36…毒と薬は②エリーゼとアリア
ミロウ小侯爵こと自分の夫が、元婚約者イーシアと恋愛の仲だった、今もそうなのかもしれない、という噂を聞きつけたマフィスは、イラついていた。
生まれた子どもはアリアと名付けられ、特におなざりにされることもなく、それなりに父親にも愛されて育っている。
しかし、マフィスへは違った。
夫婦となったのに、一向に自分を特別扱いにしない、愛してくれない夫に不満を抱えて過ごしていたら、その噂にたどり着いてしまったのだ。
徐々に精神的に病んでいくマフィス。
ついに、アリアが5才の時に、自死してしまう。
◇
マフィスの喪が明けて、レオはイーシアと再婚をして、ミロウ侯爵を引き継いだ。
イーシアの希望で、アリアの精神面を考慮して子どもはすぐ作らず、まだ5才のアリアの心のケアに重きを置いた。
「お母様!!」
アリアはミロウ侯爵夫妻を見るや否や、イーシアの方へ飛びつくようになった。
「アリア……父様もいるよ」
「うん」
「父様は?」
「うーん。私はお母様が大好きなの」
膝から崩れ落ちる夫を見て、イーシアは困りながらも幸せそうに笑ってアリアを抱きしめた。
「お母様も、アリアが大好きよ」
「ねえ、いつになったら弟妹がくるかな?」
イーシアはふふっと笑って、アリアの頭を優しくなでた。
「まだ来ないわ。母様はアリアともっと仲良くなりたいもの」
3年経った、ある日。
8才になったアリアは、イーシアの前に仁王立ちして口を尖らせている。
「お母様、そろそろ弟妹を産んでくれないと、先に私が結婚してしまうわ。弟妹と遊べなくなってしまうわ。そんなことになったら、許さないから!!」
「あら、それは困ったわね」
今度は頬を膨らませているアリアを前に、優しい眼差しのイーシアは幸せそうに笑っている。
「今日もエリーゼが可愛い! 天使だわ」
10才になったアリアは、数ヶ月の赤ちゃんを抱っこして、ソファに座っている。
家庭教師の授業がない日は必ず、ずっと同じ空間に居ることにしているようだ。
しかし、その後で大人たちがざわついていた。
防音にしているため、アリアはもちろん、エリーゼにも何も聞こえない。
2人はニコニコと幸せそうに笑い合っている。
「エリーゼ嬢が聖属性だということは、慎重に慎重に扱わなければならない事だ」
エリーゼの魔力が特殊だと、ミロウ侯爵の相談を受けた皇太子が密かに鑑定を行わせた。
すると、聖属性という結果が出てしまい、大人たちが慌てているところだ。
「今ここにいる僕、両親の君たち、カガリー辺境伯、あとは皇帝に報告する。事実を知るのは、全部で5人だ」
◇
「エリーゼ!! 大丈夫?!」
「ねーたま! いたい! いたい!」
涙をポロポロ落としているエリーゼをぎゅっと抱きしめて、アリアも震えながら一緒に泣いている。
ミロウ侯爵一家が皇家とピクニックに来ていたら、突然、呪物が襲ってきたのだ。
予め用意していた皇族用の反呪符を護衛騎士が使い、事なきを得たのだが。
大人たちが青ざめて、うろたえている。
「なぜエリィが狙われたんだ?! 属性は知られていないだろ」
「さっぱりだ……」
わんわん泣くエリーゼとアリアをなだめながらも、大人たちが更に動揺して、収拾がつかなくなっている。
嫉妬深いマフィスならやりかねない。
しかし、それならエリーゼだけでなく、その矛先はイーシアにも向けられるはずだ。
それに、マフィスが逝去して7年も経つのだ。
聖属性であることは、もれていない。
その事について話をするときは、必ず防音内でという誓約を結んでいる。
エリーゼが人前で魔法を使ったこともない。
アリアは呪術によって危険な目に遭ったのが恐かったと言い、それ以降あまり外にも出ず、エリーゼにも近寄らなくなってしまった。
◇◇◇
「そして、湖畔での出来事が起こった。シンドア国が絡んでいるのは分かるんだが、決定的な証拠と理由が分からない状態なんだ。親の世代でどうにかすべきだったものを、申し訳ない」
話を聞いたエリーゼは、納得のような諦めのような顔をして、力なくため息をついた。
「だから、お姉様はずっと、私に近寄ってくれなかったのね」
申し訳なさそうに、ミロウ侯爵はうなずいた。
その隣で、ジュークが苦々しい顔をして、ドン引きしていた。
鳥肌が立ったのだろうか、これでもかと腕を擦っている。
「え、いやいや、こわっ。薬使うって何。恐怖なんだけど。父様、災難……ていうか何て言ったら良いか。え、待って、皇帝も第一側妃に薬を盛られたとかいう噂も、もしかして……シンドア国は、無理。僕だって蓋したい相手だよ。絶対に会わないから」
じょう舌に次から次へと言葉を出すジュークは、息継ぎも瞬きもしていない。
「近さで言えば、カガリーも狙われそうだけど。父さま恐えからな。反呪使えるし狙えねーよな」
ジュークの様子を特に気にすることなく、ロイドは軽くしゃべっている。
それを気にすることなく、ジュークが独り言のようにつぶやき始めた。
「その話を聞いて、怪しいのは第一側妃かマフィスなんだけど……マフィスが亡くなってから、エリィが生まれたんだから、エリィが聖属性だと知る術もないはずだよね」
ジュークがミロウ侯爵を見た。
「父様、アリア姉様は?」
「アリアはほとんど乳母に任せていたから、呪術について知識も無かった。あの時まで見たこともなかったはずだ」
視線をミロウ侯爵から足元へ戻し、ジュークは小さく独り言を続けた。
「じゃあ、別の誰かか……」
今新しく得た情報を、それぞれが消化しようとしている。
ミロウ侯爵は申し訳なさそうにしながらも、何か新しい手掛かりをという期待も持ち、その様子を祈るように見守った。
「私の属性は知られていないのよね?」
「何らかで、知られたかもしんねーよな。でも、どうやって、だよな」
「アリスが何か調べてるのよね?」
「うん。話が進むのは、アリストが来てからだね」
アリストがミロウ侯爵家へ来たのは、翌朝のことだった。
もちろん、調べた内容を持って。
そして、エリーゼへの言葉も一緒に。
「エリィ、僕は君を大好きだよ。返事を聞かせてくれる?」
エリーゼの前に、アリストがひざまずいた。




