8…カガリー辺境伯邸にて④純粋な称賛を
「何かの魔術か呪術だな。大した事ねーけど、数が多すぎる」
話をしながら、サイラスは次々と斬っている。
「兄さまは気付いてるかな?」
リリアナも同様に剣を振るいながら、状況の把握をし始めた。
「すぐ来るだろっ。気ぃ抜くなよ」
「わかってる! エリィ姉さまには近寄らせないようにするわよ!」
あ、やっぱり。
誰が見ても分かる。
私でもわかるわ……私が標的って。
さっきから、私の方にしか向かって来ないの。
どうして?
誰が?
本当に全然分からない。
とにかく数が多く、リリアナとサイラスがさばききれなくなってきた時、1つの呪物を取り逃がしてしまった。
「エリィ姉さま!!」
逃げなきゃ。でも、速すぎてっ
エリーゼがもうダメだと目を閉じようとした時、目の前に一瞬で人影が現れ、エリーゼを狙っていた物を斬り捨てた。
その光景が、何かと重なった。
目を見開いたまま、エリーゼは動けない。
今助かったことに安心したのもあるけれど、よく分からない感情があふれてくることにエリーゼは戸惑ってしまい、どうしたら良いか分からないでいる。
え、何?
でも見たことがあるような。
今まで、こんな危機に遭ったことなんて無かったはずなのに。
「遅くなりました。大丈夫ですか?」
剣を持っているロイドが振り返ると、エリーゼはポロポロと涙が落ちていくのを止められなくなっているところだった。
エリーゼと目が合ったロイドは、一瞬目を見開いてエリーゼに触れそうになったけれど、何とか止めた。
すぐに、ジュークとアリストが来たことに気付くと、指示を出し始めた。
「ジューク、少しで良い、動きを封じれるか? アリスト、捕縛準備を。リリアナ、サイラス! 今のうちに来い。今度は近くで確実に守れ」
双子にエリーゼを任せて、ロイドは呪物の大群の方へと向かっていった。
「アリスト、ジューク、呪術だ」
呪術という言葉を聞いて、ジュークもアリストも顔色が変わり、それぞれの戦闘態勢に入った。
ジュークはそう言うと呪物を外へ逃さないように空間魔法で結界を施した。
「いつでも良いよ」
その中にあるおびただしい数の呪物を全て、ロイドは難なく見事に斬り落としていく。
そして、剣を振り回しながら何かを探し始めた。
「アリスト、媒介は見つかったか?」
「ああ、物でなく、人のようだ。方向は分かるが、細かい場所の特定をしている」
「人? 媒介物は人でもいけんのか」
ロイドが驚いて聞き返すと、ジュークも驚きの顔でアリストを見た。
「僕も初めてだ。でも動物がいけるなら……」
心配そうにロイドたちを見守っているエリーゼを、リリアナとサイラスが盾になりながら様子をうかがっている。
「兄さまは絶対に大丈夫」
エリーゼが安心するように、リリアナは笑顔で伝えた。
「とりあえず、俺らから離れずいてくれると助かる」
サイラスとリリアナでエリーゼを挟むように位置取りをして剣を構えてくれているので、エリーゼは祈るように手を握りしめてうなずいた。
溜まっていた涙が少し落ちてしまったけれど。
泣いてちゃダメ。
とにかく動かず、邪魔にならないようにしなきゃ。
「あそこだ」
そう小声でアリストが言い、茂みへ指さすと刹那、ロイドが魔法で火を放ち、ジュークがそれに風を当てて大きな炎にした。
叫び声を上げながら1人の異国の男が走り去ろうとしている。
それをロイドが追い掛け剣で足の動きを封じ、ジュークが風魔法で創った球体の空間に閉じ込め、アリストの捕縛魔法で捕らえることができた。
そして、ロイドがブツブツとつぶやきながら男を蹴り上げて「反呪完了」と言うのを、ジュークてアリストがあきれた顔で見ている。
「え、何この素晴らしい連携プレー」
掛け声が1つもなかったわ。
昨日今日でできるような業ではないわよね。
学園の授業で?
そんな授業あるのかしら。
あっけに取られているエリーゼに、アリストが笑顔で手を振っている。
男の牢への移送と皇城への連絡があるからと、今しがたやって来たカガリー辺境伯と去っていった。
「お陰で助かりました。やっぱり、お強いですね」
辺境伯家ということで、強いのだろうとエリーゼは思ってはいたけれど、3人の戦う姿が美しくて、特にロイドが別格で見入ってしまった。
エリーゼは少し頬を赤らめて、照れくさそうに笑った。
ロイドは口をぐっと閉じて、呼吸を整えてからエリーゼに「ありがとう」とお礼を言ったのだが。
「私は努力して力を得ました。双子は私より才能があるので、鍛えたら私よりもっと強くなりますよ」
剣を振って鞘に納めながら、ロイドが説明してくれているのだけど。
ロイドの後方でドン引きしながら全力で首を振っている双子たちが見えたので、エリーゼはふふっと笑ってロイドを見た。
「ロイドさんは勿論、3人ともカッコよかったです。カガリー辺境伯家の護りは盤石ですね」
屈託のない笑顔のエリーゼが心からの称賛をするものだから、ロイドも後にいるリリアナもサイラスも目を大きくしてエリーゼから視線を外せなくなっている。
「エリィ、人たらしはそこまでだよ」
ジュークがはいはいとエリーゼを押して誘導しながら邸宅へ戻っていく。
カガリー辺境伯家の子どもたちは立ち尽くして、2人の姿が小さくなるのを見ているだけだった。
称賛なんて今までいくらでも受けてきた。
でも、こんなに裏のないものは初めてだ。
向こうの方でエリーゼが「入ろう」と手を振ってきている。
ジュークに押されて、困った顔で笑いながらもエリーゼは最後までこちらを見ていたけれど、邸宅内に入っていってしまった。
その姿がいつもより可愛く美しく見えて、3人の目はまだエリーゼが入っていった扉を見ている。
「エリィが婚約者とか良いなぁ……兄さまをうらやましいと思うなんて初めてだ。あ、まだ候補か」
ボーっと油断していたサイラスが、こんな静寂な場面で小さくだが確かに声に出してしまった。
心の中で押し留めておくべきだったと気付いても、もう遅い。
サイラスが我に返って後悔した時には、もう喉元にロイドの剣先が付けられていた。
「ちょ、兄さま?! 5才下にマジになんなよ!!」
サイラスは手を上げて、焦って後退りしている。
「エリィは俺のことをすっかり忘れてんだ。余裕なんてねーんだよ。俺はまだ、エリィともエリーゼとも呼べてねぇ! 呪物取り逃がしてエリィを危険な目に遭わせやがって。鍛えてやるから、剣抜け」
もう八つ当たりにしか聞こえない言葉たちを吐きながら、目のすわったロイドがサイラスを追い詰めていく。
「泣き顔のエリーゼが可愛いすぎた」
そんなことを言いながら、ロイドはサイラスを追っていく。
兄の八つ当たりと開き直りを見たリリアナは、何て格好悪いんだとあきれてため息をつくしかない。
エリーゼに心奪われる男なんて山ほどだろうから、心中穏やかでないのも分からなくもないと同情もしているけれど。
「学園が男女別で良かったね、兄さま」
「本当それな」
ついつい乗っかって言ってしまうサイラスもサイラスだ。
「サイラス、お前は黙って剣を抜け」
サイラスは全速力で邸宅にいるエリーゼのもとへ逃げていった。
ロイドが唯一おとなしくなるだろう場所へ。




