38…目的と、思案と、
「薬を盛るのは、お前たちの十八番だろう。どうだ? 引っ掛かる側になるとは思ってなかったのか。不用心すぎるな」
感情を隠すことなく、真っ向から冷めた眼差しを向けているアリストがいる。
先ほど目の前にいる第一皇子が発言した内容が、いつも穏やかな彼の逆鱗に触れたらしい。
「お前……何、入れたんだ」
「ああ、安心しろ。僕は毒は嫌いだからな。気分がだいぶ悪くなる自白剤だよ」
「……何が、違うんだっ」
冷酷な表情のアリストは、何かを思い出したように少しだけ笑い、淡々と話し続けていく。
「皆僕が人が良いと思ってるみたいだけど、状況にもよる。そして絶対的な扱いは、大切な者たちへだけだ」
何かの合図でアリストが片手を上げると、その場にいなかった黒衣に包まれた人影が、どこからともなく現れた。
「……ただの自白剤だと、お前は楽だろ? せいぜい、苦しんでくれ。毒ではないから死にはしない」
いっそ殺してくれと言わせることで有名な自白剤だけれど。
アリストはためらいなく使用したのだ。
そして「あとは任せた」と黒衣の者たちへ言いながら踵を返し、苦しみ始めた第一皇子を振り返ることもなく、1人で部屋を出ていった。
珍しく扉を手荒に閉めて。
◇
防音魔法のかかった部屋で、アリストを中心に、ミロウ侯爵一家とリリアナとサイラスが円卓の席に着いている。
アリスト以外が、かなり緊張ぎみにしている。
そこへ、エリーゼとロイドが入って、着席した。
「そろったね」
例の黒衣の集団に集めさせた情報の報告書を、アリストがサッと卓上に広げた。
「聖属性の人間の有無を探ることが、第一側妃の輿入れの目的だった。密偵だったよ。お恥ずかしい話だが、今まで静かだったから我々は気付きもしなかった」
「あ、あわよくば乗っ取れたらってことだよね。まぁ、息子があれじゃあ……無理だよね。あんなの、アリストの足元にも及ばない」
緊張したままのジュークがそうつぶやくと、アリストは「至極光栄だね」と笑顔で応えたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「ただ……今まで全く手を出さず、最近になって始めたと言っているのが気になって。幼い頃のは何だったのか、ということになる」
皆が口を開けそうにないので、アリストはそのまま話し続けた。
「第一側妃絡みではないシンドア国からのものだったのか、他の何かか……分かっているのは、最近の湖畔の呪術は第一側妃の企みだったようだし、少しは静まるはずだろう」
ジュークはうなずきながら、アリストの見解に付け加えるように話し始めた。
「シンドア国から何人か送られて来てるのかと思ったんだけど、タイミングとか色々変なんだ。一貫してなくて。もしかしたら、第一側妃と、他にいるのかもしれない」
「まあ、第一側妃のより規模は小さいものだが、警戒は解かない方が良いかもしれない」
ずっとピリピリしているアリストを、エリーゼは不思議そうに見ている。
「私の、聖属性が鍵だったのね。今までは皆が守ってくれていたのね……ありがとう」
エリーゼは、感謝と申し訳なさでいっぱいの顔をして、今居る面々と目を合わせて行く。
「だからこそ、やっぱり、自分で自分を守れるようになりたい」
悔しそうに言うエリーゼに、誰も声をかけられない。
いつもは「俺が守る」と言い張るロイドも、何だか静かだ。
ジュークがそれに勘付いたのかどうか、ため息のように短く息を吐いて、顔を上げた。
「でも、エリィも僕たちを守ってるんだよ。件の湖畔もそうだけど、核がまだ戻っていない状態だったけど、ロイドの毒を治癒したのは、エリィだよ。公表するよりもっと早く、治ってたんだから」
エリーゼは目を丸くして、隣に座っているロイドを見上げた。
優しく微笑して、ロイドはうなずいて応えた。
いつもなら何か言葉を掛けてくれるはずのロイドを、エリーゼはのぞき込んでいる。
ロイは私の魔法の話になったら、口数が少なくなる気がする……
そんな2人のやり取りを見ながら、ジュークはそっと小さくつぶやいた。
「エリィについては、いつもロイドが鍵だ」
◇
エリーゼは学園に復学した。
以前よりも真剣に魔法について学ぶようになり、更に充実した学園生活を送り始めた。
行き帰りはロイドが付いていて、街に用事があれば2人で出掛けることもできた。
アリストの計らいで、皇帝の許可を得て、皇城と学園の禁書室への入室の許可をもらったエリーゼ。
皇城の禁書室へはアリストの付き添いという条件があったので、エリーゼは最初は緊張したけれど。
優しい幼馴染は、居心地の良い読書空間を作ってくれた。
学園の禁書室は、図書館の地下にある。
図書館は男子校と女子校の間に位置して、どちらからも入れて唯一男女に接点がある場所だ。
エリーゼは入る機会がなかったため、こちらも緊張したけれど、誰にも近寄らせない雰囲気を放つロイドに付き添ってもらったので、周囲を少し騒がすだけで終わった。
「エリィは入ったことないのか?」
図書館に入ってキョロキョロしているエリーゼが転ばないように、ロイドが愛おしそうに支えている。
「ええ。本が必要なら皇城やミロウ侯爵家へ行くようにと、お父様とジュジュと、アリスにも言われていたの」
学園の図書館はすごく立派だ。
しかし、皇城の図書室は規模が大きく充実しているし、何より不特定多数の男の目にさらされるより、安心安全ではある。
「だから会えなかったのか。クソ過保護め」
「? 図書館にも来てくれてたの?」
「全く会えなかったな」
エリーゼは切ない気持ちを隠しきれず「そうね」と言い、ロイドの目を見た。
「早く思い出したかった。これからは会いたい時に会えるわね」
「そうだな」
ロイドは切ない顔で、優しく笑った。




