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閑話休題3〜うちの可愛いお嫁さん(sideカガリー辺境伯夫人)

 初めてエリーゼとロイドが出会った日。

 ブランコに乗ってにこにこ笑うエリーゼを、無表情のロイドが押している。


 2人の様子を見ながら、両親たちは庭園の木陰に用意されたテーブルと椅子のもとへ行き、席についた。


 カガリー辺境伯夫人が一口お茶を飲み、悲しそうにため息をついて話し始めた。


「最初に付けた乳母が……良くなくて。気付けなかった私のせいなんですが」


 それを聞いて、すぐカガリー辺境伯も口を開いた。


「僕もだ。いや、皆、気付けていなかった」



 その乳母は、カガリー辺境伯家の人たちの前では朗らかな良い人柄で、安心して任せていたのだが。


 人前では笑顔を見せるが、基本はロイドの衣食住を整えるのみ。

 その他のことはロイドをほぼ放置、泣いてもあやすことはなく耳栓をして読書、転んで泣いても土をはらって怪我の手入れをするだけ、子どもなら喜ばれ褒められるべき最初の一歩のような時も、特に何もせず。


 乳母の人前での自分の作り方が上手すぎて、カガリー辺境伯夫妻も屋敷の者たちも、全く気付くことができなかったという。



「お恥ずかしい話だけれど、ロイドが無気力なのは、生まれ持ったものなのだと全員が信じるくらいで」


 勉強が始まったある日、ロイドが少しビハインドがあるかもしれないことを講師に伝えておいた。


 しかし講師は「大変賢い子です」と訝しげに言うのだ。

 ロイドの周りを調べ、やっと両親は乳母のおかしさに気付いた。


「どんな事を経験しても、感情を表さず……私たちは誰も、あの子が笑うのを見たことがないんです」


 ミロウ侯爵夫妻は心配そうに、ブランコを押している無表情のロイドと、カガリー辺境伯夫妻を見ていた。





 翌日だった。


 皇太子殿下の訪問予定のため、朝からバタバタとしていたカガリー辺境伯夫妻。

 無事アリストを迎えることができて、ホッとしていた時。



「庭に行こう。ブランコ好きだろ」


 笑顔のロイドがエリーゼの手を取って、アリストと3人で一緒に走っていった。


 それを見て、付いて行きたいジュークがギャン泣きを始めてしまい、ミロウ侯爵夫妻と乳母が慌ててあやしている。



 一方で、そんな子どもたちの様子を、息も忘れて見入っている夫婦がいる。


「今、あの子……笑ってました、よね」


 生まれて初めてのロイドの笑顔に、カガリー辺境伯夫人が大粒の涙を落としながら、震える手でカガリー辺境伯の腕をつかんだ。


 カガリー辺境伯邸の従者たちも皆、驚いて止まっている。



 その日から、少しずつ両親にも笑い始め、従者たちへも笑顔を見せるようになっていった。

 行動力もアップし、屋敷のみならず門からも出て、知らぬ間に街へ行って帰ってきたり、言葉遣いが貴族らしからぬ様になったり、カガリー辺境伯邸の大人たちを翻弄し始めた。


 それでもやはり、他より笑わない子だった。




 久しぶりに思い出したわ。

 エリィちゃんが来てくれて、最近ロイドがよく笑っているからかしら。

 幼い頃も、エリィちゃんと一緒ならよく笑ったのよね。

 だから毎月のように会わせてもらって……


 カガリー辺境伯夫人が、執務室で書類を整理している。

 小辺境伯の婚約発表のような夜会を催すので、最近は主催者としての諸々の仕事があって大忙しだ。

 その準備や手伝いのため、エリーゼは数日前からカガリー辺境伯邸に滞在している。



 自分たち親のせいで人生が台無しになりかけていた我が子を、救い出してくれた私たちの恩人とも言える女の子。


 我が子はこじらせてしまって、訴えられたら負けてしまうのではないかというレベルで守っていたそうだけど。


 ……あれは最早、守るとかではない気もするのだけど。

 止めたわよ。

 止めても、ダメだったのよ。


 親として、我が子の想いが成就して嬉しいような、申し訳ないような。

 あの子を産んだ時に、婚約者の子に対してこんな複雑な気持ちになるなんて思いもしなかった。


 私の大切な友人の子どもが、我が子と婚約をして来てくれた。

 必ず幸せになってほしいの。


コンコン


 扉をノックする音で、カガリー辺境伯夫人が扉へ振り返った。

 そぅっと緊張ぎみなエリーゼが、部屋をのぞいてくるのが見えたので、ふわりと笑いながら「どうしたの?」と言い、近付いていく。


「あの、お、お義母様。今、良いですか? この書類の処理の仕方が……」


 子どもたちは皆それなりに強いからかしら、この子の方が心配で可愛いと思ってしまうのよね。

 お義母様呼びがぎこちないのも、可愛らしくて良いのよね。



 しかし、エリーゼの近くになった途端、カガリー辺境伯夫人が深いため息をついた。


「……」


 エリーゼは気まずそうに笑いながら、カガリー辺境伯夫人と目を合わせた。

 真後ろにロイドがいたのだが、今エリーゼは抱きつかれてしまったのだ。



「……ロイド。いい加減、離れてあげなさい」


「今は護衛」


「護衛はそんなに近付きません。あなたも、することがあるでしょう?」


「もう終わった」


「あら、少なかったみたいね」


「エリィの近くが良いから頑張ったんだ。だから、午後の買物は一緒に」


「ダメよ。私とエリィちゃんで行くんだから。あなたは、昼は昼でやる事があるでしょう」





「あら、囲まれてしまったわね」


 カガリー辺境伯夫人がのんびりと言っているのを、エリーゼはおびえながら見ている。


 少し離れた街に買物へ来たのだが、カガリー辺境伯邸に距離のある場所のため顔が割れておらず、良くない輩に囲まれてしまったところだ。

 貴族と分かるけれど、護衛も付けず動きやすい軽装のため、絡まれやすかったのかもしれない。


「お貴族様が護衛無しに歩くなんざ、巻き上げて下さいって言ってるようなもんだろ」


 今日は従者たちは大忙しなので、カガリー辺境伯夫人が大丈夫だと護衛を断って、エリーゼと2人で来たのだ。

 最後まで粘ったロイドも、上手くかわして。


「私はカガリー辺境伯の者だけど、それでもやりますか?」


 エリィちゃんを恐がらせなくないし、これで引き下がってくれたら良いのだけど……


 カガリー辺境伯夫人の願いも虚しく、相手は引き下がることなく「なら普通の貴族より持ってるだろ」と言い、嬉しそうに近付いてきた。


 カガリー辺境伯夫人がため息をついた、その刹那。


バンッ


 先陣をきった大男が、数メートル吹っ飛んで返っていったのが見えたので、エリーゼは瞬きを忘れている。


 蹴っ飛ばした張本人、カガリー辺境伯夫人が片足を下ろしながら服を整えている。


「わたくしが非戦闘員だなんて、誰も言っていないでしょう?」


 いつもと変わらない口調で、しかし青筋の見えるカガリー辺境伯夫人が、準備運動のようなものを始めた。


「何かあったら、息子に怒られてしまうわ。可愛い嫁に手を出したなんて知られたら、あなたたち明日が来ないわよ」


 これから婚約だから嫁呼びは気が早いです、なんてエリーゼが突っ込む暇もなく。

 カガリー辺境伯夫人は、軽やかに男たちの意識を奪っていく。




「ロイドってば、母さまをにらまなくて良いじゃない。ちゃんと守ったのに」


 エリーゼとカガリー辺境伯夫人が帰宅して、馬車から降りるところに、心配していたロイドと双子が迎えに出ていた。


 大興奮で目を輝かせたエリーゼが、開口一番にカガリー辺境伯夫人の勇姿をロイドと双子に伝えている。


 きっと「格好良かった」「素敵だった」とか、エリーゼから次から次へと出てくる賛辞の言葉が、うらやましかったのだろう。

 ロイドが、母をにらんでしまったらしい。



「母さまにまで妬くとか。兄さまは何でそんなに余裕ないの? 一応、両想いなんでしょ?」


「一応、だからじゃねーの」


 リリアナとサイラスが近付いて、小声で話したはずなのだけれど。



 夕食後、どうやら聞こえていたらしいロイドに、リリアナとサイラスが手合わせの場へと連れて行かれた。

 それを、従者たちが生暖かい目で見守っている。



 エリーゼのお陰だろうか。

 歴代最強のカガリー辺境伯ファミリーが、出来上がりつつある。



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