第43話 保護者と居候③
「ティラミスって苦いんだな」
靴音を立てながら、ルカがしかめっ面でぼやいた。
「コーヒー入ってるからね。ってかアンタ知らないで注文してたの?! コーヒー苦手なクセに、バカじゃない?」
「ガキっぽいのばっかでそれしか無かったたんだよ!! ったく何なんだよあの店!!」
「可愛いパンケーキのお店でしょ?」
パンケーキ屋を出ると、不満たらたらのルカとアネットの言い争いが始まった。二人の争いに慣れてきたシンシアは、
『ティラミスってコーヒーなんだ。コーヒーって苦いんだ。知らなかった』
と、店内のBGMを聞く様に呑気にしていた。
*
シンシアはアネットとルカのやり取りに入らずに、街並みを眺め歩いていた。
箒や魔法で移動できる為、道路の交通量は少ないが、魔法の苦手な人や現代生活に慣れた人は車を使っている。スクールバスや路線バスもあり、現代様式の車両はそれなり走っている。
横断歩道には信号機があり、行き交う人々は液晶画面に向かって指先を這わせたり、会話している。
シンシアが初めてアレックスに手を引かれ、歩いた街並みと基本的には同じだ。
少し違うのは、走っている車両の動力が魔力だったり、車両に翼がついていたり、車両が馬を変化させたものだったり、宅配便が空から箒でやって来たり、要所要所に魔法を使った形跡がある所だ。
そんな街並みで、ふと、花屋がシンシアの目に留まった。
店先のスズランやチューリップやヒヤシンスの奥に、
『まだ季節じゃないかな?』
とわかっていても、無意識に薔薇の花を探してしまった。
そんなシンシアを目敏く見ていたアネットが、さり気なくシンシアに訊いてみた。
「シンシアって花好きなの? 何か探してた? いつもその髪留めしているし、薔薇好きなの?」
「これは……そんな訳じゃ……」
しどろもどろになりながら、髪留めに触れ薄っすら頬を染め俯くシンシアに、アネットはピンと来た。
「ひょっとしてアレックス先輩から貰ったの?」
「うん……」
「こんなキレイなの選ぶとか、センスあるんだね、意外」
シンシアは、食い気味に髪留めをまじまじと見るアネットに、こそばゆくなった。
なんだかんだでシンシアからもアレックスに恋の矢印が出ているんだと、アネットは顔をほころばせた。
*
花屋を後にし、恋バナでも咲かそうかとアネットが思っていると、通りがざわつき出した。
突撃、何が上から道路に降りてきた。道路を走る車両が急ブレーキをし、警察官や警察車両がやって来て、辺り一帯を封鎖した。
「何だ?」
「シンシアはアタシ後ろにいて! ルカは矢鱈動きないで!」
「あ……うん」
ルカが周りを見渡し、アネットがシンシアを下げた。ルカは雷弾を幾つか身体に纏わせ、アネットは杖を取り出し、臨戦態勢に入った。シンシアも緊迫した空気を感じ、スイッチを切り替え集中た。
『何かがいる……』
透明な結晶のナイフを握り、禍々しいオーラを感じとっていた。
車の間から立ち上がったのは、なんと、三つ首の犬、ケルベロスだった。ただ、このケルベロスは、頭がそれぞれ異なり、一つは灰色で、一つは茶色で、一つは黒色をしていた。犬種の異なる頭がパッチワークの様で不自然であった。
そのケルベロスが唸り声を上げ、三つの首から炎、冷気、雷を放つ。
警察官が被害の出ない様に防御壁を展開し、防いでいる。そんな警察官達が一番苦労しているのが、ケルベロスに仕掛ける気満々な一般人であった。学校で魔法戦闘訓練を受けており、好戦的な人はやる気だ。
「引っ込んで下さい」
「余計なマネしないで」
「とにかく下がれ」
警察官達は野次馬達を押さえ、必死に叫んでいる。
その喧騒の中、ケルベロスが警察官達を掻い潜り、真っ直ぐシンシアに唸り声を上げて襲いかかろうとした。
山の中で獣に体当たりで狩りをしていたシンシアは、獣相手に動じることは本来ならば無い。しかし、シンシアはケルベロスの唸り声に気を取られ、動けなくなってしまった。獣の唸り声には威嚇や警告など意志がある。シンシアは獣の態度は理解出来ていた。しかし、唸り声が獣の唸りではなく、意味のある言葉として自分に届き、集中力が切れ、得体の知れない闇に飲み込まれる恐怖に、ナイフを握り手が震えだした。
震えるシンシアを護らなければと、
「こっち来ないでよ!!」
とアネットが杖を突き出す。
アネットの前の道路に魔法陣が浮かび、その魔法陣の中でドスンと重い荷物が落とされた音がし、ケルベロスが呻きながら潰された。
「ケルベロスか? 教科書でしか見たことないぜ。いるんだな」
「ルカ、近付かないで。危ないから!!」
「いいだろ? アネットの重力魔法陣で潰れてるし」
「いいからアンタは引っ込んでなさい!!」
ルカは騒ぎを起こした犯人が、ケルベロスと分かると興味津々のようだ。アネットは、ケルベロスひ近付くルカの襟を掴んで、これ以上行かせないようにキツイ言い方をした。ルカが動くと碌なことがないからだ。
アネットがルカを引き留めている間、ケルベロスは重力に抵抗し立ち上がろうとしていた。
「アネット、あいつ……」
「マジ?! 重力五倍で立つの?!」
ケルベロスが全身を震わせると、アネットの重力魔法を振り切り、シンシアに向かって、吠えながら回り込み様に飛びかかった。
ルカを止める為、シンシアから離れていたアネットが、焦りだした。
「シンシアー逃げて!!」
怯えてなんかいられないと、シンシアは構えた。
「来る!!」
致命傷を与えたくないが、どうにか止めないといけない場面で、焦っていた。
ケルベロスがシンシアの目の前に来る寸前。
「イヌっころは黙ってお座りしてな。おいたがすぎるぞ」
黒ずくめの魔法使い、ヒスイ現れ、がケルベロスを結晶の中に閉じ込めた。口調は静かだが、内心穏やかではなさいそうだ。いつもの杖を、ケルベロスの脚に向け荒々しく突き刺した。
「伯父さん……」
「シンシア無事だったか?」
「うん……」
捕獲されたケルベロスとヒスイが目に入ると、シンシアは腕を下ろし、か細い声を出した。ヒスイは脱力した姪っ子を、保護者として優しく労った。ヒスイとシンシアの距離が、手を伸ばせば触れそうな距離で、ヒスイのシンシアに対する距離感を表していた。
「「シンシア!」」
大慌てで駆け寄るアネットとルカは、ヒスイに気がつくと目を丸くした。
「「何でオジさんがここに?!」」
「オジさんじゃねー、お兄さんだっていつも言ってんだろ!!」
二人はヒスイを知っているようで、ここにいるここに驚いていた。ヒスイは毎度毎度のことで、オジさん呼ばわりを否定している。今はそんなくだらないことをしている場合ではない。
先ず、ヒスイは偉そうな口調で、礼を伝えた。
「捕獲協力感謝するぞ」
そしてヒスイは警察が用意した檻に、そのままケルベロスを投げ入れた。
「こいつは然るべきトコに連れて行くからな」
シンシア達はその様子を静観していた。
「けるるーん」
檻が閉まったタイミングで、後ろから騒々しい声が聞こえた。
「ちょっ、わたしのけるるんになんてことをすんの!」
ケルベロスに向かって喚いていたが、警察に取り押さえられ、暴れながら連行された。
「あの人は?」
警察車両に押し込められた所で、アネットがヒスイに気まずそうに訊いた。
「あれはさっきのケルベロスの飼い主だ。ペットが逃げたって依頼を受けて探したらあれだ。違法魔法生物の違法飼育でお話があるから、警察にお呼ばれしたみたいだな」
ヒスイが癖なのかいつもの腕組みで、説明した。
「違法魔法生物?」
シンシアが初めて聞く単語に首を傾げた。
「簡単に言えば普通じゃない生き物だな」
ヒスイがシンシアに幼児の質問に答える様に話した。
「ケルベロスの時点で普通じゃねーよな」
「日が暮れるから、お前等は早く寮へ帰れ」
ルカがボソッと呟いたがスルーされ、ヒスイに帰りを促された。
「そうだ! 早くしないとあの鬼軍曹にまた罰だとかやられちゃうよ」
「マジだ、ヤベー。バスは」
「バスの時間って、何時??何時??っかバス停どこ??」
冷や汗を垂らしながら、慌てふためく二人にシンシアは、
『鬼軍曹ってそんなに怖いのかな?』
と自分も不安になってきた。
「シンシア、キュリウスに乗せてやりな」
事態の収拾がつかなくなりそうな所へ、ヒスイが一言かけた。シンシアはすっかり忘れていた使い魔を思い出した。シンシアが探してみると、キュリウスはすぐ側まできていた。
「キューちゃん? いたいた」
シンシアは見易い透明度になったキュリウスを胸に抱き、あーだこーだ言い合っているアネットとルカに向かった。
「二人ともキューちゃんに乗って帰ろう?」
「かわいい〜キレー何これ。キューちゃんってこのドラゴン?」
シンシアがキュリウスが紹介すると、かわいい物好きのアネットは、キュリウスに負けない位瞳を輝かせた。
「これ、乗れんのか?」
「キュー!!」
ルカは乗れと言われたのが小さいドラゴンで、呆れていた。キュリウスは、以前にシンシアに喧嘩をふっかけた恨みと、バカにしてきた恨みを晴らすため尻尾でルカを打った。
ルカを道路に転がしたまま、キュリウスは巨大化した。その背にシンシアを乗せ、右手にアネットを優しく乗せ、左手でルカを握り、飛び立った。
学園の帰路。夕陽を浴び、ルカが喚く中、他愛ない会話がシンシアとアネットで交わされていた。
「アネットは伯父さん知ってるの?」
「あのオジさん?学校の用務員のオジさんだよ」
「用務員なんだ、知らなかった」
「痛ーよ。爪か?鱗か?何か刺さってんぞ、こら」
アネットとシンシアの会話が途切れ、アネットとルカが賑やかになってきた。
「ルカ煩い。乗せてくれてるんだから黙ってなさい」
「アネット、テメェは楽できるからって」
シンシアは二人の掛け合いをBGMに、ケルベロスのことを考えた。
あのケルベロスは私に向かって確かにこう言った。
『喰ワセロ』と。
何でそう聞こえたのか、伯父さんに訊けば分かるかな?




