第12話 気になるあの子②
アレックスの回想
一悶着あったがアレックスは寮内会議に連れて行かれた後、食料調達に学園周辺の商店街へ行ったり、レポート作成と学生らしく過ごしていた。
*
寮の自室、アレックスは窓から、西に傾き出した上弦の月を眺めていた。いつだって気になるお姫様。お姫様を想いながら、腐れ縁になりつつある同室の男に訊いた。
「なあ、ロイ…気になる子っているか?」
「え?気になるって?アレックス、君、何?マジなの?」
「なんだよ、そのリアクションは?」
ロイの今までにない食い付き方に、アレックスは驚き過ぎだろ?と言いかけた。
ロイにとっては天変地異が起きた位の衝撃であった。その振りは大抵恋バナである。他人に一切興味を示さないアレックスの恋バナに興味津々だ。
「気になるでしょ?アレックス、君、本当に好きなの子いるの?」
「なんで俺なんだよ?ってかなんでニヤニヤしてんだよ?」
「今の流れ的にそうでしょ?アレックス、君、初恋?で、どんな感じの子?学校にいるの?どこの寮?」
ロイのニヤニヤがしつこくなりそうなので、アレックスは自棄っぱちでぼそっと答えた。
「…お姫様」
「えっ?お姫様?じゃあ何?アレックス、君は王子様かい?」
「もういいだろ?」
アレックスはロイを振り切るように、シャワールームへ移動した。
──好き?恋?
近いような違うような……もっと深いような…。なんだろう?あのお姫様への感情は?
冷たいシャワーを浴びながら、アレックスは連れ帰ることができなかったお姫様を想う。
──前世の記憶より背が伸びたか?それでもあんなに小さいとは思わなかった。
抱きしめた小さな体。繋いだ冷たい小さな手。今度は絶対に放さない!
*
シャワールームから出たアレックスは、月を眺め、今世での出会いを思い出していた。
アレックスは獣の耳の尻尾を持って産まれた、獣人と称される存在である。
獣人は数多の奇跡を起こした聖女と聖獣の子孫であり、特別な存在とされている。そのため、獣人の特徴を持つアレックスを神聖視されるか、あるいは忌避されるか懸念された。
このことを知る人間は限られていたはずだか、噂が瞬く間に広がった。
そんな中、アレックスが5歳の時、両親が亡くなった。町の親戚達は獣人のアレックスを引き取ることに難色を示していた。そこで名乗り出たのが城主の家系、ウォルフワルト家であった。
あの家が引き取ったことで、町に流れていた噂に信憑性が増した。
アレックスは初代城主“白銀の狼”の先祖帰りで、次期城主になると。ウォルフワルト家の跡取りになると。
他の地域との出入りの乏しい山奥の田舎だからこそ、代々受け継がれる血筋を尊ぶ。まして多数逸話のある初代への信仰心は厚い。
そんな田舎の事情故に町の人間、とりわけ年配者から先祖帰りと持て囃され、崇められた。その眼差しがアレックスの精神を蝕む。
その日からアレックスと町人達の距離が生まれた。
「子供には次期城主だから仲良くしなさい」と肩書きで仲良くさせた。
「教師はこんなことも出来ないのか」と厳しくなった。
大人は媚びる態度になった。
何をするにも次期城主という文句が付いて居心地が悪い。
アレックスは何を護ることに憧れはあった。しかし、肩書きだけ、しかもまだ決まった訳でも無いものに、そこが求められている。その立場になるから護れでは護りたくなくなる。両親が亡くなったのも、町人達が画策したのではと疑っていた時期もあった。
そもそも現代ではあの城は、町人達に開放しているが、ただの住居であって城主はただの家主だ。昔と時代は違い、あの城に住んでも政治的権限は何も無い!領主でもない。特別な人間になる訳が無いだろ?継ぐ人間がいなくてなったら町で管理するか廃墟なるだけだ。ただデカくて目立つだけの屋敷だぞ。町の大人は何を期待しているんだ?
ただの見世物にしたいだけか!
ウォルフワルト家の家族は城を継げとは一言も言わない。継ぎたいならそれでいい、嫌なら嫌でいいと。家名を捨てるのも自由だと。
本当にそう思っているだろうが、色々と拗らせたアレックスは素直に受け取れないでいた。
町での居心地が悪くなっていたアレックスは町の近くの森、通称“狼の森”の奥に入り浸るようになった。
そこに煩わしいものは何も無い。自分ひとりの空間がある。小鳥のさえずり、風で枝が擦れる音、葉が揺れる音、狼の遠吠え、獣が枝を踏む音、風の音。アレックスは自然の中にいることで自分でいられた。
初夏のある時、その日もいつものように一人で森を歩いていた。するとアレックスは何かに呼ばれたような気がした。
「狼?違うな、野良犬の鳴き声か?」
狼の群は目立つ。群から外れた一匹狼でも目立つ。野良犬なら誰も気にならない。
しかし、ここは狼の森である。野良犬の方が珍しい。
森には強力な結界が張られている為、奥へは行けないとされている。しかしアレックスは何の障害も無く進んで行けた。導かれるように歩みを進めて行く。アレックスは森の奥へ行きながら、この町の伝承を思いだしていた。
『初代城主はこのに森に住んでいた白銀の狼で、赤い髪の乙女に恋をし、魔法使いに頼み人間にして貰い結ばれた』
『森の奥には城主の娘、赤い髪のお姫様が狼から城を護るため眠りについた』
城に纏わる話は散々聞かされた。どこまでが本当かは判らない。絵本「宝石のお姫様」はこの森で眠るお姫様がモデルとされているが、創作の域の出ないだろう。
アレックスはあの場所に行くまでそう思っていた。だが、森の奥では実際に、確かに、現実にお姫様が眠っていた。
「キレー…絵本で見たのと同じだ。この人がお姫様?」
神秘的で神々しい光景に息を呑んだ。木漏れ日の中、絵本の世界が芸術作品のように再現されていた。宝石の中で眠るお姫様にどれ程見惚れていたのだろうか。時間が止まったかのような感覚になった。目が離せずに動けずにいた。
それから毎日アレックスはお姫様の元へ通うようになった。
何でここにいるのか?
お姫様の周りのは何なのか?
硬いけど壊せるか?
溶かせるか?
いつからかいるのか?
あの伝承はどこまでが本当なのか?
最初はこういったことばかり訊いていた。
お姫様はいつまで経っても答えてくれないので、次第に日頃の不満を零すようになった。
「あの連中、俺のこと次期城主、城主って。俺の名前、城主じゃねーのによ。なあお前、聞いてるか?いつまで寝てんだ?まあ、いいや。兎に角聞いてくれ───」
あの町人達の前で家族には言いたくないことをここでは言えた。誰かに聞いて欲しかったが、家族や町人達には聞かれたくはないことばかり。お姫様が本当に聞こえているか判らないからこそ言えた。お姫様からは何も返ってこないが、それがむしろ良かった。
アレックスにとって、お姫様の隣は居心地が良い場所になった。
通い始めは好奇心から来る“気になる”だった。だがアレックスの身長がお姫様を超えた頃、魔法学園入学した辺りから、その“気になる”が別の意味に変わっていた。
学校帰りに制服姿で来ては、「今日はこんな授業があったよ」、「図書館で調べてたけどわかんないな」など学校のことを話すように変わった。
そして、お姫様に訊きたいことにも変化が起きた。
瞳はどんな色なのか?
どんな声なのか?
何が好きなのか?
このお姫様はどんな子なのか、ひとりの女の子としてはどんな子なのか、気になってきた。
二人でここから出た時、町人達に見つかったら色々と言われるだろう。そうアレックスは思っている。初代城主の生まれ代わりに初代のお姫様だ。騒ぐなと言うことに無理がある。
──俺は初代城主みたいな大仰な狼じゃなくて、その辺の野良犬扱いでいいのに。俺と結婚とか言われるのか?結婚相手は好きになった人が良いよな?この子が好きになった奴……!想像したら殺意が湧いてきた。そんな奴がいたら灰にしたい。何一つ残さず焼き尽くしたい。
このお姫様は俺の……俺の……何だ?
アレックスにとってお姫様は何なのか?分からない。今解っているのは側にいて安らぐ存在で、気になる女の子ということだ。
お姫様が目覚めたら分かるのだろうか?
お姫様を起こす方法は?
絵本でよくあるのが“王子様の口付けでお姫様が目を覚ます”だ。
「口付けたら目を覚ますのか?」
このお姫様にキス………!
想像したら体温が急速に上昇していく。顔が体が熱い。上限無く熱くなる。
「いつか貴女が目覚めたら……手を繋いで歩きたい。寒いなら温めてあげたい。笑顔がみたい。いつも俺のくだらない話聞いてくれてありがとう。たまには本当の貴女のことが知りたい。俺のことを何も知らないから、偏見も先入観無しで見てくれるよね?」
そう呟いた時、何がアレックスの心の中に入り込んだ。何物かが魂の隣居座りだした。
──誰だ?俺の中に来たのは?勝手に入んなよ!
更に一方的に流し込まれた在りし日のお姫様の映像。目線の高さからあいつだとすぐに分かった。
全て思い出した。あの少女が独りで寂しそうに泣く姿、愛されたいと願う姿、そして自分の前世の日々を
いきなり居座ってきた奴よりも、お姫様に涙が止まらなかった。今すぐお姫様を抱きしめたかった。
──何で忘れてたんだ!
「名前呼べば起きるか?そういえば俺の名前まだだったな。今の俺はアレクサンダー。周りはアレックスって呼んでる。貴女には、そうだ、アル。アルって呼んでくれ。貴女だけの特別な呼び名。いつか呼んでくれ・・・・」
*
──前世ではお姫様の騎士になりたかったけど、今は王子様か……。お姫様の側に居られるなら何でもいい。
月を見るとあのお姫様が恋しくなる……。
前世の時から現在も、アレックスはあのお姫様が気になって仕方が無い。




