41…姉妹
「まさか術者なのか」
アリストのつぶやいた言葉に、驚いたジュークが振り返った。
「え、誰のこと? もしかして、アリア姉様ってこと?!」
「……そうみたいだ」
ジュークとアリストが驚きながら、ジュークの創った防御壁の中から黒炎を見つめている。
見えない黒炎の中の、エリーゼを。
先日に聞いた父親のミロウ侯爵の話から、義姉のアリアは呪術と関係がある可能性は無いだろうと、思い込んだばかりだったのに。
「自分の考えが甘すぎて、反吐が出るけど……姉様は、エリィを攻撃しようというよりは、逃げようとしていた」
「今日も可愛い妹が、天使すぎる!」
今日の家庭教師の時間が終わった後、急いでやって来たのだろう、少女は上がった息を整えながら部屋に入ってきた。
やっとお座りできるようになった赤ちゃんがにこにこ笑って、近付いてきた年上の姉の顔を触ろうと手を伸ばしている。
そして、姉は嬉しそうに顔を近付ける。
「お父様はまあまあイケメンだし、お母様はとっても美人だから、こんなにも可愛いのね」
後ろで、部屋にいた両親が見守っているのだが、娘が父親には手厳しい評価をするので、周りの従者たちも苦笑いするしかない。
「なぜ父様には厳しいんだ、アリア。父様も結構イケメンだと思うけど」
アリアに近付き、ひざまずいて目線を同じにしたのは、世間では美男子と評判のミロウ侯爵だ。
アリアはクリクリの目を向けて、首をかしげた。
「だって。お母様の方がもーっと美しくて、可愛くて、とっても優しいわ」
アリアは父親に立ち直れないほどのトドメをくらわせ、ミロウ侯爵夫人に優しく抱きついた。
ミロウ侯爵がそのまま床に倒れ込みそうになっているのを流して、エリーゼの方へ向き、にっこり笑った。
「エリーゼも、ずっと、ずーっと大好きよ。大きくなったら、たくさん遊びましょうね」
?
……これは?
私の記憶ではないわ。
どんどん流れ込んでくる。
お姉様の記憶?
エリーゼは、閉じていた目を少しずつ開けると、自分の腕の中で、ぐったりしているアリアに気付いた。
ボロボロになってはいるけれど、アリアが息をしていることに安堵して、エリーゼの目から涙が止めどなくあふれてきた。
目を閉じている美しい姉の顔を、エリーゼは初めてくらい久しぶりに眺めている。
流れている涙を、気に留めることもなく。
皆は気付いていないけど、きっと今エリーゼを攻撃した何かは、私のせいだわ。
これは、夢に見たことがあるわ。
呪術というもの……
どんな理由でも、だめよ。
このままエリーゼの近くにいたら、いつか傷付けてしまう。
離れなきゃ。
エリーゼが危ないわ。
「今日から会わないわ。あの黒い炎が、恐かったの。エリーゼといるのが、恐くなったの」
ーー可愛い可愛いエリーゼに、会えなくなるなんて。会いたい。会って、抱きしめたい。
アリアは自室で嗚咽の声を押し殺すため、寝台の枕に顔を埋めている。
これから、この10才の少女は、重すぎる母親の記憶を見ていくことになる。
自我の獲得に大切な時期に。
誰にも気付いてもらえることもなく。
「こっちに来ないで」
ーー今日もとっても可愛いわ。たくさん抱きしめて、ほっぺにキスしたいくらい。
「部屋で、お勉強するわ」
ーーあら、背が何センチも伸びてるわ。お姉さんになってきたのね。
「私は別の日にするわ」
ーー今日の髪型、とっても似合ってるわ。
「お父様、私は学園に入学したら寮に入るわ」
ーー可愛いエリーゼもジュークも見られなくなるのは悲しいけど。
「……エリーゼが湖畔で怪我を?」
ーーどうして。こんなことしたくないのに。どうしたら良いか分からない。なぜ、こんなことに。誰か、助けて。
「この婚約をお受けするわ」
ーーカイヤ伯爵領はミロウ侯爵家から距離があるから、エリーゼは安全かしら。
「今まで、お世話になりました」
ーー美人になったわね。どうか、どうか幸せに暮らして。
アリアの願い通り、エリーゼと会う機会は年に1度有るか無いかの頻度となった。
「そう」
ーーダンス頑張ったのね。ああ、やっぱり可愛いわ。本当は、抱きしめて褒めたいのよ。
なのに、私は何てことを、しようとしているの。
せっかく、反呪が唯一使えるカガリー小辺境伯家と良い仲だと聞いて安心していたのに。
恐ろしい叔母様の命令だとはいえ、エリーゼに、何を。
何か飲み物に入れていた。
あの粉は何だったの。
お願い、飲まないで。
どうか、それを私に押し返して。
誰か、私の可愛いエリーゼを助けて。
……私、お姉様に、嫌がられてなかったの?
私のために、離れていてくれてたの?
エリーゼは、ポトポト落ちていく涙を片手で拭いているけれど、全く追い付かない。
どんどん流れていく。
「お姉様が濡れてしまう……」
涙って、こんなに止まらないものなのね。
お姉様に愛されていたなんて。
ずっと守ってくれていたなんて。
思いもしなかった……
「ねぇ、お姉様。目を覚ましたら、たくさん、お話、しましょ」
エリーゼはゆっくり息を吐いて、アリアを抱きしめたまま目を閉じ、自分の魔力に集中した。
お姉様、ありがとう。
今度は、私が、お姉様を守るから。
アリアと同じように、エリーゼを今まで守っていてくれていた、ロイドや、家族やアリストたちを思い出しながら。
エリーゼとアリアが少しずつ、本当に少しずつ、美しい輝きに包まれ始めた。




