第17話 お姫様のお勉強会
朝食を終えた二人がダイニングでまったりしている。その様子をテーブルから離れた場所で見守る執事とメイドがいた。その二人と目が合ったアレックスは、使用人達の紹介を思い出した。
「シシィ、今からここの使用人の紹介するね。使用人って扱いだけど、実際はこの家を貸してるというか住んでもらって管理頼んでいる感じだから。給料はウチからじゃなくて外でバイトして稼いだのだし。兎に角、紹介するよ」
アレックスはこの家の使用人事情の細かいことは置いて、執事達をテーブルに呼んだ。
因みにシンシアは北部の隣国フィーミリア国の出身という体で執事達に紹介している。
古語の流れの言語が残る国で、赤毛の人間が多い国柄なので誤魔化せただろう。
改めて、アレックスはシンシアの分かる古語と現代語で執事達の紹介を始めた。
「まず、執事のセス。執事のクセに面倒くさがりだからな」
「執事のセスです。シンシアお嬢様。アレックス様、余計なことは言わないで下さい」
契約した業務時間内なので、セスは執事の顔で応えた。
「次、メイドのキャシーね。因みにセスとは夫婦だから。ええと、キャシーはセスとは逆に何でもやってくれるから」
「改めましてキャシーと申します。シンシアお嬢様に誠心誠意お仕え致しますので何なりと」
愛らしいお姫様のようなシンシアに、キャシーは鼻息荒く挨拶した。
「最後にシェフのジェフ。こいつは女好きでチャラいから近づかないでいいよ」
キッチンから出てきた明るい茶髪の男が、ジェフだ。ジェフはシンシアに気を取られて、アレックスの紹介文句は聞いていなかった。
「アレックス、この子がそうなの。ちっちゃい、可愛い。食べたいのある?好きなのは?何でも作るよ」
シンシアに駆けよって来たジェフに
「寄るな、触るな、見るな!」
と本気で牽制した。
「そんな恐い顔するなよ。あ~この嬢ちゃんわかってないな」
不機嫌なアレックスと、目をパチクリしているだけのシンシアを見比べてジェフは満足したようだ。「面白いもの見れたわ」と内心思いながら、後片付けに戻った。
*
ダイニングから出てきたアレックスは、シンシアの腰に手を添えエスコートしている。キュリウスは二人の後を飛んでいる。アレックスはこれから家の中を案内する。
アレックスはシンシアにトイレの使い方、蛍光灯の付け方、蛇口の使い方、台所の使い方などシンシアの時代に無い物の説明をしていった。その度に口をポカンと開けて「魔法なの?」と訊いてくる。
シンシアからみれば、無限に流れる水、指先ひとつで動き出す装置、蝋燭とは違う灯り、絵が動く画面など驚きの連続だ。そんなシンシアの反応が、アレックスは可愛くて可愛くて堪らない。
専門的な解説は無理だが、アレックスの分かる範囲で説明した。これらの全てがシンシアの時代には無かった科学技術であることを。
「魔法じゃなくて科学技術の進歩だよ。魔法は使える奴は凄いこと出来るけど、出来ない奴は使えないからな。科学は知識と技術と材料と根気と時間と、あとは装置とかそれなりの場所があれば誰でも再現可能だから」
アレックスの話にシンシアはうなずく。
「科学の力って凄いね」
「最先端技術は魔法と言われても納得できたりするからな。本当に凄いよ」
現代人でも日々発表される新しい技術に驚くのだから、初めて触れるシンシアはなおのことだろう。
「シシィがいた時代に魔女狩りあったの覚える?」
「聞いたことある」
シンシアはその言葉は噂で聞いていた。しかし、実際に自分の身に迫っていたことや時代の変化に気付くことはなかった。本格的に動き出す前に、眠りについたのだから。
「その時に国から魔女、魔法使いがほとんど出て行った。それでこの国は魔法の恩恵ではなく、科学技術の発展を選んだ。科学は誰でも使える技術だから。今この国で魔法で動く物はない。でも魔法使いは隠れて生きているし、魔法使用許可区とかあるから、魔法はまだ存在はしている。魔法と科学とか国の歴史はこれから勉強していけばいいよ。今の言葉もね」
「勉強することが沢山だね」
アレックスの説明に、シンシアはしみじみと声を零した。
*
リビングに案内されたシンシアは、「暖炉は変わらないんだ」と知っているものを見つけてホッとした。
「言っておくけど、その火はセスの魔法だよ。触っても火傷しないけど、熱いから気をつけて」
「え!?」
──あの執事さん火の魔法使うの?!アル、魔法使いはいないって言ってなかった?
意外にも魔法使いは側にいたようだ。アレックスはシンシアの驚いた表情から、何を言いたいか察した。
「あいつは……と言うか俺の実家はかなりの田舎で、さっき言った魔法使用許可区で、魔法使い沢山いるんだよね。人が踏み込めない辺鄙な場所は、文明の利器も入りにくいから昔ながらの魔法使いがいるんだよ。セスも俺と同じトコの出だから」
アレックスは説明しながら、文明に見放されたど田舎なんだなと、自虐ネタに感じてしまった。
「そうなの?アルも魔法使うの?」
「まあ、出来るのは限られてるけど……」
「そうなんだ」
アレックスは素直に感心しているシンシアに本棚を見せた。そこには赤ちゃん向けの絵本から現代語辞典、古語辞典、歴史本、地図、計算問集、理工系専門書、医学書、自然科学のデータ集や図鑑まで揃えてあった。更に小さな机と筆記用具一式と、勉強スペースが用意されていた。
「ア、アル?これは?」
「これは全部シシィの為に用意したんだ。好きそうだろうなって思うの買っといた。気に入った?」
「凄い。高くなかった?お金大丈夫だった?無理してない?」
「そんなことは気にしないでいいの。兎に角、まずは言葉を覚えようか」
実は、アレックスはバイト代で足りない部分を、かなり無理して両親や祖父に小遣いを出してもらっていた。買ってきた本が真面目な本だから許されていた。アレックスはシンシアにそんなことの心配を忘れて貰う為、赤ちゃん向けの絵本を取り出した。
「簡単な挨拶とか、野菜、果物、動物、数とか絵と一緒に覚えられるよ」
「ホントだ」
アレックスの目論見通り、シンシアの意識は絵本に移った。現代語を覚えないといけないシンシアはやる気十分だ。
アレックスはそんなシンシアと机に並んで座り勉強を始めた。アレックスが隣で読み上げ、シンシアはそれを真似して発音を覚える。そんな勉強を昼食を挟んで夕方まで続けていた。その成果は上々で、シンシアは日常生活で使う単語ならほぼ覚えた。
「覚えるの早いな」
「普通だと思うです?私は本一冊の文字列を頭に覚えるなら、紅茶一杯飲む時間でやりました。それから、繰り返し思い出したりで、内容をわからせてましたぞ?」
「ああ……そうだったな」
アレックスは前世でシンシアから聞いたことを思い出した。本一冊分を瞬間的に脳裏に焼き付ける驚異的な集中力と記憶力を。
アレックスはたどたどしい話し方だが、着実に現代語に適応してきたシンシアに、納得出来た。
アレックスは、一生懸命に幼児向けの絵本をキュリウスに読み聞かせしているシンシアを、温かい眼差しで見つめる。ふと、シンシアの赤い髪に映える白い薔薇の髪留めに気付き目を細めた。アレックスは、丁寧に梳かされた髪を後ろで留めている薔薇に触れながらシンシアに訊いた。
「これ、気に入ってくれた?」
「……うん」
シンシアはアレックスの視線と、彼の手が触れている物を察し、恥ずかしいようなむず痒いような気分になった。
「そう、よかった」
満更でもなさそうなシンシアにアレックスはにやける。
──可愛いな、本当に可愛いな。
これが日常になるんだ、とアレックスは心を弾ませながら、シンシアを見つめ続けた。
シンシアがいると説明パートが自然に増える。
ポケモンでお馴染み、科学の力ってスゲーを使いたかった。




