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37…想いを

 エリーゼが目覚めたと聞いて、アリストが皇城からやって来た。

 もちろん、調べた事柄も報告も兼ねているが、皇城に呼ばず訪問してくるあたりが、アリストらしい。

 皇城は、エリーゼのための反呪の結界が施されていないので、アリストとしては心許ないのだ。


 ミロウ侯爵家に着くなり、アリストはエリーゼの部屋へ直行した。

 緊張した面持ちで扉を開けると、エリーゼと目が合った。

 嬉しそうに笑うアリストは、エリーゼと一通り挨拶を済ませて、ひざまずく。

 まるでプロポーズだ。


「エリィ、僕は君を大好きだよ。返事を聞かせてくれる?」


 エリーゼが辛そうな顔をしているのを予想していたのだろう、アリストは優しく笑っている。



 ついに、この日が来てしまったのね。


「アリスト」


 涙をためながら自分の名前を呼ぶ、愛しい幼馴染を見ながら、アリストは「うん」と返事をして、話の続きを待った。


「私はアリストを大好きだけど」


 きちんと伝わるかしら。

 傷付けることは避けられないだろうけど、精一杯の誠意が届きますように。


「幼馴染として、友だちとして、大好きなの」


 エリーゼは、アリストと遊んだ幼い頃からの日々を思い出した。

 皇城やミロウ侯爵家での楽しい記憶を。



 あの件の日も、一緒だったわ。



「だから、想いを受け取ることは、できない。ごめんなさい」


 アリストは「うん」と言いながら、ゆっくり立ち上がって、それでも優しい眼差しでエリーゼを見ている。


「記憶が戻らなくても、ロイドを好きになっていたんだろ?」


 エリーゼは、あふれる涙と共にうなずいた。

 コロコロと大粒の涙は落ちていく。


「僕が、もっと権力を使う嫌なやつだったら、もっと前に、ロイドと見合いする前に、出会う前に、王命で指名してもらったんだけどなぁ。僕は、エリィにもロイドにも、嫌われたくないんだ」


 確かに、ロイドと再び出会う前に婚約をしていたら、確実にアリストの妃にできていたはずだ。

 皇帝に権力のバランスについて少し言われていただけで、しない理由にはならない。

 ロイドに顔向けできないようなことをしたくないという、アリストの気持ちが伝わってくる。


「……アリスは人が良すぎるわ」


 涙を落としながら、辛そうな顔をするエリーゼの頬に、アリストは手を添えた。


「そんなに良くないよ?」


 そう言うと、そっとエリーゼの唇に自分のそれを重ねて、優しく食べるようなキスをした。


 名残惜しそうに離して、アリストは「ね?」と付け加えたけれど。



「……え、エリィ? 息してる?」


 エリーゼが全く動かずに驚がくしているのを見て、アリストが焦りつつ両手で頬に触れた。


 ぐはっ、と呼吸を思い出したエリーゼが、勢いよく息をし始めた。 


「ほ、ほほ、本当よ。ひどい……は、初めて、だったのに」


 涙目になっているエリーゼを見ながら、今度はアリストが息をしていない様子だ。


「……嘘だろ。初めて?!」



 こんなに驚いた顔のアリストを見たのは、それこそ初めてかもしれないとエリーゼが冷静に思ってしまうくらい、アリストが驚がくしている。


「ご、ごめん、もう、してるかと、思って。ごめん、エリィ」


 少しの間アリストは謝り倒したかと思えば、急に静かになって、呼吸を整えて話し始めた。

 一国の、後に皇帝になるであろうアリストが、こんなにも謝る光景は、きっとこれが最初で最後だろう。


「でもやっぱり、僕そんなに人が良くないみたいだ。エリィが困ってるのに。嬉しいから」


 悲しそうに笑うアリストを、エリーゼは見ていられなくなった。


「アリスは意地悪よ」


「ははっ、ごめん。もう1回良い?」


「え?! ダメよ」


 返事を聞いているはずなのに、近付いてくるアリストに対抗して、エリーゼは手を口元に持っていき防いでいる。

 誰かが部屋の扉を開けた音が聞こえたけれど、アリストは見向きもしない。



「何やってんだ」



 息を切らせたロイドが、走ってきた勢いのままアリストに斬りかかりそうな様子だったので、手で口を防いだままのエリーゼが2人の間に入った。

 ロイドと向き合って、泣きそうになっているけれど。



「ロイド、すまない。まだって知らなくて……エリィにキスした。思い出にと思って。エリィ、初めてだったらしいけど」


 それを聞いて、ロイドは一瞬目を大きくした。

 そして、目の前で真っ青になっているエリーゼの口元にある手を退けて、そのままの勢いでキスをした。


 ?!?!


 一転、エリーゼは一瞬で真っ赤だ。

 放心しているかもしれない。


「これでほぼ同時だから、ほぼ初めてだろ」


 アリストに向かって得意顔のロイドを見て、エリーゼは次は首を傾げたまま止まっている。


 ……え? そういうもの?



 アリストは笑いながら歩き始めて、ロイドの方を見ることなく話し始めた。


「斬ってくれたら、不敬罪にできて、エリィは僕のものにできたのに」


「斬らねーよ。思ってもないこと言うな」


「……うん」


 そう一言だけ残して、アリストは足早に部屋を出て、外で待機していた護衛を連れて執務室へ向かった。




 アリストを見送って、ロイドはさっとエリーゼの方を向いた。

 エリーゼは、出てきそうな勢いの心臓を押すかのように胸に手を当てて、緊張を必死に押し隠しているところだ。



「やり直しで」


 エリーゼを優しく引き寄せ、もう1度、確かめるようにキスをした。




 いっぱいいっぱいのエリーゼも、ロイドも、目を合わせられず、ぎこちないまま手を繋いでソファに座ろうとした。

 手を繋いだまま、どっちに座ったら良いかも分からずチョロチョロとロイドの周りを周ってしまったエリーゼ。

 ロイドが肩を持って誘導してくれて、やっと落ち着いて座ることができた。


「……色々と、ごめんなさい」


「いや、大丈夫、だけど」


 だけど?!


 顔色が悪くなっていくエリーゼを見て、ロイドが「落ち着け」と頭をワシワシとなでた。


「全く関係ねーことで、他に聞きたいことがあったから。それ聞きに来たんだ」


「他に?」


「学園の休学を取り消すって」


「あ、そう、そうなの」


 エリーゼはとりあえず深呼吸をして、自分を落ち着かせながら、やっと話し始めた。


「私、魔法については知識しか無くて。恥ずかしいことだけど、自分に関係ないからって、あまり勉強してこなくて。あと、魔法実技の授業を取ってみたくて。だから……通いたいなって」


「表に出なくて良い。出ないでくれ、危険すぎるだろ。俺が守るから」


 ロイドが必死に言うけれど、エリーゼの答えは決まっているらしく、しっかりと首を振った。


「死ぬまで周りに迷惑をかけるなんてダメよ。自分で何か出来るかもしれない。私に呪術や毒は効かないんでしょう?」


「媒介や呪物の、物理攻撃は受けるだろ」


「それについて考えたくて、通うの。だから、自衛できるまで……もし時間があれば、ロイに、あの、そばに居て、守って、ほしいなって。後でお父様にもお願いしようかと」



 ロイドが「反則だ」とつぶやき、悔しそうな顔をして目を閉じた。


「ロイ?」


「……クソッ…………わかった」


 頭を抱えながら、答えたくない答えを、ロイドは絞り出した。


「早く聖魔法を自分のものにするわ……時間がかかってしまって、ごめんなさい」


 ロイドはエリーゼの頬に優しくキスをした。


「焦らなくて良い。ご存知の通り、俺は気が長いんだ」


 困り顔で嬉しそうに笑いながら、エリーゼがうなずいた。


「俺が、必ず守るから」



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