第45話 保護者と居候⑤
夕食後、談話室。
アレックスはシンシアに今日のことを聞こうと談話室で、やたらと髪やジャージの皺を手で撫でつけてそわそわしていた。そのアレックスをロイが、「デートの待ち合わせかよ」と、アレックスに聞こえないようにボソッと吐いた。夕方の騒動で疲れ切ったロイは、アレックスに振り回されたくなかったのだ。
アレックスはシンシアが着替えて来るのを待っていた。しかし、何時まで経っても来ないまま夕食の時間となってしまった。ルースノー寮の食堂は長机が3列並んでいて、列が学年ごとになっている。アレックスとシンシアは学年こ離れているため席が離れいる。そんな訳で、アレックスはシンシアと話せるチャンスの夕食後を待っていた。
アレックスは談話室に近付くシンシアを見つけると、飼い主を見つけた飼い犬のごと一直線に駆け寄った。シンシアにしか目がないため、シンシアの隣にいたオードリーとドロシアはアレックスの視界にいなかった。
「シシィ!」
「アル?」
「アレックス先輩!」
「オードリー、ちょっと落ち着いて」
シンシアはアレックスの勢いに面食らい、オードリー推しのアレックスに目を輝かせ、ドロシアは突っ走るオードリーを止めた。
「シシィ、今日は…」
「アレックス先輩、シンシアってスゴいんですね! あの占星術の教科書スラスラ読めるなんて!!」
アレックスがシンシアと甘いひと時が始まると思っていたら、オードリーが勢いよく割って入ってきた。
「そりゃあ、まあな」
アレックスは割り込まれ、眉を下げ素っ気無い返しをしたが、シンシアが褒められて悪い気はしなかった。
占星術の教科書は教科担任エド(自称500歳のエルフ)が、現代語ではなく古語で記してあるのだ。シンシアの背景を知らないオードリーからすれば、シンシアは古語もスラスラ読める勉強家に見えた。
「シンシアって勉強出来るんですね!数学とかも得意だったりしますか?!」
空いてるテーブルにアレックスと座ると、返事がきたオードリーは勢いに乗った。今まで接点が無く眺めだけだったアレックスと、共通の話題ができオードリーは舞い上がっていた。
「フッ、当然だろ。シシィはな、本当に優秀なんだ。独学で読み書き覚えたし、本の内容は、字面とかすぐ覚えるし、本を読んでいる横顔はかわいいし。真剣な眼差しは美しく、あの熱い眼差しを俺に向けてくれないかと何度思ったか。数学とか科学だってな、じいちゃんに教わったのは簡単な計算くらいかなのに、本読んで自分で調べ考えて、どんどん専門的な本になって、俺も分からない分野の本とか読んでるし。腕組みしながらう〜って考えてるシシィも可愛くて。兎に角、シシィは読者家で勉強家で可愛いし、優秀で可愛い頑張り屋なんだよ」
愛するお姫様シンシアのことになると饒舌になるアレックスもノリノリで語り出した。アレックスが嬉しそうに語る姿が、オードリーには尊い。
アレックスとオードリーのやり取りに
(アレックス先輩って親バカ?ってかシンシアバカ?)
とドロシアが少し離れた席で思った。
「えーと、アル?勉強と可愛いって関係あるの?」
アレックスがやたらと上機嫌で語る内容が、自分のことだと分かったシンシアが、困惑しながらアレックスに話しかけた。
「シシィは可愛いんだよ。自信持っていいんだよ」
アレックスはシンシアの肩を抱き、目を見つめて囁いた。
「そう?」
シンシアはアレックスにそう言われても、いまいち納得出来ないでいた。目に見えた成果や結果があれば、また違うかも知れないが。それがない今、シンシアは口をへの字にしていた。
「ほら、そんな顔しないの」
「ふにゃん」
アレックスがシンシアの浮かない顔のほっぺをツンツンしたり抓ったりと、イチャイチャしだしたそこへ、テッサが来た。
テッサはアレックスがぞっこんのお姫様が気になっていた。
「えー……と、シンシアだったっけ」
「ははっはい」
「ホント、城の絵本そっくりだね」
「おい、なんだよ?! テッサ」
同郷の仲ということもあり、アレックスを無視して、テッサはシンシアに話しかけた。突然の馴染みのない人に呼ばれ、シンシアはつっかえながら返事をし、テッサへ振り向いた。
見れば見るほど、幼い頃に聞かされたお姫様そっくりのシンシアに、テッサは確認したかった事を訊いた。
「お姫様は王子様のことどう思ってんの??」
城の絵本を知っている人だから、アレックスと同じ出身だと、シンシアは察した。
(あの村の人達って私の事をお姫様って言うんだよね。違うのに)
テッサは、眉を下げ考え込んでいるシンシアに、王子様が誰かわかってないのかと、言い方を変えた。
「アレックスだよ。アレとはどんな仲なの?」
最近よく訊かれる質問に、シンシアは躊躇いがちにアネットと同じ解答をした。
「保護者と居候?」
「保護者……マジかよ、めっちゃっ受けるんだけど!!」
腹を抱えて爆笑するテッサとは対照的に、石像のように固まったアレックスがいた。
「ホゴシャ? ほ……ご、しゃ……保護者?……保護者……」
まさかの保護者だったアレックスは、項垂れ、壊れた玩具のスピーカーのように保護者しか言えなくなった。
文字通りの保護者と、想い人からの保護者では、意味が違うとシンシアはわかっていなかった。それでも、アレックスとテッサの反応に、シンシアは突拍子もない答えだったと気づいた。
(アルは私を保護してくれたから保護者なんだけど、可笑しいのかな? 確かに説明しないとわからない……ね。もう少し、しっくり来る言葉あるかな?私とアルの関係で……)
シンシアが縮こまり、腕組みをして悩んでいると、オロオロしたオードリーの声が聞こえた。
「あの、先輩?」
先輩?
!
そうだ!!
シンシアは、これだと閃いた。
「先輩と後輩だ。アルと私は先輩と後輩だね!」
とアレックスに得意気に微笑みかけた。
シンシアとアレックスの前世の関係は、剣術や武術や山でのサバイバル指南や日常生活の手ほどきから始まった。そういう背景から、生き方の先輩がしっくりきた。
ますます項垂れるアレックスと、更に爆笑するテッサに、シンシアはオロオロしていた。
保護者と居候発言に、ひとしきり笑って満足したテッサは、涙を指で払った。
城で聞かされた昔話が本当ならば、シンシアはお城のお姫様で贅沢な生活をしていたかもしれない。今はその城の居候だといったお姫様に、もう自分の城ではないと理解する分別のあるお姫様だと、テッサは感心した。勉強熱心だけど世間擦れしていない天然なお姫様に、テッサは好感度が上がっていった。
「そうだ、子供の頃のアレックスこと聞かせようか?」
とテッサがシンシア達に提案した。
「是非聞かせて下さい。シンシアも聞きたいよね!」
「え、でも」
「いいから、遠慮なんかいらないからさ。ほら行くよ」
アレックスのことを知りたいオードリーが真っ先に食い付いた。乗り気でないシンシアだったが、共通棟の使用時間も制限があるため移動することになった。
*
女子棟の談話室でアレックスの昔話をテッサが聞かせている一方で、残されたアレックスは真っ白に燃え尽きていた。
息を吹けば跡形もなく消えそうな邪魔な物体と化したアレックスに、ロイは口をポカンと開き、途方にくれていた。
「これどうすんの……」




