閑話休題4〜雨降って地固まる
「私の気が済むまで、ロイと、会いたくない」
ミロウ侯爵家の夕食時に、突然のエリーゼの発言で、両親は驚いて目が落ちそうなくらい見開いている。
今まで、誰かに会いたくない等のネガティブな発言を、エリーゼはしたことが無かった。
もちろん、想い人のロイドに対しては言わずもがな、ポジティブな言葉しか聞いたことがなかったのに。
幼い頃のエリーゼなんて、ロイドが大好きで大好きで、抑えきれないくらいの気持ちがあふれていたのに。
「何でまた」
ミロウ侯爵が心配そうに尋ねるけれど、エリーゼは頑なに口を開かない。
それを見かねたジュークが、気まずそうに説明を始めた。
「あのー、今日、街で、ロイドを見て。あの、絶対、仕事だと思うんだけど、えっと、女性に見える人と、腕を組んで、歩いていたように、見えたんだよねぇ……」
「目をそらされたの。だから、会いたくないの」
「……父様に任せなさい」
笑顔でキレている父親を見て、ジュークは背筋が凍り、もうロイドは金輪際エリーゼに会わせてもらえないかもしれないと、真剣に心配したとか。
ロイドが浮気まがいなことをするはずがないと、ジュークは分かっている。
きっとエリーゼも分かっているだろう。
しかし、ミロウ侯爵を巻き込むことを選ぶなんて、エリーゼが相当ご立腹であろうことも理解できた。
皇国警備隊からカガリー辺境伯に依頼が来た仕事を、卒業して辺境伯教育を受けていたロイドが下請けさせられたのだが。
女装した小柄の男性と、賭博場への潜入捜査に駆り出されるというものだった。
なかなかの大物狙いのため、機密事項になるので他言は禁止されていると説明を受けたロイド。
クソ真面目に、誰にも何も言うことなく、任務にあたってしまったのだ。
賭博場は夜間の潜入になるけれど、参加するための条件をクリアするため、昼間も、その女装した男性と街を歩いていた。
それを見てしまったエリーゼとジューク。
エリーゼはロイドと目があったはずなのに、目をそらされてしまった。
人生で初めてかもしれない衝撃を受けたのだ。
目を大きくしたのは一瞬だった。
「……へぇ?」
エリーゼの目がすわって、まるでゴミを見るかのようなそれに、ジュークの心臓がヒュッと止まった気がした。
その瞬間、エリーゼはイヤリングを自分の耳からもぎ取り、震えるジュークに乱暴に渡した。
◇
ジュークが深い深いため息をついた。
「僕からどうにかしようとしないで。聞かないよ。傷付けたのは事実なんだから。直接エリィに説明してよ。あと、父様、怒ったら僕なんかより恐いからね」
ロイドがジュークに説明しようとすると、言葉を遮られ、早口で返されてしまったところだ。
「ミロウ侯爵……絶対恐えよな。でもその前に、エリィに会えねーと話にならねぇんだよな」
頭を抱えてうなだれているロイドを、ジュークは冷ややかに見ている。
「明日、エリィが出かけるよ。一緒に行く? もしかしたら会えるかもしれない」
それは、エリーゼが他の男性とお茶をする用事だった。
貴族用の高級カフェで、隣国の皇太子とお茶をしながら談笑している。
ぼう然とするロイドの両隣には、ジュークとアリストが座っている。
「……何でアリストも双子も来てんだ。暇か」
やっとロイドが言葉を発した。
「あちらからの要望なんだけど、僕がエリーゼに依頼したからね。エリィは隠しててもモテるね。それに、面白そうだから」
アリストが含み笑いをしながら視線をやると、ロイドが屍のように机に突っ伏している。
ジュークがため息をついて、双子を紹介するように丁寧に手を向けた。
「リリアナとサイラスは、何かあった時のために僕が呼んだよ。唯一、ロイドを止められそうだから」
双子は何とも言えない顔で、兄の打ちのめされている姿を眺めている。
「……エリィは、何で笑ってんだ」
「楽しいんじゃない」
「俺は会ってさえもらえないのに」
そう、ロイドはあれから2週間ほどエリーゼに会えていない。
「自業自得だよ。そこにエリィが行かないようにするとか、こっそり説明しとくとか、根回ししとけよ」
ジュークがあきれすぎて、口が悪くなっている。
「愚かだな」
アリストにも一蹴されて、ロイドは言葉が出ない。
2週間も自分に向けられていないエリーゼの笑顔が、他の男に向けられているのを見る、そんな苦痛をただ耐えるしかない時間になっている。
「もう……泣きそうだ」
「やめてよ?! 恥ずかしいから」
とっさにジュークが突っ込んだけれど。
今まで見たこともない情けない姿の兄を見て、リリアナとサイラスはドン引きして口が開いたままだ。
「終わったみたいだな。じゃあね、僕は皇太子同士で仲良く皇城に帰るよ」
アリストは愉快そうに手を上げて挨拶をしてから、護衛を連れて、隣国の皇太子と共にさっさとお店から出ていってしまった。
「僕も、エリィに見つからないように帰るね」
浮上しないロイドと取り残されてしまった、リリアナとサイラス。
目を合わせて、とりあえずエリーゼのもとへ行こうと、お互いうなずいた。
サイラスはロイドを引っ張って、リリアナはエリーゼに声をかけるために急いだ。
「私、仕事だろうって分かったわ。あ、男性だとは知らなかったけど。そんなの、どっちでも良いの。目をそらしたでしょう? 最初は腹が立ったの。でも、それ以上にすごく悲しかったの。すごく」
エリーゼをリリアナが説得して、ロイドと会わせたのだが。
小さくなっているロイドが、全く言葉を出さず黙っているので、気まずい沈黙が流れた。
そこで、エリーゼが少しずつ話し始めたところだ。
「それで……アリスに言われたの。やり返してやりなって。外交の手伝いをしてって」
どんどん言葉が出てくることに、エリーゼも自分に戸惑いながら、それでも言葉を止めることができない。
「でも、全く楽しくなかった。悲しさが減るわけでもない。心が微塵も軽くならないの」
言葉も涙もあふれて、エリーゼはどう止まったら良いか分からないまま、真っ直ぐロイドを見ている。
「どうすれば良いか、分からない。悔しい」
リリアナが悲しそうに、嗚咽するエリーゼに抱きついている。
「エリィ姉さま、兄さまがごめんなさい」
すると、サイラスまでがエリーゼとリリアナをまとめて抱きしめて、ロイドをにらんだ。
「兄さまが悪い。エリィを泣かすのは、許さない」
ロイドはため息をついて、うつむいている。
「ああ、悪かった」
素直に自分たちに謝ってくるロイドを、リリアナとサイラスは驚がくしながら見ている。
そんな双子をエリーゼから引き離し、ロイドはエリーゼをふわりと抱きかかえて「お前ら先帰ってろ」と早足で去っていった。
エリーゼが顔を伏せて泣きじゃくるのを気遣いながらも、ロイドが迷いなく歩いていく。
「ロイのバカ」
「うん、ごめん」
「大好きなのに。何で目をそらしたの」
「本当に悪かった。どうしたら良いか分からなくて。ごめん」
「どうやっても、嫌いになれなかったの」
「頼むから嫌いにならないでくれ。エリィに嫌われた世界なんて、生きていても意味がない」
「悔しい」
「ごめん」
やっとロイドが止まったけれど、抱きかかえられたままなので、不思議に思ったエリーゼは顔を上げた。
皇城の城下から少し離れた、高台にある教会だ。
見晴らしもよくて、風も気持ち良い。
「ずっと、どうやって謝ろうかって考えてた」
数日前のことだ。
確かに機密事項ではあったが、その事を伝えた上でエリーゼに説明くらいしとけと、父のカガリー辺境伯にも、ため息交じりのお小言をもらってしまった。
どうやら、カガリー辺境伯にもミロウ侯爵から苦情が入ったらしい。
「エリィには、今度から全て説明して任務にあたる」
「勉強なんて、すれば良いだけだった。父様に言葉遣い直せって言われて、それもとりあえずは何とかなってる。でも人付き合いは、直ぐどうこうできない。これから、また何かやらかすかもしれない……」
ロイドはやっと、エリーゼをふわりと着地させた。
「それでも、エリィが俺の1番大切なとこにいるのは変わらない」
「私もロイが、1番なの……言葉遣い直してるの? 私はロイの話し方好きだけど」
残念そうにエリーゼが言うと、ロイドは困った顔になる。
「直さないと婚約はしても結婚式はさせねーって言われて……父様に。まだ勝てね、勝てないから、言うこと聞くしかない」
エリーゼはくすくす笑いながら、ロイドを見上げた。
「人前ではきちんとできてるわ。私と2人の時は、いつも通りで大丈夫よ」
「……今から、謝るからな」
ロイドはひざまずいて、ポケットから小さな箱を取り出した。
「今回のことは、本当に悪かったと思ってる。エリィが好きなんだ。俺の婚約者に、なっていただけますか」
ロイドがその箱を開けると、美しく輝く宝石がついた指輪が鎮座していた。
「色が……きれいね」
「あー、見せてないけど、ジュークに話をしたら、独占欲の固まりだって言われたな」
ジュークが思いっきりドン引きしていたことに、もちろんロイドは全く気付いていなかったけれど。
ロイドの瞳の色の大きめの宝石の周りに、エリーゼの瞳の色の宝石が散りばめてある。
エリーゼは照れくさそうに、そっとロイドの前に手を出した。
「お受けいたします」
ロイドが緊張しながら、指輪をエリーゼの指にはめる。
頑張って困り顔を作っているエリーゼだったけれど、やっぱり嬉しさを隠しきれない顔になって、指に光るそれをロイドに見せた。
「本当に悪かった! 土下座しようか」
「恥ずかしいから、やめて?!」
信じられないという顔で、エリーゼは悲鳴に似た叫びを上げて、ロイドを止めた。
ひざまずいていたロイドは、そのまま本当に土下座しようとしていたのだ。
「それより……」
エリーゼがロイドに向けて手を広げたので、ロイドは優しくエリーゼを抱きしめて、もう一度謝った。
そして、初めての言葉を贈った。
エリーゼが号泣してしまうなんて、思いもせず。
心からの言葉を。
「エリィ、愛してる」




