43…アリアと、祈りと。
「私が10才の時から、母マフィスの記憶を見るようになりました。そのため、なぜ呪術と私が結びついるのかを知っています」
憑き物が取れたような、スッキリとした艷やかなアリアは、姿勢良く話をし始めた。
皇城で、アリアの話を聞くために、限られた人間が集められた。
皇帝、皇太子のアリスト、ミロウ侯爵一家、ロイドとカガリー辺境伯だ。
エリーゼは、真っ直ぐアリアを見ている。
アリアは1度目を閉じて、大きく深呼吸をして、ゆっくり目を開けた。
「母が亡くなったのが5才でした。その時、術者の継承を、私の知らぬうちにさせられていました」
初めて聞かされる内容を、ミロウ侯爵は瞬きを忘れて聞き入っている。
そんな父親の姿を見て、アリアは少し申し訳なさそうな顔をして、説明を続けた。
「継承には様々な方法がありますが、母は、継承者との結び付きを最も強固にして、かつ呪術を最も強力に発動させるための方法を、取り、ました」
アリアが言いにくそうにしているので、エリーゼは不思議そうに姉を見ている。
「その様々な過程の、最後の仕上げが……自死です」
真っ青になっている父親を確認すると、アリアは伏し目がちになった。
「さすがに難しい継承方法のため、確実な継承まで5年かかります」
「私が10才、エリーゼが2才の時に、それは完了され、私は呪術を発動させてしまいました」
「術者の恨みや妬みという気分で呪術は強く使えるものですが……イーシアお母様のお陰で、特に簡単に人を恨んだり妬んだりすることなく、私はこれまで生きてこれました」
「しかし、その継承には他のそれとは違って、標的を設定することができます。母の決めた主な標的は、"レオとイーシアの、アリアと同性の子ども"です」
◇
「エリーゼ!!」
アリアが悲鳴のような叫び声を上げ、エリーゼが泣き始めると同時に、護衛や両親が慌ててやって来た。
「ねーたま! いたい! いたい!」
何も知らないエリーゼは、アリアにしがみついて、すがるように泣き叫んでいる。
「大丈夫? 恐かった、わよ、ね」
アリアも真っ青になり、震えながらエリーゼを抱きしめた。
「呪術なら……カガリーに相談してみようか」
ミロウ侯爵の学友のカガリー辺境伯に相談して、邸宅全体を反呪の結界で守ることにした。
それを聞いた時、アリアは心底安心した。
お父様、お願い。
エリーゼを守って。
私から、エリーゼを守って。
しかし、その日から、アリアは母マフィスの記憶を夢に見るようになった。
父への想いや、イーシアへの怨みや妬み、日々荒れていくマフィス……
まだ10才のアリアは、知りたくもない情報を、一方的に見せられている。
そのことへの怒りや、なぜ自分がという、どうしようもない葛藤に翻弄され始める。
思春期という大切な時期に。
そして、ある日の夢で、呪術の発動条件まで決められていたことも知る。
「レオとイーシアの子どもを亡き者に。アリアに平穏を」
そんなこと、私は望んでない!!
そして、月日が流れ、先日の皇太子即位式で、母の妹である第一側妃に指示を受ける。
「なに、この粉を飲み物に混ぜて飲ませたら良い。それとも、あの娘も、両親も、お前の家族も、全ての首をはねてやろうか?」
今思えば、その時の叔母様はそんなことできる状況にいなかったと分かるの。
でも、脅しの内容が内容で、私はまともな判断ができなくなっていた。
「飲み物を飲んだ後、恐ろしいことになると思っていたのに、エリーゼに何も起こらなくて……」
まだ伏し目がちのアリアは、美しい顔の眉間にシワを寄せている。
「カガリー小辺境伯の飲んだ物と同じ、毒だった」
アリストが冷めた目で、ポツリと言葉を落とした。
それが波紋のようにエリーゼの記憶に響き、報告書を持ってきたアリストを思い出させた。
あ、だから、あの時。
アリスは私が毒を飲まされたと知って、怒ってくれていたのね。
なぜか不機嫌だし、どうしたのかしらと思ってて。
「私、毒を飲んでいたのね」
エリーゼの、つぶやきにも近い独り言に、その場の皆が視線を向けた。
「聖属性の人間には、毒や呪術は効かないんだよ」
動揺することなく、ジュークが付け加え、それを肯定するようにロイドがうなずいた。
皆その時に聞かされていたのね。
アリス以外は変に緊張していたもの。
ロイは私と一緒にいたけど。
皆、全く動揺していないもの。
……私がお姉様を恐がらなくて良いように、してくれていたのね。
「そんな……私、エリーゼに、毒を」
アリアは真っ青になっていくのに、エリーゼは顔色を変えることなくアリアを見ている。
「お姉様、セーフよ。核を取り戻した後だもの」
にっこりと笑って答えるエリーゼに、アリアは調子を崩されて戸惑うしかない。
「……セーフって」
「ふふっ、お姉様。私、お姉様と黒炎に包まれていた時に、お姉様の記憶が流れ込んできました。私を守ってくれていたことが、よく分かったの。だから、感謝しかないわ。ありがとうございます」
エリーゼが目覚めてから行われた事情聴取の際に伝えた内容なので、この場にいるアリア以外は知っていることだ。
嬉しそうにするエリーゼとは正反対で、アリアは青ざめて首を振っている。
「でも、今度こそ離れなきゃ。シンドア国が何をしてくるか分からないわ。私が呪術者の継承をしていること、きっと知られてしまったわ……連れて行かれるかもしれない」
悲しそうな儚げなアリアを見て、エリーゼが得意そうな顔をしている。
「大丈夫よ! お姉様の呪術者としての呪いは解呪できてるはずよ。もう、呪術者ではないわ」
アリアは目を大きくしてエリーゼを見ている。
「大好きなお姉様を、隣国になんてやらないわ。頑張って、聖魔法の勉強をしたのよ。今きっと、役に立つ時ね」
よく分からないという顔をしているアリアを含む、その場にいる皆を見て、エリーゼはにっこり笑った。
今からすることは、誰にも言っていないから、どんな反応されるかしら……
「見ていて」
エリーゼは席を立ち、深呼吸をして、ゆっくりとひざまずいた。
皆が静かに見守っているのを確認して、片手を胸に当て、足元にもう片方の手をついた。
その場にいる人たちだけでなく、ほとんどの人が書籍の中でしか目にしたことのない、聖魔法の"祈り"の形だ。
大量のキラキラとした輝きが、エリーゼから一気にあふれ出たように見えた瞬間、それが弾けて爆風のような風と共に、窓から壁から外へ外へと、天井を抜けて上へ上へと広がっていく。
解放されて喜んでいるようなそれは、輝きを失うことなく、速度を落とさず広がりに広がっていく。
皆が目も口を開けて、窓の方を向いて外を見ていたけれど。
あっという間に、その輝きは遠くなり見えなくなってしまった。
「成功したわ!!」
飛び跳ねながら喜んでいるエリーゼに、皆が驚いて視線を戻した。
興奮冷めやらぬエリーゼが、早口で説明をする。
「今日中に、セトレア皇国全土に行き渡るはずよ! 結界になると思うわ。皇国内で呪術を使えないようにできるはずだし、呪術に関する何物も入れないように、できるはずよ! これでどうかしら?」
「「「「「?!?!」」」」」
誰も言葉にできないようだ。
ロイドは息もできていないように見える。
皆の驚がくする様子を見て、エリーゼは照れくさそうに「何かを浄化するより、祈りの方が簡単なの」と肩をすくめた。
呪術で狙われないためにはどうするのが良いだろうかと、禁書を読みながら、エリーゼはずっと考えて練習していたのだ。
十分上手くいったらしい。
アリアも守れて、一石二鳥だ。
「魔力がまだ不安定だけど、5年は保つはずよ。でも、ずっと続くものを考えた方が良いと思うの。それができるまでは、5年毎にすれば良いわよね……?」
まだ誰も、言葉を発する用意ができていないらしいので、エリーゼは気まずそうにアリアの方に向いた。
「これなら、お姉様は、これからもセトレア皇国にいてくれて、時々、あの、私と、会って……くれる、かしら? お会いしたいです」
エリーゼもアリアも、同じ様に泣きそうな顔をしながら、お互いを見ている。
「……そんなチート能力、聞いて、ないわ」
「お姉様、これからは、時々で良いの、お会いしたいの」
アリアは顔に手を当てて、うなずいた。
うつむいたアリアの両手から、ポタポタと涙が止めどなく落ちていく。
「ええ。エリーゼ、ありがとう……ずっと、ずっと、大好きだったわ」
泣いているアリアに、エリーゼはゆっくりと近付いて、嬉しそうに抱きついた。
本当に久しぶりに近くにいるエリーゼに、アリアは緊張しながら抱きしめ返して、優しくささやいた。
「これからも、ずっと、大好きよ」
エリーゼは幸せそうに笑って、何度もうなずいた。




