表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野良犬と宝石のお姫様  作者: 鶴野江
第2章 新しいページ
22/51

第21話 おねだり①

 冷たい風の吹く晴天の午前、庭で二つの人影が激しくぶつかっている。

 その正体は久しぶりの手合わせをアレックスとシンシアだ。

 シンシアは集中力がピークに達していることに加えて、久しぶりで加減が分かっていないため白熱している。アレックスはシンシアに怪我をさせたくないので、防戦一方で冷静だ。

 シンシアが小柄な体格と素早さを生かしたヒットアンドアウェイで攻めている。一撃を入れては距離を置き、死角に回り込む。

 今度のシンシアはアレックスの左肩を後ろから蹴りにいく。アレックスはそれに反応し、屈んで避ける。その時、シンシアの腕を左腕の掴んで、シンシアを投げた。シンシアは受け身を取り直ぐに立ち上がる。そして、左拳をアレックスに向けた。

 アレックスはシンシアの拳にあるものに気が付いた。

(シシィ、何か持ってない?いや、あのシシィ、見えないからやめて貰えないか)

 アレックスはあえて頬を掠めて、血の臭いでエモノを視た。シンシアの魔法で造り出される透明な武器を。

(刃渡り推定10cm……ナイフか?)

 

 武器を造り出すまで没頭しているシンシアに、アレックスは冷や汗をかく。

 ──集中してやらないと殺されるな……




  

 事の発端は朝食後に遡る。

 食後アレックスがシンシアを庭に連れだしたとき、シンシアがもじもじと恥ずかしそうにアレックスに声をかけた。

「アル……あのね……お願いがあるの?」

 身長差から、自然にシンシアは上目遣いになる。白い頬を赤らめて、深緑の瞳を潤ませて、シンシアがおねだりをしている。アレックスは期待に胸を高鳴らせた。


「何?シシィ」

「手合わせしたいの?ダメ?」

「え?手合わせ?」


 ガッカリとしたアレックスは、オウム返ししか出来なかった。

 シンシアのおねだりは手合わせだった。シンシアらしいが、アレックスとしては雰囲気的にキスがよかった。そんな艶っぽいおねだりをする子ではないのは分かっていたが。

「嫌だった? ごめんね」

 そんなアレックスにシンシアは俯いて小さな声で申し訳なさそうに謝った。

「嫌じゃないよ。いいよ、やろう、ね!」

アレックスはシンシアのそんな顔は見たくない。慌てて、シンシアの両手を握り、シンシアのおねだりを受けた。

「アル、ありがとう」

シンシアはアレックスと久々の手合わせに、満開の笑顔で応えた。


 


 

 ──あんな顔されたら断れない。


 アレックスは恥ずかしそうにおねだりするシンシアと、嬉しそうな笑顔のシンシアを浮かべた。だが、今はシンシアの可愛いらしさに浸る余裕はない。

 蹴りも拳も、振り抜く速度が前世の記憶より速い。背も伸びて手足のリーチも伸びている。前世の感覚では避けるタイミングが変わっている。しかし、もう慣れてきた。

 

 ──右斜め前、手刀か?


 避けたと確信したタイミングだったが、鼻先を掠めた。よく視ると、シンシアの爪の先に仕込んでいるものがある。


 ──ちょっと待て!鉤爪とかヤバイだろう!


 鉤爪を造り出され、アレックスは本気で危機感を感じた。アレックスは懐から仕掛けてきたシンシアの腹部に膝蹴りを入れた。シンシアの動きが鈍った隙に押さえた。


 「取った!」

「う~負けたあ~」

漸くシンシアを大人しくさせたアレックスは、安心感と疲労感と緊張が消えて肩を落とした。シンシアは悔しそうに、頬を膨らませた。

 アレックスはふて腐れ気味なシンシアの手を取り、立たせるとキャシーの声がした。

「アレックス様~、シンシアお嬢様~。紅茶をお入れしました」

 どうやらティータイムのようだ。

「シシィ、休憩しようか?」


* 

 

 シンシアは先程の手合わせに手応えを感じたようだ。拳を突き出しながら、得意気に話し出した。

 「アル、私のパンチ速くなったと思わない?」

「ああ、確かにな」

「枷に繋がれてた時、鎖の重さとかいい具合で振り抜く練習してたんだ、パンチと蹴りね。昔とは違うでしょ?」

「そうだな」

シンシアは牢屋での練習を聞いたアレックスは、呆れてしまった。


 ──あの牢屋でそんなことしてたのか。まあ、らしくていいけど。よく何も言われなかったな。ってか言葉わかんないか、その時は。それにしても、随分上手に話せるようになったな……


 アレックスは現代語が達者になってきたシンシアに色々と言いたかったが、心の内に留めた。


 「アルは体の捌き方がなんとなくあの時と似ているけど、何か違うね」

 シンシアがティーカップを両手で握り、ぎこちなくアレックスに目を向けた。アレックスはシンシアが何を訊きたいのか察した。約400年前の男と自分の関係だと。


 紅茶を飲み終えたアレックスは、クッキーをつまんでいるシンシアに話しを切り出した。

 「俺はシシィの知っている衛兵で騎士学校に行った男の生まれ変わりだ。転生したっていうのかな?あいつが俺の前世で……」

「生まれ変わった?」

シンシアは“生まれ変わり”がどういう意味か、ピンときていない。

「今の俺はアレックスで、あの時のあいつとは違うけど、シシィのことも覚えているし、以前の記憶もある。中身は基本的に俺は俺で…でも変わらないから。本質的なこととか根本的なところとか」

──貴女を想う気持ちは……


「あのお兄さんはいないんだ……」

シンシアが悲しそうな切ない声を零した。




 ──生まれ変わり、やっぱり変わったんだ。今のアルはあの時のお兄さんではなくて、アルで……。あのお兄さんの名前って訊いてない!似ているけど、別人だか? 別人だけど似ているから?



 前世だからといってアリーの面影をアレックスに重ねるのは、失礼かもしれない。二人が同じだと言ってくれたら、納得したかとシンシアは自分に問う。恐らくは納得いかないだろう。アレックスの言う本質的に同じ人間であることは理解出来る。アルの中にあのアリーが見えたからだ。それでもシンシアがモヤモヤしていたのは、最後に会えなかったからだろうか。だが、シンシアはかつて一緒に過ごした少年はもう会えないと分かり、すっきりした。



 俯いたシンシアにアレックスは、彼女が会いたかったのは自分ではないことを痛感した。アリーに会わせあげられなかったことよりも、アレックスとして求められていないことに心が痛んだ。


 「そうだ、あの、アルの前世のお兄さんの名前、教えてくれるかな?」

「え?ああ」

 アレックスは、そういえば教える機会が消えてたなと思い出した。


「いつまでもお兄さんって呼べないから」

「俺もお兄さん呼びはやめたかったからな」

 前世の自分も、シンシアと名前で、愛称で呼び合いたかった。


「お兄さんの名前は?」

「アリー……」

 言わない訳にはいかないアレックスは、観念したように言い捨てた。


「アリーだったの。可愛い名前だね」

「可愛いって。そう言われなくないから黙ってたんだぞ。それにアリーじゃなくてアルって呼んでもらう気でいたからな」

 名前が可愛いはシンシアに言われなかった。しかし今のアレックスの本名は性別不詳ではない。前世(アリー)ほどダメージを受けてない。


「そうだったんだ。あっそうだ。名前で思い出した。私の名前シンシアって、伯父さんから聞いたの。アルはいつ知ったの?」

「そこは内緒」

あっけらかんと話すシンシアに、アレックスは素知らぬ顔で通した。


「むぅ、話してくれてもいいのに」

「その内に話すからな、シシィ」

肝心なことを話してくれないアレックスに、シンシアはむくれる。しかしこんな事が昔もあったなど懐かしくなった。


「アルの私の、それ、シシィって」

「嫌だった?勝手に呼んでごめん」

「ううん。特別な呼び名って嬉しいなって」


 シンシアは、名前を呼んでもらうことは一個人として認めてもらった証だ、と思っている。そしてアレックスから名前ではなく、愛称で呼んでくれる。シンシアという個人を認めたのではなく、それ以上の何かを感じていた。むず痒さのあるような、落ち着くような、暖かい特別な何かを。


 アレックスは頬を赤らめて、控えめに喜びを顕わにしたシンシアに魅入った。


 ──かっ……かーわーあいいー! 可愛い可愛い、真っ赤になると林檎みたい。何この可愛いの!女神か?聖女?妖精?



 こんないじらしい二人を、執事とメイドの夫婦が微笑ましく見守っていた。

アレックスの中身アレックスで、アリー時代は「こんなことあったな」位の感覚です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ