44【最終話】…何度でも、あなたに
「ああ……もうすでに、きれい」
エリーゼは街の景色を見下ろしながら、1人で感嘆した。
様々なことがあり、やっと心が落ち着いてきたところだ。
姉のアリアについては、本人の意志ではない継承による元呪術者であり、今は呪術を扱えないため、お咎めなしとなった。
カイヤ伯爵家に戻って、溺愛してくる夫の意向により、念の為に療養しているそうだ。
聖女の条件を満たしているエリーゼを、目の前で見た皇帝は、やはり皇太子妃にほしいと言い始め、連日のように打診がくるようになった。
旧知の仲であるミロウ侯爵相手だからだろう、なかなかしつこい。
アリストはあきれ顔で謝っているけれど。
ミロウ侯爵邸に来た皇帝を見た時、ジュークが本気で掴みかかりそうだったとか。
学園が長期休暇に入り、ミロウ侯爵邸へ戻ったばかりだというのに、エリーゼは逃げるようにカガリー辺境伯邸へとやってきて、先ほど到着したところだ。
ミロウ侯爵もジュークも、怒りの形相で皇城からの使いを追い返し、エリーゼを馬車に乗せてくれた。
皇帝はカガリー辺境伯には敵わないので、さすがに手を出さないだろうと。
しばらく滞在する予定にしており、少し辺境伯夫人の仕事を手伝わせてもらえるらしい。
エリーゼはゆっくりと深呼吸して、遠くを見ている。
何度思い出しても、幸せな記憶しかない、この場所に来たかったのだ。
近くの街を見ることができる、カガリー辺境伯邸の敷地内にある絶景スポットに、エリーゼが1人で立っている。
「いた。エリィ……」
ロイドが息を切らして現れた。
エリーゼが到着したはずなのに、屋敷内に入らず、どんどん離れていくのが分かり、急いで来たのだ。
もう危険ではなくなったけれど、エリーゼが1人で立っていることに、まだロイドが慣れていないのだろう。
少し挙動不審になっている。
あと少しで、夕日の時間だ。
「今日はきっと、きれいだろうなと思って」
笑いながら、そう言うエリーゼがとてもきれいで、ロイドはやはり見惚れてしまう。
「……ご一緒しても?」
ロイドはエスコートするように手を出した。
エリーゼが記憶を取り戻してから、スキンシップが少し遠慮がちになってしまったのを、本人は気付いていないらしい。
余所余所しくて、エリーゼは寂しいのだ。
前までは、何も言わず手を繋いでいたのに。
一瞬エリーゼは悲しそうな顔をしたけれど、やっぱり嬉しそうに「もちろん」と言って、ロイドの手に自分の手をそっと置いた。
夕日の景色が広がっていくのを、静かに見守っている。
話し難そうに、ロイドが景色を見ながら、ため息のような深呼吸をして、口を開いた。
「正式に、婚約が決まるらしい」
「本当? 良かった」
エリーゼは、まだこちらを向かず夕日を見ているロイドを見ながら、少し寂しそうに笑った。
ロイ、こっちを見て。
「このまま婚約してくれんのが、俺は嬉しい。でも、俺だけ嬉しくても……エリィは聖女として生きる道は、良いのか? せっかくの聖属性だ。そうすればアリストが……」
ロイドは、エリーゼの方を見ることができないまま、言葉を止めてしまった。
夕日の方を向いて、悲しそうな気持ちを隠しきれず、辛そうな表情をしているのだ。
ロイは、それを気にしてたの?
それなら、きっと、今伝えた方が良い。
今まで言えなかったけど、きっと今が言う時。
エリーゼは何も迷いのない顔をして、笑いながら首を振った。
そして、真っ直ぐロイドへ向いた。
「幼い頃を、ずっと忘れてしまっていたけど、ロイのお陰で、今まで私は幸せに生きてこれたわ」
自分の気持ちを相手に伝えようと思うと、やはり緊張してしまうものだ。
鼓動が落ち着かないのは、分かっているけれど、逃げてしまいたい気持ちにもなる。
けれど、結局のところ、声に言葉にしてしまわなければ伝わらず、分かり合えなくなってしまう。
ロイと分かり合えないのは、嫌。
エリーゼはロイドと触れていない方の手を、緊張しながら握りしめた。
「あ、あのね、忘れていたからこそ、できたことがあって」
姿勢を正して、少しかしこまったエリーゼは、深呼吸をして、ロイドをのぞき込んで目を合わせた。
そして、意味有りげな顔をして、ピースサインを作ってロイドに見せた。
ロイドは目の前にあるエリーゼの手を見て、本当に分からないと、首を傾げた。
「2度目なの!!」
エリーゼは手を戻さず、あっけに取られているロイドにぐいっと近付けた。
「私はあなたに、2度、初恋をしたの」
「はっ……?!」
エリーゼはついに、何度か伝えようと思っていたけれど、伝えられなかった大切なことを、やっとロイドに伝えることができた。
緊張と、言えたことへの安心と、どんな反応をされるかという不安とで、涙目になりながら。
「小さい頃、ロイのいない所で、ロイと結婚したいって、何度も言ってたの」
少し照れくさそうに言うエリーゼを見ても、目を大きくしたロイドは、信じられないという顔をしているけれど。
「……夢か」
今にも泣きそうなロイドの服をつかんで、エリーゼはロイドの目をまっすぐ見た。
「夢だと思わなくなるまで、何度でも言うわ。ロイ、ずーっと、今までも、これからも、大好きよ。こんな気持ちを教えてくれて、ありがとう」
ロイドは自分から流れ落ちる涙を気にも留めず、エリーゼの頬に触れて、優しく唇にキスをした。
「私は、ロイと生きていきたいの。聖女なんて、表向きに存在しない方が良いのよ。陰で、お手伝いするくらいが、きっと丸く収まる思うの」
エリーゼは愛おしそうに、ロイドの涙を手で拭いた。
「……恐かったんだ。記憶が戻ったら、婚約はダメになるんじゃないかって」
「? なぜ?」
解せない顔で見てくるエリーゼと、ロイドは目が合わせずに小さくつぶやくように言った。
「幼い頃、他に、他の奴を想ってたり……」
エリーゼは短いため息をついた。
「私はずっと、ロイが1番よ?」
先ほどからのエリーゼの直球に、ロイドは顔を真っ赤にし始めている。
記憶を取り戻したエリーゼは、ロイドにはド直球でいかなければ、しっかり伝わらないことを承知しているので、こんなことになっているのだ。
幼い頃、エリーゼはあんなに大好きを表現していたのに、全くと言って良いほどロイドに届いていなかったようだから。
ロイドはというと「信じられない」「上手くいきすぎてる」と独り言のようなことを言い始めている。
こういうところも、ジュークにこじらせていると言われている点なのだけれど。
エリーゼは首を傾げなら、そんなロイドを愛おしそうに見ている。
「大好きよ」
そんなエリーゼに気付くことなく、まだ落ち着かないロイドだけれど。
意を決した顔をして、エリーゼの目を見た。
「……キスして良いか?」
突然の言葉に、今度はエリーゼの顔が真っ赤になってしまった。
「え、あの、さっき」
今さっき、もうしたわよね。
「本気で」
本気で?! そんなのあるの?
2人はしばらく同じような顔をして、沈黙して見つめ合い、吹き出して幸せそうに笑った。
「やっと手に入れたんだ。頑張って受け入れてくれ」
「ど、どんとこい……」
また2人で笑って、ロイドはエリーゼを抱き寄せて、宣言通りに本気でキスをした。
酸欠になって、エリーゼがロイドを叩いて止めるまで。
そして、また幸せそうに笑うのだ。
もう沈んでしまった、残り火のような夕日を背に、エリーゼとロイドは手を繋いで戻っていく。
時々、立ち止まってはキスをして。
「「大好き」」
まだまだ言い足りない。
貯まっている10年分の想いを、これから2人で伝えていこう。
エリーゼの幼い頃の記憶は、悲惨なものはあったけれど、全てがエリーゼにとって大切な宝物だった。
芽生え始めていた恋心。
ピンチの時に助けてくれる王子さまのように、守ってくれていた男の子。
宝箱に入れていたように、納められていた記憶。
あなたは、いつも私の真ん中にいる。
何度でも、私はあなたに恋をするの。
でも、もう2度と忘れたりしない。
そして、これから一緒に、記憶に残る思い出を作るの。
【完】
いいね、ブックマーク、評価、ありがとうございます。
五体投地で御礼申し上げます。
続いて、SSを投稿していきます。
他の人目線を数話と、〆は数カ月後のエリーゼとロイドのお話の予定です。
引き続き、よろしくお願いします。




