閑話休題5〜その後(sideアリア)
扉をノックする音がしたので、ミロウ侯爵夫人は緊張ぎみに「どうぞ」と言いながら、振り返った。
「こんにちは」
遠慮ぎみに部屋へ入ってきたのは、アリアだ。
「いらっしゃい」
ミロウ侯爵夫人は嬉しそうに笑顔で迎えたけれど、はたと立ち止まった。
「馬車で、来たのよね? 大丈夫だったの?」
心配そうに小走りで近寄ってくるミロウ侯爵夫人に、アリアは申し訳なさそうな顔をして、うなずいた。
「もう安定しているし、夫が馬車に揺れがないように付与魔法を施すようにしてくれたから」
アリアのお腹が大きく、妊婦であることが一目で分かったのだ。
以前よりも痩せていて、ツワリが重かったであろうことも見て取れた。
「教えてくれたら、それ相応の準備をさせたのに」
「事前に伝えたら、心配症のお父様が家から出るな来るなとか言いそうでしょ」
確かに、と思いながら、ミロウ侯爵夫人は苦笑いで応えた。
その後すぐに「アリアの部屋を、物やレイアウトをそれ相応に変えなきゃ」と、従者たちに指示をし始めた。
アリアはソファにクッションを何個も置かれて、快適に座らされている。
何かあってはならないと、アリアの隣にミロウ侯爵夫人がアリアの方を向いて座っている。
長子に起こることは、親にとっても全てが初めての経験なので、ミロウ侯爵夫人もアリアにはそれなりに過保護なのだ。
「アリア、本当におめでとう。良かったわね」
祝いの言葉を嬉しそうに聞いて、アリアは含みのある顔をミロウ侯爵夫人に向けた。
「あら、お母様は気付いてないわね? お母様の初産と同じ年齢で、私も初めての出産なのよ……私も、お母様みたいに、エリーゼのような可愛い子を、産めるかしら」
涙目になりながらのアリアからの思わぬ言葉を聞き、ミロウ侯爵夫人は涙をポロポロと落としながらアリアの手を握った。
「アリア、ありがとう」
笑顔のアリアの頬を、涙がコロコロと落ちていく。
「私を、おばあちゃんにしてくれるのね」
嬉しそうな笑顔のミロウ侯爵夫人は、話をしている間ずっとアリアの手を取ったままだった。
「いつもアリアは、私に素晴らしい経験をさせてくれるわ。生まれてきてくれて、ありがとう。赤ちゃんは、きっと可愛いわ」
アリアはそっとミロウ侯爵夫人に抱きついた。
この日を、この時を、決して忘れないと思いながら。
◇
アリアが、お腹に片手を添えて、もう片方で花を持ち、ミロウ侯爵邸の敷地内にあるマフィスの豪華な墓前に立っている。
「母様、かなりの歪み具合だったけれど、愛情をありがとう」
愛した男の子どもなだけあって、マフィスはアリアを非常に愛していたのだ。
呪術者の継承を契機に、アリアは母親の記憶をのぞくことになり、形は変わってはいたが、自分は愛されていたことを知ることができた。
思春期は、それすらも嫌悪だったのだが。
「安心して。私はきっと大丈夫よ……貴方のようにならないわ」
墓にそっと花を添えて、スッキリした顔をしたアリアが笑った。
「私は、子どもを真っ直ぐ愛してみるわ。その方法しか、知らないの」
すると、あちらの方から足音と声が聞こえてきた。
「お姉様!」
アリアの可愛い妹のエリーゼが、手を振りながら走っている。
「お久しぶりです! お腹に赤ちゃんがいるのね。おめでとうございます」
性別はどちらか聞いてくるエリーゼに、まだ分からないと答えながら、アリアは幸せそうに、エリーゼの乱れた髪を整えている。
エリーゼが照れくさそうに、アリアを見ながらお礼を言い、アリアのお腹を見た。
「お体に保護魔法と回復魔法をかけても、良いですか?」
そう言われて、アリアはエリーゼがそういえば聖魔法を使えることを思い出した。
「あら、嬉しいわ。ありがとう、可愛いエリーゼ」
アリアはすっかり笑顔で、エリーゼの頬に触れて抱きしめて応えた。
もう近付いても大丈夫だと分かってからは、エリーゼへの溺愛を隠さず、ひたすらに可愛がっている。
毎月のようにエリーゼに会うためにミロウ侯爵家へ帰省するため、カイヤ伯爵がとても寂しがっているらしい。
エリーゼの婚約者についても、自分の知らないところで決まっていたのが、実は不本意だったアリア。
文武両道で有名なハイスペ男子だけれど、ジュークから聞いたイヤリングの件は、やはり気に入らなかった。
エリーゼも気付きながらも付けていると分かってからは、尚更だ。
だから、ロイドに面と向かって出会った時に言ってしまったのだ。
「エリーゼの自由を奪ったら、呪うわよ」
ロイドがピシッと、アリアに挨拶のお辞儀をしている途中のことだった。
目がすわっているアリアは、持ち前の妖艶さが相まって非常に恐ろしく見えたとか。
すぐに、ダークジョークにも程があると、ジュークに突っ込まれたけれど。
◇
魔法をかけ終わっても、何か言いたそうなエリーゼが、アリアの顔色をうかがっている。
それが気になって、アリアはエリーゼの顔をのぞき込んだ。
「あ、あの、お姉様……今度、ご体調の良い時に、一緒にカフェに行きませんか? ミロウ侯爵家から近い街に、エレスクレールという、人気のサロンの姉妹店ができたの」
アリアはキョトンとして聞いた後、にっこりと妖艶に笑い、得意そうな顔になった。
「それは、私が経営してる店だわ。ちなみに、エレスクレールとは、シンドア国の言葉で"エリィのお菓子"という意味なのよ」
驚いたエリーゼは、ただアリアを見ているだけだ。
「今度と言わず、今から行きましょう。まだお昼過ぎだから、ティータイムにちょうど良いわ。特別室に招待するわよ? ジュークは学園にいるのよね、また誘いましょう」
エリーゼは目を大きくして、興奮ぎみに手を握りしめて喜んだ。
「私のお姉様は、格好良い!!」
嬉しそうな困り顔のアリアが、エリーゼの頬を両手で挟んだ。
「何言ってるの? 私のエリーゼが、世界で1番ハイスペで可愛くて格好良いのよ」
エリーゼもアリアも、幸せそうに笑っている。
「行きましょう」
アリアがエリーゼの手を取り、仲良し姉妹は手を繋いで馬車へ向かった。




