第25話 何気ない暮らしの中で
シンシアの日常回
アレックスが用意してくれた勉強スペースで、今日もシンシアは問題集を解いたり、図鑑を眺めたり、専門書とにらめっこしている。
勉強好きなシンシアは知識欲から、勉強していた。でも、今は目標を持って勉強をしている。
アレックスの通う学校に合格したい、その一心で机に向かっているのだ。
*
アレックスが学校の休みに帰ってきた日の一幕であった。
お揃いの色違いのマグカップでティータイム。アレックスはココアを飲み終えたシンシアに訊ねた。
「シシィは学校行きたい?」
「……アルをこっそり見に行くの?」
キュリウスを撫でながら、何やら考えていたシンシアの検討違いの相づちは流して、説明した。
「いや、偵察じゃなく、通うの。学校に行って勉強して、友達とか仲良くできたら、そいつらと遊んだり、そんな学園生活送るの。どう?」
学校。
今まで縁の無かった場所。ただ遠くから観ていた世界。
楽しそうに過ごしていた同年代の輪に入ることを諦めた過去。
今は、そんな過去と違うとは思う。シンシアは自分がそこに居ていいのかと躊躇っている。
学校は仕事に就く為に必須だろうとは思う。学びたい。友達と遊んだりしてみたい。あの時代に諦めたことを今からやり直せるのか?他の人達と同じ何気ない日常を、シンシアは悩んだ。
アレックスは悩んでいるシンシアに、
「シシィが通うのは俺と同じ学校だから。俺はあと1年あるから、シシィと1年間一緒だよ」
自分もいるからと、伝える。
アレックスと一緒にいられる。その一言が後押しになったのか。
「私、学校行きたい」とシンシアが宣言した。
「多分試験あるから、筆記試験はこのくらいの難易度かな?」
そう言うと思っていたアレックスは、予め用意していた過去問を、シンシアに渡した。それを受け取り、「頑張る」と気合いの入ったシンシアを、アレックスは目を細めて温かく見つめていた。
*
家でのシンシアのお姫様扱いは止めてもらってはいるが、執事とメイドは変わらない。それが彼らの仕事あり、シンシアが取り上げることはできない。なので、シンシアはお客様としてもてなされるのではなく、自立した生活のサポートをしてもらっている。
料理の作り方、後片付け、掃除など自分で出来ることを増やしている。常にメイドのキャシーといる訳でないので、シンシアは自由に過ごしている。
シンシアが勉強を一段落させて、窓の外を眺める。どんよりとした雲が晴れていた。
「キューちゃん、晴れてきたね」
シンシアはいつも一緒にいるキュリウスに呼びかけた。シンシアは机を片付けると、お気に入りの白いジャージに着替た。「お散歩行ってきます」と気分転換に出かけた。
「行ってらっしゃいませ、シンシアお嬢様」
「お気をつけ下さい」
シンシアはセスとキャシーに見送られ、キュリウスと玄関をでた。
*
真冬の冷たい風の昼下がり。
シンシアがよく行く公園で、白黒のブチ猫が木から降りられなくなっていた。その猫に小さな女の子が声を掛けていた。
「アッシュ〜、降りてきて〜」
女の子の声が聞こえたシンシアは、駆け寄った。
「お姉ちゃん!アッシュ、助けて」
猫はどこ吹く風と言った様子だが、女の子はとても心配している。
助けを求められたシンシアは女の子の為に、張り切り出した。
「お姉ちゃんに任せて!」
気合いを入れ、シンシアは木に登りだした。あと少しという所で、猫が木から飛び降り、逃げ出した。
「アッシュ〜待って〜」
女の子が猫に向かって呼びかけた。
「お姉ちゃんがあの猫捕まえてくるね」
シンシアは猫を追いかける女の子に、すれ違い際に宣言した。女の子を追い抜いたシンシアは、加速して、猫を追いかけた。
民家の家庭菜園を荒らさないように中庭を抜け、薔薇の垣根の下を潜ったり、蔦に絡まれながら、石垣を渡り、とうとう捕まえた。
「捕まえたよ」
シンシアは女の子の役に立てた喜びと達成感で、満開の笑顔だ。
「ありがとう、お姉ちゃん。ママ、見て!ジャンクおじいちゃんのアッシュ」
女の子はいつの間にか母親と一緒にいた。母親も猫を探していたのだろう、シンシアはそう思った。
「ジャンクおじいちゃんのアッシュは灰色でしょ!それにジャンクおじいちゃんはもういないの。去年お葬式あったでしょ」
「そうだっけ?あれ?ねこ違い?」
話が見えないが、シンシアが徒労に終わったことはなんとなく見えてきた。
「その子違うみたいだから、お姉ちゃんバイバイね」
女の子は母親に怒られながら、手を繋いで帰って行った。
「ええっと……結局なんだったのかな?キューちゃん」
「キュー」
呆気に取られたシンシアと、シンシアを慰めるキュリウス。
夕暮れの中、ひとり残されたシンシアは、「しゃーっ!!」と猫に顔を引っ掻かれてしまった。
「ふにゃん!い、痛い。あっ!逃げられた」
何処かへ消えた猫は忘れてようと決めたシンシアは、キュリウスに「帰ろうか」と声を掛けた。
家に帰ると、葉っぱだらけの髪、汚れた服、何より傷だらけの顔のシンシアを見たキャシーが、血相変えて飛び出した。
「シンシアお嬢様、どうされたんですか?お顔が、美しいお肌が、ああ!」
シンシアが怪我をしたことを嘆くキャシーに、心配させてしまった後悔と、心配してくる嬉しさを感じた。
――家族ってこんな感じなのかな?
*
その夜、毎日通話しているアレックスに、猫の一件を話した。
「今日こんな事あったの」
「何だ?それ。まあ、災難だったな」
笑いながら相づちを打つアレックスに、シンシアは思う。
何も成果ない日も、ちょっとした怪我も、よくわからないことに振り回されるのも、何気ない暮らしの中の一つかもしれないと。
何気ない日々に、アレックスが自分といてくれたらきっともっと楽しくなる。
そう思ったシンシアはアレックスに、今の気持ちを伝えた。
「一緒に学校行きたいね。それから一緒に思い出作りたいね」
「あ、ああ」
どこか上の空なアレックスの返事に、シンシアはアレックスがいつもと様子が違うと感じた。
「アル、顔赤いよ?風邪?早く寝ないと。じゃあ、お休みなさい」
体調の思わしくないアレックスに寝るように促すと、シンシアもベッドに向かった。通話を切ったアレックスは暫く放心状態だった。
何気ない暮らしの中で、シンシアは様々な事を学んでいる。それをアレックスと共有したい。アレックスと一緒に色々な事を経験したい。アレックスと思い出を作りたい。自分の全部を受け止めてくれるアレックスと一緒にいたい。
シンシアがいつかその気持ちに名前を付けるのは何気ない暮らしの中だろう。
*
我に返ったアレックスは、シンシアのふんわりとした笑顔と先程の会話に浸っていた。
「何だ?あの可愛さは……。一緒に思い出作りたいとか、プロポーズだろ!キュンキュンさせないで!しかも今日は着ぐるみ羊パジャマとか、可愛い過ぎだろ!」
タイミングが良いのか悪いのか、ロイはアレックスと目があってしまった。二段ベッドの下で、枕を抱えてゴロゴロ転がりながら悶えるアレックスと。
「ロイ、今俺が死んだら死因はキュン死にしてくれ」
クールなアレックスに戻り、決め台詞を決めるような口調だったが、中身があれでは締まらない。
「あ、うん」
ロイは心底どうでもいい返事をして、明日の授業の準備を始めた。教科書やレポートを鞄に詰めながら思った。アレックスのキャラってこんなだったかなと。
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