


「アっ、アルはここでいつも何しているの?」

 吃りながらの問いかけに、アレックスはいつもの優しい声で答えた。

「その日の気分とか状況次第だな。たいてい森の中で走り回ったり、魔物がいないか見てたり、拾った木の枝を剣にしたり槍にしたりして型の練習したり」

「昔と変わらないんだね」


 前世で一緒に過ごしていた頃と、変わらないアレックスにシンシアはアレックスの前世アリーを思い出した。


 出会ったばかりの時は、ぶっきらぼうな感じがあった。次第にそれが減り、いつからか、優しい情のこもった声になった。シンシアを落ち着かせたり、ドキドキさせたり、安心させる声だ。


「懐かしいね、夜明け前に二人で領地で畑の見回りとかしてたね」

「そうだな」

 シンシアの前を歩くアレックスの表情は分からないが、暖かく楽しげな声で返ってきた。アレックスが嬉しそうだと、シンシアも嬉しくなってきた。

「私ね、お兄さんが稽古に誘ってくれて嬉しかったんだ。いつも独りだったから、私の相手してくれる人なんていないって諦めていたから。誘ってくれて、次の日ちゃんとそこに居てくれて嬉しかったの。上手く出来なくても、出来た所があれば褒めてくれて嬉しかった」

 シンシアは、自然と前世で伝えたかった言葉が溢れ出す。


「一緒にいてくれることが嬉しかったんだ。いろんなこと教えてくれて、ダメなときはちゃんと理由があったし。一緒に本を読んだり、食事のマナーだったり、挨拶とか、本当は家族から教わるはずのことを教えてくれた」


 自身は捨て子で拾われた家からも捨てられ、家族を知らないシンシアが、家族がいたらこんな感じなのかなと、アリーを見ていつも思っていた。自分とは違う世界いるお兄さんさんは、自分とは違う場所に行く。シンシアは常にそう自分に言い聞かせていた。


「ずっと一緒にいるのは無理だとわかっていたから、一緒にいる時は少しでも近くにって、追いつこうと頑張ってたんだよ。少しでも近くに、隣にいられるようにって、ずっとずっと隣にいてほしかったからって、あの、今のは」

 話している間に、今まで心の奥に押し込めていた言葉が飛び出て、シンシアは慌ててしまった。足元が疎かになり、木の根に躓いてしまった。

「きゃっ」

「シシィ、大丈夫か」

 受け身を取ろうと手を伸ばしたシンシアの体は、アレックスに抱き留められていた。

「うん……ちょっと引っかかるのがあったみたい」

「気が付かないでゴメンね。俺が悪かった」


 シンシアはアルは悪くないのに、と言いたかった。アレックスに抱きしめられ、ドキドキして言えなかった。夜明けで空気は冷たいはずなのに、火照っていた。


 アレックスが立ち上がり、シンシアの手を取り立たせる。

「そろそろ日の出の時間だな。いい場所があるんだ。早くしないと間に合わないから急ぐよ」





 *



 日の出を見せたいと、目的地まで走り出したアレックスを必死で追うシンシア。


 アレックスは木々の間を軽々とすり抜け、斜面を下る。いつもの調子で駆けていたアレックスが、立ち止まり、後ろのシンシアに声をかけた。

「シシィ、ゴメンね。シシィに合わせれば良かったね。無理しないでシシィはキュリウスに乗っておいで」

「行って、先に。追いつきたいから、追いつくから」

「えっ? でも」

「先に」

「分かった、先に行ってるから。あんまり無理しないでね」


 心配するアレックスを他所に、シンシアはアレックスを先に行かせた。アレックスはシンシアの負けず嫌いが発動したのかと、諦め先を行くことにした。だが、アレックスは息も絶え絶えなシンシアが心配なのには変わらない。ちょこちょこ後ろを気にしながら、駆けている。




 学園に着いてからも、軽々と建物を飛び越え、屋根から屋根へ駆けて行く。シンシアは先を行くアレックスを見失わないように、追いかけた。


 その背中を見つめ、シンシアは誓った。






 私に合わせてくれるのは、やめさせるんだ。私がアルに追いつくんだ。追いかけるんだ!


 今は、そのまま、前にいて。いつか、追いつくから、隣に行くから。私の前にいて、私の目標でいて。


 最近よく訊かれる、アルとの関係。アルのこと、保護者っ言ったのは間違いではない思うんだ。


 今はアルの庇護下にいるから、いつも手を繋いでる。迷子にならないように子供みたいに。その手が必要なくなるように、一人でできるってわかってもらうんだ。後ろを歩く私の手を引いてもらうじやなくて、隣で肩を並べて歩けるように。


 今はまだ、アルが先にいるけど、追いつくから……

 私、頑張るから。


 アルの隣に追いつけば、一人前だって、アルに心配かけないで、アルが学校卒業できるはず。

 頑張るから。


 隣にいきたいから……


 だから、今は、前にいて……



 私、頑張るから……




 *


 アレックスが待っていたのは、鐘塔の脇の屋根だった。壁によりかかり、心配な眼差しでシンシアを待っていた。


「シシィ、こっちだ!」

 アレックスはシンシアが来ると、腕を掴み、屋根の上に引き上げた。

「よく頑張ったな」

「あ、アル……追いついた……よ……」

 アレックスは、全力疾走の後で、呼吸が粗いシンシアに深呼吸を促す。

「シシィ。息吸って、吐いて。ゆっくりでいいからね」

 息も絶え絶えなシンシアを思いっ切り心配するアレックスは、キュリウスから水を引ったくるように奪い、シンシアに飲ませた。

「シシィ。水、飲んで」


 アレックスは、むせながら水を飲むシンシアの背中をさすっている。呼吸の辛いシンシアを見ていて、自分も辛くなる。


 『この学園には運動能力が常人離れした人間もいる。俺はそっち側だが、シシィが俺と同じではないと解っているのに。体力とか差があるのに、俺のペースに無理して追いつこうと頑張ったんだよな。手を抜くと拗ねちゃうから、俺もペース落とせなくて。ゴメンね、よく頑張ったね。次からは無理させないから。』


 息の上がるシンシアに、アレックスは猛省していた。



 *




 シンシアの呼吸が落ち着いた頃、東の空には太陽が顔を出した。

「ここの鐘塔がこの学園で一番高い場所なんだ。俺は日の出を見るのが好きで、高いトコ探して眺めてるんだ」


 朝日を眺める爽やかなアレックスの横顔に、シンシアは見惚れていた。


 カッコいいな、本当にキラキラしてる。


「朝の日差しを浴びると、また新しい1日が始まる。昨日は見つけられなかったモノが今日は見つかる。そう思うと気力が湧いたりしないか?」


 前を向くアレックスに、シンシアは感心しながら聞いている。


「朝焼けの地平線を見ると、その先へ行けそうな気がしないか?その先の世界を見てみたい。そんな気になるんだ」


 アレックスの言葉に、シンシアは昔の自分が朝日を見た時の感情を思い出した。

 朝日を見ると、また皆が起きて見つかってしまう、隠れなきゃと思っていた。

 自分とは真逆を眩しさに、惹かれて憧れたのだろうと分かった気がした。


「これから二人でいろんな所に行こうね。俺の知っている場所、知らない場所。シシィも一緒にいろんな世界をみていきたい。いろんな好きなモノ探して行こう」


 煌めく朝日よりも眩い笑顔向けるアレックスに、シンシアは思った。


 何でこんなにアルは眩しいんだろう……

 私の───

 アルは私の何だろう───

 光?


隣にいたい理由は憧れのお兄さんに追いつきたいから。今はそこに恋愛は無いとシンシア本人は思っている。

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