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36…毒と薬は②エリーゼとアリア

 ミロウ小侯爵こと自分の夫が、元婚約者イーシアと恋愛の仲だった、今もそうなのかもしれない、という噂を聞きつけたマフィスは、イラついていた。


 生まれた子どもはアリアと名付けられ、特におなざりにされることもなく、それなりに父親にも愛されて育っている。


 しかし、マフィスへは違った。

 夫婦となったのに、一向に自分を特別扱いにしない、愛してくれない夫に不満を抱えて過ごしていたら、その噂にたどり着いてしまったのだ。


 徐々に精神的に病んでいくマフィス。


 ついに、アリアが5才の時に、自死してしまう。



 マフィスの喪が明けて、レオはイーシアと再婚をして、ミロウ侯爵を引き継いだ。

 イーシアの希望で、アリアの精神面を考慮して子どもはすぐ作らず、まだ5才のアリアの心のケアに重きを置いた。



「お母様!!」


 アリアはミロウ侯爵夫妻を見るや否や、イーシアの方へ飛びつくようになった。


「アリア……父様もいるよ」


「うん」


「父様は?」


「うーん。私はお母様が大好きなの」


 膝から崩れ落ちる夫を見て、イーシアは困りながらも幸せそうに笑ってアリアを抱きしめた。


「お母様も、アリアが大好きよ」


「ねえ、いつになったら弟妹がくるかな?」


 イーシアはふふっと笑って、アリアの頭を優しくなでた。


「まだ来ないわ。母様はアリアともっと仲良くなりたいもの」



 3年経った、ある日。

 8才になったアリアは、イーシアの前に仁王立ちして口を尖らせている。


「お母様、そろそろ弟妹を産んでくれないと、先に私が結婚してしまうわ。弟妹と遊べなくなってしまうわ。そんなことになったら、許さないから!!」


「あら、それは困ったわね」


 今度は頬を膨らませているアリアを前に、優しい眼差しのイーシアは幸せそうに笑っている。





「今日もエリーゼが可愛い! 天使だわ」


 10才になったアリアは、数ヶ月の赤ちゃんを抱っこして、ソファに座っている。

 家庭教師の授業がない日は必ず、ずっと同じ空間に居ることにしているようだ。


 しかし、その後で大人たちがざわついていた。

 防音にしているため、アリアはもちろん、エリーゼにも何も聞こえない。

 2人はニコニコと幸せそうに笑い合っている。



「エリーゼ嬢が聖属性だということは、慎重に慎重に扱わなければならない事だ」


 エリーゼの魔力が特殊だと、ミロウ侯爵の相談を受けた皇太子が密かに鑑定を行わせた。

 すると、聖属性という結果が出てしまい、大人たちが慌てているところだ。


「今ここにいる僕、両親の君たち、カガリー辺境伯、あとは皇帝に報告する。事実を知るのは、全部で5人だ」



「エリーゼ!! 大丈夫?!」


「ねーたま! いたい! いたい!」


 涙をポロポロ落としているエリーゼをぎゅっと抱きしめて、アリアも震えながら一緒に泣いている。


 ミロウ侯爵一家が皇家とピクニックに来ていたら、突然、呪物が襲ってきたのだ。

 予め用意していた皇族用の反呪符を護衛騎士が使い、事なきを得たのだが。

 大人たちが青ざめて、うろたえている。


「なぜエリィが狙われたんだ?! 属性は知られていないだろ」


「さっぱりだ……」


 わんわん泣くエリーゼとアリアをなだめながらも、大人たちが更に動揺して、収拾がつかなくなっている。




 嫉妬深いマフィスならやりかねない。

 しかし、それならエリーゼだけでなく、その矛先はイーシアにも向けられるはずだ。

 それに、マフィスが逝去して7年も経つのだ。



 聖属性であることは、もれていない。

 その事について話をするときは、必ず防音内でという誓約を結んでいる。

 エリーゼが人前で魔法を使ったこともない。



 アリアは呪術によって危険な目に遭ったのが恐かったと言い、それ以降あまり外にも出ず、エリーゼにも近寄らなくなってしまった。






◇◇◇

「そして、湖畔での出来事が起こった。シンドア国が絡んでいるのは分かるんだが、決定的な証拠と理由が分からない状態なんだ。親の世代でどうにかすべきだったものを、申し訳ない」


 話を聞いたエリーゼは、納得のような諦めのような顔をして、力なくため息をついた。


「だから、お姉様はずっと、私に近寄ってくれなかったのね」


 申し訳なさそうに、ミロウ侯爵はうなずいた。


 その隣で、ジュークが苦々しい顔をして、ドン引きしていた。

 鳥肌が立ったのだろうか、これでもかと腕を擦っている。


「え、いやいや、こわっ。薬使うって何。恐怖なんだけど。父様、災難……ていうか何て言ったら良いか。え、待って、皇帝も第一側妃に薬を盛られたとかいう噂も、もしかして……シンドア国は、無理。僕だって蓋したい相手だよ。絶対に会わないから」


 じょう舌に次から次へと言葉を出すジュークは、息継ぎも瞬きもしていない。


「近さで言えば、カガリーも狙われそうだけど。父さま恐えからな。反呪使えるし狙えねーよな」


 ジュークの様子を特に気にすることなく、ロイドは軽くしゃべっている。


 それを気にすることなく、ジュークが独り言のようにつぶやき始めた。


「その話を聞いて、怪しいのは第一側妃かマフィスなんだけど……マフィスが亡くなってから、エリィが生まれたんだから、エリィが聖属性だと知る術もないはずだよね」


 ジュークがミロウ侯爵を見た。


「父様、アリア姉様は?」


「アリアはほとんど乳母に任せていたから、呪術について知識も無かった。あの時まで見たこともなかったはずだ」


 視線をミロウ侯爵から足元へ戻し、ジュークは小さく独り言を続けた。


「じゃあ、別の誰かか……」



 今新しく得た情報を、それぞれが消化しようとしている。

 ミロウ侯爵は申し訳なさそうにしながらも、何か新しい手掛かりをという期待も持ち、その様子を祈るように見守った。



「私の属性は知られていないのよね?」


「何らかで、知られたかもしんねーよな。でも、どうやって、だよな」


「アリスが何か調べてるのよね?」


「うん。話が進むのは、アリストが来てからだね」





 アリストがミロウ侯爵家へ来たのは、翌朝のことだった。

 もちろん、調べた内容を持って。

 そして、エリーゼへの言葉も一緒に。



「エリィ、僕は君を大好きだよ。返事を聞かせてくれる?」


 エリーゼの前に、アリストがひざまずいた。



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